23 『高い城』攻防戦 初日 夜
もう夜中は過ぎただろうか。
マリーは、大儀そうに身を起こし膝を抱えて座り込むと、あおむけになったままのオレを見下ろして、
「もうっ……いきなりガバッとおおいかぶさってくるんだもの……する前に、ちょっとは何か言ってよね」
「ごめん……」
今夜もオレは、マリーを求めてしまった。
やわらかくあたたかい体に溺れるように飛び込んでしまった。
責められてるのに、マリーの膝と体のあいだにはさまれて、おっぱいがあふれんばかりにはみだしてるのが……えっちだな、とか思ってしまうオレは、救いようがないな……。
「……今日はさ、ちょっと抵抗あったんだけどなー」
マリーに、すねた声で言われてしまう。
思い返すと、マリーは一瞬だけ、「え」という顔をしてた。
急にのしかかられて、怖かったのか。
「ほんとうに……ごめん……」
判っていた。マリーだって疲れてる。
それに、明日も戦いはある。休息はとれる時に逃さずとらないといけない。
なのに求めてしまった。
「ベッドに入ったら、すぐ目をつぶってたから、あ、今日はしないんだって、ホッとしたのに」
目をつぶった途端、暗闇に浮かんでしまったのだ。
あの凄惨な光景。
あれは、オレが、オレの考えて計画したことが、現実になったものなのだ。
死、死、無残な、なんの栄光もない、死の堆積。
どうしたらいいのか判らなくて、どう考えればいいか怖くなって。
マリーにすがってしまった。
だけどそれは、自分勝手な言い訳だ。みっともない。
「本当にごめん……オレ、乱暴だったよな……」
好きな女の子と関係ができた途端、自分のモノみたいな態度になる男も多いらしい。
実際、学生時代そういう零細貴族同士のカップルが何組かいた。
もしかして……オレも。
「あたしが今日は、ちょっと、と思ったのは」
マリーは、恥ずかしそうにつけくわえた。
「ほら、カラダふいただけだから、汗くさいままだったし……」
明日に備えて、今日は大量に水を使うことになった。
予定していた風呂は全て中止。それでも兵隊さん達は、文句も言わずに従ってくれた。
そうなったら、オレも入るわけにはいかないし、マリーも一人だけ平然と入れる人じゃない。。
「オレが乱暴だったからでは……?」
「うーん。乱暴と言うより、なんか泣きそうなひどい顔してた」
「なっ、泣きそう?」
「あーたにあんな顔されたらさ拒めないでしょ……あ。昼のことだなって」
どうしよう。困ってしまう。
本当に彼女は、オレのことがわかりすぎるくらいわかってしまう。
だから、甘えてしまうのかもしれない……。
「あんたがさ、何も準備していなかったら……『高い城』は落ちていて、あそこで死んでた人たちが勝ったって浮かれてたでしょうね。そして……あんたは死んでた……死にたかった?」
ヒトを殺すくらいなら、死んだほうがマシだ。
そう言えたら、いいのに。
「死にたくは……なかった……だけど」
だけど、なんだ? もっとうまくやれたはずだとでも?
そもそもうまくってなんだ? 殺した数が10人以下ならいいのか? 0にできたとでもいうのか?
「それでいいと思うんだ」
「え……?」
なにがいいんだろう。
もうどうにもならないことに、ぐじぐじして、すごくかっこうわるいのに。
「あーたはさ、いつもいつも考えちゃう人だから。簡単に答えなんか出せないの当然でしょ。ずっと覚えていて、ときどきは思い出して、その時また悩めばいいんだと思う」
「悩んでいていいの? だって明日も明後日も、ここでの戦いは続くのに。こんな気持ちで――」
「だとしても、あんたは仕事をするよ。何があってもね。最後までするよ。官吏登用試験も。ここの城代も。そしてこの戦も」
「他のふたつと戦はぜんぜんちが――」
「でも、投げ出すって選択は、思いつかなかったでしょ?」
「!」
そうだ。
なぜか、投げ出すという選択肢は思い浮かんでいなかった。
降伏とか逃走とか。
「こんな仕事クソなのに……なぜだろう」
「あはは。クソだよね」
「新聞見た?」
二日遅れのだけど。
「見たよ。あの内容。あんたが、やる気なくしても不思議ないよね」
「マリーもな」
オレとマリーの悪行が大々的に掲載されていた。
オレが『高い城』で横領三昧、栄光ある『高い城』は下卑たハーレムと化し、オレは夜な夜な享楽にふけっているのだとか。しかも『高い城』は麻薬売買や賭博や密輸の拠点でもあるらしい。
オレ達が官吏登用試験で合格したのも、不正のおかげらしい。
マリーは試験官と寝たんだそうだ。それでただれた関係のオレの合格もねだったんだって。
寝たことのあると称する名前を伏せた奴らの証言もいっぱい。
王宮の下級役人、から、いたいけな聖歌隊の少年、から、ゴミ拾いまで。よりどりみどりだ。
マリーの実家にインタビューしたと称する記事もひどい。
実家は口々にマリーを罵っている。
あんな淫乱と血が繋がってると思われるだけで迷惑だそうだ。
そもそもマリーは、昔働いていたメイドが「御当主に手籠めにされて産まされた」と吹聴して外聞が悪いから引き取ってやっただけで、血は繋がっていない(うそつけ)。
その恩も忘れて、淫乱なふるまいで家名に泥を塗るから、除籍したんだそうだ。
もちろん、オレの実家へのインタビューもある。
凡庸で存在感のない息子がどこで道を踏み外したのか、という愚痴愚痴愚痴。
悪い女と出会ったのが不運だったのだろう、とほとんど他人事。
息子本人ではなく、女のせいにしようとしている辺り、マリーの実家よりマシ……かも。
「あのインタビューって、きっとほんもの。平民になるってほぼ決まってたあたしの扱いは、昔っからあんなものだったから。学園に入れたのも、娘をいきなりほっぽりだすと外聞が悪いってだけだったし。ついには血が繋がっていないとまでウソつかれるとは一貫してるよね」
その口調は、ただ淡々としていた。
悲しみも哀しみも不満もなかった。
「……そうだったんだ」
「まぁ血が繋がってないも同じとは見られていたのかもね。あたしさ、初めてのお酒って『人前で飲むとき失敗しないように』って2番目の兄に飲まされたんだけどさ。でもさ、日ごろはアイツって、あたしのこと疎んじてたんだよね」
「え、うとんじてた……?」
マリーは覚えていないのかもだけど、ずっと前に聞いた話しだ。
『失敗しないように』と試しにお酒を飲んでおくように勧められたって。
オレは、比較的仲のよい兄妹だと思ってた。少なくとも話に出た兄とは。
「あたしが学園に通うため家を出るって日の夜にいきなり猫なで声で親切ごかしに酒もってきてさ……あたしを酔い潰してどうするつもりだったんだろうね……無理やり飲ませようって迫ってきたアイツの顔……デブどもと同じだったよ。まぁあたしの方が全然強かったんだけどさ」
「……」
オレは何も言えなかった。
きっと、マリーだって、家族に愛されたいと思ってたことがあったんだろう。
でも、その気持ちは、いろいろあって擦り切れて、割り切ってしまったんだ。
オレよりも遥かに割り切りが早いのは、それも原因なのかもしれない。
「この神をも恐れぬふらちものふたりが住まう『高い城』には、破滅がもたらされるにちがいない。腐敗を憎む正義の神によって。とか書いてあったよね」
「あいつらは正義の神の代行者ってか……」
帝国がバックについていない他の新聞だって似たり寄ったりだ。
オレ達は王家の人間じゃないから、遠慮なく書き放題ってわけ。
こいつらのおかげで、オレ達の社会的な立場は死んだ。
しかも、ふたりとも多数の余罪が見つかっており、すでに王都の資産や、外国に移して会った財産も没収の手続きが進んでいるんだとさ。それでも罪の償いには足りないらしい。
財産的にも終わった。
「明日来る新聞には、『高い城』が陥落したって書いてあるんじゃないかな」
「オレ達は捕まって、裁きをうけるってわけか」
新聞はこぞって、オレ達に予想される刑を書き立てている。
オレは死ぬまで鉱山労働。マリーは最下級の娼婦。ご丁寧に挿絵付き。
悪は滅び、正義は勝つというわけだ。
恋愛物語の醜悪な敵役は滅び、第二皇子と侯爵令嬢は正義の旗のもとに愛を貫く、か。
「それでも、あんたは絶対に最後まで仕事をしようとするよ」
「……そうみたいだ」
オレはこれからも何度も悩むだろう。
悩んでも、始めたことは投げ出さないだろう。
なぜか、そういう風に出来ているらしい。
「もし、また悩んで泣きたくなったら、あたしが側にいるから」
そんなこと言われると、泣きたくなるじゃないか。




