21 『高い城』攻防戦 初日 午前
朝の光が『高い城』を照らす。
主塔の屋上から見下ろすと、敵軍の様子が丸裸だ。
盛んにあがっていた炊事の煙が消えていく。
煮炊きに使っていた無数の飯盒片付けられる時の、金属がぶつかる音ざわめきが、ざわざわ。
行動準備を隠す気すらないらしい。うん。いいぞ。
そのおかげでこちらは、兵隊さん達を半数ずつ食堂に集めて、たっぷりの朝食をとらせることができた。全てが整っている。
敵軍は、小さな集団に別れ、それぞれの中心にいる男から何事か告げられている。
恐らく、個々の集団は零細傭兵団。中心の男はその首領だろう。
報奨金は我が団がいただきだ! とか。
楽な仕事だ! 気楽にやれ! とか。
ここの城代の部屋には、金目のものがたんまりあるらしいぜ! とか。
そういう類の声が聞こえてくる。団員への景気づけだろう。
オレの隣に立つバルガスが、獰猛な笑みを浮かべて、
「けけけ。すごくなめられてますぜ。いいねいいねぇ。極上だぜぇ」
こちらは300しかいないと敵は知っている。
そのうえで、昨夜のニコライの報告を聞けば、誰でもなめるだろう。
敵は思っているのだ。
この関所は一瞬で落ちるのだから、最大の手柄は誰が一番のりかくらい――。
「ここの城主の若造は娼婦をつれこんでるそうだ! 一番乗りした奴は抱き放題だぞ! まぁ女には孔が3つあるからな! 3人目までなら順番待ちせずにヤレるぜ!」
ざわめきの中から、下卑た声が、やけにはっきりと聞こえた。
「耳の穴もありますぜ。へそも」』
「じゃあ6人までだな! おっと手も使わせりゃ8人までか」
オレは思わず、合図の青旗を振りそうになり……バルガスに手首を掴まれた。
「若親分。気持ちはわかりますがね。抑ぇてください」
「あ、ああ、すまない……」
オレは深呼吸した。
いかんいかん。今、撃ち始めたら、腕がいい兵隊さんしか当てられない。
「けけけ。若親分でも自分の女をああ言われると血が上るんだ」
バルガスが笑っていた。下品な笑いだったが、不思議と毒がなかった。
「でも、そういうの、嫌いじゃあありませんぜぇ」
ざわめきが収まらないままに、敵軍が動き出す。
全員、軽装だ。
兜をかぶっている者や、胴回りを守るだけの防具をつけている者はちらほらいる。
だが、圧倒的大多数は、軍服を着ているだけだ。
梯子を運んでいる奴も少ししかいない。
中には槍さえも放り捨ててるものまでいる。身軽になって一番乗りを目指すのだろう。
そんな集団が押し寄せて来る。速足が駆け足に変わっていく。
無秩序に。こちらからの反撃などないかのように。
オレは事前の打ち合わせ通り、力の限り叫んだ。
「う、撃て! う、ううう撃ち殺せ!」
とにかく叫べばいいので、演技力はいらない。下手に落ち着いて聞こえないほうがいい。
よし。誰も撃たない……あ、数人が弓を放ってしまった。
敵兵がひとり、肩口に矢を受けて立ち止まった所を、後続の集団に飲み込まれて踏みつけにされるのが見えた。不運だ。
だが、残りの敵は、それを気にする風もなく殺到してくる。
叫びが聞こえた。
「ばか城主の言うことなんざ誰もきかねぇみてぇだぞ! いただきだ!」
敵の脚はさらに早まり、駆け足から疾走へ。槍を放り出す人は更に増えている。
さらに、どっと敵が湧く。
「おひょお! 門がひらきはじめた! こんな楽な戦いははじめてだぜ!」
事前の打ち合わせ通り、関所の門をゆっくりと開かせているのだ。見せつかるようにゆっくりと。
日頃から不満をためた関所の兵が、ついに反乱を起こし、門を自主的に開いている。
そう判断したのだろう。
梯子をもっていた奴らすら、ついに放り捨てた。
わき目もふらず門を目指して真一文字。敵兵たちは塊となって突進してくる。
門が開く。
オレは青い旗を振った。
城壁に配置した、全ての兵隊さんが、弓矢を放った。
敵が無視したVの字に広がる左翼と右翼の城壁からもだ。
それだけではない。
開いた門の内側は、巨大な金属扉をバリケードとしてふさがれていた。
以前の城代達が使っていた意味もなく広い部屋の扉だ。
その背後にも弓兵3名配置され、そこからも射撃が始まる。
彼らは、『高い城 弓名人決定戦』第一回と第二回の上位者だ。
的確に急所を狙い、一撃で射殺。倒れた敵兵が障害物となって敵の足を妨げ、転ばせる。
その転んだ兵がまた、背後から押し寄せる敵兵に踏みつけられ、新たな障害物となる。
それでもなお迫ってくる敵兵は、弓兵のあいだに配置されていた槍兵が長槍を振り回し、それ以上近づけさせない。
槍兵さん達は、実戦経験のある者で固めてある。
無秩序な塊となって突進してきた敵は、矢の雨と味方の死体の山に停止させられ、混乱している。
絶叫と悲鳴が絶え間なく響く。
ろくに鎧もつけていない人間達だ。矢による攻撃の前には裸も同じだ。
「くそぉっ。この矢にはクソが塗り付けてあるぞ! シャレになんねぇ!」
新たな悲鳴が聞こえる。
ニコライが使者で来た時、奴がかいだのはこの匂いだ。
汚物だめに溜まった糞便は、いつもなら、麓の農家の人達が買いに来てくれる。
栄養状態がよくなった兵隊さんのは、いい肥料だと好評だ。
それを、くみ出して大きな壺に入れ、城壁のあちこちに配置している。
くみ出しにはオレも参加した。戦闘にはほとんど参加しないからこれくらいやらないとね。
学園にいた頃、生活費の足しに農家で働いたのが役に立った。
マリーもやってくれた。オレの好きな彼女はそういう人だ。
弓担当の兵隊さん達は、発射する前に、手近の壺に鏃(矢の先端)を突っ込んでから、撃つのだ。
汚物が塗り付けてあると、傷のなおりが悪い。
しかも、鏃には返しがついており、一旦肉に食い込めば、簡単には抜けない。
これだけでも十分地獄絵図だが、かといって敵兵は逃げることも出来ない。
「話が違う! 退け退けぇ」「だめだっ。後ろからどんどん押し寄せて、うわぁぁぁ」
事態をまだ把握していない敵兵が、後から後から押し寄せて来ているからだ。
逃げようとする敵兵と進んでくる敵兵が交錯し、衝突し、もつれあう事態が多発。
倒れた敵兵が踏みつけられる。
悲鳴。怒号。絶叫。
水が詰まった柔らかいものが潰れる音。骨が砕ける音。
人が死ぬ音だ。今まさに、オレのせいで死ぬ音。
オレが考えた計画が、彼らを殺している。
あの作戦計画第一号が本当に人を殺すことになるなんて考えてもいなかった。
血の気がひいていくのを感じる。指の先がつめたくなる。吐き気がこみあげてくる。
城壁に手をついて体を支える。オレはここを離れるわけには――
「若親分。少し外したらどうです」
バルガスの声はやさしかった。ここは責めるところだろうに。
「だめだ。オレが司令官だから――」
「敵さんは次の手ぇを打とうにも、関所の前に押し寄せてる奴らを退かせなきゃぁ打ちようがありませんぜ。これだけのうろたえっぷりからして、一時はかかりますぜぇ。なんせこいつら全体訓練なんてしたことねぇんですから」
関所の前には、大軍を展開できる場所はない。
混乱し烏合の衆となった兵と、後方で待機している兵を速やかに交代させる空間的余裕はない。
敵は、それを済ませない限りは、次の手は打てない。
少しは時間があるということだ……。
「だが、何が起きるか――」
「そんな真っ青なツラされてる方が士気に響きますぜ。それに、若親分は徹底的に計画立ててるんですから、何が起きても、過去の若親分が何とかしますぜ」
……今のオレは単なる邪魔か。
「……ありがとう」
主塔の屋上から降りて、誰もいない浴場で吐いた、情けなくも吐いた。
あれだけ考えに考えたはずだったのに。どうしてこの悲惨を思いつかなかったのか?
胃にモノがなくなるまで吐いた。頭でっかちなオレへの罰のようだった。
主塔に戻った時も、まだ殺戮は続いていた。
「すいませんでした……外していた間、変化はあった?」
相変わらず惨たらしい。
また吐き気がこみあげてくるが、もう吐くものがない。
それにオレはここにいなければならない。
それが城代としての仕事だから。
皆に戦わせている人間が、ひとり見ないで済ますことは許されない。
「敵の後方にいた指揮官どもが声を枯らしていやすがね。退却させようっていうんでしょうが。はかばかしくはねぇようですぜ」
正門の近辺は、血だまりでぬかるみ、踏みつぶされたのや、弓が何本も刺さった死骸で埋め尽くされている。
あいだから呻き声がいくつも聞こえる。
こちらの射撃は続いている。
敵の想定以上に矢が届いているので、敵は陣を下げようとして混乱が止まらず、更にそれが死傷者の増加も拍車をかけているようだ。
「昼前のこの段階で……どれくらい戦えなくしたと思う?」
殺す必要はないのだ。
これはやさしさでも慈悲でもない。単なる戦理だ。
戦えなくなればそれは足手まといになってくれる。
軽傷者は応急処置をして速やかに前線へ復帰させ、重傷者は後方へ下げてきちんと治療しなければならない。
敵は、それで人手をとられる。だが負傷者を放ってはおけないのだ。
負傷者を治療してくれない軍隊。そんなものに命を預けられる人間は少ない。
兵達にそう思われてしまえば、軍全体の士気は急速に落ちる。
オレは、仕事のために、本を読んで学び、それを計画にまとめた。
それが現実となり、身体の不自由な人間を量産しているのだ。
「そうですなぁ、あの辺りにズラッと兵を並べると、敵が陣取ったあたりまで1000ちょいは入りますからねぇ……矢傷負っただけの奴を含めりゃ死傷者800と言ったところですぜ」
「クソのせい……?」
「ええ、腐りかけのクソ塗り付けてある矢を受けると、運が悪きゃ死ぬか、ちょっと運がよきゃ、そこを切り取れば助かるか、すげぇ運が良けりゃ、寝込むくらいですぜ。どれにしろ明日に復帰は無理ですぜ」
オレの小賢しい凶悪な手段のおかげだ。気分はよくない。だが、間違ってはいなかった。
純粋に結果として考えれば、5000のうち800.悪くない。
味方の3倍近い敵を戦いから離脱させたのだ。
「ですがここまでやっちまうと、あの手は使えねぇですぜ」
「そうだな……」
あの手とは、こういうものだった。
一回目の攻撃で想定より激しい抵抗を受けた敵は。
関所中がオレに不満をもっているという情報を信じ。
兵隊さんたちに内応を呼び掛けてくるだろう。矢文か何かで。
オレとマリーを捕えて差し出せば、命は助けるし褒美もとらせる、とか言って
それに応じたふりをして。オレとマリーはわざと縛り上げられ門前に突き出される。
それを引き取りにやって来た敵(できれば高位の指揮官)を射殺又は捕縛する。
センセイの立てた案だったが……。
「……何もかもがうまくはいかないさ」
敵は、陽が頂点に差し掛かった頃、ようやく事態を収拾した。
昨夜陣取った場所よりも後退した場所に、改めて陣を構えようとしている。
敵が射程外へ出たので、こちらも射撃を停止。
戦場に残るのは、血だまりの沼を埋め尽くす死者と、生きているのに放置された敵兵のうめきごえのみだった。




