18 恥ずかしすぎる!
ガルトリンク関から王都へ続く街道は、関所を抜けた場所で広くなっている。
ちょっとした広場。練兵場の馬場くらいはある。
関所の兵が5000だった頃、訓示などの時ここは兵で埋め尽くされたというから、300なら余裕どころか、広すぎる。
いつもは、ここで『高い城 〇〇王座決定戦』だのを開いていた。
あれは良かった。
最近では、地元の村からも腕自慢達が参加してくれるようになって、前回の『高い城 第二回弓名人決定戦』なんか、飛び入り参加の猟師が大健闘してくれて盛り上がったんだよな……あの人、避難したかな……。
ああ、だめだ。目の前のお仕事に集中しないと。
オレが、300の兵隊さんの前に置かれた木箱のような台の上に乗ると、視線が集まってくる。
開会のあいさつには慣れている。
「みなさん、大いに楽しんでください!」
的なことを言うだけだった。いつもは。
だけど、今回はちがう。
戦争だ。
これからとりかかってもらう戦争というお仕事の説明をしなければならない。
左隣で、バルガスが吠えた。
「野郎ども! 若親分がこれから演説をなさる! 耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」
さぁ始めなければ。これもお仕事のうち。
だいじょうぶ。左には、バルガスと、センセイ。
右にはマリーがいてくれる。
彼らはオレを信頼している。そして兵隊さんたちも。
オレは、肺にたまっていた息を吐きだし、
「この関所につとめる兵隊のみなさん。おはようございます。今日は、これから数日間、大仕事にとりくまなければならないことをお伝えなければなりません。危険手当がつくたぐいの仕事です。仕事には『作戦計画第一号』という名前がついていますが、まぁ、この名前、覚えておく必要はありません。手続き上必要だっただけなので」
あれ? 戦争でこんな出だしでいいのか?
なんかちがう。こうなんというか……セリフに悲壮感とか緊張感とか?
だが、仕方ない。オレはこういう風にしか話せない。
「すでに、みなさんも聞いているとは思いますが、敵は7000。我らは300。それだけ聴くと、とても勝ち目がないように感じます。普通に考えれば、我々は瞬時に全滅することでしょう。ですが」
ええと、こういう悲観的な前置きの次は、こう、明るく明るく! 明るい口調で。
「まず敵は7000いません。7000は、ベルーナ侯爵領の兵が合流したら、であって。今のところ、ベルーナ侯爵ならびにベルーナ兵が合流した形跡はありません。旗は確認されていますが、ベルーナからの避難民の言葉によれば、ベルーナの兵は領主館と砦にこもっているということです。旗は盗まれたと考えるべきでしょう。ミリオンからの急使で、ミリオン軍が加わっていないことも判明しております、これで実数は5000です」
このことはすでに、派遣した偵察隊や、ミリオンからの急使、最後に駆け込んできた隊商や避難民の口から確証を得ている。複数の情報源からの証言は確度が高い。
とはいっても、ベローナ侯爵が向こう側でない、という保証はないのだが。
「5000でも、300に比べれば大軍ですが。その大軍も内容はお粗末なものと思われます。その根拠をこれから説明させていただきます」
作戦計画一号は、この『高い城』にミリオン方面から大軍が攻めてきた際の防御計画である。
今の情勢で、こんな事態は起きるはずがなかったのだが……それでも、作戦計画一号は、この『高い城』では作成し備えておく義務があるので、オレは仕方なく作成したのだ。
それが役に立つとは……。
「敵はミリオン方面からやってきます。みなさんもご存じだと思いますが、我が国と隣国ミリオンは、どちらかが欠ければ共倒れになる関係です。つまり、ミリオンが滅んだ時点で、わが国も滅んでしまうわけです。ですが、ミリオンが滅ぼされた、という情報も、ダラーが裏切ったという情報も入ってきておりません」
ミリオンが裏切る。または一瞬でミリオンが滅ぶ。どちらもほぼありえない。
商人の国ダラーは儲からないことはしない。
国が全てを統制する帝国は、独立商人が動かす国ダラーにとって悪夢でしかない。
それにダラーが裏切ったなら、南のダラーから発した軍は、ここを通過しない。
では、ミリオンが滅びておらず、しかも、大軍が現れるのは、どういう状況か。
「つまり、敵軍は、ミリオンを通過して来たのではなくて。ミリオンと、わが国の国境地帯に湧きだした、ということになります。さて、5000もの人間がどうやって湧き出したのか」
これが難題だった。ありえないのに、作戦計画は作らねばならない。
「1週間前から、帝国の使節団がミリオンを訪問しておりました。その使節団の代表は、帝国の第二皇子。その新妻との新婚旅行をかねて、ということでした。皇族の訪問ともなれば、その随員の数も300はいたようです。おそらくこれが、敵軍の中核です」
オレは考えた。何か思いつかなければ作戦計画が完成しないから。
仕事が終わらないのは、どこか落ち着かないからね。
「では、あとの4700は? これだけの人数がまとまって動けば、ミリオン、我が国、双方が探知してしまいます。つまり彼らはまとまって来なかった。期日を決めて、各地からバラバラにやってきて、集まったのです」
ずっと思いつかなかった。
作戦計画一号だけが、完成しなかった。
思いついたのは、この関所の兵員達の名簿を見ている時だった。
そこにはおのおのの出身地(自己申告だけどな)が書いてあったのだ。
それで気づいた。
何も一か所からやってくる必要はないのだと。
「ですが、その辺の人間に金をばらまいて集めたら、秘密は守れない。となれば、秘密を守る相手を集めるしかない。契約書で縛れる相手を。となると集める人間の職業は限定されます。しかも仕事は戦争です。となれば……傭兵団。それも大規模でなく小規模な傭兵団しかありません」
思いついたけど、とても現実的とは思えなかった。
100近い傭兵団を集めるなんて。統制をとるのも困難。
作戦計画一号を完成させるための、思考遊戯だと。
「一個の団の人員はせいぜい30人多くても100人程度。しかも、ダラーや帝国が雇用しているような有名な傭兵団は目立ってしまうでしょう。つまり4700は、無名の傭兵団の集合にすぎません。烏合の衆です」
だけど、これしか思いつかなかったのだ。
それは、攻めてきた相手も同じだったらしい。
オレは考えただけだが、彼らは実行した。
膨大な事務作業、物品の手配、考えただけで目が回りそうだ。
そして、彼らはその困難を乗り越えたのだ。尊敬に値する。
いい仕事だ。オレに関係なければもっといい仕事だったのに!
「それにです。彼らは攻城兵器ももっていないようです。みなさんもご存じのように、攻城兵器――破城鎚、投石器は、みな重く運ぶのが困難です。彼らの進撃は異様に速い。つまりそれらを運んではいない、ということです。偵察からの報告によれば、荷車もないようです。つまり兵糧も個人が運べる量しかもっていないのです」
これは予想外だった。
いくらなんでも、攻城兵器を少数は用意していると思ってたんだが。
地下に放り込んである伯爵殿がうまくやると思っていたのか。オレが戦わずに開城すると思っていたのか。
7000と300なんだから、そう考えても不思議ではない、か。
「ですが、彼らは我が国から略奪もできません。帝国の第二皇子率いる使節団が中核であるとすれば、彼らの目的は、少数の兵しかいないこの関所を速やかに突破して王都を落とし、元王太子殿下の婚約者を女王にするか、それと結婚をしたことをもって第二皇子を我が国の王とするかでしょう。どちらの場合でも、略奪をすれば王位を奪ったあとの反発は増します。とすれば手持ちで賄えるのはせいぜい5日」
ベローナ侯爵が全面的な協力に転じたとしても、膨大な兵糧を運ぶことじたいに時間と人手がかかる。
5000の兵を食わせるのは、大変だ。
その間に王都は、兵を集め、態勢を整えることができる。
帝国軍の侵攻を知れば、迫る猛火の前で権力闘争ごっこにうつつを抜かしているわけにはいかず、抵抗していた元王太子派から人は離れ、現時点で優勢な王弟派が勝利を収めるだろう。
「すぐに併合しないだろう、と予想するのは、いきなりは反発が大きいですし、大義名分がないからです。帝国が接している国は、わが国とミリオンだけではありませんからね」
オレが話しているのは、全て、作戦計画第一号に書いてあることだ。
幾つか立てた想定の中で、もっともマシなのと、ほぼ一致している。
「これで、みなも敵の正体についてはわかってくれたことと思います。つまり敵は小さな傭兵団をかきあつめた烏合の集。統一した訓練なんかしたこともない。食料も乏しく、攻城兵器もない。少し痛い目にあわせてやれば、金で雇われた連中は、たちまちやる気をなくすでしょう。恐れる必要があるのは、第二皇子直属の300くらいなものでしょう」
だといいな。
世の中には天才ってのがいて、オレなどが思いつかないことを平気で思いつくから。
もしかしたら全て間違っていて。
敵は携帯可能な攻城兵器をもっているかもしれない。
傭兵ではなく、訓練の行き届いた正規軍を出現させたのかもしれない。
だが、敵の襲来まであとわずかだ。その手があってもオレが思いつける時間はない。
「さて、それに対して我がガルトリンク関は、どうか? 定数通り矢は10万本。石弾は3000準備しており、ひとりあたり300発射してもなお余るだけの矢を用意してあります。さらに、油の貯蔵も十分。食料も半年の籠城に耐えられます。しかも、わが国が陥落したわけではないので、後背からの補給も望めます。水も、給水管の補修をしたため万全です。弓、剣、槍、盾の予備も十分ですし、元鍛冶屋の方もいるので、ある程度修理も可能です。包帯や薬も定数を満たしています」
500いるはずの施設だものな。そこに300しかいない。
しかも定数は、5000だった時代そのままが結構ある。
その方が横領でおいしかったんだろうな……。
バルガスが吠えた。
「若親分の話をきゅっと縮めて、バカな手前ぇらにも判るように言うとだ! 敵は烏合の衆! 命をかけるほどの気概もねぇ金で動くクソどもだ! こっちは撃って撃って撃ちまくって、相手を油でボンボン燃やしても、ちょっとした暇があれば、風呂にも入れるし、食い物もたらふく食えるってぇことだ!」
うん。いい感じだ。
最初から彼らは怯えていなかったが、ちょっと悲壮感はあった。
今では「おお、なんとかなりそうだ」という感じになっている。
出来れば、もうちょっと士気をあげたかったけど……。
センセイが口を開いた。
「最後にひとつ。閣下について、今朝来た新聞でいろいろ書いてあったのを見たと思うのですがの、あれはみんな無責任なでたらめですぞ。まめで細かく心配りの利いた閣下が、元奥方へ手紙も贈り物もかかすことなく送っていたこと秘書の私はよーく知っておりますぞ!」
え。これってここで取り上げることなの?
「もちろん判ってるぜ! なぁ手前ぇらも同じだろう! オレらの若親分は最高の司令官だぜ!」
兵たちから、そうだ、そうだ、あんなのはおかしい! という声があがる。
え。なにこの展開? 仕込み? 仕込みなの?
「みなもさっきから気になっている閣下の左においでになる美人。この方と閣下のローマンスもこれがまた聞くも涙の物語なんですぞ! 2年前、閣下と結婚する予定だったのを、さきほどまでここにいたデブガエルの理不尽な横やりにあって、泣く泣く別れさせられた人なんですぞ。ああ、悲しいかな! 閣下には別の女があてがわれ、彼女は無理やり、デブの部下に!」
「くそぉ。なんてやつだ! 権力をつかわねぇと女ひとりモノにできねぇとは!」
腐ったやつらだ! そこにいたらオレがしめてやったのに! なんて叫びが上がる。
オレの右に立ったマリーが、必死に笑いをこらえてるのが伝わってくる。
「悪辣なデブめは、2年の月日に渡って、上司である立場をかさに、彼女に無理やりハレンチな服を着せ、周りからビッチな女と見せて孤立させ、王都からすら出さず、その操を奪わんとあの手この手を繰り出したが、流石は閣下の惚れた女性! その機知であわやという危機を何度も何度もかいくぐり、その身を許さなかったのですぞ。これを愛ゆえと言わず、何を愛と!」
「くぅぅっ! 大ぇした女じゃねぇか! 流石は若親分が惚れた姉御!」
なんですかのその、ドラマチックなラブは!?
なんかちがう!
マリーはうつむいて、笑いを抑えるのに必死だ。
「難攻不落の清らかな乙女を何とかモノにしてやろうと、デブガエルめは、乙女の心が閣下に残っているのを知り、それを踏みにじるべく、閣下の目の前で彼女をはずかしめ身も心も折ろうと画策! それで、この関所へ連れてきたというわけですぞ。なんという卑劣漢!」
「畜生め! なんてぇ悪ぃヤツなんだ! 人間の風上にもおけねぇ!」
なんで兵隊さん達盛り上がってんの!? こぶしまで振り上げて怒ってんの!?
やめて! ちょっとちがうから!
「我らが閣下は、愛する人が、デブに貞節を脅かされながらも必死に操を守っていることを知るや。立場があやうくなるのを知りつつも離婚に踏み切り。デブを逆に罠にはめ王都へ追い返し。いくら引き離されても思い続けていた彼女をその手にかきいだいたというわけですぞ! ああ、今や思いあっていたふたりを隔てるものは何もない……というところへ今回の敵襲! 閣下と乙女は結ばれない運命だというのか! 断じて否ですぞ!」
「そこまでした取り返した女がいるんだから逃げなせぇ、とオレ達は若親分に申し上げた! ですが若親分は言いなさった! この戦いを終えない限り、自分達だけが幸せになるわけにはいかねぇってな! そして惚れた女の身を案じ、王都へ戻って吉報を待て、とおっしゃった! だが姉御は、死ぬなら愛しい人のかたわらで、と言いなすった! オレ達ぁは泣いたぜ! 流石は若親分が惚れた姉御!」
えええっ。言ってない言ってない言ってない!
マリーは俯いて、ぷるぷると肩を揺らしている。
やめて! マリーはもう限界! 笑いをこらえて死んじゃう!
それにオレも恥ずかしすぎる!
「帝国の皇子と元王太子の元婚約者のふたりを、すばらしい恋人たちともちあげている者もいるやもしれぬ。だがしかし! 閣下と閣下の愛しい人もまたすばらしい恋人ではないか! いや、長の月日をものともしなかった閣下たちのほうが何倍もうるわしいですぞ!」
「ゴロツキども! 空気が読めねぇ無粋な奴らをぶっとばして、若親分と姉御をしあわせにしてやろうじゃねぇか! 閣下を男にしてやろうじゃねぇか! 愛しい女と添わせてやろうじゃねぇか! それがここに縁あって集った、オレ達ゴロツキどもの心意気ってぇもんだぜ!」
若親分のために! 愛のために! 若親分を男にしてやるぜ!
広場に兵隊さん達の喚声が響く。何度も何度も響く。
大盛り上がりである。士気爆上がりである。
これに水を差せる指揮官とかっていないだろ。
だけど。
恥ずかしすぎる!




