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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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16/60

16 書類が完璧に用意できないと、落ち着かない


 早朝。まだ陽は姿を見せず、地平線を明るくしている時分。


 関所の司令官室はひといきれに包まれていた。


 司令官の部屋にしては狭いよね。ここ。


「無法集団が、このガルトリンクの関所へと侵攻中である。よって、ガルトリンク関司令官であるヒース・マグネシアは、作戦計画第一号を発動する。防御指揮官。参謀長。異議は?」


 オレの言葉に、防御指揮官は、もっともらしくうなずいた。


「異議はねぇ」


 参謀長も賛同する。


「ないね」


 オレは、壁際にずらり、と並んだ、各班の班長へ言葉をかける。


「では、各班長へ下令する。関所の全兵員を広場に集めるように。作戦計画第一号についての説明を行う」


 事前の取り決め通りに、全ては進行する。


 オレの言葉は、全て用意されたもの。


 使うとは思ってなかったけど、用意しておいてよかった。


 心臓はバクバクと打ち鳴らされ収まらない。


 ひどく緊張しているのだ。


 荒々しく扉が開かれた。


「なんだこの騒ぎは! 貴様、査察中の身だというのに何を勝手なことをしている!」


 来た。予想通りデブ室長閣下と、検査官3名が押しかけて来た。


 彼らの部屋の近くで、()()()、騒がしい物音を立てさせた甲斐があったというものだ。


「室長閣下。緊急事態が起きました」


「緊急事態だと!?」


「正体不明の集団7000が、この関所へ向かっております。彼らは、帝国軍の旗をかかげているようです」


「……は?」


 室長閣下はまだ寝ぼけていらっしゃるようなので、オレはもう一度繰り返してさしあげた。


「正体不明の集団7000が、この関所へ向かっております。彼らは、帝国軍の旗をかかげているようです」


 デブがわめいた。


「なっ。帝国軍だと!? あ、ありえん! な、何かの間違いだ! 虚言をもって我を脅かすつもりか!」


 そりゃね。常識的に考えれば、ここに帝国軍が来襲するはずがない。


 ここは帝国と国境を接しているわけではないのだから。


「虚言ではありません。隊商や麓の住民などから次々と知らせが入っております。まだ相手の正体、正確な兵数等は確定しておりません。情報収集中です。こちらへ向かっているのは間違いありません」


 帝国軍の旗をかかげているが、おそらく。ぎりぎりまで帝国軍とは明言しないだろう。


 衝撃に固まったままの室長に、オレは続ける。


「進軍の速度からして、今日の夕刻には、当関へ到着すると思われます。当関を預かっている司令官の責務として、国を侵す敵に対しては抗戦しなければなりません。室長閣下がここへ来た目的である査察任務は、当面不可能になると考えられますので、速やかな退去を勧告します」


 デブは露骨に、ほっとした様子だったが、周りの視線を感じたらしく、ことさら偉そうに、


「そ、そうか。あ、愛国心あふれる我としては、ここで武勇を発揮するにやぶさかではないが、司令官がそう勧告するなら仕方がない。あくまで、我が臆病だからではなく、貴様に勧められて退去するのだからな!」


「承知しております。室長閣下には、何の非もございません」


「う、うむ。万が一この関が陥落した場合、全ての責任は貴様にあるのだからな!」


「存じております。最善を尽くします」


 これで検査官どもが全員退去してくれれば、センセイ達の懸念は取り越し苦労だったことになるんだが――


「我々を退去させてどうするつもりだ!」


 筋肉2号のメガネが、デブを押しのけて前へ出てきた。


「ここは戦場になるので退去していただくだけです。我々はここで認可済みの作戦計画第一号に従って抗戦します」


 メガネは鼻で笑った。


「貴様の考えは判っている! 室長閣下がここを離れたら降伏するつもりだろう!」


「いえ。徹底抗戦しますよ。最後の一兵まで」


 我ながらしらじらしい。それに、そこまで状況が悪化したら、この国は滅んでいる。


 まぁ、メガネには別の意見があるのだろうが。


 滅んでもかまわない。とかな。


「不正の嫌疑をかけられた人間を信用できるわけがない! それに貴様は軍事教育も受けていない。ここの指揮官として全くふさわしくない!」


「そうは言われましても。任命されているのはオレなので」


 うん。だんだん落ち着いて来た。


 全て準備は出来ている。


 ヤツの言葉は、余りにも予想の範囲内だ(オレじゃなくてセンセイのだけどな!)。


 指揮権を欲しがっているのが丸わかりだ。


「そもそも、この規模の施設の司令官は、原則的に伯爵以上が任命されるものだ。貴様の爵位はなんだ?」


 出た! 予想通り出たよ爵位!


「男爵ですが。それが何か」


「私はテッサリ伯爵だ。誰が適任か貴様にも判るだろう」


 いきなりデブが喚いた。青ざめている。


「な、ダンテ! わ、我は侯爵だぞ! 我がこの陥落必至のボロ城の指揮官になれというのか! 我を殺す気か! わ、わかったぞ! この関所の失陥を我の責任として、室長の座を奪おうというのだな!」


 いや、そもそもここが陥落したら、室長の座どころか国があやういんですが……。


 メガネは、冷たいまなざしで上司を見た。


「ふ。その歳で侯爵ではなく()()()()()でしかない方が何を心配なさっているのやら。貴方は無爵。本来貴方には室長だってもったいない」


「な、なんだと!? お、お前ら!」


 いつのまにか、筋肉1号と3号も、メガネの側に立っている。


「つまり、この場にいる人員の中で、ここの司令官としてふさわしいのは私だけだ」


 ああ、こいつが本命か。


 マリーは、こいつとニコライが言葉を交わしていたのを見たという。


 単なる顔見知りの挨拶、ではなかったのだろうな……。


「お言葉ですが。このガルトリンクの関所の司令官として任命されているのはオレです」


「貴様は男爵。私は伯爵だぞ」


「任命されているのはオレです。それに、帝国とのウブー地峡攻防戦の際、侯爵家子息が平民出身の指揮官から指揮権を奪い取り、部隊に無謀な突撃を敢行させ全滅に近い被害を出したのち、爵位を根拠にした指揮権の強奪や指揮権移譲の強要は、指揮系統に多大な混乱を(もたら)すとして禁じられております。確か懲役2年程度の罰に該当するはずですが」


 そういうアホボンボンが100年ちょい昔いたのよ。


 英雄にあこがれてたそいつは、地味で堅実な指揮官に対してとりまきと共に私的制裁を加え、指揮権を強奪。いざ戦闘が始まるとまっさきに逃走。全てを指揮官にかぶせようとして失敗。直後に病死(貴族のあるあるな病死ね)したんだと。


 このエピソードは、オレよりも雑学やトピックに詳しい、マリーが教えてくれた。


「……そんな話は聞いたことがないぞ」


 オレも軍人教育を受けていないんで知らなかった。あぶないあぶない。


「軍人教育を受けていれば誰でも教わっている事だそうです」


「うむ」


 バルガスが重々しくうなずく。


 いや、お前も、単なる古参兵ってだけで教育受けてないだろ!


「くっ……」


「今の貴官の発言は、それに該当すると思われますが。貴官もオレと同じ文官。軍人教育を受けたわけではないでしょうから不問にいたしましょう。では、室長閣下と共に退去してください」


 もし、こいつにニコライと繋がりあるのなら。ここで引き下がっては……くれないだろうな。


「……貴様に対しては、すでに解任が通知されている」


「はい。承知しております。ですが、まだ、オレが司令官です」


 残る期日は、今日も含めて、あと4日間だ。


「次の司令官が誰か、貴様は知らないようだな」


「告知がないので。もしかして貴官ですか?」


 メガネは、筋肉1号に目で合図した。


 1号は進み出て、バッと書類を広げて、オレ達に見せつける。


「その通りだ。私、ダンテ・テッサリが後任司令官だ。以前から、男爵でしかない貴様は、この関の司令官には不適任という話があった。よって私が後任に任命されたのだ。今すぐに指揮権を移譲せよ」


 うん。今度は合法ですね。


 我が国の軍規によれば。


 前任者の期日が残っていたとしても、着任してすぐ引き継いで構わないのだ。


 前任者を残しつつ、実地を交えて引継ぎ作業をしたほうが、混乱が起きにくい。


 その場合、後任者は、仕事を開始しつつ、前任者に補佐してもらうか。


 前任者の仕事を見つつ、引き継ぐべきことを学ぶか。


 移行期間において、どちらが主となるか。それは、後任の選択に委ねられている。



 オレは、あっさり答えた。


「お断りします」


「なんだと!? 貴様、この文章が読めないのか!」


「貴官は現在発動中の『作戦計画第一号』の中身をご存じですか?」


「はっ。何を言うやら。緊急時の対応計画だろうが」


「それは知っていることにはなりません。『作戦計画第一号』は既に発動されております。それをどう運用するか、ご存じですかと聞いているのです」


 知るわけないよね。


 だって、後任だと名乗り出てもいないし、当然、引継ぎ作業をしてないんだから。


「そんなものは、貴様から計画を引き継げばいいだけだ!」


 うん。確かに。()()ならね。


「平時でしたら、貴官の言っていることは正しい。その余裕もある。ですが今は既に緊急時です」


 オレは、余裕の笑みさえ浮かべて言ってやった。


 余りにセンセイの想定シナリオ通りに進むんで、不思議な感じだ。


「すでに発動されている計画を、中身に目を通したことすらない司令官が実行できるとでも? 緊急時においては、引継ぎは停止することになっているのです。ご存じありませんでしたか?」


 緊急時、なんて、ここ何十年となかったからね。


 オレだって知らなかったよ。こんな規則があること。


 帝国との国境紛争の場にいたバルガスが、たまたまそういう現場を見てなかったら……。


「その計画は破棄だ! それ以前に正式に認められていない作戦計画など参考に値しない! そもそもこの関所には、防御司令官も参謀長もいないではないか! 防御施設における作戦計画は、防御指揮官と参謀長がいないと正規なものとして認められないのだ!」 


 筋肉1号と3号が、メガネの脇に並び。


「私が防御指揮官としてここに赴任した。マイケル・ザッカーだ」


 と1号が言うと、3号が続けて、


「そして私が、参謀長のヨハン・ダルメシアだ」


 2号は、くいっとメガネをあげると、


「貴様とちがって、私には正式なスタッフが用意されている。防御指揮官と参謀長の連署がない貴様の作文は、全て無効だ!」


 うん。いなかったね。


 オレが()()()()()は、誰もいなかった。


「作戦計画一号は、正規なものですよ。ちゃんと司令官であるオレと、防御指揮官と参謀長のサインが記されておりますから。中央も正式に認めたものです。この計画も、そして人事もね」


 防御指揮官――バルガスが立ち上がり、分厚い作戦計画書の表書きを披露して見せた。


 王家と軍務省の印章が押されている。


「そのゴロツキが防御指揮官だとっ!」


「ええ、そうです。そして彼が参謀長です」


 センセイがニヤニヤ笑いながらうなずく。



 この関所に赴任して、困ったことが起きた。


 司令官のサインだけでは済まない書類が幾つかあったことだ。


 せっかく作戦計画を作っても、防御指揮官と参謀長のサインがないと認められないって突っ返されて途方にくれたもんだ。


「防御指揮官と参謀長がいないと、書類が完成しないので任命しました」


 現地任用でふたりを任用して、書類の形式を整えたら、作戦計画はあっさりと認められた。


 形式だけなんで、二人ともこの役職に関しては無給。


 いい加減極まる人事だが、重要性が皆無なこの関所、形式さえ整っていれば中央は文句を言わない、って事だったんだろう。


「き、貴様まさか! 書類のためだけにこいつらを任用したというのか!?」


「ええ。職場にあるべき書類が完璧に用意できないと、落ち着かないじゃないですか」


 人事局の名簿くらい見ておけばいいのに。


 まぁ、人件費がかかっていない人事だから、別表とかに載っていたのかもしれんが。


「既に正式な防御指揮官と、参謀長がいる以上、貴方方は地位を詐称した、ということになります。罪は免れませんよ。しかも詐称した者の地位を貴官は擁護なさった。つまり一味というわけです」


「い、言いがかりだ! この書類は――」


 バルガスが吠えた。


「この3名を捕縛しろ! 役職の詐称! 並びに、詐称した地位を利用し、この関所の乗っ取りを図った利敵容疑だ!」


 壁際に並んでいた班長達10名が、3名の査察官達にとびかかり、たちまち押さえつけた。


 そのまま、荒縄でぐるぐる巻きにして、拘禁。制圧。地下牢へ連行されていく。


 筋肉ムキムキの割に、よわっ!


 バルガスがつまらなそうに、


「ちぇっ。腕をふるうまでもありませんでしたぜ」


 センセイが愉快そうに、


「まぁ君の野生の筋肉に比べれば、栽培品種は見栄えしかないからね」


 デブ室長閣下は、突然の部下の裏切りと、急転直下の事態に狼狽し。


「わ、我は関係ないぞ! 我は! あ、あいつらは我のことも裏切った! 我も貴官と同じ被害者だ! そうだよな! さ、査察でも何も問題はなかったと報告する!」


 とすがってきたので、オレはにこやかに笑った。


「ええ、判っております室長殿。査察で問題がなかったという旨の書類に連署していただければ、万事、貴官に迷惑のかからぬようとりはからいます」


「お、おおたっ助かる」


「それから、これはあくまでお願いなのですが……」


「な、なんでも聞くぞ!」


「敵の正体はまだ判明しておりませんが、外国軍である可能性が高く、法律上微妙な問題が生じる可能性があると思われます。そこで、法律に通じた査察官を一名。現地任用の法律顧問として残していただきたいのですが」


 デブは今すぐにでも逃げたいだろうし。3名はブタ箱。


 となると、


「わ、我はい、いや、おほん、ではなく、王都での仕事がある。部下の誰かに……あっあのブスでよいな! あ、あんなブスで役にたつなら好きに扱ってやってくれ! ブスだが胸とケツはでかいから、役に立つぞ!」


「では、これにサインを」


 オレは用意しておいた書類を差し出した。


 マリーが第三室を辞職することを認め、この関所の法律顧問となる、という内容。


 保管用、王都へ送る用2枚、本人保管用の、計4枚だ。


 加えて、この査察で問題は何も見つからなかった、という内容のを、同じく計4枚。


 デブは、内容もろくに見ずにサインしてくれた。一刻も早くここから離れたかったのだろう。



 オレだってそうしたいよ全く。


 でも、ここにはまだお仕事がある。


 内部の問題は片付いても、外部から問題がやってくるのだ。

 

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― 新着の感想 ―
主人公の名前、マリールーの家名になってませんか?
隣国ミリオンはすでに陥ちてるってことか
今更だけど帝国なんでこんな高い城(笑)に攻めてくるんだあああ! 別に国境線でも無かったよね!?
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