14 オレはざまぁのターゲット!
「一週間くらい前、第三室に来客があってね。たまにあるのよ。誰それを告発してくれっていう依頼が。袖の下つきで」
「ピョートル・ニコライエフ……」
……頭のどこかにひっかかる名前だ。
「ニコライって覚えてる? ニコライ・ヴァーヴェリビッチ。分厚い眼鏡で猫背で目だなない。帝国からの留学生」
「え? あ、ああ覚えてる」
あの名前がここで出て来るのか? なんで?
オレさえいなければ、元奥方が結ばれるはずだった、実はイケメンのニコライが(あくまで元奥の妄想です!)。
さっきマリーに話した時だって、妄想なのに実名出しちゃかわいそうだから、イケメンとしか言わなかったのに。
「来たのよ。見違えたわ。トレードマークの分厚い眼鏡もかけずにね。背筋までピンっと伸ばしちゃって。あたしの好みじゃないけどイケメンだった。だけど、あれは間違いなくあのニコライ。ピョートルって名乗ってたけど」
思い出した!
ニコライの本当の名前は、ピョートルだと、元奥が言っていた! しかもイケメンと!
「イケメン? イケメンだったのか?」
「客観的に見れば。大丈夫。あたしの好みじゃないから」
「名乗った名前はピョートルだったか? 聞き間違いじゃないのか?」
「ピョートル・ニコライエフだった」
オレは頭を抱えた。
うわ……元奥方の妄想通りじゃないか!
「何か恨みでも買ってた? 学園時代の恨みだとしたら、ずいぶんと執念深いというか、今更だよね」
いっ、いや。まさか。
偶然、素顔を見る機会があっただけだよな。多分。そうに違いない。
名前もたまたま知り合いとしゃべってるのを聴いて……だよな?
「あ、あいつが、オレを告発しろって言ってきたのか?」
「デブが一発で安受けあいするくらいの大金と一緒に資料ももってきた、あんたが横領してるとか、この関所の兵隊たちはみんな遊んでるとか、最初にあいつが言ってたようなことが書いてあった」
どうしてほとんど面識のないニコライが?
オレを陥れて何の得がある?
まさか。いや、そんな。
「……ざまぁってやつなのか」
「ざまぁ?」
「あ、ああ、元奥方は言ってたんだ。オレがいなければ、あのニコライと結ばれるはずだったって。なぜか元奥方、ニコライがイケメンなことも、ピョートルだってことも知ってた。ま、まぁきっと偶然知ったんだろうけど。だって妄想だし!」
そうに決まってる!
妄想の一部は本当だったけど、まさか、ほとんど全部とかありえないでしょ!
「……偶然じゃないかも」
「マリーまで何を言い出すんだよ。こっ怖がらせるなよ」
オレは基本的に、積み重ねて考えつかないことが苦手なのだ。
さっきマリーが言っていたように、学生時代。急に試験範囲が変更になって、大いにうろたえ、途方にくれたことがある。
あの時と同じ。いや、あの時より深刻!
「あたし調べたことがあるの。ヒースの元奥さんのこと、そのころは元ついてなかったけど……ああいう商売が、どうしてうまくいってるのかなって」
「商才があったからじゃ」
「『ショーギ』も『オセーロ』も他のゲームも、一番肝心なのはアイデアでしょ? 逆に言えばアイデアを真似すれば、他の人だって売りだせるじゃない」
「……それは、確かに。あれだけ流行したなら、真似した商品が溢れるはずだよな……」
だけど、この関所で幾つも購入したのは、同じ柄の箱に同じマークがついていた。
「なのに元奥さんの商会が市場を独占してる。だから大儲け。でも、どうやって? そうしたらね。大きな力がバックにいた」
「大きな力?」
「ウラル商会。それが元奥さんの会社の大口出資者になってた。あたしは、あんたが実務の方をしてるのかと思ってたから、いつのまにそんなツテを作ってたんだ、と感心したけど。その様子だと知らなかったみたいね」
ウラル商会は、帝国と我が国の間の貿易を一手に仕切っている商会だ。
帝国は300年に渡って最大の脅威だが、完全に行き来がないわけじゃない。
それにここ50年は戦争もなかったから、交流は拡大の一途だ。
貿易もしてるし、10年前くらいからは留学生もいる。
この前も、うちの王太子に婚約破棄をされた侯爵令嬢が、お忍びで留学していた帝国の第2皇子にその場で求婚されて、手に手をとって逃亡するという事件があったくらいだ。
「……元奥方はイケメンに助けられるはずだったって言ったろ。そいつがニコライなんだよ」
「え。元奥さんから聞いたっていうあの話の?」
「元奥方は、ニコライがピョートルだってことも知ってた……」
なんだこの展開は!?
「妄想じゃなかった……そういうこと?」
「あ、ああ。元奥方は言ってたんだ。ニコライエフ侯爵夫人になって実家と元婚約者の家にざまぁをするって。ざまぁって言うのは、復讐のことらしい。帝国語だったのかも……」
「ヒースも復讐の対象にってこと? だから告発を?」
「奴らにとってオレは、結ばれる筈だった相手を奪った上に、『白い結婚』まで宣言したクソ野郎なんだ! 元奥方からしたって、さっきマリーに言われて気づいたけど、あいつらに加担したも同じなんだ。予定が狂って、2年間待たされたんだからオレを恨んで当然だ!」
オレがマリーとの縁を無理やり断ち切られたように。
元奥方も、ニコライだかピョートルとの縁を断ち切られたのだ。
あのアホボンボンに何かされかけたところを、颯爽と現れたニコライに助けてもらう筋書きになってたんだ! オレがあの場で莫迦面さらしてさえいなければ!
あれは妄想じゃなくて、オレの存在が計画を台無しにした恨み言だったんだ!
「ヒース。落ち着いて」
「これが落ち着いていいいいいられないよ! だ、だってオレ、復讐のしかも――」
オレのほほに、手がそえられた。
つつみこむように、やわらかい。
「落ち着いて。もしそうだったとしても、あんたをすぐにどうこう出来るわけじゃない。デブとおつき3人の能力じゃ、今日明日のうちにあんたを王都へ連行できるわけがない。それに、ここの兵隊さんたちはあんたの味方。力づくでどうこうされることもない。違う?」
「……ちがわない、だけど」
「時間はある。それに、2年前のパーティの時とちがってあたしが側にいる。だいじょうぶ。なんとかなるから。今までだってそうだったでしょ?」
ああ。マリーだ。
目の前にいるのは、すっかりきれいになって、オレを受け入れてくれて、彼女になってくれて。
だけど、学生時代からの頼れる友人でもあるマリーだ。
試験範囲が急に変更になって、うろたえていたオレを、すぐに落ち着かせて、対策を一緒に考えてくれたマリーだ。
学園時代。ずっと助けてくれたマリールー・ライトだ。
「ひと風呂浴びてさっぱりしてきて。それから、あんたが信頼できる人達を呼んで。あたしたちと違う視点で見てくれるだろうから」




