13 告発者の名前
「マリーの方こそ、よくあんな部署で仕事し続けられたもんだ。オレよりよほど真面目さんじゃないか」
「そうするしかなかったってだけ。だって、あたしが入った時、あそこほんと誰も仕事してない状態」
どこかで聞いたことがある話だなぁ。
「女性職員がしてたんじゃ?」
「日常の業務はね。でも、一応それ以外の仕事はあるわけ。で、そういうのはみんなやりたがらない。だってさ、おっぱいとお尻しか期待されていないのに、仕事とかバカバカしいでしょ。で、そういうのがぜーんぶあたしにドドドドっと」
「……ひどいな」
職場として崩壊している。
あ。違うか。室長のための室長によるハーレムだからそれでいいのか。
「あたし、新入りでしょ。何年も前からあそこにいる古株のヒトから見れば、若いってだけで、脅威なわけ。で、そのいやがらせと、男どもから遠ざけたいっていうのもあって、余計に仕事が」
「別の部署の同期の奴に相談とかは?」
「所詮他人事だもの『アレに目をつけられて災難だったね。でも働き続けるなら我慢しないと』だってさ。それでおしまい。そのうえ、デブにも言われた、辞めたとしても、どこでも働けないようにしてやるって」
「あれでも侯爵令息で査察官だからな……」
『どぶろく亭』なんか、あいつが何かでっちあげれば、一発で営業停止だものな。
「それでも何度か辞職願を出したけど、全部なにか理由をつけて潰されて。さっきも話したけど、家族にはさっくり見捨てられたし。他の職場の同期もさ、『おっぱい部屋』の人間なんか避けるようになっていったし……」
「……オレっていい仕事環境にいたってつくづく思う」
「ほんと、うらやましい。毎日、あたしだけ残業残業。寮にも帰れなかった」
「うわ……」
「職場で寝ちゃったりしたら、いつ襲われるかわかんないから、倉庫とかの隅に隠れて寝たり、着替えたりしたんだ。夜の炊事場で忍び込んで体洗ったりもしたし。誰もいない炊事場で裸になって冷たい水でさ……あんただけには言うけど、涙がとまらなかったこともあったよ」
オレはだまって、マリーの身体を撫でた。
ひどくちいさく感じた。
彼女がそんな目に遭っていた時、何も知らず、何もしてあげられなかった。
それが悔しい。
「やーさしい。それともこれも女をかわいがるお仕事?」
「これが仕事ならいくら残業してもいい」
「じゃあ、もう少し残業してもらおうかな」
マリーはさらに身を寄せてきた。
オレの胸に、マリーのおっぱいがぎゅうっと押し付けられ。
脚と脚までからんで、体温がまじりあっていく。
「……でもさ、そのおかげで助かった面もあるんだよね」
「どこが!?」
「あのデブにくっついた3人組のひとり。メガネがいるでしょ。あいつの愛人気取りの先輩がいたんだ。その人、あたしがメガネに色目使ってるって思い込んで、あたしを備品倉庫に閉じ込めたことがあったの」
「どこが助かったに続くのかわかんないんだが……」
「そうしたらさ。あの部署の仕事が半日もしないうちに停止状態。仕事の8割か9割くらい処理してたあたしがいなくなったせい。それで大騒ぎ。あっちこっちから抗議が来て。次の日。あたしを閉じ込めたことをその先輩がゲロって、その人、クビ」
「……手を出しにくくなった、か」
「そうゆうこと。あたしまで他の女の人と同じように『仕事なんかやってらんねー』状態になったら、大変なことになっちゃうでしょ」
ひどすぎる状況が、マリーの身を最低限守ってくれたのだ。なんという皮肉。
「だけど、こんなところへ一緒に来たら」
ここは隔離されている。巨大な密室に等しい。マリーには逃げ場がない。
デブどもと何日も一緒に過ごす羽目になったら……。
「手を出していない女がひとりだけいるなんて状態。抑えが効かないケダモノどもが我慢できるわけないじゃん。あたしを何日間もかけて、じっくりいろいろして、遊べるし、仕事もさせられるおっぱいにするつもりだったんだって。職場で声高にしゃべってたから間違いない。しかもそれを聴いて、女たちも笑ってるし」
「うわ……」
まさに地獄。地獄の『おっぱい部屋』だ。
「あたしは……心が疲れちゃってて。あいつらの前では何されてもなんでもないような顔してたけど限界で……されちゃうんだろうな……ってあきらめてた」
マリーは、周りに全く味方がいない状態で、1年半近く抗った。
オレが側にいれば……何か出来ただろうか?
「ヒースだって、あんな恰好したあたしを見たら軽蔑するだろうって……情熱的に迫ってくれちゃって。予想外すぎて夢かと思っちゃった。夢じゃないんだよね」
「もちろん夢じゃない」
ちゃんと仕事をしててよかった。
仕事をしてただけだったけど、そのおかげで関所の兵隊さんたちにはなんとか認めてもらえて。
今回の件にしたって、バルガスやセンセイがいなかったら、こうしてふたりきりになることは、できなかったろう。
もしオレが、この関所の前任者達と同じようだったら。
マリーは、オレのすぐ近くで、あのデブ達におもちゃにされていただろう。
絶望して、何もかも諦めてデブのモノになってしまっただろう。
それが今、隣にいてくれる。
仕事しかできないオレだけど、まさにその仕事がオレもマリーも救ってくれた。
「そんなに泣きそうな顔しないでよ。あたしもなんだか泣きそうになっちゃうじゃない。それに、ただおもちゃにされるつもりはなかったんだ。あんたに伝えたいことがあったから」
「オレを好きだってこと……?」
今更なことなのに、マリーは、真っ赤になって。
「な、なにをきゅ急に! そうじゃなくて! あたしは、さっきだって、言うつもりなんかなかった! デブたちにされちゃうくらいなら、最初はせめて、あんたにされたい、そう思ってただけで……相思相愛だったなんて考えてもなかったんだから!」
オレは、重大なことに気づいた。
「ちゃんと言ってなかった! オレは、マリーのことが好きだよ。きっと昔から。2年前よりも前から」
「うわ、わ、わわわわ、わかったからそれは。その、もう伝わってるから! そうじゃなくて、そういう話じゃなくて!」
「それよりも重要な話?」
マリーはちいさくうなずいた。
「あんたを、第三室に告発したヤツが誰か、あたし知ってる」
「元奥方の婚約者の実家のアンナン侯爵家か? 元奥方の実家のブーベ侯爵家か?」
アンナン侯爵家は、慰謝料代わりに、この役職をくれた。
多分。アホボンボンの後始末をオレにおしつけたことへの慰謝料。
だが、オレは、元奥方と離婚。後始末から降りてしまったのだ。
向こうから見れば、暗黙の契約を破られたも同じ。
それとも、元奥方の実家。ブーベ侯爵家か?
目障りな元奥方をオレに押し付けたのに、オレは離婚。
なんてことしてくれるんだ。と逆恨みしているのかも。
マリーは告げた。
「ピョートル・ニコライエフ」
誰?




