12 元奥方ってば、すごいひとだった!
「はぁぁ……」
オレはベッドに仰向けに横たわったまま、溜息をついた。
心地よい疲労からくる溜息だ。
「後悔してる?」
マリーが、寝返りを打って、こっちへ顔を向けてきた。
暖炉の火のゆらめきが、しっとりと濡れた肌を浮かび上がらせている。
確かに、どちらかといえば地味な顔かもしれない。
でも、誰よりも愛らしく、きれいに見えた。
「後悔してない。2年遠回りしたけど、こうなってよかった」
ふたりとも裸だ。
さっきまで、オレはマリーを抱いていた。何度もひとつになった。
無我夢中で、我ながらへたくそだったけど。
なんか、バルガスの邪推した通りになったみたいで、そこはシャクだけど。
「あたしも……うれしい……ゆめみたい。ちかづいていい?」
「ああ。なら触れてもいいか?」
マリーは身を寄せてきながら、くすくす笑った。
「あたりまえでしょ。それに、さっきまでさんざん触ってたじゃない」
オレは足元で丸まっていた毛布をひきよせて、オレ達にかけた。
体を寄せあうと、マリーのにおいがする。
どちらともなく腕をくっつけて、手を握り合う。
あたたかい。
「でも……さっきは、別れたって聞いて、そうなんだって、止まらなくなっちゃったけど。あんたらしくないね。正直、意外」
「なにが」
「人の話を聞くタイプなのに奥さんとはうまくいかなかったなんて。それに、後からいろいろ聞いたけど、奥さんにかけられていた疑惑とかって、ぜんぶでっちあげでしょ?」
「ああ、婚約破棄の現場ですでに、そうなんだろうな、とは思ってた。いじめられてたり、モノを取り上げられたりしてるって方が、つやつやの肌して、いいドレス着てて。いじめてる方が、やせっぽちで、30年くらい型落ちのドレス着てるんだからさ」
「だったら……最初はどうあれ、あんただったら、うまくいきそうじゃない」
「それは……まぁ、いろいろあったんだ」
オレは、初夜の場でのやり取りを語った。
「そんなことがあったんだ……」
「…人のことを、嫁欲しさに陰謀に参加した強姦魔とか言われちゃったらね。百年の恋をしてたとしてもさめるさ」
なぜか、マリーは深い深いため息をついた。
「はぁぁ……あんたってばさ。やっぱり突発事態に弱い。融通がちょっと利かないよね。急に試験範囲が変更になったりすると、オタオタしてたものね」
「え?」
「あのね。元奥方から見れば、加担したも同じなわけ。だって、成り行きはどうあれ、お嫁さんにしたんだから」
「い、いや、でも、W侯爵家には逆らえないだろ」
「オレには婚約者がいます! って言えばよかったのよ」
「いや、でも、あの時は、まだ」
「そんなの時間が少々前後したってどうにでもなるでしょ。向こうだって、なら別れろ! とは言いにくかったでしょ。人目があるんだから」
「あ……」
侯爵家に逆らって平気とか、そんなこと、考えもしなかった!
「はぁぁ……あたしも出るべきだった……その場にいれば『素晴らしい御提案ですが、一歩遅かったです。わたしたち婚約してるんで』って言って。アホボンボンの前でキスくらいして見せたのに」
「う……」
「『白い結婚』だって、向こうは今更しらじらしい、そんなら結婚すんな! って思った可能性高そう。全く……まぁあたしは、あんたの性格知ってるから判らなくもないけど」
「面目ない……」
しょげてしまったオレに、マリーは、やれやれ、という感じで。
「まぁ、それでも、イケメンに助けて貰えるはずだったとか言われたら困っちゃうね。どこでそう思い込んだのかな?」
「さぁ……よほどひどい目にあってて、そういう妄想に逃げるしかなかったのかな、とは思ったけど」
マリーに指摘されて、改めて考えると。確かにオレらしくなかった。
あのアホボンボンとだって、何とか話そうとしていたオレだ。
いつもなら、もう少しコミュニケーションを頑張ったと思う。
相手の立場も、おぼろげながら判っていたわけだし。
「……目の前の相手がマリーじゃないのが、引っかかってたんだろうな」
相手はW侯爵家、うちは男爵家で、しかもオレは平民確定の四男坊。
逆らえるはずがないと納得していたつもりだった(言われてみれば逆らえたわけだけどな!)。
あの結婚は与えられたお仕事だった。
だけど、心の奥底まではそういう風には動かなかったんだろうな。
「……あたしさ、『おっぱい部屋』に異動させられるまでは、お見合いパーティとか出まくったけど、結局、誰とも付き合えなかった」
「もてなかったんじゃないだろ?」
「え……まぁ……みんな体目当てだったとは思うけど、声は何回もかけられた」
体めあてじゃない奴もいたろうと思うけどな。
だって、その時にはもう、マリーは下級官吏になっていた。
官吏採用試験を突破できるだけの頭があるということは、家に入れれば、領地経営の補佐を立派に勤め上げられると証明されたも同じ。
マリーは、単なる子爵家の四女(実質平民)より、価値がある存在になっていた。
いや、それだけじゃないだろう。
マリーはいいやつだ。
ざっくばらんで、話しやすい。親切で勤勉。でも、固いだけの人間でもない。
何より人の話を聞いてくれる。
それにちゃんと仕事だってする。
だけど、言わなかった。
マリーの魅力的なところは、オレしか知らないことにしたい。
心が狭いな、オレ。
「だけど……なぜか気が進まなくて……あたしごときが贅沢だ、と思ったけど、でも。ヒースじゃなきゃいやだったんだろうね……」
オレ達は裸のままよりそってしばらくそうしていた。
離れ離れになっていた2年間を埋め合わせるみたいだった。
「……でもさ。他人は、きっとあたし達のことバカだって言うよ。それとも恥知らず、かな」
確かに。
オレは、初夜の場で『白い結婚』を持ち出した恥知らずなバカ。
マリーは、デブの愛人。ふしだらな女。
元奥方と結婚する前から、マリーと関係があったと決めつけるヤツも出てくるだろう。
表面だけを見れば、そういうことにしかならないものな。
「もはや他人とか気にしてもしょうがない」
『白い結婚』と決めた時から、国を出ていく覚悟はできていた。
あ、しまった。
そのことをマリーに言ってない。
「それはそうだけど……あんたの元奥さん、今をときめくスゴイ人だもの」
「は? オレの元奥さんなにかしたの?」
「今、大流行りの『ショーギ』とか『オセーロ』とかの発明者でしょ」
「え……アレってそうなの!?」
兵隊たちの暇つぶしに取り入れたアレが!?
「他にも『ブラック&ホワイトランド』とか『マジャーン』とか『人生ゲーム』とか」
「えええっ。あれもこれもそれもそうなのか!?」
「他にも、ひとつのページに、ちいさな枠にくぎった絵を幾つも並べて、物語を作る『マンガ』とかも。それを広めて、発掘した絵描きたちを集めて、毎月出る絵物語みたいなのも作ってるよ。つまりやり手の経営者でもあるわけ」
あの時、才能があるとか言ってたが、せいぜい領地の差配ができる程度(それだって、十分凄いが)だと思っていた。
「あとね。『ショーユ』っていう調味料も作ったし。農具の改良なんかもしたし。今はなんか蒸気で動く馬車みたいなものを作ろうとしてる」
「……そうだったのか。すごいな」
あの妄想が一部とはいえ本当だったとは……世の中はびっくりでいっぱいだ。
マリーは苦笑と呆れが混じった表情で。
「うわ。ほんとに、知らなかったんだ。たぶんだけど、今や大金持ちだよ。後悔した?」
「と言われても……2年前に会ったきりだし。スゴイヒトダッタンデスネとしか」
「2年って……もしかして」
「うん、まぁね、なんせ『白い結婚』という約束だったから守らないと。旦那のお仕事として、給料の半分と、毎月の手紙と、記念日の贈り物はしてた」
マリーはオレの鼻先を、ツンと突いて、
「お仕事か……相変わらず真面目さんだ」
「『白い結婚』を相手へ提案する奴は、真面目と言わない」
今更ながら、つくづくそう思う。
マリーはちいさく笑った。
「そっかー。そりゃそうだね」
かわいらしかった。
そして、あの愚かな思い込みがなかったら、こうして再会することもなかったのだ。
人生ってわかんないな。




