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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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11 おっぱい部屋!? なにそれ?



「おっぱい部屋っ!? なにそれ?」


 オレが椅子から立ち上がりそうになるほど驚くと、


 ベッドに腰かけたマリーはうなずいた。


「法務省綱紀適正運用局第三室の通称」


 それって、綱紀適正運用なんていう職場につけられる名前じゃないじゃん!


「なんでそんな名前を……まさか」


 オレは思わずマリーの胸を見てしまった。


 今は羽織られたオレの上着に隠されたそれは、確かに大きかったけど。


「見たい? 2年前より一回り大きくなっちゃったけど」


 その声には、責める響きはなかったが、それでも


「すまん。話の流れで反射的に……だが、そういうことなのか?」


「属している女性職員は、みんなおっぱいが大きいから。あと結構お尻も」 


 うわー。当たって欲しくなかったが、納得。


「あのデブ、じゃなかったデーブ・アブレイン室長の個人的な趣味?」


「そ。このどうかと思う制服もぜんぶあのデブの趣味。ちなみに制服と下着の費用は、あいつのポケットマネーから。服代がかからなくて助かるけどね」


「よくそんなことが通るな……」


「ついでにいえば、女性職員はみんな、子爵家以下の家柄。しかもほとんどは三女か四女。無理が通ってなんとやらどころか、最初から通し放題」


「そうだとしても……」


 学園生時代、マリーがいつも大きめのブラウスを着て胸のふくらみをごまかしていたのを思い出す。彼女のことだ。官吏になってからもそうしていたはずだ。なのに。


「就職してから半年は、平々凡々と事務仕事してたんだ。職場も可もなく不可もなく。あんたがああなっちゃったから、お見合いパーティなんかにも出たりして……誰とも付き合うまではいかなかったけど」


 彼女が誰とも付き合っていなかった。と知って。少しほっとするのは心が狭いからなんだろう……。


 オレにそう思う資格なんかないんだから……。


「だけどさ、廊下ですれちがったかなんかで目をつけられちゃって。もっともあたしが最初に目をつけられたのはお尻の方だったらしいけど。優先順位は、おっぱい、おしり、顔なんだって。だからこんな顔でもいいらしい」


 今のマリーは化粧をしていなかった。それでも2年前よりもきれいに見えた。


 肌はつやつやで、光っているようだった。


 石鹸の香りがした。


 そういえば、風呂の時間からそう経っていない。だから化粧が落ちているんだ。


「……マリーは、その、きれいになったと思うぞ」


「え、な、なにを言い出すんだか急に、いやだな、もう」


「あ、すまん。その、オレはただ、お世辞とかじゃなくて、不意にそう思っちまったんだ。悪い。続けて」


「ええと、どこまで話したっけ……まぁそんなことが出来るのは、あのデブが侯爵令息だから、それなりに権力があるから。ちなみにあの筋肉どももそれぞれが侯爵令息。三男とか四男」


 オレやマリーと同じ立場なのに! これが侯爵より上と、子爵より下の差か!


「そいつら仕事は」


「できない。全然。全く。全員コネだもの。書類の読み方だって判ってるかどうか怪しいもん。そもそも第三室は、第一第二より木っ端な部署だし。だめにんげん保管庫だね」


「でも、仕事はあるんだろう。一応。ここに査察で来るんだから」


「書類仕事やってるのは女性職員たち。おっぱいの大きさで集められたと言っても、採用試験は通過してるから。男どもは女の品定めと、どうやってモノにするか競ってるだけ」


「うわー。噂ではそういう部署があるって聞いてたが」


 上級貴族さまってのは、すごいもんだ。


「だから、今回みたいに、ろくに調べないでもパッと終わる仕事を任されるわけ」


「オレの前任者達はひどかったみたいだからな……」


 真面目に仕事しててよかった! 報連相大事!


「なのに、こんな場所に赴任した誰かさんが真面目すぎるくらい真面目に偏執的に仕事してたから。あてが外れたわけ。今頃困ってるでしょ、あいつら」


「書類の山と格闘するはめになったんだからな」


「あいつら格闘すらできない。それ以前。今回の査察団の中で、書類の読み取り方知ってるのあたしだけだもの」


「……ってことは」


 マリーは、ふふん、と嗤った。


「あたしの身柄を司令官閣下に抑えられた時点で、あいつら詰み。まぁあたしも真面目にやる気なかったけど」


「そうか……とりあえず、冤罪は遠ざかったか。それと司令官閣下はやめてくれよ」


 少なくとも、解任される日くらいまでは。


 最初から罪になるようなことしてないけどな!


「でも、よかった……あんたがぜんぜん変わってなくて。手を抜かなすぎるくらいに真面目で」


「それなのに成績凡庸なんだよな……」


「あんたの解答って、緻密で細かいけど、細かすぎて時間内に終わらないから」


「仕方ないだろ。細かいところが気になるたちなんだよ。だけど、そういうマリーも変わってない」


 マリーの顔に影が差した。


「……変わっちゃったよ。こうやって話してると、なんだか昔通りみたいだけど……もう、学園で一緒に勉強してたマリールーじゃあない。あんただって、本当はそう思ってるんでしょ。ほら」


 そういうと、マリーは羽織っていた上着の前を大きく開いた。


 制服のブラウスで強調された胸は、2年前よりも大きいだけじゃなくて、魅力的だった。


 しかも、こうやって腰かけているだけで、短いスカートの奥までが見えてしまう。


 内ももに挟まれた黒い下着は、本当に細い幅しかなくて、もう少しで見えてしまいそうだ。


「オレは――」


「今のあたしは、第三室のおもちゃ。男どもの共有のおもちゃ。日頃からこんな格好してて、しかも人前でもおもちゃにされて、逆らうこともできない。家族にも娼婦になった娘なんか恥だって言われて縁切られたし」


「そんな!」


 オレは彼女が、まだデブのモノにされてはいないことを知っている。なんせ本人がゲロしたし。


 だが、デブから聞くまで、オレだってそう思ってた。


「辛そうな顔しないでってば。家族から縁切られるのも悪いことばかりじゃないんたから、もともとほったらかしみたいなものだし。変な縁談ももってこられずに済むしね」


 誰もが思っているのだろう。


 マリーは、第三室の愛人たちのひとりでしかないと。


 貴族の世界では、真実よりもどう見えるかが重要。というか、それしかない。


 いや、見えるものが最終的に事実になる、というべきなのか。


「今回あたしが査察団の一員にされたのだって、ここで過ごすあいだ、おもちゃにするためだったんだから。だけど、それも給料のうち。ひとりで生きていくのも金がかかるからさ」


 自分で自分を傷つけるようにしゃべるマリー。


「まぁ、あいつらにポイ捨てされたら。愛人欲しがってる爺さんに身売りするくらいしか――」


 オレはマリーを抱きしめていた。


 泣きそうだった。


「ちがう。そうじゃない。そういうんじゃない」


 マリーは、わざとらしく身をすりよせてきた。


 乳房をオレの胸にこすりつけるようにしてくる。 


「こうすればヒースもわかるでしょ。あたしのおっぱい大きくていやらしいって、おもちゃにしたいなら構わないから。おしりでもおっぱいでも好きにしていいんだ」


 オレはいやいやするように首を振った。


「マリーは変わったけど、変わってない。ぜんぜん変わってない。ほんとうだ」


「変わったの。あたしは、変えられちゃったの」


「ああ、そうさ。人間は変わる。2年もあれば誰でも。オレだって、仕事をしていただけなのに。いつのまにか何百人もの部下がいる人間になってた。だけど、それだけじゃない。それだけじゃないんだ。さっき判ったんだ」


「……さっき?」


「マリーが寒そうだった時。オレはなにも考えなかった。ただ寒そうで、上着をかけた。昔そうしたように、そして、これからもきっと、マリーが寒そうだったらオレは、同じようにする。何度でも何度でも」


 さっき、ドアが開いた瞬間。


 彼女の姿を見て、反射的に上着をかけた。


 それがすべてだった。


 そこには考えて、などという隙間はなかった。


 もしデブから聞いておらず、マリーがデブ達のおもちゃだと思い込まされたままだったとしても。


 あの時のオレは、やっぱりそうしたはずだ。


 それ以外にありえない。


「本気でそんなこと……」


 そう言いかけてマリーは首を振った。


「ごめん。わかるよ。あたしにも。だめになりかけてるアタシにも判るよ。あんたが本当にそう思ってるんだって。なぜだか判るよ。惨めな女に優しくしてモノにしてやろうとかじゃないって、なんでだろう……」


 マリーは熱くてやわらかくていいにおいがして、オレの知っている限りの一番ステキがみんな詰まっているみたいだった。


 2年前。話のついでのように結婚しようって言われた時からそうだったんだ。


「2年前。オレは言うべきだった。マリーはオレにとって特別だって。あの時も、あの前も、そして今もこれからも」


 離したくなかった。


 もう2度と。


「あの時ね。あたし、ヒースのことが好きだったの……かなり前から」


「そうだったんだ……」


 そう言ってくれれば、とは言えない。


 親しいふたりが、更に親しくなろうとする時、少し臆病になる。


「あんたと結婚したかった。他の誰でもないあんたと。だからあんな風に言ったの。だって、そっちがそう思ってくれなくても、冗談ってフリができるでしょ」


 それはオレも同じだったから。


「オレは……マリーがついでみたいに言ったのを言い訳に、自分の心に向き合わなかった。よく考えれば、好きでもなかったら、あの話を受けるわけもなかったのに」


 オレ達は、どちらともなく少し離れた。


 お互いお互いの顔が見たかった。


 マリーのちいさな黒い瞳が潤んでいた。


 そこに映っているオレは、相変わらず凡庸で格好悪かった。


 でも。


 マリーはオレを選んでくれた。他の誰でもないオレを。


 鼻と鼻がこすれるくらいに近づいて、それでもマリーは自嘲するようにつぶやいた。


「だめだねあたし……あんた、結婚してるじゃない。それなのに……」 


「ちょっと前に離婚した」


「! それ本当」


「ああ」


「じゃあ、もう止められないよ」


「止めないで」



 オレ達はキスした。


 天にも昇る心地ってこういうのを言うんだろう。



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