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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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10/60

10 そういう意図はないったらない!


 デブと取り巻きが出て行って、


「もう我慢しなくていいから」


 とオレが告げた途端。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! はぁつらかったぜぇくくくはははあっはははは!」


 下品な哄笑が爆発した。


 バルガスが、デブの右往左往っぷりに、笑いをこらえているのは、様子で判っていた。


「ぶひょひょひょ! あのデブのにっちもさっちも行かずにサインさせられた顔! ひゃっひゃっひゃ! にしても若親分も結構ワルじゃねぇですか! 口先三寸と紙ぺら一枚で、あのおっぱいとケツを自分のモノにしちまうとは!」 


 え? これってそういう書類じゃないよな?


 あらためて読んでみる。


『マリールー・ライト査察官は、日ごろから多数の問題行動が認められてきたが、上司である法務省綱紀適正運用局第三室長デーブ・アブレインは、最後の更生の機会を与えるため、ガルトリンクの関の査察任務の一員としてライト査察官を任命した。


 しかし。当査察官は、更生の機会を与えられたにも関わらず。その温情を踏みにじり問題行動を起こす兆候を示し始めた。その結果。ガルトリンクの関の業務とここで行われる査察業務に対して多大な不利益をもたらすが恐れが生じる事態となった。


 この問題に対処するため、当関の責任者であるヒース・マグネシア司令と法務省綱紀適正運用局第三室長デーブ・アブレインは協議の結果。当査察官が当関に滞在する間、厳重なる謹慎処分とし監視下に置くことに同意した。

 

 この上でなお、当査察官が犯罪行為を犯した場合、当関において警察権をもつヒース・マグネシア司令に処理は一任する。以上』


 ちゃんと両名のサインまで入った正式な書類だ。


 うん。どこもいかがわしくない。誤解の入りようがない書面。


 要約すると。


『デブめ! ここでお前はマリーに手を出せないんだよ!』だよな。



「そいつで、あの女をデブから取り上げて! 好き放題に出来るってぇいうんですからな! 狙いをつけた決め手は、やっぱりおっぱいですかい? それともケツですかい? ああいう地味顔が好みってぇことですかい?」


 と言われてしまうと


「……」


 そう誤解する余地がある内容……なのか?



 オレは抗弁した。


「処理というのはだ! オレが好き放題にするという意味ではなく」


「一任っていうのは好きにできるってことですぜ」


「彼女は学園で同学年だった顔見知りだよ」


「そのころから目ぇつけてたんですかい。2年熟させたら更に食べごろってわけで!」


「査察団がどういう意図でここに派遣されたのかもう少し詳しく知りたい。奴らと切り離せば、彼女は教えてくれるかもしれない」


 あの面子の中で、オレに何か教えてくれそうなのはマリーだけだ。


「くくく。取り調べってヤツですかい。男が女の体に訊くってぇのはよくあることじゃぁないですか。ああいうおっぱいでかい女は、ケツのほうが弱かったりするもんですぜ!」


 だめだ。何を言ってもそういうことにされる。


「そういうのではないんだが……なら同席するか?」


「最初は遠慮しておきますぜ。若親分の獲物ですから」


 最初でなかったらいいのかよ!


 オレは、諦めた。



 マリーの部屋は、王都側にある兵員たちの住居から離れた場所で、司令官室や会議室がある右の主塔と対になった左の主塔の中層部だった。


 来客用の部屋は、兵員居住区の一階にあるから、そこからも遠く離れている。


 っていうか、どの居住区よりもオレの部屋に一番近いんですけど!


「なんでこんなところに」


「むさくるしいゴロツキどもの近くにしたらナニが起きるかわかりませんぜ。それに、小さな風呂も近くにあるってことで、ここしかねぇでしょ」


 もっともらしい口調でバルガスは言うが……。


 なぜ『気を利かせておきましたぜ』みたいなウィンクする!?



 確かに、マリーに大浴場を使ってもらったりしたら、その身はたちまち危険にさらされるだろうし。


 欲求不満がたまっているであろう男たちの近くでは、落ち着かないだろうし。


 確かに、ここくらいしか泊められるところがない。



 だが、だ。


 この処遇をマリーはどう感じただろうか?



 同僚たちから完全に隔離され、しかも扉の外には見張りが立っている。


 デブと筋肉どもは、マリーの身体を狙うケダモノだが、マリーの目から見れば、ここの兵隊達もそう変わらないだろう。


 そして、オレもそのうちのひとりだ。


 再会した時、見ないようにしていたが、それでも見てしまった自覚はある。


 しょうがないだろ! あんな恰好だったんだから!


 だが、あの時の態度のせいで、オレもマリーの身体を狙う奴らのひとりと認定されて。


 男たちから隔離したのは、司令官としての権限を使って、あの体を好き放題にしたいからだと思い込まれてしまってるかも!


 今夜の訪問で、そんなつもりがないことを、どうやったら納得して貰えるだろう。


 ……今夜は止めて、マリーが、自分の安全を納得した頃合いで再チャレンジするか。


 っていうか、夜だよ夜。夜に女の部屋へ押しかけるとか、それでもうアウトじゃないか?


 夜這いだろう夜這い。絶対に体目当てだと思われる!


 いや、でも。


 デブに署名させ行動を抑えたとはいえ、明日になれば、あの書類は不当だ、とか騒ぎ出しかねない。


 安全確実に接触するなら今夜のうちしかないのだ。


 速く情報を知れば、対策も立てられる。



 ぐるぐる考えていたら、気づけば部屋の前についていた。


 バルガスは見張りをしてくれていた男に。


「これから若親分が直々に女を取り調べる! このことはしゃべんなよ!」


 男はオレを見ると『万事、わかっておりますよ』という感じでうなずいてくれた。


 いや、判ってないから! 絶対に誤解だから!


「若親分。誰も近づかねぇように離れた場所で見張ってますんで、ご・ゆっ・く・り」


 バルガスは、余計なことを言うと、ニヤリと笑って、親指を立てて見せた。



 いや、本当にオレにはそういう気はないから!


 だが、オレ以外は全員、そう思っているらしい。


 おそらくマリーもそう思ってしまうにちがいない……。




 この扉の向こうにマリーがいる。


 緊張している。


 ああ、オレは彼女に誤解されたくない、軽蔑されたくないし、嫌われたくもないんだ、と気づかされる。


 すでに遅いだろうけど。



 深呼吸した。そんなことで落ち着くわけではないけど、それくらいしか思いつかない。


 扉をノックする。


「マリー。ヒースだ。話がしたい。もしよかったら開けて欲しい」


 口がひりつく。声が裏返りそうになる。


 ってか、だめだろう。なれなれしすぎる。


 2年前とは違う。ふたりは気安い学園生同士じゃない。


 何もかも違う……。


「法務省綱紀適正運用局第三室所属査察官、マリールー・ライト子爵令嬢。この関の城代として今回の査察について幾つか聞きたいことがある。開けてくれないだろうか?」


 自分の口から出た余りにも他人行儀な言い方が、2年の歳月をあらためて突き付けて来る。


 扉の向こうから震えを帯びた声がした。


「……ヒースなの?」


 その声には、昔の響きがあった。オレ達が採用試験に挑む同志だった頃の。


「ああ、いや、そうだ」


「……ガルトリンク関の城代、ヒース・マグネシア男爵が、わたしに聞きたいことがあるのですね」


 向こうも馴れ馴れしいと感じて言い直したらしい。


「夜にすまない。だが、出来れば今夜のうちに話しておきたい。安心してくれ。他には誰もいない」


 言ってしまってから、夜に男が女の部屋へひとりでくるって、全然安心できることじゃない、と気づく。


 きっと完全に誤解された。


 オレはこの関所の最高権力でマリーを弄ぼうとしている卑劣漢だと。


「……わかりました。どうぞお入りください」


 ドアの鍵が開く金属音が妙に大きく響いた。掛け金が外される音も。



 扉が開いた。


 オレはマリーを見た。こわばった顔をしていた。


 ブラウスだけで上着は着ていなかった。


 暖炉は使っていないらしく、部屋の空気は冷たい。


 ひどく寒そうで、オレは、反射的に上着を脱いで彼女に肩に着せかけていた。



 そういえば、同じようなことが昔あった。


 こごえそうな日に、図書館で、ふたりで勉強していたら、マリーが眠ってしまったことが。


『どぶろく亭』でアルバイトをさせてもらって、足りない学費を補填していたから、疲れてしまったんだろう。


 オレもそうだったから判る。


 その時も、何も考えず、こうした。


 ちがう日。


 同じ理由でオレが眠り込んでしまったら、起きた時、彼女の上着がオレにかけられていた。




「ありがとう。まだあたしを、まともな淑女として扱ってくれるんだ……」


「オレにとって、マリー……いや、ライト子爵令嬢は淑女……いや同志だよ」


 マリーはオレを見上げた。


 その顔からはこわばりが消えていた。


「はは。マリーでいいよ。あたしちょろいや」


「オレもちょろかった」


「え」


「いろいろ考えてしまっていたけど、やっぱりマリーはマリーだ」


 たったこれだけのやり取りで、オレの頭から、恐れもためらいも消えていた。


「入って」



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