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彼女の願いはあまりに愚かで、切なくて  作者: 当麻月菜
プロローグ 私の願い
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ゆっくり更新ですが完結までお付き合いいただければ幸いです(o*。_。)oペコッ

 ──キーンコーンカーンコーン……


 4時間目の授業の終わりを告げる間延びしたチャイム音が教室に響く。


「じゃあ、今日はこれまで。お前ら、宿題ちゃんとやっとけよ」


 パタンと教科書を閉じた若い銀縁メガネの数学の先生が足早に教室から出ていく。それが合図となり、教室は一気に騒がしくなった。


「こっちこっち!」

「ねー、購買いく?なら一緒にいこ」

「お腹すいたぁー」

「あ、ジュース買ってこよっかなー」

 

 ガタガタと机やイスを動かす音とともに、級友たちの弾んだ声があちこちから聞こえてくる。


 そんな中、私は机に着席したまま動けずにいる。


 ──やっちゃったな。


 右も左も楽しそうに机をくっつけ合って、カラフルなナプキンに包まれたお弁当を取り出しているのに、その輪の中に入ることができない自分は、内気だった中学生のままだ。


「うわぁ、美味しいそう!」

「ねえ、これ交換しない?」

「あ、同じおかずだねぇー」


 きゃらきゃらと無邪気な声を上げながら、私以外のクラスのみんなは、お弁当を食べ始める。


 ──やっちゃったな。


 また私は、心の中で呟いた。


 一週間前に入学式を終えて、翌日から高校生活が始まって、今日から通常授業。当然、お昼休みもある。


 それは事前にわかっていたことだし、それまでに友達を作ろうと決めていた。


 でも、引っ込み思案で会話の糸口を見付けられない私は、ついつい誰かから声をかけてもらえることを期待して、積極的に友達を作ろうとしないまま今日に至ってしまった。


 その結果、一人でお弁当を食べる羽目になろうとしている。


 春休みに、皺一つないブレザーの制服を見つめながら、高校生になったら内気な自分とはお別れすると決心したのに。なのに自分は勇気を出せなかった。


 これは弱い自分が招いた結果で、自業自得である。

 

 そうわかっていても、こんな惨めな気持ちになるなら3時間目の授業の前にトイレに行った時、隣で洗面所を使っていた中村さんに声をかけておけば良かったと後悔してしまう。


 でも、中村さんはもうグループが決まっていて、そのグループには入れてもらえるような雰囲気じゃなかった。


 なら、朝、下駄箱で一緒になった渡辺さんに……駄目だ、渡辺さんは私のこと昨日、ダサイ子って言ってた。


 ──じゃあ……じゃあ……私は、誰に声をかければ良かったんだろう。


 後悔と言い訳と、すがるような思いを抱えて、私は教室をぐるりと見渡す。今からでも一緒に食べてくれそうな人を探すために。


 でも、誰とも目が合わなかった。みんな大小さまざまなグループに分かれてお喋りに夢中になっている。


 視線だけを動かして、時計を見る。気付けば、お昼休みのチャイムが鳴ってから、もう15分も経っていた。


 5時間目は移動教室だ。歴史の先生が今日は近代史で役立つドキュメンタリー番組を見せると言っていた。


 視聴覚室は校舎の一番隅にある。予鈴前に到着するためには、10分前には教室を出なくてはならない。


 トイレに行ったり、片付けとかの時間を引いたら、昼食を食べる時間は残り15分。だからもう、迷っている暇は無い。


 私は溜息を吐きながら鞄からナプキンに包まれたお弁当箱を取り出す。そして緩慢な手つきでナプキンを解いて、お弁当箱の蓋を空けた。


 唐揚げにハート形に型抜きした卵焼き。アスパラのベーコン巻きには可愛いピックが刺さっている。それとブロッコリーとプチトマト。ご飯は、大好きなそぼろ。綺麗に配置され、泣きたくなるほど彩の良い美味しそうなお弁当が目に映る。


 お弁当初日だからと母が張り切って作ってくれたそれを一人で食べるのが何だか申し訳なくて情けなくて……こんな日がずっと続くのかと思った瞬間、不意に涙がこみ上げてきた。


 でもみっともなく泣くことだけは避けたくて、唇を強く噛んだその時、


「ねえ、一緒にお弁当食べようよ」


 トンっと軽く机を叩かれたと同時に、満面の笑みが視界に入ってきた。


 背が高い自分とは正反対に小柄なその子とは、背の順でも、教室の席も離れていて入学してから一度も話したことがなかった。


 驚いて目を丸くする私に、あなたは顔を曇らせる。


「あ……ごめん、もしかして一人で食べたい派だった?お節介しちゃったかな」


 申し訳なさそうに眉を下げるあなたに、私は慌てて首を横に振った。


「ううん、違う。全然、違う!」

「良かった!じゃあ、一緒に食べようよ」


 再びぱっと笑顔になったあなたは、私のお弁当箱をひょいと持ち上げて少し離れた自分の机に置く。そして「椅子だけ持っておいで」と言って笑った。


 私は言われるがまま椅子をずるずる引きずって、あなたの傍にいく。


 そこにはあなた以外に2人のクラスメイトがいた。二人は私を見ても大袈裟に歓迎することはしなかったけれど、嫌な顔はしなかった。


 ほっとした私は椅子をあなたの隣に置いて、着席して、それからそっと会釈をする。返ってきたのは「真面目かっ」という、笑いまじりの突っ込み。


 微かに感じた嘲りに、無意識に体が硬くなる。そんな私の前に、あなたはトンッと何かを置いた。それは紙パックのパイナップルジュースだった。


「間違って買っちゃったんだ。良かったら飲んで」

「……え、あ……でも……」


 ぼっちの昼食にならなくて済んだだけでもありがたいのに、ジュースまでごちそうになってしまうなんて。


 さすがにそれは図々し過ぎるだろうと、私は上着のポケットから小銭入れを取り出し、ジュース代を渡そうとした。けれども、


「お金なんていらないよ。それにコレ、おごりじゃないし」

「え……?」

 

 お金を払わないでジュースをもらうなら、おごり以外の何物でもない。そんな気持ちがしっかり顔に出ていたのだろう。あなたは照れくさそうに笑ってこう言った。


「私……パイナップル苦手なんだぁ。子供の時に冷凍パイン食べ過ぎてベロが痛くなって、それからパイン味のもの食べると全部ベロが痛くなっちゃうんだ」

「そ、そう……そうなんだ」

「うん。ま、思い込みで痛くなってるってわかってるんだけどね。でも苦手なものは苦手なの。だからコレ、人助けだと思って飲んで。捨てるのもったいなし、持って帰っても飲まないし。ね?」


 ね?と言いながら、あなたはジュースを更に私のほうへ押す。だけど心配そうな顔で「もしかして、パイナップル嫌い?」と問いかける。


 押し付けつつも顔色を伺うその仕草がなんだか可愛くて、可笑しくて、遠慮をしていた自分がバカバカしくなって、私はジュースを手に取る。


「じゃあ、もらっちゃうね。ありがとう……えっと、いただきます」

「どうぞどうぞ、飲んで飲んで。あ、もうこんな時間!早く食べよ」


 時計を見て、ぎょっとした顔になったあなたは慌てて箸をとり、お弁当を食べ始めた。


 私は紙パックにくっついているストローを刺して、ジュースを一口飲む。口の中に少しぬるいパイン味が広がる。二口飲んでも、舌は痛くならなかった。


「お弁当豪華だね。お母さんの手作りなの?」

「あ、そういえば、どこ中?私はね───」

「ねえ、この後移動教室だけど、一緒に行こうよ」


 ポンポンとお弁当のおかずを口に入れながら、あなたは私に優しい言葉をかけてくれる。


 それに対して私はおかずを飲み込み、しどろもどろになりながら短く答えるのが精一杯だ。


 すでにお弁当を食べ終えたグループがいて、雑談に興じたり、教室を出て行ったりと、さっきよりも騒がしく教室全体は落ち着かない。


 でも不思議なことに、私はその騒がしさがまったく耳に入らなかった。


 にこにこと笑うあなたと一緒にお弁当を食べれることが嬉しくて、楽しくて────







 それから年月が過ぎた。


 気付けば私は、多くの望みを口にできることができない体になっていた。残り少ない時間をどう使うのか、選択を迫られていた。


 だから私は、願った。たった一つの望みを叶えて欲しいと切に願った。


 神様でも、他の誰でもない──あなたに。

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