表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/122

97話 美しい山並みを囲む



「姉ちゃん! 久しぶりでもないけど、久しぶりー! ケガとかしてない? 変なことされてない? あーもー心配でたまんないんだけど」

「ふふっ、大丈夫よ~」


 変なことは色々されたが、姉は元気だ。


「ブロンも体調くずしてない? ちゃんと食べてる? 心配してたよ~」

「あはは、全然へいきー!」


 グランドの金で贅沢三昧なわけで、弟は元気だ。


「でも、なんで下着屋? オレと会って平気なの?」

「うん、ちょっと協力してほしいことがあるの。ここなら、グランドさんの目も届かないでしょ?」


 レヴェイユがソファに座ると、ブロンは「協力?」と言いながら隣に座る。その対面に、クロルとトリズも座った。


 ……というわけで、四人は真面目な顔で、きわどいランジェリーの山を囲んで座ることになってしまった。山並みが大変素晴らしい。キャンプファイヤーみたいなワクワク感があって、なんとも良い絵面だ。

 クロルは、『置く場所を間違えたな』と思ったが、見てみぬフリをした。うっかりクロルだ。


 


 さて、時間がない。かくかくしかじかと話をし出す。展示室『赤の目覚め』の小部屋で見た壁画のこと。グランドをおびき出したいこと。でも、グランドは、簡単にはおびき出されてくれないこと。


「で、アンテ王女に瓜二つのブロンに、ぜひとも協力をお願いしたいってわけ」

「ふーん?」


 ブロンは、欠片ほども興味がないらしい。レヴェイユの髪を三つ編みにしたり、二つ結びにしたり遊びながら、なんとなーく話を聞いてくれた。


「ねぇ、ブロンお願い。助けてちょうだい?」

「まー、姉ちゃんとクロルくんの頼みなら、聞いてあげてもいいけどー」

「ク、クロルくん……?」


 突然のクロルくん。クロルくんは、ひどく混乱した。女装のレイ時代からのやり取りが脳内を駆け巡る。君付けされるような、素敵な思い出などなかったはずだ。


「ブロン、どした……? この数か月で人格変わった?」

「あははっ、変わったのはそっちの方っしょ。親愛をこめて、クロルくんって呼ぼうかなって」

「やめてほしい、逆に怖い」

「えー? ひっでー」


 以前は『ロージュ』とか、吐き捨てるように呼ばれていた気がするが、なんだか態度がやわらかいぞ。逆に怖い。


「大金払って、姉ちゃんのドジを助けてくれたと思ってたんだけど、ちげーの?」


 ブロンはどこまで知ってるのか、レヴェイユの髪をポニーテールにしていた。


 ブロンが言っているのは、懐かしのスリシスターの件だろう。

 パールのブローチを取り返したことで貰った報酬(国の金)を、レヴェイユが孤児院に寄付してしまったのだ。それをクロルが自腹を切って立て替え、もみ消したことで、レヴェイユは打ち首を免れた……という(cf.76話)だ。


「へー、それも知ってんのかよ、さすが情報屋だな」

「クロルくん目立つもん。潜入騎士だからフェイク情報めっちゃ多いけど、より分けるコツを掴んだもんでね」

「コツって?」

「ヒミツー」

「はは、怖……。俺のプライバシーってホント死んでるよな。もう慣れたけど」


 ブロンはレヴェイユの髪を解いて、ワシャワシャふわふわと遊びながら「あははっ、共感!」と笑った。


「姉ちゃんを助けたってことは、オレを助けたも同然! オレのお願いを一つだけ聞いてくれるなら、協力してあげてもいーぜ?」

「タダじゃねぇのかよ」

「だって、相手はグランドさんっしょ? こちとら食いしん坊キャラを貫いて、あっちに踏み込まないよーにしてんのに、オレが敵だってバレたらどうなると思う? 物理的に首を切られて、首から上だけ飾ってそー。クロルくんには恩を感じてるけど、金で買えないものってあるじゃん?」


 命は大事。クロルとトリズは目を合わせて『仕方ない』と同意した。元より、タダとは思ってなかったし。


「で、お願いってなに?」


 クロルの問いかけに、ブロンはレヴェイユの髪遊びをやめて向き直った。


「この任務が終わったら、姉ちゃんを解放してほしい。騎士をやめさせたい」


 隣にいるレヴェイユをぎゅっと抱きしめて、青い瞳を苦しそうに歪ませていた。その姿は、家族を取られたくない子供みたいな必死さがあって、クロルは少し胸がキュッとした。


「オレ、この四か月で思い知った。やっぱり姉ちゃんと離れて暮らすとか無理。オレたち、普通の家族と違うじゃん。一緒にいることって、すっげぇ意味あるなって……。もう泥棒業はやらないって誓うから、お願い!」

「ブロン」

「クロルくんなら分かるだろ? 金で買えないものがあるって……知ってるっしょ?」 


 『知ってる。俺もそう思う』と即答したかった。でも、もどかしくもそれは出来なくて、クロルはトリズに視線を向ける。

 もちろん、トリズは小さく首を振った。そりゃそうだ。彼女がしてきた事を考えれば、この任務でハイ終わりとはならないだろう。


 他人の幸せを奪うのも、仕事の内なのかもしれない。ブロンにとっての唯一の願いだろうに、他の願いに変えてもらわなければならない。クロルはやたら重い唇を開いた。

 でも、重だるい声を出す直前、「ねぇ、ブロン」と優しくたしなめる声が、クロルの言葉を止めた。


「私もね、ブロンと離れて寂しい。でも、騎士は続けたいと思ってるの」

「ぇえ!? 姉ちゃんが? それマジで言ってる?」

「うん、本気よ~」

「ウソだろぉ? 改心でもしちゃったっての?」

「ふふっ、別に改心はしてないけどね」

「なんだ、よかったー」


 全く良くはない。


「でもさぁ、騎士やってたら離れて暮らすしかねーじゃんか」

「そうねぇ……あ、でも寮住まいじゃなくて、自分のお家に住んでる騎士さんもたくさんいるわよ? デュールさんとか。トリズさんもそうですよね?」

「うん、まぁそうだけど~」


 トリズは濁した。真面目に騎士職に励んでいるとは言え、彼女を寮から出して普通の騎士と同様に自由を与えて良いものか。クロルと離れたら彼女の悪党心は、どうなるのだろうか。正直、判断が難しい。

 となると、印籠を見せて意見を変えさせるのが手っ取り早い。レヴェイユの印籠といえば、やっぱりクロルだ。


「でも、ソワちゃんが寮から出たら、クロルと隣の部屋じゃなくなっちゃうよ? 寮にいた方がいいんじゃないかな」

「いえ……どのみち、お隣さんじゃなくなっちゃうんで、いいんです」


 レヴェイユは、そこで一口果実水を飲む。ちゃぷん、ゴクリと音がする。


「それに……クロルだって、いつまで寮にいるか分からないでしょ? 結婚とかしたら寮住まいじゃなくなっちゃうし……もう、いいんです」


 クロルは「はぁ?」と口を挟んだ。吸った空気と共に、アロマキャンドルの香りが肺まで入り込む。


「なにそれ。俺、結婚する予定なんてねぇけど?」

「あ、えっと、例えばの話デス。だって、結婚した騎士さんって寮を出るじゃない? それに、手狭だからって出る人もいるみたいだし」

「まぁ……単身者向けだし、そういう慣習があるにはあるけど」

「ね? 先のことはどうなるか分からないもの。あの、トリズさん、私って寮から出たらだめですか? 距離が問題なら、騎士団本部の目の前に家を借りるとか、どうかしら……?」


 レヴェイユの案に、ブロンは一気にテンションを上げた。


「いいじゃん! オレ、住むとこなんてどこでもいいし。なんなら騎士団本部の中庭に家建てようぜー」


 なんという乗っ取り計画。


「それはやめて欲しい~。でも、ソワちゃんの給金は出ないだろうから、家を借りるのは厳しくない?」

「そこは、オレが頑張る! 姉ちゃんのためなら何でもやるよ」


 本当に何でもやりそうで怖い。


「僕は余計に不安になったよ。う~ん、大丈夫かなぁ」


 頭を抱えるトリズの肩をポンと叩き、クロルは(ねぎら)った。


「トリズが不安に思うのはわかるけど、レヴェイユなら大丈夫。寮だって、こいつがその気になれば、簡単に逃亡できるの知ってんだろ?」

「それを言われると、ぐうの音も出ない~。とりあえずクソ親父に掛け合ってみるよ」


 すると、ブロンが「ちょいちょいちょい!」とストップをかける。


「舐めないでくんない? カドランだか何だか知らねーけど、今、ココで、確実に、約束してくんないなら協力しないぜ?  グランドさんをおびき出す作戦が上手くいった後に、『やっぱナシで』とか言われたくねーもん」


 ブロンがまくし立てると、トリズは「も~、ワガママ坊主だなぁ」と困り顔。バチバチとテーブルの上で火花が散る。やはりこの二人、相性が悪い。


 クロルは、間に入るように「まぁまぁ」と続けた。


「交渉材料が必要ってことだろ? それならこういうのはどう? もし、レヴェイユが逃亡したら、クロル・ロージュの首をはねていい。俺がここまで言えば、カドラン伯爵も納得するだろ」

「えっと~、……それはクビ?」

「いや、首」


 トリズは、ひゅっと笑顔を引っ込めた。そして、反動がきたかのように「あはは!」と大爆笑。


「おっもしろい! クロルがそこまで言うなら、僕も身を削らないとね。何としてもクソ親父にイエスと言わせる。全面的に協力してくれるなら、サブリエ征討任務の終了後、ソワちゃんは寮から出ておっけ~。約束完了ね。ブロン、これでいいかな?」

「マジ!? クロルくん、ありがとー! 超うれしー!」


 クロルに懐いたブロンは、非常に協力的だった。いつになく真面目に話を聞いてくれて、作戦の詳細を詰めることができた。ブロンからデュールにも情報共有をしてもらい、マミちゃんとの約束である二時間が終了。


 トントントントン。


「お客様~、いかがですかぁ?」


 そこでちょうど。マミちゃんの確認ノックが入る。ブロンは「じゃあ、オレ帰るねー」と、レヴェイユと別れのハグをして窓から逃亡。


「お客様ぁ~?」

「あぁ、ごめん。今、開けるから待っ……痛っ!」


 慌てて立ち上がったのが悪かった。クロルはうっかりとテーブルに足をぶつけてしまった。不運なことに、テーブルの上には果実水が置いてあるじゃないか。足がぶつかった衝撃で、果実水がグラグラと揺れる。ぐらぐら、ぐらぐら。


「あ……!」


 クロルの美しい『あ』という声と共に、ガチャンびちゃん、ドバーと果実水が倒れる音が響く。

 忘れてはならないが、果実水が倒れた方向には、ランジェリーの山があるんですけど。家族の絆とか真面目に語っちゃった真ん中に、まるでキャンプファイヤーみたいに鎮座しているランジェリー山があったわけで。


 きわどいランジェリーたちは……甘い香りの果実水で水浸しになった。うっかりクロルが過ぎる。


「まじか」

「あちゃ~、やっちゃったね」

「あらまあ、大変」

「……トリズ、これ経費で?」

「落ちませ~ん」

「だよな」


 クロルは、きわどい山々をチラリと見て、ため息一つ。その視線を、そのまま彼女に向けた。


「……レヴェイユ、これいる?」

「え! 私? もらっていいの?」

「良いも何も、これを俺にどうしろと?」

「……どうしようもないわよね~。ふふっ、可愛いのばっかりで嬉しい! 遠慮なくいただきます」

「助かります(敬語)」


 トントントントン。


 マミちゃんのノック音が無慈悲に響く。クロルはスッと立ち上がり、覚悟を決めてドアを開けた。よく覚悟を決める男だな。


「どうでした~? 吟味できました?」

「ははは、結局二時間かかったよ。ありがとう」

「わかりますぅ」

「それで……申し訳ないことに、商品を汚しちゃったんだよね」

「二時間の吟味ですもんね、そうなるかもとは思ってましたぁ。覚悟の上です、お気になさらずに~」


 なんとなく噛み合っちゃう会話。


「いやもう、床まで汚れちゃって……申し訳ない」

「床まで? わぉ、それはそれは」

「本当にごめんね? でも、二十セット、全部買うからさ」

「え! 二十セットを、全部お汚しに……? ということは、二十セットを全部お汚しになられた、と?」


 同じことを二回言うと、二回目は意味深に聞こえるのはなぜだろうか。


「ははは、うっかりね」

「わぉ、アンビリーバボー。リスペクトですぅ。師匠、サービスしておきますね!」

「師匠? うん、ありがと?」

「お買い上げ、ありがとうございまぁす」


 きわどいランジェリーは、布が少ない癖にとても高かった。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マシュマロ

↑メッセージやご質問等ありましたら活用下さいませ。匿名で送れます。お返事はTwitterで!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ