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96話 とあるショップで鳥笛を



 とりあえず、ブロンを呼び出す算段をつけたクロルたち。もう秋の園遊会まで時間がない。早速、明日決行しようということになった。


 そうして、あーだこーだ相談をしたり、途中、クロルはエタンスに呼び出されて詰問されたり、忙しい一日を過ごした。


 そうすると、コゲ色アジトにも黒く焦げたみたいな夜が訪れる。



 クロルは、窓の外に降る雨の音を聞きながら、二階の寝室にランプを灯していた。二人とも風呂に入り、もうパジャマ。あくびをせずとも寝る時間だ。


 レヴェイユは寝る前に髪をブラシでとかしたり、保湿する的な何かを顔に塗りたくっている。

 クロルはベッドのヘッドボードに背を預けて、ぼんやりとランプを見る。明日のことやら何やら、考えながら。


 コチコチ、カチカチ。時計の音が聞こえる。


 ……正直に言おう。なんか暗い。ランプで明るくできない空気が、どよよ~んと漂っているじゃないか。なんでこんなことになってしまったのか。いっそのこと『スケコマシ!』『地獄耳!』とか、使い慣れない言葉で罵り合ってくれた方がマシだ。


 そんな空気の中、レヴェイユは寝支度を整えたようで、クロルの隣に入り込んできた。


「ふぁ~。明日は久しぶりにブロンとおしゃべりできるかしら」

「二か月ぶりくらいか」

「うん。楽しみ、ふふっ。明日に備えて、もう寝るね」

「楽しみにしすぎだろ。おやすみ」

「おやすみなさい~」


 大きな薄手の掛け布団が一枚。相変わらず、彼女と半分こだ。


 いつもなら、おやすみを言い合った瞬間に、ひっついてくる彼女。それに対して、クロルが暑いとか狭いとか文句を言うのを皮切りに、しばらくはおしゃべりが止まらない二人。

 でも、今日は違う。ひっついてもこないし、馬車が雨を弾く音とか、少し強い風の音とか、時計の音とか、そういうものがよく聞こえる。


 静寂が訪れた、その三秒後。


 ……すー、すー、すー、すー。


 はい、気まずい時間は早々に終了。彼女は寝付きが良くて眠りも深いし、寝起きだって悪い。うらやましいほどに、欲望に忠実だ。


 寝付きが悪いクロルは、目を開けたままゴロンと向きを変える。彼女の目元に美しい手を当てながら「おやすみ、レーヴェ」と、もう一度呟いた。本当、悪い男だ。




 翌日の朝。クロルたち三人は、ブロンを呼び出す場所に向かおうと支度をしていた。クロルが階段を下りていると、階下からトリズが声をかけてくる。


「あ、クロル。馬車が来たみたいだよ~」

「よし、行くか」

「……その格好で?」

「え?」


 レヴェイユもトリズも私服なのに、クロルだけ思いっきりポレル私兵団の制服を着ていた。紫色がよく似合う。うっかりクロルだ。


「あ、間違えた」

「クロル~? 今日はポレル私兵団としてじゃなくて、騎士としてでしょ~?」

「悪い。頭が私兵団モードになってた。着替えてくる」

「目立たない服でね!」

「了解」


 そんなこんなで、着替えたクロルが乗車したところで馬車は動き出す。馬車の行き先は、とあるショップ。昨日、三人で頭をひねって絞り出した結果が、その店だ。


 さて、どこだかお分かりだろうか。


 その店は、グランドやエタンスにとっては入りにくいお店だし、彼らが用事で立ち寄ることもない。そもそも飲食店みたいに長居する場所じゃないから、かち合う可能性は低い。

 正直に言えば、クロルとトリズも入りにくい店だが、レヴェイユがいるならばギリギリセーフだ。

 一方、ブロンはその店に何回も入っているし、かなり気軽に訪れている。店員さんは、根っからの()()()()のため、グランド側の内通者である可能性もゼロ。


 もうお分かりだろう。満を持して登場、きわどいやつのラインナップが充実している、レヴェイユ御用達ランジェリーショップ店長、マミちゃんだぁあ!


「いらっしゃいま……やっだ! すっごいいっけめ~ぇえん!」

「どうも。男性がお邪魔しても大丈夫?」


 慣れすぎて、サラリと流す、褒め言葉。


「ええ、もっちろんです。あらら~? 恋人同士でご来店なんてステキ!」


 マミちゃんは、クロルの後ろにいるレヴェイユに気付き、ニコニコ通り越してニヤニヤし出す。楽しそうな店員だ。


「ははは。彼女のために、二十セットくらい選んでもらえる?」

「わぉ……二十セットもですか?」

「色んなパターンを見てみたくてさ。下着って重要だから」

「超重要ですよね、わかりますぅ」

「かなり長くなると思うけど、フィッティングルームをお借りしても?」

「もっちろんです! ……あら?」 


 そこでようやく、マミちゃんはレヴェイユの後ろにいる紫頭のニッコリボーイに気付く。さすがは度胸の男、トリズはニコニコしながら指を三本立てた。


「僕たち三人なんで、大きいフィッティングルームがいいんですけど。音がもれにくくて、覗かれる心配のない完全個室がいいな。あ、でも換気がしたいので、窓は必要だね。そんな部屋、ありますか~?」


 少年フェイスから繰り出される要望がイカガワシイ。誤解を生むのが大層上手い。


「わぉ、斬新系お客様ですね? 奥のお部屋でよければ、三名様でもいけちゃいますけどぉ……」


 さすがのマミちゃんも首を傾げる。当然だ。奥の部屋で何をする気かしら、と彼女の濃いアイメイクが訝しげ……いや、好奇心で輝いている。さすがのマミちゃんだ。


「ははっ。俺たちは至って健全だよ。気にしないで大丈夫」

「わぉ、いけめぇん……」


 クロルは胡散臭い笑顔で、マミちゃんの好奇心を蹴散らした。ブロンとオトモダチなのだから、大層面食いなのだろう。蹴散らされ方が小慣れている。


「理解しましたぁ。特殊な事情、ウェルカムで~す! 三名様、ごあんなぁい~♪」


 ご案内といっても、彼女がオーナー兼店長兼店員の完全個人経営店。特殊な事情と共に、そのまま奥の部屋に案内してくれた。


 パタン。カチャリ。


 かなり大きめの……フィッティングルームというか、普通のルームに通された。

 商談で使うのだろうか。部屋には可愛いソファとテーブルがあり、テーブルの上には来客用の果実水。部屋の隅にパーテーションで区切られた着替えスペースがあり、アロマキャンドルが焚かれていた。甘い香りがただよう部屋だ。


「よし。尾行は大丈夫そうだし、今ならマミちゃんもいない。レヴェイユ、ブロンを呼べ」

「マミちゃんが来る前に早くね~!」


 ナチュラルに『マミちゃん』呼びのメンズたち。


「はぁい、窓を開けてもいいかしら?」

「手短にな」


 レヴェイユは頷いてから窓を開け、笛を吹いた。


「ぴゅ~~♪」


 十秒ほどリズム良く笛を吹いて、そして「コホン」と咳払いをしてから歌い出した。笛は前奏なのだろうか。


「ブロン~♪ 会いたぁい~♪ 寝るまえはぁ、どうか抱きしめてぇ~大好きぃと伝えて~♪ ずっとぉ、いっしょにぃ~ららら~♪」


 彼女は三十秒くらいライトでポップな曲調の歌を口ずさみ、後奏らしきメロディーを鳥笛で「ぴゅ~♪」と吹いてから窓を閉めた。


 チラリと窓の外を見ると、先ほどまでいた鳥がどこかに飛んでいく。クロルは思った。歌う必要はないんだろうなって。大方、ブロンのおふざけなのだろう。

 トリズは「ファンタジ~」とか言いながら、手拍子で盛り上げていた。半笑いの笑顔で、見事に馬鹿にしていた。


「ふぅ、久しぶりだったから喉の調子がイマイチだったかも。ちゃんとブロンに届いてるか不安ね、練習しておかないと……」

「コホン。まぁ、その、練習もほどほどにな……? これでしばらく待てばいいんだよな」


 そのとき、トントントントンとノック音。


「お客様ぁ~。二十セットお持ちしました」


 ドアを開け、クロルがそれを受け取る。大量のランジェリーを抱える美形。これは良い絵面。


「うん、センスがいいね。ありがと」

「い~え。なんだかライトでポップな歌声が聞こえたような気がしたんですけど~?」

「あぁ、彼女のテンションが振り切っちゃってて。ほら見て、スキップでもしそうな勢いで、ソワソワしてるだろ? よほど(ブロンに会うのが)楽しみらしい」

「なるほど、よほど(イケメンとのアレコレが)楽しみなんですね~。理解ですぅ。あ、そうそう、とりあえ目測で持って来ちゃったんですけどぉ、サイズをお計りしてもよろしいですか?」

「あぁ、サイズは上から89.5、57、90だよ」


 クロルの後ろで、レヴェイユが「え!」と固まっていた。しまったぞ、気色悪い測定能力がバレてしまう。うっかりクロルだ。全力で流そう。


「あ、私の目測と一緒ですぅ」

「さすがプロ中のプロだね。この部屋、二時間くらい借りてもいいかな?」

「わぉ、吟味しますねぇ! 水分補給は大事なんで、テーブルにある果実水もご自由にどうぞ~」

「ははっ、ありがと」


 クロルはパタン、カチャリとドアを閉めた。使う予定のない大量のランジェリーは、テーブルの上にそっと置いておこう。


 プロ中のプロであるマミちゃんが、レヴェイユというよりはクロルを見てセレクトしたやつだ。チラッと見ると、普段レヴェイユが使っているものより、きわどかった。どういうことなのだろうか、そういうことなのだろう。そっと目をそらした。


「ブロンは、大体二時間以内には来るんだっけ?」

「うん。最短記録は二十分くらいかしら」

「待つしかないか」


 クロルはグラスに果実水を注ぎ、確かめるように一口含む。飲んでも大丈夫そうだな、と思ったところで、外に気配を感じた。


 瞬間、クロルとトリズは同時に動いた。窓に向かってトリズが構え、クロルは音もなくグラスを置いて、すぐさまレヴェイユを背中に隠す。視線は窓だ。


「姉ちゃん、呼んだ!?」


 窓からひょこっと顔を出したのは、金髪碧眼の美青年ブロン・レインであった。

 レヴェイユの歌からたったの五分、最短記録を大幅に上回った。もう汗だくだったから、これは久しぶりにプライベートの姉と会えると思って、全力で来たに違いない。愛だ。

   

 しかし、残念ながら、窓越しに目が合ったのはトリズだったけど。


「なんだ、サブリエかと思ったらブロンじゃん~」

「げ。姉ちゃんかと思ったらトリズじゃん!?」

「あれ? 呼び捨て~?」

「あ、トリズサン。こんちゃーす。間違えました、さよーならー……」


 いそいそと帰り出すブロン。しかし、当然ながら「待って~」とやわらかい声が聞こえて、ぐるりと(きびす)を返す。


「姉ちゃん~!」

「ぶろん~! ブロンだ、ブロン~! 会いたかったぁ」


 窓枠を飛び越えて再会のハグ。今日もレイン姉弟は仲良しこよしだ。


 一人っ子の天涯孤独人間であるクロルは、姉弟っていいなぁと思ってしまった。一人っ子で三人兄弟という複雑育ちのトリズは、心底興味ない様子。窓の外を警戒したり、しっかりと施錠カーテンをしたり。人生は様々である。

 








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マシュマロ

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