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95話 信頼と対面、隣にいない彼女



「え……」


 朝。クロルは目を開けて絶句した。昨日、この部屋のランプは一度も灯さず、ずっと暗いままだった。それが悪かった。


「真っ赤じゃん。なんだよこれ……」


 彼女の目元が赤いのだ。赤いというか、もう痛々しいほどに真っ赤。『ボロボロこぼれる涙を、無理やりこすって止めました』そんな感じの目元だった。


 クロルは、すぐさま彼女の背中に手を滑り込ませ、グイッと起き上がらせる。


「レヴェイユ」

「ん……? くろる? あら、目が開かない~」

「昨日、泣いただろ。腫れてる」

「ふぁ~。えっと、ソウダッタカシラ……? 目が開かないので、お顔を洗ってキマス~」


 彼女は半分しか開かない目をこすりこすり、顔を洗いに出て行ってしまった。


 普通であれば、ここで彼女を追いかけて、洗面所で囲い込み、追及と弁明をするのかもしれない。しかし、色気をまとってベッドに腰掛ける美しきクロル・ロージュは、そんなことしてくれない。


「あいつ、盗み聞きしてたな」


 追及などしなくても分かる。レヴェイユのことだ、どうせ王城の侍女に言っていたスーパーテキトー発言を、鵜呑みにしてしまったのだろう。


 必死になって女を追いかける姿など、彼は見せてはくれない。それはプライドとか体裁の問題ではない。そんなことをいちいち気にしなくても、クロルは美しく格好良い。


 クロルが追いかけないのは、彼らが正面きって感情をぶつけ合うような、正しい関係ではないからだ。核心めいた話をするのも、カーテン越しがやっとこさ。ここまでずっと、任務を盾にしながら演技と本音を混ぜこぜにし、互いを奪い合うようにして、どうにか近づいてきたのだ。

 今更、洗面所で流れる水の音を聞きながら、『あんなのテキトー言っただけだ。俺を信じて』なんて面と向かって弁明ができるわけもない。そんなの愛の告白と何が違うというのか。


 でも、そんな奪い合うような方法だって、人はちゃんと近づける。その証拠に、彼は彼女を深く理解していた。彼女が泣くのも怒るのも、下手っぴなイントネーションで一生懸命にはぐらかすのも。その全てはクロルのせいで、クロルのためなのだと。

 

「なんでこうなるんだよ……あー、最悪。あと三週間しかないっていうのに。はぁ、どうすっかなぁ」


 卑怯になりきれないクロルは、顔からベッドに倒れ込む。ぼふん。美しいえり足に朝日が当たって、焦げそうだった。




 さて、ここは放置プレイの権化、クロル・ロージュだ。こじれちゃった恋愛も、飲み会の片付けも、一旦は放置して仕事だ、仕事! 税金から高い給金をもらっているのだから働かねば!


 クロルは顔を洗って着替えて、キッチンに立つ。軽く朝食を取ろうと、フライパンでパンを焼きはじめる。

 リビング側をチラリとみると、ソファから紫頭と苺頭がはみ出ていたので、そちらに向かって話しかけた。


「トリズ、レヴェイユ。昨日、展示室『赤の目覚め』を見たけどさ、あの小部屋どう思った? 俺、あれを見たときに、ピンときたんだよ。グランドを引きずり下ろすためには、ブロンを使うしかないかなって。あの壁画、まじでやばかったよな? デュールでさえ口開けて驚いてたし。俺たちが思ってるよりも、グランドはアンテ王女に夢中なんじゃねぇかなぁ。だから、あの小部屋と……あとはトリズ・カドラン。そこらへんの材料を使って、グランドを捕縛する作戦を思いついたんだけど……あ、やべ焦げてる! っつーか、聞いてる?」


 クロルは、うっかりと焦がしてしまったパンを皿にのせ、ソファを覗き込む。


「全く聞いてねぇな」


 紫頭も苺頭も、ほぼ意識がなかった。酒臭いし辛気臭い。仕事しろ。




 どうにか二人をシャキッとさせて、思いついた作戦を伝える。

 内臓年齢ですら若いトリズは、すっかり酒が抜けた様子で、ふむふむと聞いていた。レヴェイユは目元をタオルで冷やしながら、ぼんやりとしていたが。


「やるじゃん、クロル~! この捕縛作戦、いいよ。すごくいい!」

「色んなパターンを考えてきたけど、どれも決め手にかけてた。これならいけると思うんだけど」

「うん。だとすると、グランドを展示室におびき出さないと。……だとすると、ブロンかぁ」


 トリズはレヴェイユを見ていた。言いたいことが分かりすぎるクロルも「ブロンかぁ」と同調する。



 やんちゃ悪女だったレヴェイユも、自由人ではあるものの、任務を滞らせるような勝手な振る舞いはしなくなった。クロルが手綱を握っているからこそ、クロルさえ指示を間違えなければ、レヴェイユは安牌(あんぱい)だ。


 しかし一方で、レイン姉弟の片割れであるブロン・レインはどうだろうか。彼の手綱を握る人物はいない。


 ここまでの任務を思い出して頂きたい。


 奇跡の王女顔でグランドとパイプを繋ぎ、デュールとグランドの橋渡しをしてから先、ブロンは大きな活躍をせずにいた。それは彼が自由人で、これ以上の協力を仰ぐことが難しいからだ。


 姉を人質に取られている上に、親友に協力をお願いされているから、文句を言わずにやってくれているだけ。騎士でもなければ、正義の心も持ち合わせていないのだ。グランドの近くに潜んで、口を出さずに、口に美味い飯を入れて(つぐ)んでくれているだけで、ありがたいことなのだ。


 ブロンだって、それを理解しているのだろう。その証拠に、クロルたちは一線を引かれている。

 なにせ、ブロンからの連絡は白い鳥が運んできてくれるが、こちらからブロンに連絡する術はない。本来、鳥は手紙の返事を受け取るように調教されているだろうに、どういうわけかクロルたちを待ってはくれない。

 それにも関わらず、ブロンはこちらの事情を大まかに知っている様子なのだから、情報屋恐るべし。


 彼の自由度を知るべく、一例を挙げよう。グランドから、ポレル私兵団の一件を仕掛けられたときのことだ。


 デュールからの連絡を受けたクロルたちは、グランドの思惑を知るために、郵便屋の記録を調べたり、カドラン伯爵経由でポレル私兵団の内情を調べたり、それはもう忙しく駆けずり回っていた。

 デュールだって、できる限りのフォローをしようと大忙し。


 でも、ブロンだけは違った。実は、グランドがポレル私兵団団長への手紙を書いていたときも、郵便屋に渡していた瞬間も、その横にブロンはいた。郵便屋の記録だけでなく、グランドはブロンを証人にしていたのだ。


 しかし、ブロンは細かい連絡をせず、デュールから渡された『グランドが何かを仕掛けた。ポレル私兵団に関わりがありそうだ』というメモを、そのまま鳥に運ばせただけ。


 ブロンはグランドの思惑になんとなーく気付いてはいたが、『まぁいっか、勝手に調べるっしょ』と、その情報を切り捨てて、誰にも伝えていなかったわけだ。

 事実、クロルたちは静観を選んで、偽のポレル私兵団として潜入したわけで、確かに知る必要はなかった。


 ブロンって、そういう感じ。恐ろしいほど自由な男。さすがはソワールの息子であり、ソワールの弟だ。


 そんな彼をどうやって協力させるか。それどころか、どうやって連絡を取ればいいのか。

 ……というか、あれ? ブロンって、今どこにいるんだっけ? 確か宿屋『時の輪転』を出て、デパル家に保護されていたはず。でも、デュールは数か月前からボロ家生活を堪能しているから、デパル家にはいないし……あれ?


「なぁ、レヴェイユ。今、ブロンがどこにいるか知ってる?」


 レヴェイユは目元のタオルをどかして、「ブロン?」という。


「あら、お目めが開きやすい~」

「お、腫れが引いてる」

「これで元通りね」


 元通りなのは、目元の腫れだけ。いつもならクロルの隣を陣取って、隙あらば腕をからめてみたり、手を繋ごうとするレヴェイユ。しかし、今日はソファの対面同士。まぁ、昨日の今日だ。仕方がない。


「で、ブロンの居場所が知りたいんだけど」

「それがね、私もわからないの。デュールさんのお家はずいぶん前に出ていて、色んな女の子の家を渡り歩いて生活してるんだって。『時の輪転』がバレちゃってから定住地がないのよね~。ホント、身体が心配で」

「クズ男じゃねぇか」

「あはは! ある意味、身体が心配だね~」


 好きな男も実弟も、どちらも軽薄男であるレヴェイユ。引きが強い。


「自由すぎる……」

「毛嫌いしてないで、連絡先聞いておけば良かったな~、失敗失敗」


 そう言えば、ブロンとトリズは仲が悪かった。逆に、ブロンと仲良しと言えば。


「デュールなら、ブロンと連絡を取れるよな。いや、待てよ。デュールに協力を仰ぐにしても、俺たち(盗賊団アンテ)から連絡するのは、リスクがあるか? あー、ここにブロンがいれば白い鳥を飛ばして、デュールに連絡入れるんだけどなー」

「何言ってんの。ここにブロンがいたら、ブロンの居場所を調べさせた方が早いでしょ~。情報屋なんだからさ!」


 ここにブロンがいたら、ブロンがいない問題は全て解決するわけだが。


 すると、キッチンでタオルを片付けていたレヴェイユが、ソファに座り直す。クロルの対面に。

 

「ふふっ、二人とも変なの。ブロンならいつでも会えるわよ?」

「へ? 居場所は知らないんだろ?」

「居場所は知らないけど、呼べばいつでも来てくれるの。最近は任務で呼べないけど、今までずっとそうだったもの~」

「まじ!? さすが仲良し姉弟! 超頼りになるじゃん。どうやって呼ぶんだ?」

「えっとね、呼びたい場所で、私が鳥笛を吹いて『ブロン~♪ 会いたい~♪』って歌うと、だいたい二時間以内には来てくれるかな~」

「どんなシステムだよ」

「突然のファンタジ~」


 レイン姉弟は、少しファンタジックだった。


「で、そのファンタジーな鳥笛はどこだ?」


 ぼんやりおっとりレヴェイユは、『はて?』と首を傾げる。


「あら? どこだったかしら? 確かクロルに捕縛されたときに押収されて……」

「ってことは、騎士団本部だな」

「ブロンが新しいのをくれて、騎士団にいるときに何度か使って……」

「それなら、騎士団本部だな」

「伯爵令嬢になるときに持ってきて、今は化粧ポーチの中だったかも?」

「二階じゃねぇか」

「持ってくるわね~」


 とことことんとん。彼女が階段をのぼる音を聞きながらも、会議は続く。


「問題は、どこでブロンを呼び出すかだよな」

()()()だね~」

「グランドが入れない場所。ブロンだけが入れる場所。あんまり王都から距離があるとダメだろうし……」

()()があるとダメだよね~」

「長い時間かけられないから手紙も用意しとくべき? でも、あいつちゃんと読まなそう……対面で話をすべきだよなぁ」

()()じゃなくて、隣がいいよね~」

「……コホン。昼間に呼んで大丈夫かな? グランド商会で何の仕事してんだろ、あいつ」 

()()は、ちゃんとしなきゃだよね~」


 沈黙。


「……は? 仕事?」

「分かってるくせに~。何があったか知らないけど、なに黙って対面に座ってるの? ここでソワちゃんが抜けたら捕縛計画が滞るよ~?」

「あぁ、なんだよ。そっちの心配? ドジ彼女ドリームの件かと思ったじゃん」

「その件はクロルには頼りません! それに、今は仕事モードのトリズくんです」

「仕事の方なら大丈夫。俺とこじれたとしても関係ない。俺が生きてる限り、あいつはちゃんと任務を遂行する。絶対、裏切らない。信じていい」


 トリズは目を見開いて、次に『ひゅ~♪』と口笛ではやしたてる。


「こんな全力でクロルが信頼する女の子って初めてじゃない? 基本、女という生物を信頼してないのに~」

「ははっ、確かに。……もう一生ないだろうなぁ」


 トリズはチラリと階段に視線を運び、声を落とした。


「彼女のことは高く買ってるけど、正直、僕は信頼してないよ。グランド側に寝返らないか戦々恐々としてる。クロルも足下すくわれないように気をつけなよ~? いい子だけど、心根はすごく悪いからね」

「……トリズ。昨日と言ってることが真逆じゃね?」


 昨日は『心根はすごく悪いけど、いい子だよね』と言っていた。んん? 言ってることは変わらないのに、真逆に聞こえる不思議。


「っつーか、あいつのこと信頼してないのに、俺に結婚ごり押ししてきたのかよ? どういう了見?」

「え? 結婚と信頼は別でしょ。僕、ドジな彼女のこと超好きだし生涯を誓うけど、全く欠片ほども信頼してないし~」

「ま、全く?」


 クロルは混乱した。結婚と信頼は別、という概念。


「……それ、ドジ彼女に言うなよ? 傷つくぞ」

「え~、そう? 逆に、クロルのことはあんまり好きじゃないっていうか、なんならちょっとキライだし、憎らしく思ってるけど、すごく信頼してるよ! 僕史上、一番だね。心底、信頼してる!」

「それ、俺に言う? めっちゃ傷ついたんだけど」

「え? なんで?」


 歪みがすごい。昨日は『パパと呼んで』とか何とか言っていたのに、親子の絆は一夜でスルリと解かれた。カドラン伯爵の罪は重かった。


 




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マシュマロ

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