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92話 展示室『赤の目覚め』(後)



 さて、仕事開始だ。


「では、まず警備の方からどうぞ」


 私兵団クロルの一言で、エタンスがずいっと前に出る。やる気みなぎる盗賊だ。


「文官殿。先ほどの裏門や勝手口とやらは、当日はどういった警備をされる予定で?」

「えーっと、」


 どうせ頭に入っているだろうに、あえて資料を見直す文官デュール。


「騎士の配置は、裏門の外に三名。勝手口の外に二名、正面扉の周辺に七名。あと、展示室内に三名ですね」

「計十五名!? 例年より多いのでは……?」

「あぁ、そうでした。公にされていないので、ご存知ないですよね。昨年、ロイヤルガーデン内の薔薇が切り取られるという事件があったんですよ。それで厳重になっています。展示室の警備の他に、ロイヤルガーデン内には、計十名。ガーデン外の中庭に待機している騎士が、三十名です」

「総勢五十五名ですか……」

「正解です、足し算が早いですね!」

「どうも……」


 エタンスの顔色が悪かった。想定よりも厳重なのだろう。他にも、王城内外問わず、騎士がうじゃうじゃいるはずだ。


 そこで、防犯リーダーのクロルも指摘をする。


「勝手口と裏門の金属製ドアについてですが、鍵の管理はどのように?」

「王室管理の部署で厳重に。鍵の貸出はしない方針らしく、本日も彼らに鍵を開けてもらったんです。今日は懐中時計はありませんが、当日は懐中時計がそこの鉄格子内に展示されます」

「ドアの状態が気になります。少し拝見しても?」

「ええ、勿論です」


 クロルはエタンスに視線をやって、『文官殿を引きつけておけ』と指示。さらにトリズに『エタンスを見張って』とお願いをしてから、レヴェイユを連れ出した。

 


 まずは勝手口。展示室から見えてしまうため、クロルが目隠し役を担う。死角になることを確認してから、レヴェイユは鍵穴を覗き込んだ。


「どうだ?」


 見た瞬間、レヴェイユは「わぁ!」と、テンションをあげる。


「うそぉ! やだ、これスゴい~!」

「お、ピッキングでいけそう?」

「……うん、はぁ、ううん、あぁ……やだ、これ開けたぁい。作った人、すごぉい~。開けたいなぁ……はぁ」

「おーい? もしもーし? レヴェイユさーん?」


 肩を叩くも応答なし。鍵穴を覗きながら、レヴェイユは恍惚としていた。とろんとろんの最低最悪な悪女顔。クロルはガッツリ引いた。


「……だめだこいつ。ったく、レヴェイユ! 気を確かに持て。俺を見ろ」


 レヴェイユの頭をガッと持って、力いっぱいぐりんとひねる。クロルの顔に視線を移させた。目覚めよ、悪女。


「……ハッ! え、すごくカッコイイ! 輝く美形! だいすき!」

「蘇生したか」

「やだ、ごめんなさい。私ったら、悪事に夢中になっちゃって~。クロルの顔が良すぎて目が覚めたわ、ふふっ」

「顔が良くて助かった。で、鍵はどうだ?」

「むり~。さすが王城ね、見たこともない構造の鍵。時間をかければ何とかなるかも? でも、今はお手上げ。ふふっ、すごい」

「へ? まじ? お前でも無理なのかよ」

「うん。解錠方法は一つだけ。展示室に入って、中から内鍵を回すしかないわ」

「あのなぁ、展示室に入るために、ここを解錠したいんだけど?」

「ふふっ、どうにかなるなる~♪」

「のん気」


 さすがは王族専用。鍵職人の本気を見た。クロルの顔色も青くならざるを得なかった。青い顔でも美しい。


 同じように、裏門も鍵職人の本気仕様であった。内鍵を回して解錠するしか方法はなく、裏庭側からロイヤルガーデンへの侵入は不可能。ロイヤルガーデンに入れなければ、展示室には近づけない。


 要するに、正門から堂々と入場するしかないということだ。招待客としてロイヤルガーデンを優雅に歩き、展示室『赤の目覚め』に近付く。

 となると、やはり『幸運の招待状』は、必須アイテムだったというわけだ。グランドが招待状持ちのご令嬢を欲しがるのも、納得、納得。


 そんなこんなで青い顔のまま、クロルは展示室に戻った。


「あ、防犯リーダーのクロルさん、お戻りで。鍵はどうでしたか?」

「はは……本当にすごかったデス」

「それは良かった!」


 クロルは、展示室をグルリと見回す。ガチ窃盗計画のために、侵入経路を見つけなければならない。


 人が出入りできそうな場所は、計四か所。


 ・勝手口

 ・ロイヤルガーデンへ続く正面扉

 ・屋根にある四つの天窓

 ・展示室にある謎のドア


 この四つだ。勝手口は、外からの解錠は不可能だった。正面扉は、もはやどうでもいい。他にも通気口があるものの、小さすぎる。


「レヴェイユ」

「はぁい」

()()とってくれる?」


 クロルがそう言うと、レヴェイユは「ふふっ、はぁい」と言って、紙にサラサラと書き出した。


 なぜ、記録係なんて役職を彼女に名乗らせたのか。お茶くみ係でも荷物持ちでも秘書でもダメ。記録係である必要があった。


 以下の会話から、それがお分かりだろう。


「文官殿」

「はい、防犯リーダーのクロルさん。なんでしょうか?」

「……あの天窓は開くタイプですか?」

「えーっと、採光が目的なので、はめ殺しの開かないタイプです」

「なるほど。……サッシの材質は?」

「え? あぁ、木製です。硬い木材ですね」

「なるほど。……硬質ガラスですか?」

「はい、硬質です」

「なるほど。……ハシゴがあれば近くで拝見したいのですが」

「ええ、お持ちしましょう」


 クロルは、ニコリと美しく微笑んだ。微笑まれたレヴェイユは、赤髪よりも赤くなって大喜び。ご褒美だ。


 お分かりだろう。クロルの『なるほど』発言と、次の発言との間にある、不自然な『……()』これは、カンニングタイムだ。


 クロルは潜入騎士であって、防犯も泥棒も付け焼き刃のド素人だ。これが第三所属(泥棒管轄)とかだったら詳しいのかもわからんが、女ばかり落としてきた男が、短期間で防犯のなんたるかを勉強したところで、高が知れている。

 さらに、窃盗計画を瞬時に立案するなど、絶っっ対に無理だ。


 だったら、丸ごとプロの意見をカンニングした方がいいだろう、という結論に至った。

 というわけで、レヴェイユはクロルの発言を記録しているのではない。逆だ。レヴェイユが書いた文章を見て、クロルは発言しているのだ。


 この記録は、当然エタンスからグランドに提出されるだろうが、発言と記録のどちらが先だったかなんて、紙だけじゃ分からないだろう。『ははは、高みの見物なんてしようとするからだバーカ!』という高笑いが、美しい微笑みからにじみ出ている。性格が悪い。



 さて、美形の高笑いもほどほどに、クロルはハシゴを受け取った。


 ここからどうするか。窃盗のプロであるレヴェイユが瞬時に立てた窃盗計画としては、どうやら秋の園遊会では、天窓を使いたいらしい。記録用紙(カンニングペーパー)から察するに、そうなのだろう。


 しかし、はめ殺しの窓が相手だ。女殺しは得意だけど、窓は守備範囲外のクロル。ここで、彼がハシゴに登ったところで、ただ高見から見物をしながら高笑いができるだけ。全く生産性がない。


 クロルは決断した。ここで発動すべきだろうと。満を持しての、第五スイッチ発動だ。サンドイッチ作戦の威力を思い知れ!


 クロルはエタンスの死角に入り、第五メンバーにサインを送った。合い言葉は『第五の五!』手のひらを広げた『ぱーサイン』だ。クソダサい。


 それを目の端でとらえたデュールは、当然、エタンスに話しかける。


「……警備リーダーのエタンスさん。裏門付近を確認してもらってもいいですか?」

「はぁ、先ほど第一騎士団が警備すると聞きましたが、何か確認することがありましたか?」

「それはもちろん。有り余る不安が、この胸中に」

「そ、そんなに?」

「話せば長くなります。さぁ、現場へ!」


 そう言って、デュールは楽しそうにエタンスを連れ立って外へ出て行く。すると、その後を少し離れて、トリズが付いていった。


 展示室には、クロルとレヴェイユの二人だけが残された。


「レヴェイユ、いいぞ」

「はぁい~♪」


 レヴェイユはササッとハシゴを登り、何やらゴソゴソと天窓に細工をしている様子。クロルはそれを見上げるが、どうやらナイフで窓枠を切っているようだ。


 引かれることを覚悟の上で、お伝えしよう。レヴェイユは遠目から見ただけでは分からないレベルで、窓枠部分に切り込みを入れているのだ。硬い木材だというのに速すぎる! ナイフ一本、匠の技。

 窃盗の当日、簡単に窓枠が取り外せるように、事前に細工をしているわけだ。国の建造物に、素敵なリフォームを施す巨匠。


 一方、クロルは、光と共に降り注ぐ木材の粉を一生懸命に蹴散らすという手伝いをした。美しい蹴りでケリケリ。


「これくらいでいいかしら」


 作業を終えたプロは、ハシゴから飛び降りて華麗に着地。


「今のうちに牢屋の鍵を見るね~」

「牢屋じゃなくて、展示用の鉄格子な」


 レヴェイユは、鍵穴を肉眼で覗き込む。しかし、「はぁ」と、心底残念そうなため息をこぼして肩を落とす。


「げ。こっちもピッキングできない? まじ?」

「これは他の鍵職人さんが作ったんでしょうね。勝手口の鍵と年代が別だもの。牢屋は後付けで作ったのが丸わかりだわ」

「発言がプロすぎてわからん」

「ピッキングはできないけど、複製はできそうってこと。残念ね~」

「反応が逆だバカ。っつーか、複製するってことは、鍵型を取るんだよな? かなり複雑そうだけど出来んの? 俺だったら無理かも」


 クロルも鍵型くらいは取れるが、それは一般家庭にあるドアだけだ。鉄格子の鍵は見るからに複雑そうだった。


「ふふっ、複製できるわよ。まぁ見てて~♪」


 レヴェイユはタレ目をキリリとさせて、鞄から薄い金属板、拡大鏡、ロウソク、マッチ、ナイフの五つを取り出した。クロルは黙って見守る。


 彼女はまずロウソクに火をつけて、それで鍵付近を照らした。次に拡大鏡を鍵穴にガッとはめて覗き込み、ロウソクを上下左右にゆっくりと動かしている。クロルは『何してるんだろ?』と思いながらも、だんまり。


 ちなみに、引かれることを覚悟でお伝えすると、彼女は光の反射パターンから鍵型を分析しているのだ。母親から受け継いだ一子相伝。ガチプロだ。


「うん、多分いけるわ」


 いけちゃう悪い子レヴェイユは、次に薄い金属板を折ったり曲げたり、ナイフで削ったり。すごい速さで形を整えていく。クロルは絶句した。


「こんなものかしら~」

 

 なんとなく出来上がった薄い鍵っぽいものを、鍵穴に通す。何回か出したり入れたりして、少し削って微調整。納得がいった様子で大きく頷いて、できあがり。

 ソワール、恐るべし。クロルは目が点になっていた。


「できあがり~。これを元に、後でちゃんとした鍵を複製するわ。アジトで一緒にやろうね、ふふっ」

「……はい、わかりました(敬語)」


 やっぱりプロ中のプロってすごい。


 こうして五分ほどで、展示用鉄格子の鍵を複製。クロルは真顔の無言だった。もう全部がすごかった、引きっぱなしだった。


 しばらくすると、勝手口方面からトリズが戻ってくる。トリズからのクソダサい『第五の五』サインを受けて、クロルは「レヴェイユ」と声をかける。


「はぁい」


 彼女は道具を鞄に戻し、クロルはハシゴを上る。そこで、ちょうど文官デュールとエタンスが戻ってきた。


「いやぁ、やっぱり警備リーダーさんは、頼りになるなぁ。僕の不安は、すっかりなくなりましたよ」

「そうですか。茂みを眺めて、仕事の愚痴を聞かされていただけのような気も……まぁ、お役に立てて良かったです」

「眼鏡仲間だからですかね、親近感が沸きます。度数トークとかします? ははは!」

「は、はぁ……」


 そこで、クロルは「よし!」とか何とかテキトー言いながらハシゴを下りる。

 真面目スタイルの横分け前髪が少し崩れてしまったので、キッチリと撫でつけながら文官デュールに向き合う。


「文官殿。天窓を拝見しましたが、厳重ですね。大丈夫そうです」

「それは良かった。展示用の鉄格子はどうですか?」

「十分頑丈ですし、ちょっとやそっとじゃ壊せない作りです。鍵を複製されない限りは、大丈夫でしょう」


 よって、この数分間で大丈夫じゃなくなった。なんてこった。


「残すところは……あのドアですね。あれは何のドアですか?」

「あぁ、あそこですか。図面によると小部屋になっているようですが、僕も見たことはなくて。鍵は開けておくように頼んだのですが……」


 文官デュールがドアを開けると、そこは確かに小部屋だった。人が二人くらい入れるような、小さな部屋。


「これは……」


 小部屋の壁には、大きな絵が描かれていた。アンテ王女の壁画だ。


 アンテ王女は、享年二十二歳と言われている。彼女の死去と同時に『赤の目覚め』は建造されたわけだが、当初は展示室ではなく、国王夫妻が娘アンテへの祈りを捧げるための建造物であった。


 よって、懐中時計の展示がされる予定はなかったのだ。それから十年ほどの期間を空けて、国民の要望を叶える形で、『赤の目覚め』は展示室に変えられたという歴史がある。

 五年に一度とは言え、王族の御尊顔をオープンスペースに置いておくことが(はばか)られたのだろう。小部屋も後付けで作られたようだった。その壁画を、大衆から隠すように。


 隠された壁画を見て、クロルたちは演技も忘れて、まさに息をのむ。


「……ブロン」


 デュールの呟きに、誰もが頷く。金色の髪に青い瞳。二重まぶたにスーッと通る鼻筋。

 

 アンテ王女の顔を知っているエタンスだけが、「こんなところに壁画が……」と驚いていた。それを見たクロルは、ハッと意識を戻して、私兵団の仮面をかぶり直す。


「これ……グランド会長の側近の方に、そっくりですよね?」

「ええ、僕の幼なじみなんですが。……いや、それにしたって、そっくりというか……」


 瓜二つだった。


 もちろん、ブロンから事のあらましを聞いていた、第五メンバー。グランドの側近になれたのは、アンテ王女に似ているからという話は知ってはいた。

 しかし、ここまでとは思わなかったのだ。似ているというか、アンテ王女そのものじゃないか。ここに何かの因果があるのではないかと思うほどに、二人は同じ顔だった。


 そこでちょうど、王都の中央にある大時計の鐘の音が鳴り出した。十二時ぴったりだ。

 リーンゴーン、リーンゴーン。この鐘の音を聞いた瞬間、クロルはグランドを引きずり下ろす方法がわかってしまった。


 あの憎らしい赤い瞳を思い出して、血が沸き返る。そして、目の前の愛しい赤い髪を見て、目が覚めたかのように脳が広がる。


 リーンゴーンと、十二回。鐘の音と共に、頭の中にパーツが並べられていく。必要なもの、情報、人材、タイミング。

 やっぱりプロ中のプロはすごい。何パターンもの作戦を考え、様々な布石を打っていた捕縛計画は、この壁画によって一つにまとまり、形になった。


 「……レヴェイユ。この小部屋の様子を、鮮明に記録しておこうか」


 このあと小部屋の鍵も複製し、展示室『赤の目覚め』を後にした。


 



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マシュマロ

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