89話 ダブルな潜入とベッド
「グランドの慌てぶり、見た!? 僕、笑いそうになっちゃって、やばかったよ~」
この日は、顔合わせのみということで、文官デュールと日程の打ち合わせをして解散。クロルたちは、ホテルの部屋に戻っていた。
「俺も笑いこらえた、ははっ! スカッとしたー」
「赤いおめめをガッと開いて、エタンスのことを見てたよ。で、次にクロル。食ってかかる勢いだった~」
「二つの人物設定のギャップで、かなり揺さぶられてくれたよな」
「第五の格言『二重潜入ができて初めて一人前』ってやつだね~」
「まじそれ」
トリズが、荒ぶる核弾頭トリを演じていたのには、二つ理由があった。
一つ目は、盗賊クロルのカリスマ性アップのため。これはすでに語っている。
二つ目は、二重潜入をする前提で、二つの人物設定にギャップを持たせるため。
二重潜入とは、まずは核弾頭トリとして潜入し、その上に別のキャラクターをかぶせて、トリズ・カドランとして潜入をする。これが二重潜入だ。荒い少年と貴族の少年。このギャップで、グランドを揺さぶりたかった。
では、なぜ揺さぶる必要があるのか。
理由の一つは、情報を得るため。グランドに不意打ちをかけた際に、どういう反応を示すのかを見ていた。瞬時にエタンスを見ていたことから、彼らの信頼関係が分かる。同じく、クロルへの信頼も厚そうだ。他にも、様々なことが分かったわけだが、割愛する。
そして、もう一つの理由が重要だ。グランドが言っていたじゃないか。『今回は紹介者として出席するが、今後は私を省いてくれ』と。このグランドの発言、クロルたちにはこう聞こえた。
『これ以降、私は一切関与しない。さて、高みの見物をしようではないか』
どれだけ腹が立ったことか。グランドは、盗賊クロルに懐中時計を盗ませたら、エタンスに預けさせるつもりなのだろう。信頼できる駒と部下をそろえれば、グランドは『いちぬけた~♪』で高みの見物だ。
今日という日が、グランドのしっぽを捕まえる……いや、せめて、しっぽを引き出す最後のチャンスかもしれない。第五メンバーは、この一言でそれを悟った。
高みの見物などさせてなるものか。引きずり下ろさなければならない。もっと注意を引きつけて、心配をさせて、やつの心臓を焦がすようにドキドキハラハラさせなければ。
そのために、ここで札を切ったのだ。
クロルがレヴェイユを本当に愛しちゃってるからこそ生まれた信頼と同様に、本当と嘘が混じるからこそ、そこに生まれる信憑性、疑念、混沌。
グランドを引きずり下ろすためには、それくらい捨て身でやらなければならない。ドジ彼女との婚姻をかけた、超本気の潜入だ。惚れすぎだ。
「でも、あんな風に揺さぶっちゃって大丈夫なのかしら~。私だったらイヤになって、すぐやめちゃうかも」
ミルクたっぷりのミルクティを飲みながら、メンズ二人のケタケタ笑いを見ていたレヴェイユ。物に執着心のない彼女は、無理して盗むということはしないタイプの泥棒だった。
「お前って、いつまで経っても犯罪者目線だよな……。まぁ、その疑問が出てきたところは成長だな」
「ふふっ、にょきっと成長中~」
クロルは、彼女のおでこを人差し指でグイッと押して、「じゃあ、覚えてるな?」と言う。押し込めば、もう少し頭に入ってくれるかな、なんて思ったり。
「グランドを逃がさないために、これまで時間をかけてやってきた作戦があるだろ?」
「なんだったかしら。あったようなそんなような~?」
「そこは覚えてろよ。ほら、『サンドイッチ作戦』」
サンドイッチ作戦が成功した時点で、もう人材の変更は不可能だ。
不安を抱いたグランドが、デュールをけしかける可能性もあるだろう。しかし、トリズを除外しようとしても、それはデュールが突っぱねる。設定上は伯爵家相手なのだから、貧乏男爵家のデュール・デュエルがクビ宣告などできるわけもない。
逆に、グランドがクロルをけしかけた場合でも、それはクロルが突っぱねる。もうポレル私兵団として潜り込んでいるのだから、勝手に窃盗計画を進めてしまえばいい。それをエタンスが邪魔してこようが、文官デュールさえ押さえておけば、どうにでもなる。
二つの駒を引き合わせた時点で、もうグランドは後戻りができないのだ。後戻りをするならば、それは即ち完全撤退。懐中時計を諦めることになるだろう。これがサンドイッチ作戦の全貌だ。
グランドを引き寄せるエサだった、亡き王女の愛した懐中時計。ここからは、それが人質に変わっていく。彼が撤退をするかどうかは、アンテ王女への愛の重さ次第……と言ったところだろう。よって、撤退などありえない。
そんな作戦会議を終えて、ちょっと一息。聞いてるのか聞いていないのか、ぼんやりとクロルを鑑賞していたレヴェイユが、「そういえば」と言い出した。
「新しいお洋服の購入を申請しなきゃ。次は、白のワンピースにしようかと思って~」
「洋服なら持ってんじゃん。苔色アジトが水浸しになったときに買ってなかったか?」
「買ったばかりのワンピースは、ビリビリにやぶかれちゃいました~」
「あー……そうだったな」
「私のお洋服代って、血税とかいうやつなんでしょう? ギリギリの枚数しか持ってないから、もうお洗濯がてんてこまいで。ビリビリのギリギリなの~」
なんとも慎ましい生活だ。すると、トリズが紙をぺらりと差し出した。
「そしたら、僕が申請してきてあげるよ。今、申請書を書いちゃってくれる? 新しいアジトが手配できたらしいから、鍵を取りに騎士団本部に行くつもりだったから~」
「はぁい、ありがとうございます」
クロルは「お、アジトの手配できたんだ」と、少しテンションを上げていた。ホテル暮らしは、何かと落ち着かないのだ。
「いつ引っ越せる?」
「う~ん、家具を入れてもらうから、お引っ越しは明後日かな~。あ、そうそう! 家具と言えば、部屋はどうする?」
「普通の部屋でいいけど。第五の連中にオシャレな部屋を用意させるとか、絶対むりだろ」
トリズは、にやにやしながら「わかってるくせに~」と言う。にやにや顔を出されたならば、分からないわけもなかった。
「二十九歳のくせに、部屋割りごときでニヤニヤすんなよ。こいつと部屋を分けるかどうかっつー話な。そうだよなぁ、うーん」
チラリとレヴェイユを見る。どうやら申請書を書き損じてしまったようで、紙をビリビリと破いている。ビリビリ、ビリビリ。
「……レヴェイユ、部屋はどうする? 俺と同じにするか、別にするか」
「え? 私が決めていいの? 一緒がいい~」
「即答かよ」
「ベッドはダブルで~」
「遠慮がねぇな。ツイン……と思ったけど、どーせ潜り込んでくっついて寝るんだろ? せめてキングサイズだな」
「じゃあ、せめてクイーンサイズね」
「あのなぁ、その二十センチを減らす必要あるか?」
「どーせ潜り込んでくっついて寝るもん。血税とやらを使って、四十センチも増やす必要があるのかしら~? 遠慮がないのねぇ」
ぐう。
「……ダブルでいい」
トリズは「ソワちゃんの勝ち~」と笑っていた。
すっかり口が達者になってしまったレヴェイユ。血税で脅すなんて、覚醒した悪女ってホント悪い。
参考までに。
ダブルベッド 幅140
クイーン 幅160
キング 幅180




