88話 七人の嘘つき
複雑な思惑が絡み合う、嘘まみれの顔合わせが始まった。
こんな複雑な状況は滅多にない。せっかくこしらえた複雑さなので箇条書きにしてみよう。正直、全く整理されないが、仕方がない。
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◆グランドは、サブリエ首領であることがバレないようにしたい。ちなみに、既に全員にバレている。
◆盗賊団アンテは、盗賊であることがバレないようにしたい。ちなみに、既に全員にバレているし、嘘である。そして、真の正体が騎士であることがバレたら終わる。
◆デュールは、全部知っているのに何も知らないフリをしつつ、騙され役として的確な突っ込みを入れなければならない。よって、かなりテンションが上がっている。
◆ブロンは、色々と面倒になってしまい、極力しゃべりたくない。今日のランチのことだけ考えていたい。
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以上だ。まとめると、大体の人間の正体がバレている状態で、知らないフリをしてみんなで頑張る会だ。わけがわからない。そのまま進もう。
クロルは、デュールをチラリと見た。それを合図に、文官デュールが口火を切る。
「思っていたよりも大所帯になってしまいましたね。自己紹介からお願いしてもよろしいでしょうか? 改めまして、宝物管理室のデュールと申します。秋の園遊会の防犯警備体制についてアドバイスして頂きたく、グランドさんにご紹介頂いた次第です」
文官デュールから視線が送られ、グランドは会釈もせずに赤い瞳を少し動かすだけで答える。
「グランドだ。本日は紹介者として出席をしているが、元々は多忙な身。次回から、私は省いてもらって結構」
誰かが脚を組み直したのだろうか、椅子がギリッと音を立てた。焦げ茶色のテーブルに日差しが強く当たり、部屋の温度が上がる。
「この後も予定があるので、日程調整は二部門で進めて頂きたい。あとは……そうだな、紹介だけはしておこう。これは側近のブロンだ」
赤い瞳と青い瞳がぶつかって、次はブロンがニコッと笑って話し出す。
「どうもブロンです。グランドさんの側近やってまーす。ちなみに、デュールとは幼なじみです。よろしくお願いしまーっす」
スーパーライトな挨拶に、グランドは頭を抱えていた。苦労が垣間見れる。
しかし、場が和むのもまた事実。そんな和んだ部屋に「ふふっ」と、やわらかい笑い声が響いた。
「あ、失礼いたしました。とても可愛らしい側近の方だなと思いまして、ふふっ。私、レヴェイユと申します。よろしくお願い致します~」
「わー、ひさし……日差しがよく映える赤髪! とっても可愛いね! 女の子は大歓迎、よろしくー」
レヴェイユの手をベタベタと触りはじめるブロン。初対面とは思えない距離感じゃないか。レイン姉弟以外の全員が、色んな意味で焦っていた。あわあわ。
首領クロルの恋路を推しているグランドなんて、般若のような顔をしていた。『この女は、クロルの恋人だぞ。口説くな馬鹿者!』と思ったのだろう。姉弟だぞ馬鹿者。
当然、クロルはグランドからの圧を感じる。『貴様が本気で愛しちゃってる恋人が、口説かれてるぞ!?』という圧だ。
クロルだって、分かっていた。丸出し事件のときにあれだけやったのだから、整合性を取らねばならない。やりきるしかないのだ。
ブロンから彼女の手をスッと取り上げ、全く妬いていないのに、せっせと心を焦がす。苛立ったかのように前髪をなでつけ、ブロンをにらむのだ。
「コホン。失礼ですが、許可なく女性に触れるのはいかがなものかと。申し訳ございませんが、彼女に触れるのは控えて頂きたい」
まだ残暑。窓から入ってきた生温い風が、来客室を通過していった。せっかくの七三分けも、乱れて無造作。何が悲しくて、弟相手に牽制しなきゃならんのか。
これが全くの無感情ならノーダメージなのに、なまじ本当に愛しちゃってるため、羞恥心で殺されそうだった。レイン姉弟のきょとん顔がツラい。仕事しろ。
そこで文官デュールが、レヴェイユを見て不思議そうに首をかしげ始める。どうやら、突っ込み担当が仕事をしてくれる様子。
「女性で私兵団にお勤めとは珍しいですね。なぜ私兵団に?」
当然の疑問だ。元々の人物設定である伯爵令嬢としての気品あふれる仕草はそのままに、私兵団の制服を着ている彼女。一体、この女性は何者だろうと思うはずだ。
当初、エタンスは、レヴェイユを同行させることに反対していた。不自然すぎるからだ。
しかし、丸出し事件があったことから、『レヴェイユは、常に隣においておく』と条件を突きつけることができたのだ。当然、棄却されるわけもない。
クロルがフォローをしようとすると、その前にグランドが口を開いた。ずいずい。
「デュールよ。今時、働く女性も少なくはない。我がグランド商会の二割は、女性スタッフだ。働き者でとても賢く、素晴らしい労働力であるぞ? そういう偏見は慎むべきであろう」
「し、失礼しました」
クロルも、そこに紹介を重ねる。乱れた前髪をピチッと整え、真面目メンタル復活だ。
「コホン。彼女は、防犯警備の知識に長けているわけではなく、記録係を担っているんです。普段は内勤なのですが、今回は特別に同行させていただきました。よろしくお願いいたします」
「なるほど! 記録係の方だったんですね。頼もしいです」
全員が全員とも『二人ともナイスフォロー! よし、レヴェイユは通過した!』と安堵した。誰も咎める人間などいないのに、全体的に茶番がすぎる。
次に、クロルがエタンスに視線を向けると、彼は自己紹介を始める。
「警備チームのリーダーを担っております、エタンスと申します」
「これは、頼もしい眼鏡仲間ですね! よろしくお願いします」
「はぁ……王城の警備体制に口を出すなんて恐縮ですが、尽力いたします。建物の防犯については、防犯対策チームリーダーであるクロルが、確認させていただきます」
マジメ七三分けの前髪をなでつけ、クロルは改めて挨拶をする。これは軽く変装をしているつもりなのだが、七三でもえげつない美しさだった。
「コホン。先ほどもご挨拶させて頂きましたが、クロルと申します。防犯対策チームのリーダーを務めております」
「防犯リーダーの方だったんですね! ものすごい美形の方がいらっしゃったんで、驚きました」
「ははは、よく驚かれます」
「そうですか、ははは」
まぁ、ここまではいい。クロルとエタンスは何も怪しいところはないし、レヴェイユも通過した。
「そして、最後に……」
クロルの言葉を合図に、全員の視線がトリズに集まった。
どうみても若い。正直、若すぎる。ポレル私兵団の制服を着せてはみたものの、どう見ても十五、六歳程度の少年だ。きゅるるんとした肌。十八歳と言われたとしても、驚かれるくらいの風貌。これが二十九歳だ。
そして、問題は見た目だけではない。あの核弾頭トリの人物設定だ。当然ながら、グランドもエタンスも不安そうにしていた。きっと『あぁ? この眼鏡文官が!』とか言って、デュールの眼鏡をかち割るんじゃないかと思っているのだろう。それはそれで面白そうだが。
一方、文官デュールは、トリズの足下から頭のてっぺんまで、三回くらい視線を往復させていた。その顔には『なんで少年が、紫色の制服を着てるんだろう?』と書いてあった。
紫色。偶然にもポレル私兵団の制服が紫色なものだから、髪から瞳までもう全身紫色だ。
いや、偶然なわけもない。ポレル私兵団は、出資者のカラーが旗印。彼の父親が紫色の瞳をしているからこそ、ポレル私兵団の制服が紫色なのだ。
トリズは、文官デュールに向かって、にこりと微笑んだ。
「どうも、トリズ・カドランです。本日は秋の園遊会における警備体制のご相談とのことで、カドラン伯爵家よりご挨拶を兼ねて参上した次第です」
デュールは「え」と小さく声をこぼした。
「えっと……カドラン伯爵家のご令息でしょうか? え……あぁ! ポレル私兵団は、カドラン伯爵家が設立なさった私兵団でしたね」
「ええ。父も顔を出したがっていたのですが、残念ながら時間が取れず申し訳ない」
「い、いえ! 恐縮ながら申し上げますと、カドラン伯爵家のご令息の手をわずらわせるような案件ではございませんが……」
トリズ・カドランは、「ははっ」と小さく笑った。
「少し意地悪をしてしまったようですね。実は、ちょうど王立学園の夏期休暇を利用して、ポレル私兵団に体験入団をしていまして。タイミングが良く、僥倖でした」
「あぁ、それで! はぁ、驚きました。ははっ、人が悪い。いやぁ、それにしてもカドラン伯爵家の方とは。本当に、事前に知っておきたかったなぁ、ははは。グランドさんは、ご存知でしたか? ……グランドさん?」
「……あ、あぁ」
グランドは、言葉を失っていた。
無理もない。立ち振る舞いから仕草、どれを取っても伯爵家の人間だ。あの核弾頭の無鉄砲な少年が、こんな貴族の真似事が出来るだなんて。そんなことがあるだろうか。
グランドは、赤い瞳を動かしてエタンスを見ていた。『エタンス、この少年は何者だ?』と、その顔に書いてあった。一方、エタンスは、その視線に気付く様子はなく、トリズを見て愕然としている。
私兵団トリズは、やたら深い笑みでニッコリと続ける。
「こんな形で、あのグランド会長とお会いできるとは思いませんでした。今後とも、よろしくお願い致します」
敵も味方も関係ない。この中で、一番深く潜っているのは、だーれだ?




