87話 美しきポレル私兵団、参上!
窓から入り込む風が、夏の終わりを思わせる。もうすぐ秋だ。
フラム・グランドは、経済の授業をしながらも、首領クロルのことを考えていた。
あの日、クロルから放たれたナイフ。赤い瞳まで、あと四センチというところで、それは止まった。正直、しびれた。わくわくと心が踊った。
天才的な盗人。グランドに監視されていることを知っていながらも、ご自由にどうぞと言わんばかりの度胸。弱みすら隠さないオープンマインド。私はあなただけのものと、伯爵令嬢に言わせる魅力。それに対して、本気で愛してると断言する男気。
なによりも、大好物の『悪人と高貴な姫のラブロマンス』、共感しかなかった。もう大興奮だ。
クロルがブチ切れてタコ殴りにしたところなんて、拳を突き上げてスタンディングオベーション! 声なき声で『ブラボー』の大歓声! 観客動員数、堂々の一名。過去最高にぶっ刺さった観劇だった。壁の向こうで何やってんだ、こいつ。
そして、ラスト。四センチの距離にあるナイフの刃先を見て、決断した。ここで手放すには惜しい。賭けるに値する男だと思ったのだ。愛は悪党も制する。
さて、駒は決まった。二つの点と点を結び、線を描かなければならない。グランドは、文官デュールをけしかけることにした。
「デュールよ。仕事の方は順調か?」
「ええ」
「警備体制が担当だったか。不安点はないか?」
「……なるほど。まぁ、なくはないですね。第一騎士団に相談してはいるんですが、あまり親身になってもらえなくて。国宝が飾られる、展示室『赤の目覚め』の下見もサラリと終わりましたし……」
秋の園遊会は王城主催だ。小さないざこざはあったとしても、これまで凶悪な事件が起きたことはない。会場は毎回同じ場所だし、下見をするほどではなかったのだろう。
「不安が残ったままでは大変であろう。このような場合は、有識者に相談するのが一番だ」
グランドはそう言って、サラサラと紙に何かを書き出した。
「これはグランド商会も利用している私兵団だ。トゥーズ私兵団、ヘルツ私兵団、ポレル私兵団の三社をおすすめする」
「は、はぁ……」
私兵団というのは、公的ではない民間の騎士団のことだ。
「彼らに相談すれば、警備のスペシャリストからアドバイスがもらえるであろう。三社のうち、どこにするかは宝物管理室が好きに選べば良い」
「私兵団が? 大丈夫でしょうか?」
「この三社は、王城と機密保持契約を結んでいる。例えば、立太子式典や王族の婚姻パレードなど、大規模な式典は騎士団だけではマンパワーが足りない。そこで私兵団も雇うのだ。それくらいは知っているであろう?」
「へー、知りませんでした」
グランドはガクッとずっこけた。文官デュールはどこか抜けているのだ。大丈夫だろうか。
「コホン。三社のどれが良いか決まったら、私が仲介をしようではないか。その方が話が早い」
「それはありがたいです。副室長に相談してみます!」
数日後。グランドは、『副室長に相談し、ポレル私兵団を選びました』と書かれた手紙を受け取った。
「ほう、あのラインナップで、ポレル私兵団を選んだか。ふむ、予想外だ。規模も小さいし、あそこは伯爵家が出資しているから貴族重視なのが気に入らんが……あぁ、伯爵家か。なるほど。騎士団への忖度があったのか」
グランドは手紙を読み終えて、すぐにペンをとる。書いた手紙は二通だけ。一通は、ポレル私兵団団長に、宝物管理室の手助けをお願いする手紙。もう一通は、文官デュールに、私兵団との打ち合わせ日程を記した手紙。
「よし、これでポレル私兵団が、デュールを助けてくれることだろう。可愛い教え子の不安は解消してやらねばならない」
手紙に封をして、しっかりと郵便屋に渡した。いつだって、ラスボスは指先一つで駒を動かし、悪事を働くものだ。
◇◇◇
その二日後。
クロルたち盗賊チームの四人は、王城の廊下を足早に歩いていた。エタンスから超小声での最終確認が入る。
「もうすぐ宝物管理室だ。クロル、準備はいいか?」
「当然」
「あちらのメンバーは、園遊会の情報を持っているターゲットの文官。それから、仲介者である商会関係者だ。我々の正体を知られないように細心の注意を払え」
「心配しなくても大丈夫だって。レヴェイユもトリも、練習通りにいくぞ」
「うい~っす」
「かしこまりましたわ」
―― まさか、こんな形で会うことになるとはな
クロルは、ふーっと呼吸を整える。四回のノックの後、来客室のドアを開く。
壁越しではなく、赤い瞳と目が合った。空気を焦がすほどの熱が、二人の間を埋めていく。
四か月間……いや、六年間かけて、ここまで来たのだ。少しずつ手繰り寄せるようにして射程距離まで近付いた、憎らしい赤。
―― フラム・グランド
高揚する気持ちを抑える。クロルは、七対三にきっちり分けた前髪を軽くなでつけ、真面目な笑顔で挨拶をした。
「ご依頼ありがとうございます。ポレル私兵団のクロルと申します」
紫色の制服に身を包み、白い腕章で民の味方をアピールする。騎士団が相手にしない事件でも親身になってくれるけど、金を払わねば助けない。『正義』を売り払う、ポレル私兵団が現れたのだ。
そう、クロルたち盗賊チームは、偽物のポレル私兵団として王城に潜り込んでいた。
「ご協力感謝いたします。宝物管理室のデュールと申します」
久しぶりの再会。文官デュールは、ニコリと笑いながら挨拶をしてきた。
すると、待ってましたとばかりに、グランドが前へ出る。取って付けたような、はてさて顔をお披露目だ。
「はて、おかしいな。私は、ポレル私兵団の団長に依頼をしたはずだが?」
「ええ。あの……失礼ですが、貴殿は?」
私兵団クロルは、いぶかしげにグランドを見てやった。グランドは文官の胸章を付けていないのだから、こういう反応が正しいのだ。全ての行動には整合性がなければならない。
「グランド商会のフラム・グランドであるが」
「あぁ、これは失礼いたしました。実際にお会いするのは初めてですね。お手紙のことは存じています。団長の代わりに、我々が尽力させて頂きますので、ご安心ください」
「ふむ? 君たちが?」
「はい。この通り、人数もそろえて参りました」
「いささか話が違うが……これは契約者である宝物管理室が決めることであろう。デュールよ、どうする?」
「僕は構いません、四名も来ていただいて感謝しかありませんよ」
「では、よろしくお願いいたします」
そして、文官デュールと私兵団クロルは、グランドの目の前で固い握手を交わした。きっと『駒と駒を引き合わせることに成功した』と、ほくそ笑んでいることだろう。自分は罪に問われない方法で、犯罪を実行させるのが本当に上手い。
しかし、この瞬間、ほくそ笑んでいるのはグランドだけではない。第五騎士団が四か月かけて進めてきた『サンドイッチ作戦』。クロルとデュールが握手をしたことで、その作戦は成功を遂げたのだ。
カラクリは簡単だ。
グランドから仕掛けられたことに気付いたデュールは、すぐさまブロン経由でクロルたちに連絡を入れた。そして、クロルたちは何もせずに、ただ待っていただけ。呆れるほど簡単だ。
宝物管理室が三社から選んだ『ポレル私兵団』。これは実在する私兵団だ。実際、グランドは団長に手紙を送っていた。これは、郵便屋の記録にもあったから間違いない。
そこで、グランドは送った手紙を盗むようにエタンスに指示をしていたのだろう。その証拠に、エタンスから『商会の関係者が送った手紙を利用して、ポレル私兵団のフリをして王城に潜り込む』という計画を持ちかけられた。
当然、手紙なんて受け取っていない本物のポレル私兵団は来ない。大胆かつ完璧な、替え玉作戦だ。
―― 本当に、ずる賢いやつ
計画に気付いたとき、グランドが盗賊団を手引きした証拠をゲットできるのではないかと期待した。しかし、実際にはそんな証拠は得られず。クロルは少し苛立った。
例え、クロルたちが偽の私兵団だとバレたところで、グランドは罪に問われない。実際に手紙を送った履歴があるのだから、知らぬ存ぜぬでまかり通ってしまうだろう。その罪は忠実なる部下のエタンス、並びに盗賊クロルたちがかぶることになる。
そもそも、『三社のうちから宝物管理室に選ばせる』というのも、決定権を文官デュールに渡すことで、グランドが関与していないと印象付ける心理的トリックだ。
だって、三社だろうが百社だろうが、どの私兵団を選んでも、王城にやってくるのはクロルたちだ。制服の色が変わるだけ。本当に汚い手を使う男だ。
しかし、汚い手を使っているのは、お互い様。グランドの計画に気付いたとき、クロルたちは『静観』を選び、逆にその計画を利用することにしたのだから。
こうして、敵も味方も合わせて、七人全員が集合。厳かな王城を舞台にし、騙し合いは激化していくのだった。




