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82話 首領クロルをご贔屓に



 クロルたち三人は、宿屋『水の音色』の廊下を歩く。


 かくれんぼが大得意、鬼のトリズはわくわくしている様子だ。

 でも、残念ながら、ここでグランドを捕まえるわけにはいかない。捕まえたところで、何の罪にも問えないからだ。


 この宿屋『水の音色』に引っ越した目的は、グランドを捕まえることではない。グランドに盗賊団アンテを深く信頼してもらうためだ。


 もう少し踏み込んで言えば、『亡き王女が愛した懐中時計』の窃盗依頼をしてもらうため。それを逆手に取って、最終的にはグランド自身に懐中時計を盗ませる。それが第五騎士団の思惑だった。


 であれは、『首領クロル』が信頼に足る人物だと見せ付けなければならない。そのために、トリズやレヴェイユはいるのだ。

 



 クロルは廊下を歩きながら、隅々まで観察する。

 

 ―― なるほど、廊下とラウンジは監視スペースになってるわけか


 クロルの左手側には、二〇一、二〇二、……と部屋が続いている。

 逆に、右手側は……ひっついているレヴェイユが邪魔だが、彼女を無視して観察してみれば、一面が壁だった。ドアも部屋もない不自然な作り。


 叩かなくても分かる。この壁の向こう側には、人が通れるくらいのスペースがある。不自然な位置にある調度品や、複雑な壁の模様。そこから監視することができるはずだ。


 一階にはエタンスの私室と思われるオーナー部屋があったことから、普段はここで暮らしている模様。ドアがぶ厚くてイラっとする。トリが強めに蹴っていた。ざまぁみろ。


 クロルは、全てのものを記憶していった。建物の外も一周し、頭の中で見取り図を作っていく。しかし、監視スペースへの出入り口は見つからない。


 ―― これ……壁の向こう側には行けない構造になってる

  

 言うなれば、一つの建物の中に、二つの建物が入っているような構造なのだろう。宿屋とは完全に区分けされている。

 ちなみに、クロルたちは見つけられなかったが、監視スペースへの出入り口は、宿屋に隣接する民家の地下からのみ。この周到さ、いっそ怖い。



 探検の最後、クロルたちは三階へ足を運ぶ。階段を上がってすぐのところに、本棚が置かれていた。


「トリ、先に食堂いってて。ちょっと見ていく」

「りょ~。挨拶しとくっす~」


 ―― 新聞、雑誌……へー、カタログも多いな


 本棚にはグランド商会だけでなく、他の商会のカタログも置いてあった。ここは王都のど真ん中だ。チラシ類もたくさん投函されるのだろう。偶然にも苔色アジトは近所だが、毎日のように郵便が届いていたから共感だ。


 直近で届いた郵便物も置かれていたが、忙しいのかほとんどの封書(DM)は未開封のまま。


 ―― ははは、グランド商会のカタログは、ちゃんと封をあけて綺麗に並べてるじゃん。エタンスだろうな……忠実なやつ


 そこで、食堂スペースの方から『アンテ』というフレーズが聞こえてきた。トリズが挨拶をし始めているらしい。

 こっそり覗いてみると、広い食堂スペースにはチラホラと人が座っている。ここにいるのは全員泥棒なのだろうか。うーん、嘆かわしい。


 クロルは唇に人差し指を添えて、レヴェイユに『しー!』と指示を出す。彼女は、頬をきゅるるんと緩ませて頷きまくっていた。同室であることが、相当うれしいのだろう。一言も話していないのに、なんかうるさい。


 クロルは彼女を無視して、聞き耳を立てる。どうやら、トリズが女性二人に話しかけられている様子。ふむふむ。


「あ、噂のアンテの下っ端くん?」

「わぉ、まだ若いじゃん。坊やはおいくつかしらー?」


 本来のトリズなら『泥棒風情が話しかけて来てうざ~』と、笑顔で答えるところだろう。しかし、「うぜー」と、にらみ返すだけだった。あれ? どっちも変わらないな。心根が荒ぶっている。


 相手はさすがの泥棒だ。「きゃはは、こわーい」と、からかっていた。本当に怖いからやめておいた方がいい。その坊やは、実年齢二十九歳の超剛力騎士だぞ、と言ってやりたい。


「あ、ねぇねぇ。アンテの首領って超美形なんでしょ?」


 そこで、後ろから会話に参加する男性が一人。


「でも、女連れだったぜ。さっき紅茶届けにいったけど、ガチの令嬢を連れてきてた」


 先ほど、クロルたちに紅茶を届けたスタッフくんだ。ここはスタッフも客もごちゃ混ぜな運営なのだろうか。アットホームな職場だ。


「え! 美形だった⁉」

「見たことないくらいの超美形。オレだったら、泥棒やらずに顔で稼ぐけどなー」


 その美形は、顔で女を騙して稼いでいる正義の騎士だぞ、と言ってやりたい。


「女はどんな⁉」

「うーん、まぁ普通? 赤髪は可愛いかったし、ご令嬢の気品はあったけど、どこにでもいる女って感じ」


 その平凡女は、君たちが手をこまねいていた、あのソワールだぞと言ってやりたい。どこにでもいなさそうな悪党だ。


「え~、美形の首領、奪っちゃおうかなー。どうせご令嬢とはお遊びでしょ?」


 そう言っている盗賊女は、まあまあ美人だった。自信があるのか略奪好きなのか、やたら楽しそうにしている。当然、トリズは煽り始める。


「あはは! お前ごときじゃ、うちの首領を奪うとかぜってー無理。その自信どっから来るんだよ」

「あぁ? 何よアンタ」

「おいおい、アンテの少年。新入りは大人しくしとくもんだぜ?」


 少し喧嘩を売っただけで、男女二名に買ってもらえる素敵な宿屋。トリズはここで荒ぶることにしたらしく、拳をぎりぎりと握っていた。怖い。


「やるか? サブリエだか何だか知らねーけど、手加減しねーよ?」

「ぎゃっ!」

 

 荒ぶるトリズの動きは、とんでもない速さだった。置いてあった看板を軽く蹴り上げ、浮いたそれを凄まじい威力で蹴る。それはスタッフくんにヒットして、看板と共にノックダウン。これだけで、紫頭の少年の強さが知れ渡ったことだろう。

 でも、トリズは攻撃の手はゆるめない。驚いている女の髪をつかんで殴り飛ばそうとする。


「トリ、それくらいでやめとけ」


 タイミングピッタリ。もう十分だろうと思ったクロルは、美しい声を響かせて華麗に登場。


「あ、クロルさん。ちぃ~っす」

「トリ。お前が強いのはわかってるけど、ほどほどにな」

「でもさ~、この女がクロルさんを奪うとかなんとか言うからさ~」

「そんなのテキトーにあしらっておけ。あんまり暴れるなよ?」

「……ち~っす」


 すると、トリズは女の髪をつかんでいた手を離し、サブリエメンバーにぺこりと頭を下げた。核弾頭が、頭を下げたのだ。


 当然ながら、ざわざわと食堂に波紋が広がる。気品あふれる伯爵令嬢をはべらせて、颯爽と現れた超美形。その男が、二つの盗賊団の大戦争になりかねない事態を、一瞬で片付けたわけだ。


 なぜ、トリズがこんな荒ぶるキャラを演じているのか、もうお分かりだろう。そう、首領クロルのカリスマ性を引き立たせるためだ。


 グランドは、それはもう疑り深い。ブロンはアンテ王女に激似だったし、デュールは王城文官役だから、割と簡単にグランドに信用された。

 しかし、一方でクロルは盗賊だ。グランドが簡単に犯罪者を信用してくれるわけもない。その壁は、とてもぶ厚いだろう。


 だから、その壁を叩き割るためには、いくつもの演出が必要だ。

 ソワール並の窃盗技術を持っているとか、伯爵令嬢を簡単に落とす手腕があるとか、手のつけられない核弾頭ボーイを手懐ける器があるとか。


 いかに演出が大切であるか。現に、この場にいる全員が全員とも思った。『これは相当なやり手だ』と。

 そう、()()だ。グランドの視線は、また一つ熱くなっていた。手応えアリ。


 その熱をたしなめるように、クロルはふわりと笑う。泣き黒子が上がって、その場の空気もふわりと上がる。


「あー、看板も壊したのか。そこのスタッフくんの怪我は平気かな?」


 殴られそうになっていた女に声をかけると、女は髪を整えながら「はい、大丈夫ですぅ~」と声を高くして答える。数秒前に『あぁ?』とか言っていた声よりも、三オクターブは高かった。これだから女ってやつは、まったく!


「看板は弁償する。怪我があれば治療費も払うけど」

「いえ、大丈夫ですぅ~」

「あ、そう? 悪いね」


 簡単に示談を成立させる敏腕交渉人。やはり、美形は平和をもたらす。


「それよりもぉ、夕食をご一緒しません?」


 三オクターブ女は、めげなかった。きっと、めげずに済んだ人生だったのだろう。あろうことか、この雰囲気の中でクロルをお誘い。後ろに倒れているスタッフくんの気持ちも考えてあげて欲しい。


 すると、黙っていた伯爵令嬢レヴェイユが、「クロル様」と言いながら、ぎゅっと腕を絡めてくる。彼女の茶色の瞳には、苛立ちの色がくっきり。嫉妬丸出し、本音がいい感じに演技に拍車をかける。


 それを見て、クロルは『あれ?』と思った。それでも、すぐに嬉しそうに小さく笑ってみせ、むくれたレヴェイユの頬に軽く触れる。


「やきもち? むくれるなんて初めてじゃん。レヴェイユ以外に興味ないから大丈夫。好きだよ」


 甘すぎて反吐が出そうだ。なかなかにパンチが効いていて鳥肌が立つ。

 一方、レヴェイユはでろんでろんに溶けていた。大丈夫だろうか。本気にしていないと良いのだが。第五の格言、忘れることなかれ。


「では、盗賊団サブリエ諸君、騒がせて悪かったな」


 そう言って、三人は食堂を後にする。食堂にいたサブリエ諸君は思ってしまった。『盗賊団アンテ、ただ者じゃない』って。


 




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マシュマロ

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