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81話 ささやき声で作戦会議



 バタン、ガチャ。


 クロルは二〇一号室に入って、すぐに彼女をソファに座らせた。


「レヴェイユ、座ってて。紅茶を頼んだから、少しゆっくりしよっか。疲れただろ?」


 クロルの言い回しに、ピンときた様子のレヴェイユ。こういうときの彼女は、察しが良かったりする。伯爵令嬢のトーンで、「ありがとうございます、クロル様」と答える。うん、合格。


 普段は塩対応どころか、冷凍庫の強モードのクロル。そんな彼が、極上の笑顔でエスコートしているわけだ。そりゃ、彼のことが大好きなレヴェイユなら分かるだろう。『演技を続行しろ』という指示なのだと。


 クロルはニコッと笑って、騎士であっても盗賊であっても、やるだろう確認作業に取りかかる。

 壁一面をコンコンと叩きまくり、その厚みを測るのだ。可愛い声が聞かれちゃう心配をしているわけではない。


 ―― 壁は空洞になってない。厚みも十分。床も……大丈夫そう


 次に、テーブルの上に椅子を置き、その上に立って天井を叩いて探る。


 ―― これ、わかんねぇな。天井って、普通は空洞なんだよな? 人が入れるくらいのスペースかどうか……。音だけじゃ判断できねー


 壁や床なら音で判断できるように訓練されているが、正直なところ、天井の向こう側の状況を音で判断する手腕はなかった。新しく第五の練習メニューに加えなければならないだろう。


 そこで頼みの綱。チラリとレヴェイユを見ると、彼女は視線だけで『私に任せて~』と自信満々。クロルが天井を叩きまくると、『忍び込むスペースはないわ。その音なら大丈夫~♪』と教えてくれた。


 ―― ホント、頼りになる泥棒だな……ははは


 理不尽だと分かっていながらも、クロルは引いた。


 その後も、壁に隙間がないかとか、絵画や調度品に隠れてのぞき穴がないかを確認。どうやら、部屋の中まで監視するような作りにはなっていない様子。

 おおむねプライバシーは守られているようだ。が、しかし。一つだけダダ漏れの箇所があった。大問題だ。


 ―― ドアが、うっっすいな! エタンスの野郎、テキトー言いやがって!


 唯一、ドアだけが薄い素材だった。壁が分厚かったとしても、これでは聞き耳を立てれば丸聞こえだろう。謀ったな、あの眼鏡野郎!


 クロルはレヴェイユを立ち上がらせて、ドアから一番遠い窓際に連れ立った。窓の外には誰もいない、幸いなことに角部屋だ。


 窓辺に立てば、夏の日射しが突き刺さる。春の赤髪は美味しそうだったけれど、夏の赤髪は眩しいくらいだ。

 

 抱きしめるような距離で彼女と向き合い、甘くない言葉を耳元でささやき合う。


「レヴェイユ、騒ぐなよ?」


 彼女はコクリと頷いた。


「グランドがいる」

「ここに?」

「あぁ、さっき俺を見てた。この部屋は大丈夫っぽいけど、なるべく素は出すな」

「はぁい」

「あと、絶対一人になるな」

「え? 私、強いから負けないわよ?」

「違う。負けるとかそういう事じゃない」


 先ほどグランドから受けた、炎の視線を思い出す。何もかも焼き尽くすような熱。あの男は、きっと勝ち負けとかそういう生易しい次元にはいない。


「もし、お前の正体が知られたら……、」


 クロルは、そこで少し息を吐いた。甘美な沈黙ができて、その美しい吐息がレヴェイユの赤い耳に当たる。彼女は、小さく身じろいだ。


「殺されるかもしれない」


 甘い声でささやかれる、むごい言葉。


「だから、絶対に一人になるな。約束できるか?」


 彼女はソワールなのに、まるで本物のか弱いご令嬢に言い聞かせているようだった。


 クロルの真剣な声に、レヴェイユは胸がきゅんと鳴る。『私が死んだら悲しい? それとも嬉しい?』なんて茶化してみたくなるけど、それはさすがに重いから、軽く微笑んで頷いておいた。


「あと……これは、俺が悪いから謝っておくか」

「なぁに?」

「ドアが、薄い」


 はてさて。レヴェイユは首を傾げる。なぜ、彼がドアの薄さを謝るのか。ここはクロルが建てた宿屋なのだろうか。そして、ドアが薄いことは悪いことなのだろうか。


 何かと蹴破りがちなレヴェイユとしては、ドアは薄い方がいい。薄手のドアは、効率的でありがたい存在だ。小首を傾げて、続きをうながした。


 すると、レヴェイユの耳に彼の美しい唇がピタリとくっついて、かすかな声で告げられる。


「『ピーー』の話」


 美形の甘いささやき声と、それに似つかわしくない……いや、非常に似つかわしい文言。レヴェイユの苺頭は、爆発しそうだった。


「~~~~っ!?」

「落ち着け。騒ぐな」

「は、はひ!」

「エタンスに、お前とヤってるって思わせた。まじでごめん」

「(期待の目)」

「期待すんなバカ」

「……するの?」

「お互い仕事だから必要があれば。でも、必要ないからしない」

「(がーーん)」

「残念がるなバカ」

「してほしい~」

「あのなぁ、公私混同すんなよ」

「ウェルカムなのにぃ」

「そこは拒否れよ。……でも、イヤだとかワガママ言える状況じゃない。ドアが薄いから、フリくらいは必要になるかも。その心づもりだけしといて」

「ふ、ふり?」


 フリとは何だろうか。フリというジャンルがあるのだろうか。ジャンルっていうか、プレイ?

 窃盗にかけては、右に出るもの無しのスーパーエリートのレヴェイユだが、男女のアレについてはノーエリートだ。正直、何をすればいいのか皆目見当もつかない。


「あー……そうだよな。お前はそういう感じだもんな」


 レヴェイユの表情を見て、クロルは察した。『こいつ、わかってねぇな』って。


「まぁ、そこらへんは任せて」


 男女のアレについては、スーパーエリートのクロル。彼のエリート力をなんとなーく察しているレヴェイユは、耳元でささやいて一任する。


「ごめんね。私、『ピーー』のこと何も知らないの。クロルの言うとおりにするから、ぜんぶ教えて?」


 彼女が動いたせいか、カーテンがゆらりとなびく。


 そこで、クロルはパッと身体を離す。ちゃぷんと紅茶の揺れる音が聞こえた気がしたのだ。レヴェイユの手を引いて、急いでソファに座り直させた。


「レヴェイユ。買い物は大丈夫だった? 買い忘れたものがあれば付き合うよ」


 クロルが取って付けたような雑談をし始めた五秒後、トントントントンとノック音。やはり頼んでいた紅茶が来たようだ。


 スタッフらしき男性は紅茶を運びながらも、物珍しそうに伯爵令嬢(金目の物)を見ていた。まさに泥棒の目。盗む気満々、ギラギラと音がするようだ。


 ―― 泥棒の巣窟か


 こういうことなら、同室で良かったのかもしれない。彼女を一人部屋にしたのであれば、伯爵令嬢と盗賊が大乱闘でジ・エンドになるところだった。


 こういう面倒事は、早々に潰しておくのが一番だ。クロルが「ありがと」とスタッフに声をかけると、その視線はクロルの顔面に固定される。『どえらい美形がライバルなのかよ』、勝ち目ナシのノーゲーム。


「お邪魔シマシター」


 スタッフは、スタコラサッサと去っていった。美形は、対話なくとも平和をもたらす。


 そこで、スタッフ君と入れ違うように、紫頭の核弾頭がひょこっと顔を出してきた。


「トリ」

「ち~っす。今、いいっすか?」

「おーよ」


 トリズが入室したところで、第五騎士団の報告会が行われる。

 レヴェイユ相手では、ささやきボイスでやらねばならないが、彼ら二人は先輩後輩の第五コンビ。以下のやりとりで報告は完了だ。


「よぉ、そっちの部屋、はどんな感じ?」

「まぁ、住めなくはないって感じっすね~。こっちは広いじゃん」

「まぁな。廊下、を出てすぐ隣だし何かあったら、壁、でも叩いて呼んで」

「へ~」

「一番上、の階に食堂があるらしいから少し見に行くか」

「りょ~」


 さすが第五騎士団の先輩後輩コンビ。これにて報告完了。三人は、宿屋『水の音色』の探検ツアーを始めたのだった。







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マシュマロ

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