79話 苔色アジトからお引っ越し
翌日。この日は朝から、買い物に出かけていた盗賊団アンテの三人。
食料を買ったり、厚手のパジャマを買ったりして、昼過ぎに帰宅。驚くことに、苔色アジトは悲惨な状態になっていた。
「うわ、なんだこれ!?」
「あらまあ、大変」
「家中、水浸しのグチャグチャだ~」
「これ、二階からだよな?」
クロルが見上げると、天井からボタボタとしたたる水。まるで雨のようだった。
とりあえず荷物を裏庭に置いておき、二階に上がる。当然ながら、二階も全滅。元々、苔色アジトは苔が生えるほどに古びた家だ。二階を水浸しにされたのであれば、一階で雨が降ってもおかしくはない。
「まじか。ベッドもダメじゃん」
「僕の部屋もダメだったよ~」
「あらまあ、大変」
「っつーか、これ泥棒の仕業だよな? 金目の物は何もなくて、痕跡を消すために水をまいた……みたいな感じ?」
「鍵もこじ開けた形跡があったよ~」
「あらまあ、大変」
「……お前、さっきから『あらまあ、大変』しか言ってないけど、大変だとか思ってないの丸分かりだかんな? 他に感想ねぇのかよ」
「うーん、そうね~。随所に焦りが見られるかなぁ。もう少し、イメトレをしてから本番に入るといいかも~。手当たり次第じゃなくて、ポイントを押さえて家捜しする方が効率的よね。痕跡を消す手間も省けるでしょ?」
「感想がプロ目線」
クロルは引いた。
「さて、どうする? 騎士団に通報は……できねぇよなー」
「できないできない、第三騎士団が来ちゃうよ。泣き寝入り一択だね。はぁ、これ片付けるの大変だね~。床とか腐っちゃいそう」
そこでドンドンドンとノック音。来客なんて一度もない時計店。誰だろうと、二階の窓から覗いてみると。
「エタンスじゃん」
クロルとトリズは「ははぁん?」と、したり顔。この水浸しの犯人が誰なのか、わかってしまったからだ。
したり顔のまま玄関を開けると、エタンスは「大変そうだな」と悪びれもなく言う。
「よくご存知で。あんたらの仕業か?」
「ただじゃおかねぇぞ、この眼鏡クズ野郎!」
「トリ、落ち着け。Stayだ」
相変わらず荒ぶるトリズ。なぜ、彼はこんな役柄を選んでしまったのだろうか。ストレス発散か?
「このタイミングで現れたなら、疑われるのも仕方がないな。しかし、我らサブリエの仕業ではない。話がしたい」
「ふーん? あいにく一階は雨だから、二階へどうぞ」
「はは、それはご丁寧に」
被害が少なかったクロルの部屋に通すと、彼は「ほう」と言いながら、視線をグルリと一周させる。何を珍しそうに見ているのか。グチャグチャにしたのは、お前らだろうに。クロルは少しイラッとした。
クローゼットの中も、チェストの中もグチャグチャ。クロルの服は床に散乱しているし、レヴェイユの化粧品もばらまかれている。それに……よく見ると、きわどい下着が床に落ちているじゃないか。クロルは、さり気なくベッドの下に蹴り飛ばしておいた。事なきを得た。
「コホン。で、どういう魂胆なわけ?」
「魂胆などない。俺がやったわけではないからな。そこの……名はレヴェイユと言ったか? どうやらお嬢様の行方を探そうと、伯爵家が動いているらしい。大方、この時計屋が怪しいと、タレコミでもあったんじゃないか?」
「へー」
クロルは思った。『やっぱり泥棒って、しれっと嘘をつくんだなー』って。
レヴェイユは、戸籍を含めてカンペキな『家出伯爵令嬢』だ。しかし、実際に捜索されることはないし、それをエタンスが知り得ることはない。全て隠蔽工作済みだからだ。
詳細は長くなるため割愛するが、サブリエ任務の事情を隠したまま、偽の事件をでっちあげて伯爵家には全面協力をもらっている。国家権力を舐めてもらっては困る。
しかし、こちらが先についた嘘に、嘘を重ねられると反論が難しい。ここはスルーをする場面だろう。
「と、なると、ここは引き払って新しい住処を探さねぇとな」
クロルは脳内で、第五騎士団が抱える秘密基地リストを思い返す。エタンスが出入りしても大丈夫なところがあるだろうか。
「トリ、なんか当てはあるか?」
「そうっすね~、今日はどっか宿屋にでも泊まるしかないっすね」
「だよな。とりあえず持っていけそうな荷物だけ詰めるか。あとは買い足しするしかねぇな。レヴェイユも、そこのクローゼットから大丈夫そうな服だけ詰められるか?」
「ええ、クロル様のお手はわずらわせませんわ」
「……水浸しのペラペラな寝間着は全部捨てて、さっき買った厚手のパジャマだけ持って行けよ?」
「? ええ、わかりましたわ?」
そこでエタンスが眼鏡を光らせて、ずずいと前へ出た。
「オススメの引っ越し先を知っているのだが、紹介しようか?」
「紹介? どゆ意味?」
「盗賊団サブリエ御用達。身元があやふやでも宿泊可能だ」
「……え、それサブリエの住処っつーこと?」
「主要メンバーが生活している場所だ。可哀想な盗賊団アンテ諸君の身を案じ、首領が許可してくれた」
首領が許可。その言葉で、背中にゾワリと鳥肌が立った。血管を辿って高揚感が肌を奮い立たせる。クロルはそれを必死に抑えた。
とうとう、ここまでこぎ着けたのだ。尻尾を出さないグランドの、すぐ近くまで。
「ふーん?」
潜入騎士としては願ってもない申し出だ。でも、盗賊クロルは簡単になびかない。泣き黒子を下げれば、部屋の温度も下がっていく。だって、手に入らないものほど欲しくなるでしょう?
「それってさー、引き抜きたいって意味? 俺は自由にやりたいんだよね。そっちの首領の下でプレイヤーになるつもりも、なれ合うつもりもねぇんだけど?」
「自惚れるな。引き抜きなどではない」
「あ、そうなんだ?」
「嫌になったら自由に出て行けばいい。こっちとしても、お嬢様がさらわれでもしたら損だからな。それを防ぎたいだけだ」
クロルは腕組みで考える。
「お互いにメリットがあるっつーことか。どうしよっかなー。トリとレヴェイユはどうしたい?」
「こんなクソ眼鏡と同じ空気は吸いたくねーけど、クロルさんが決めたことなら従うよ」
「私も、クロル様と一緒ならどこへでも参りますわ!」
「よし、決まりだな。エタンス、念押ししておくけど、俺らとお前らはあくまで対等。嫌気が差したらすぐに契約終了、即時に出て行く。それでいい?」
「あぁ。その代わり、これまで通りに依頼は完遂しろ。お前たちに求めるのは、それだけだ」
クロルは泣き黒子をキュッとあげて微笑んだ。
「そういうことなら。世話になる」
こうして、クロルたちは盗賊団サブリエの住処に招待されたのだった。
急速に近付いていく、二つの存在。それもそのはず、クロルとグランドは全く同じことを考えているからだ。
クロルは、グランドに懐中時計を盗ませたい。グランドは、クロルに懐中時計を盗ませたい。
『亡き王女の懐中時計』との距離を、互いにジリジリと近付け合う。
普通なら、先に盗んだ方が勝ちの窃盗レース。でも、これは逆。先に盗んでしまった方が負けのチキンレースだ。
ここからは、あっちもこっちも我慢比べのオンパレード。騎士と盗人。我慢強いのは、どっちかな?




