74話 ハンカチよりも袖
クロルたちが再び教会内に戻ると、やっぱりバッティング。息を整えてこちらを指差すシスターと、その横には騎士の姿が。
この騎士、胸章から察するに、第一騎士団所属の騎士じゃないか。貴族出身、スター性があってエリートぞろいの花形騎士団だ。
ここで重要な情報をお伝えしておこう。第一と第五は、残念なほどにそりが合わない。
例えば、騎士団食堂は所属ごとに座る位置が決まっているが、第一騎士団は日当たりがよくて景観も良い素敵な部屋があてがわれ、第五はジメッとした日陰の奥部屋。景観は春夏秋冬、樹木のみき。
仕事内容だって全く重ならないし、お互いに顔を合わせることはほとんどない。
それなのにも関わらず、潜入騎士が立てた手柄は、公には第一騎士団の手柄として報道されることが多い。第五は手柄をゆずって目立たないように過ごしている上に、泥臭~い仕事をうけおう平民集団だ。そりが合うわけもない。
さぁ、想像して頂きたい。真夏の夜、教会の聖堂。清楚なナイトドレス姿で息を切らしている若いシスターと、たまたま居合わせたエリート騎士。
なんと! これはまさに、素敵な騎士様にシスターが助けを求める『あの人たちに襲われたの!』という場面じゃないか。ラブロマンスが始まるやつだ。もちろん、悪者のゴロツキ役はクロルたち……。
そんなことはつゆ知らず。騎士は剣を抜いて、こちらに近付いてくる。その後ろで『プークスクス!』と笑っているシスター。悪い女だ。憧れの場面が台無しだ。ラブロマンスを返してほしい。
しかし、困ったぞ。教会のシスターと、真夜中にうろつく三人の男。内、一名は男装。安心していい、ここに言葉なんていらない。圧倒的に後者が怪しい。ぶっちぎりで悪役だ。
騎士は、低く重い声を教会に響かせる。
「君たち、こちらのシスター殿から、君たちが泥棒だと聞いたのだが?」
『泥棒はお前もだろ!』と、クロルは思った。しかし、タチの悪いことに、相手は本物のシスターだ。こっちだって本当は騎士なんだけどね! 靴底の胸章を見せてやろうか、ぁあん!?
でも、今は盗賊団……悔しいが、シスターの証言が優位、無念なり。もどかしい。
無念を胸に秘めたクロルは、騎士への返答に少し時間がかかった。すると、空気すら読めないレヴェイユが、先に口を開いてしまう。
「えっと、ごめんなさい~。探し物をしていただけなんです」
「……探し物?」
「はい、そこらへんにパールのブローチが落ちてないかなぁって……きゃっ!」
事もあろうか、レヴェイユが一歩近付いただけで、騎士は剣を振ったのだ。ひゅっと音が鳴る。
「あぶなっ」
間一髪、クロルは彼女を引っ張り、そのまま抱き込む。剣は赤い髪をかすめる。
追撃が来ることを想定し、クロルは彼女を背中に隠す。それと同時につま先をグッと床に強くぶつけると、かかと部分から隠しナイフの柄が押し出される。まさに一瞬。隙のない動作で、小さなナイフを構える。
一方、騎士は長剣を構え直していた。
ステンドグラスから零れる月明かりが煩わしい。ロウソクごと全てを燃やし尽くしてやろうか、そう思うほどに胃が煮えたぎった。
「ほう、隠しナイフか。その動作から察するに、ただのゴロツキではなさそうだな?」
「お前さぁ……いきなり剣振るうか?」
「ホント、騎士として有り得ないんだけど~」
同じように、トリズも腹を立てていた。事実確認も証拠もなしにいきなり剣を振るうなど言語道断。同じ騎士だからこその怒りだ。
そんな彼らを、第一騎士団の騎士は、眉をひそめて見下していた。
「貴様らは、剣を振るうに値するほどに怪しいことを自覚しろ。そして、ここは教会。貴様らが泥棒かどうかなど、もはやどうでもいい。そのナイフで斬りかかれば、即極刑だ。それ以上近づくならば、刑を待たずに迷わず斬る」
「見る目ねぇ男。これだから、そりが合わねぇんだよ」
確かに、クロルたち三人は異常に怪しい。もしクロルが逆の立場だったら、シスターを守るために剣を振るっていたかもしれない。
でも、クロルはどうにも気に食わなかった。彼女は守られて、彼女は剣を向けられる。歯がゆさが口に広がる。
一触即発。そんな騎士同士の空気を、のんびりおっとりボイスがかち割る。
「あらまあ、大変。みなさん血気盛んですごい~。私たちは怪しいものではございませんので、すぐに帰りまぁす。シスターさん、ごめんね。バイバイ!」
「え、ちょ!」
「わぁ!」
ぶち切れメンズの二人は、レヴェイユに背中をぐいっと押された。ぐいぐいぐいぐい、とにかく力が強いな。剛の者。
張り手のごとく押され続け、教会から出される。そのままズルズルと路地裏に引き込まれる、メンズ二人。
「なにすんだよ、レヴェイユ! すぐ戻るぞ」
「あの第一の若造め~! 十発は殴らないと。根性叩き直す!」
十六歳フェイスからくり出される、若造という言葉。急に年寄りに見えてきたぞ。
「それもそうだけど、ブローチをソワんねぇと。失敗なんてことになったら、グランドの信頼が、」
そこでレヴェイユが「ふふっ」と笑った。
「じゃ~ん、これなぁんだ?」
やっぱりね、レヴェイユの手にはパールのブローチが。
「これ……本物かよ?」
「うっそ、いつの間に!? ソワちゃん、すごいじゃん!」
彼女はソワールらしい愛嬌で、ペロリと舌を出す。
「最初にシスターを殴ろうとしたときに、枕をぽすんと叩いたでしょ? 感触で枕の下にあるなぁってわかっちゃって、ソワっちゃった~」
「まじ? 全然、気づかなかった……目の前で見てたのに」
「僕も……」
「えへへ、手癖が悪いねってよく言われるの」
それは褒め言葉ではない。『手先が器用だねってよく言われるの』みたいなトーンで使わないで頂きたい。
「手癖が悪いっつーか、もはや神業だな」
一周回って感心してしまうクロル。しかし、レヴェイユは不安そうにしていた。茶色の瞳が小さく揺れる。
「あの、クロルはどう思った……? 勝手に盗っちゃったし、えーっと、怒るかな? その、ごめんなさい……」
彼女がしゅんと縮こまっていく姿を見て、クロルは「バーカ」と言いながら、黒髪のカツラを取り上げる。
レヴェイユは「あ、返して~」と憧れの黒髪を取り返そうとするが、相手はクロル・ロージュだ。もちろん、爪の先すら届かない。
夜空に映える、鮮やかな苺色の髪。甘い香りと共に、それが夜風に吹かれて広がった。
「まぁ、善い悪いは微妙なとこだけどな。今回は、俺が許す。よくやった。すげぇじゃん!」
ここで優しく撫でるのは少し違うから、代わりに髪をグチャグチャにしてやった。
彼女は一瞬だけ目を見開いて、くしゃりと笑う。でも、やっぱり泣き虫レヴェイユ。「よかったよ~」とか「ほめられたよ~」とか、泣いて喜ぶのだ。
「また泣いてんのかよ」
「だって~、クロルがほめてくれるの嬉しいんだもん」
「ほら、さっさと泣きやめ。帰るぞ」
そう言って、クロルは白いシャツの袖で、ゴシゴシと彼女の顔を拭いた。雑だ、雑すぎる。
「あ……ハンカチ」
「は? なに、ハンカチで拭けってこと? おこがましいやつだな。お前なんかこれで十分だろ」
意地悪にニヤリと笑い、もう一度、袖をすりつけてやった。ごしごし。
嫌がって文句を言ってくるだろうと思ったけど、彼女は真逆の反応を見せる。腕をどけて見てみると、そこには満面の笑みがあったのだ。何かを満たされたかのような、にこにこ笑顔。
「……なに笑ってんの?」
「私、ハンカチよりこっちの方がいい! クロルだいすき~」
四角四面な冷たいハンカチなんかいらない。袖で雑に拭かれる方が何倍も嬉しい。いつだって、彼の体温は彼女の胸をきゅんとさせる。
「ふふっ、好き好きだいすき~」
「はいはい、わかったから。あんまり軽いトーンで言うと、誰にでも言ってそうだと思われるぞ?」
誰にでも『愛してる』とか言っちゃう人からのアドバイスだ。説得力がすごい。
「え? クロルだけよ?」
「あっそ」
クロルは「暑い、のど渇いた」と言いながら、腕にひっつくレヴェイユをベリッと剥がしてポイッと捨てた。ひどい。
そんなイチャイチャの隣で、トリズは「ぷはぁ」と果実水を飲んでいた。ガラス瓶の中でちゃぷんちゃぷんと音が鳴る。マイペースだ。
「ごくん、ぷはぁ。イチャついてるとこ悪いんだけど、スリシスターが気付いたみたいだよ~。教会から出てきた」
「イチャついてねぇよ」
路地裏に入ってからずっと、ごくごく飲みながら教会を見張っていたトリズ。この場で一番仕事熱心なのは、彼だろう。なにせドジ彼女との婚姻がかかっているのだから。動機が不真面目だが、彼は真面目だ。
「よし、見つかる前に逃げるぞ」
こうして泥棒三人組は、無事にパールのブローチをゲットしたのだった。




