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73話 ソワール vs スリシスター


 翌々日の真夜中。盗賊団アンテの三人は、普通の服を着て教会を訪れていた。パールのブローチを盗むのだ。


 なお、エタンスは別件があるため同行しないとのことで、今夜は大手振ってレヴェイユを投入できる。


「あら、教会と孤児院はお隣さんなのね~」

「子爵令嬢が通ってた孤児院だよね? ということは、シスターと子爵令嬢は顔見知りだったのかな~?」

「怨恨だった可能性もあるっつーことか。……ってかさ、レヴェイユはなんで変装してんだ?」

「ふふっ、憧れの黒髪になったの」


 なんと! レヴェイユは変装のためとかそれっぽいことを言って、騎士団本部から黒髪のカツラをゲットしていたのだ。やりおる。


 そこでトリズが補足する。


「今のところ大丈夫そうだけど、エタンスがこっそり見てるかもしれないからってことで、念のため男装してもらったんだよ。黒髪短髪の臨時盗賊役、ソワくんだよ♪」

 

 しかし、それは男装用のカツラだった。弟が女装していたかと思ったら、姉は男装。なにかとごちゃごちゃしている姉弟だ。


「ね、似合う? クロルはどう思う?」

「驚くほど似合わない」

「む~。やっぱりロング派なのね……」

「は? 髪の長さなんてどうでもいいんだけど。さっさと行くぞ、ソワ」

「はぁい、ソワくんがんばります~」



 さて。教会のセキュリティーレベルは超低い。お金がないから仕方ない。


 しかも、教会は駆け込み寺的存在だから、鍵をかけるなんてことはしない。二十四時間、出入りは自由。金目の物はほとんどないし、金庫もない。


 じゃあ何故、盗賊団アンテに依頼がきたのかと言えば、セキュリティーレベルが低いからこそ、取られている対策が厄介だからだ。


 まず一つ。騎士の巡回ルートである点。出入り自由だからこそ、騎士が教会内をおとずれて異変がないかを確認する。助けを求めて教会にやってきた人を保護する役目もある。


 さらに一つ。教会や孤児院で働く人々は、貴重品を自分で管理しているという点。要するに、金目の物は枕の下や服の中など身に付けて眠る。

 正直、こっそり盗むのは無理だ。教会で盗みを働くならば、強盗一択になるだろう。


 しかし、それを防ぐために、もう一つ。教会内で悪事を働いた場合は、問答無用で極刑になるという法律があるのだ。


 要するに、金目の物がないのに身バレ覚悟で特攻するしかなくて、捕まったら極刑。これが教会のローコストセキュリティー対策。犯罪者が嫌がるわけだ。


「とりあえず教会に入るか」

「おっけ~」

「はぁい」


 三人は忍び込むわけでもなく、普通に教会に入った。


 

 ステンドグラスから月明かりが零れる教会の聖堂。灯るロウソクたちが影を落とし、小さく揺れて動く。静寂というよりも、粛然(しゅくぜん)とも清閑(せいかん)とも言える独特な空気が、床を這う。


 クロルたちは、そんな教会の雰囲気を全力スルー。まるで路地を通り抜けるかのように、スタスタと奥へ侵入した。

 少しくらいステンドグラスを見上げるとか、息をのむとか、そういうシーンがあってもいいだろうに。逆に真面目だ。


 三人はシスターの部屋の前でアイコンタクトを取り、隊列を組む。レヴェイユ先頭、二番手クロル、大将トリズの隊列だ。


 先鋒、レヴェイユ。そう、初手はレヴェイユがシスターに一発アレして、より深い眠りに落とし込み、その隙にパールのブローチを盗るという計画だ。これを計画と呼べるだろうか。

 普段は『犯罪者』とか罵るくせに、いざとなるとこういう汚れ役を彼女に回すのだから、騎士って本当にタチが悪い。


 しかし、やはりそこはさすがのソワール。布ずれの音すら立てずに、シスターの枕元に近づく。そして、間髪入れずに一刀両断! 迷いがなさすぎる! こんなヒロインで大丈夫だろうか。


 そこは心配しなくても大丈夫だ。彼女の強烈パンチは、枕にぽふんとクリーンヒット。そう、奇跡的にシスターが起きたのだ。


「悪の気配! 何者!?」

「あらまあ、大変」

「まさか……盗みを働く悪党ね? 観念なさい!」

「ふふっ、悪党に悪党って言われるの新鮮~」


 悪女同士の言い合いは、結構うるさかった。これでは他のシスターたちが起きてしまう。

 瞬間、クロルとトリズはアイコンタクト。次の計画に移行する。


 二番手、クロル。レヴェイユの首根っこをつかんで、後方(トリズ)にポイッと投げ捨てた。そのまま、ずずいっと前に出る。


「こんにちは、聖なるお嬢さん。少しお時間いただけますか?」


 月明かりを吸い寄せて、スポットライト化。一歩近づいてニコッと微笑めば、必殺・泣き黒子アタック発動だ。顔が良すぎる。


 当然ながら、シスターも女。目を見開き、何かと戦うように「くっ……」と苦しそうな声を出す。

 よし、手応えアリ。クロルは、たたみかける。怒涛のクロるタイムだ。


「善きシスター。どうか、俺とお話を。ね? お願い」


 シスターの手をスルリと取って、紳士のハンドキッシングで軽くご挨拶。ついでに、ウインクもトッピングしておこう。

 後方では、トリズがレヴェイユの目を隠し隠し、ナイスフォロー。こんな場面、ヒロインは見ちゃダメよ。


「うぐっ……! わ、私は聖職者。男性との触れ合いは御法度ですが、貴方は神のように美しい人。神もお許しになることでしょう。わかりました、話をしましょう!」


 瞬殺でわかってくれた。神級の美顔を持つ男、クロル。


 ちなみに、二番手のクロルが失敗した後は、大将・トリズが締め技で落とすという、強めの強盗が計画されていた。アレな感じになるところだった。事なきを得た。


 シスターは、三人をブローチから遠ざけたいのだろう。「外に参りましょう」と言う。

 本当は、クロル流の色仕掛けで、ブローチを差し出してもらうつもりであったが、彼の本職は騎士。聖職者がどうしてこんなことをしたのか、その経緯を把握しておく必要があるだろう。



 三人は警戒しながらも、シスターに続いて、教会の裏側にある公園に移動。早速、クロルが口火を切る。


「夜も遅いからね、単刀直入に言うよ。貴女が盗ったパールのブローチを渡してほしい。どうか、争うことなく済ませたい」


 シスターは、首を縦に振りながらも「できますん」と断ってきた。美顔相手に迷いが見て取れる。


「美の神の願いだとしても、それはなりますん」

「お、おう……。えっと、不躾な質問だけどさ、貴女はパールのブローチをどうするつもり?」


 クロルが尋ねると、シスターは綺麗な姿勢でスッと挙手をした。


「ここは教会の外。聖職者ではなく、一人の人間として話をしてもよろしいでしょうか?」

「はぁ、どうぞ」


 シスターは脚を組んで、ベンチにドサッと座り直した。突然の姿勢の悪さ。


「いやぁ、もうびっくりびっくり! 超美形じゃーん! どタイプなんですけど。でも、あんたらって三人とも泥棒っしょ? 美形の泥棒とかウケるんですけど」


 突然の口の悪さ。口の悪いシスターとかウケるんですけど……。


「いやぁね、パールのブローチは売り払って、コレに替えるつもりなのよ」


 シスターは人差し指と親指で小さな丸を作って、『(コレ)』とハンドサインを繰り出した。こりゃ相当な悪に違いない。ソワくんも、ぽかんと口を開けるほどだ。


 お構いなしに、シスターは続ける。


「まさか教会に泥棒が来るとは、びっくりびっくり! はぁ、早いとこ換金しとくんだったわ。超失敗!」

「お、おぉ?」


 クロルは大混乱した。この感覚、懐かしのレイ(ブロン) が『気軽にやらせてくれる女の子紹介するから』とか言い出したときの感覚に似ている。大混乱だ。


「えっと……シスターは悪い人ってことでいいのかな~?」


 混乱中のクロルの肩をポンと叩き、代わりにトリズが尋ねる。二十九歳のメンタル強し。


 シスターはふふんと笑った。


「そりゃ、スリなんかしてるんだもん。ワルでしょ」

「じゃあ、パールのブローチをお金に替えて、シスターを辞めるつもりだったのかな?」

「え? 辞めるわけないじゃーん! 隣の孤児院に寄付しよーと思ってんの」


 突然の善き行い。


「えーっと、……どういうこと~?」


 悪いの? 善いの? わけわからん。トリズの傾げる首の角度が深まった。


 シスターは悪びれることもなく、スラスラと話をし始める。

 最近は、貴族も羽振りが悪く、教会や孤児院への寄付が少なくなっているそうだ。教会はまだしも、孤児院はセイフティーネットだ。国からの微々たる補助金だけでは立ちゆかない。


 事は先月に起きた。ふらりと訪ねてきた哀れな子供を、なんと孤児院が受け入れ拒否をしたのだ。そんなことは前代未聞だった。

 子供は他の孤児院に送られたそうだが、シスターはなんかモヤモヤしてしまい、毎晩眠れなかったそうだ。いいやつじゃないか。


 そこで、シスターは子爵令嬢(イイ子)に目をつけた。彼女からお金を巻き上げられないかなって。悪いやつだな。


 子爵令嬢が本当に善き娘であることを知っていたシスターは、孤児院が潤うのだから、母の形見のブローチがなくなったところで、本望だろうと思ったそうだ。


「待て待て。なんで子爵令嬢に寄付を訴えなかった?」

「孤児院長が訴えてたけど、父親の子爵当主が断ったんだってー。金持ってるくせに、まじ心狭くない?」

「お、おう」


 悪党子爵だから、金を出し惜しみしたのだろう。


「だからって、ブローチを盗む~?」


 トリズが茶々を入れると、シスターは手を叩いて笑った。


「あはは! 泥棒に言われたくないわー!」

「あはは、確かに僕たち泥棒だった。言えてる~」

「あたしだって、初めは盗むつもりなかったよ? 直談判しようと思って近づいたの。でもさー、あの子がブローチを大切そうにポーチに入れてるとこ見ちゃって。魔が差したってゆーのかな。形見なんて()()()を持って、孤児院に来ちゃうような彼女が、なんか気に入らなかったのかも! なんてね」


 贅沢なのは、形見のブローチが上質なパールだからじゃない。形見が存在すること自体が贅沢なのだ。

 だって、孤児院にいる子供たちのほとんどは、形見なんてものは持ち合わせていない。親を知らない子だって多い。シスターが言っているのは、そういうことだ。


「で? あんたら泥棒三人組は、子爵家の差し金で来たわけ?」


 クロルとトリズは一瞬だけ視線をぶつけた。『ここは任せろ』とトリズを制して、クロルは風で揺れる前髪を軽く整えながら続けた。整えることで美しさが増す。


「いや、差し金じゃない。取り返せば、子爵に高く買って貰えるんじゃないかって考えただけだ」


 さすがに真実を説明することは出来ないから、テキトーなことを言っておこう。

 そこでレヴェイユが、「いいこと思いついた~」と話し出す。


「ねぇ、このまま私にブローチをちょうだい? それで、子爵当主様に売ってあげる!」

「……で?」

「そのお金をシスターにあげるわ。それを孤児院に寄付するの! どうかしら?」


 クロルとトリズは、またもや目を合わせた。悪党子爵からは報酬をもらう予定ではあるが、実際のところレヴェイユの案は通らない。


 ここで一つ注釈を入れよう。クロルたちが盗賊団アンテとして稼いだ金は、全て騎士団の管理下に置かれている。任務が片付いたら、盗賊団アンテによって被害を受けた人々に返金、返品、補償を行うからだ。

 例えば、クロルたちが潜入していた宿屋『時の輪転』に対しても、騎士団から補償がされている。詳細を書くとレヴェイユの悪さが際立ってしまうため大幅に濁すが、マスターじいちゃんは幸せに暮らしている。

 しかし、補償がされるのは騎士団の任務によって何かを被った場合のみ。残念ながら、任務で稼いだ金を孤児院に寄付をすることはできないのだ。


 レヴェイユの案を黙って聞いていたシスターは、ふふんと挑戦的に見て返した。


「ふ~ん? それってアンタらに得がないじゃない。信じろってのが無理な話よ」

「トク?」

「損得のトクよ。利益がないでしょって意味」

「りえき? うーん、よくわからないけど、約束を破っちゃいけないのは知ってるわ。『約束をします』、これでどうかしら?」

「……変な泥棒ね。……そうねぇ。もし断ったら、どうする気?」


 シスターが意地悪に尋ねると、レヴェイユは「う~ん」と考える。定石としては、やはり殴って奪うとか脅して取るとか、そんな感じだろう。

 チラリとクロル(指針)を見る。ジロリと睨まれた。なるべく穏便に進めろという指示だろう。はい、了解。


「ボコボコに殴ったり脅したりは、やめときまぁす」

「アンタ、のんきな声で、ずいぶんえげつないこと言うのね……」

「ここは悪い者同士、フェアにいかないとね!」

「フェア?」


 レヴェイユは、優艶に微笑む。


「私、スリ返すのが得意なの。あなたが気付かないうちに、こっそりとね。だから、毎晩毎秒、ブローチのことだけを考えてね。寝てるときも食べてるときも、こうやってオシャベリしてる間も、ずっと、死ぬまで一生。油断はだめよ? 盗っちゃうから~」


 髪の色も服装も関係ない。金髪だろうが黒髪だろうが、余裕綽々で微笑む彼女は、まさに気高き悪女ソワールだ。

 

 ソワールの存在は、いつだって誰かに衝動を与える。憧れだったり、嗜虐心だったり、憎しみだったり。

 シスターはゴクリと喉を鳴らした。彼女が感じた衝動は、きっと敵対心だったのだろう。まさに目の色が変わったのだ。


「やれるもんならやってみなよ!」


 そう言って全力ダッシュ! どうやら自室にあるパールのブローチを死守するつもりらしい。


「あらあら、せっかちさんね~」 

「このバカ、煽ってどうすんだよ。追いかけるぞ」

「ふふっ、心配無用よ。だいじょぶ、だいじょぶ~♪」

「ホントのんきなやつだな」 


 そこでトリズが割って入る。


「いや、マズいかもよ。この時間、騎士の巡回とバッティングするんじゃないかな? 行こ!」

「ったく、仕方ねぇな」

「あ、クロル、待ってよ~」


 


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マシュマロ

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