72話 悪事キャンセラー!
さて、時は少し遡る。盗賊クロルが偽騎士を演じている間、レヴェイユが何をしていたか振り返ってみよう。
レヴェイユはドレス姿のまま、お得意のソワール走法でクロルを追いかけていた。
しかし、動きにくいし目立ってしまいそう。ドレス姿のソワール走法、想像がむずい。
「どこかで着替えたい~」
実は、悪党子爵家の場所をちゃんと覚えていたレヴェイユ。ここはお色直しをして、現地集合をするべきだろう。そうなると、服が必要だ。
さて。彼女はヒロインである都合上、おおっぴらに悪事の詳細を書き連ねてしまうと、本当に都合が悪くなってしまう。
ダダ漏れだったかもしれないが、これまでは名前を伏せてみたり、一応ぼかしてきたつもりだ。画素数が良くなってしまった場面もあったかもしれないが、一応、ぼかした。
しかし、彼女が第五騎士団になったことで、すべての悪事は正義化される。第五の悪事キャンセラーが働くのだ。第五ってすごい。とっても便利だ。
これならば詳細をおおっぴらにしても、たぶん大丈夫だろう。
というわけで、レヴェイユは窓をこじ開けて服屋に忍び込んだ……いや、慎ましく入店した。
―― 物を盗るのは悪いことだったようなそんなような~
そう思って、服は借りることに決定。バックヤードに置いてあった動きやすい服に着替える。借りてるだけだから、着ていたドレスをなんとなく置いておいた。彼女なりの担保だ。
しかし、窓から出ようとしたところで、バックヤードに来た店員と出会う。焦ることもなく、クロルの真似をしてみる。
「あ、こんにちは~。えっと、騎士団です。ユージ?です。服をお借りします~」
ユージって誰だよ、有事だよ。なお、彼女は元犯罪者なので、金色の胸章は支給されていない。大丈夫だろうか。
当然ながら、店員が騒ぎ出しちゃったものだから「あらまあ、大変」と言って、軽く三発殴って黙らせた。公務執行妨害、正義の鉄槌だ。超手早く縛り上げ、店の窓から華麗に退店。
馬に乗ろうと思い立ち、馬車道へ。馬の前に立ちはだかり、「馬をお借りしても良いかしら~?」と強めの交渉。相手は紳士だ、こころよく無言の了承をしてくれた。
でも、馬だと馬車道しか通れないし、逆に時間がかかっちゃう。「ご主人様の元にお帰り~」と言って、道ばたに馬を放置。返却完了だ。
そうして、ソワール走法に切り替える。彼女は合法侵入で他人の家の中をズカズカ通り抜けた。
ちなみに、鍵は解錠しまくったが、施錠は一回もしていない。空き巣誘発装置ソワールだ。それも早々に面倒になっちゃって、結構な枚数の窓を割ったり、扉を蹴破ったりしたけれど、第五騎士団所属だから全部セーフ! オールキャンセル!
頑張り屋のレヴェイユが子爵家に到着したのは、クロルたちが応接室に入室してすぐの頃。どこから入ろうかしらと眺めていると、すぐに気づく。
―― あ、屋根裏部屋の窓、ちょっと開いてる~
ひょいひょいと木や壁を登っていき、屋根裏部屋の窓から奥ゆかしく訪問。続いて、ストーカー的嗅覚で応接室にたどり着く。扉に耳をぴたりと付けてみると、中からクロルの声が聞こえてきた。
―― クロルの声! 好き~
すぐさま廊下にあった壁掛けランプを一つお借りして、天井裏に移動した。
ぼんやりとランプが灯る天井裏。天井の板を少しずらせば、愛しのクロルの偽騎士姿を見守ることができる。
―― ベストポジションゲットね!
彼女にとってのベスポジは天井裏。彼の美しいつむじに釘付けだ。
そして、子爵令嬢が登場。
―― ふむふむ。ああいう感じが、クロルのタイプなのね。やっぱり黒髪が好きなのかしら
偶然にも、子爵令嬢もミュラ男爵令嬢も、どちらも黒髪ストレートだった。もちろん、そんなのクロルのタイプでも何でもない。彼は苺みたいな髪色のフワフワな感じの子がタイプだ。どタイプすぎて苦しんでいる。
―― ふむふむ。孤児院に通ってるのね。なぜかしら? 孤児院といえば、人身売買よね……?
幼少期、ブロンは孤児院で人さらいに遭っている。あれは誘拐ではなく、孤児院が仕組んだ人身売買だ。
その証拠に、レヴェイユは戸籍上で天涯孤独だった。これはクロルも確認していたが、『弟、ポール・レイン、死亡』と、戸籍に記載されていたから間違いない。
唐突なポール。誰だろう、と思われることだろう。人身売買を成立させるために、ブロン本人と戸籍情報を切り離す必要があり、孤児院は戸籍上のブロンの名前を勝手にポールと変更申請した上で、その数日後に『死亡した』と国に報告していたのだ。
よって、ブロンは二歳から十九歳までの間、謎のポールとして、死亡戸籍のみを所有していた。そんなことも知らずに、ポールは何不自由なく楽しく生きていた。
牢屋でチューしちゃった一連流れによって、それらが明るみになり、彼は欲しくもない戸籍を作らされたというバックストーリーがあったりする。
これらの経験から、レヴェイユにとっての孤児院は、人身売買の温床だ。
―― 子供に読み書きを教える……なにか意味があるのかしら? ……あ、読み書きができると、子供の値段が上がるのかも。なるほど、人身売買の手助けは善いことなのね~
というわけで、読み書きを教えれば、子供が高値で売れると解釈してしまった。解釈が深い。
―― あら、イイ子ちゃんが泣き出しちゃった~。お母さんの形見をなくしたことって、そんなに悲しいことなのかしら……? んん!? ハンカチ! クロルがハンカチを差し出している
レヴェイユには、子爵令嬢の悲しみが理解ができなかった。レヴェイユ自身も通算二人ほど母親を亡くしている人生なわけだけど、形見とかそういう概念はなかった。
彼女にとって、物は物でしかない。物は、思い出の入れ物にはならない。
そんなことよりも、クロルが「美しい女性」とか言いながら、ハンカチを渡していたところが衝撃だった。
―― がーーん! ……私って相当嫌われてるんじゃ……
レヴェイユは、自分の立ち位置を察した。こりゃ相当ヤバいなと。
だって、レヴェイユが泣いていたって、クロルはいつも愉悦交じりの笑みを向けてくるだけ。なぐさめたり、寄り添ってくれたことなんて一度もない。ハンカチが羨ましい。ハンカチに無限の可能性を感じた。
「う~ん、黒髪。形見。孤児院……」
とりあえず、全部丸ごとマネすればいいのだろうか。
孤児院に通うのは任務が終わってからだろう。すぐには無理だ。
母親の私物は捨ててしまったから、形見なんてものはない。仕方がない、母親がよく使っていたものを形見化しよう。
黒髪にするならカツラが必要だ。でも、買うお金はないから、どうにか調達しないと。
……なんて考えていたところで、後方から「やっほ~、ソワールちゃん♪」と、やたらゴキゲンな声が聞こえる。振り向くと、ニッコリ笑顔のトリズがいた。
「あら、トリズさん。こんなところで奇遇ですね~」
うっかり忘れそうになるが、ここは天井裏だ。奇遇にも程がある。もちろん、トリズの笑みは深まった。薄暗いせいか、ちゃんと二十九歳の笑顔になっていた。
レヴェイユは、ニッコリトリズにガシッと首を掴まれた。
「痛いっ!」
「あはは、Go home~」
「いたたたっ。トリズさん、なんか怖いです」
身の危険を感じたレヴェイユは、当然ながらトリズから逃げた。二人はハート型の葉っぱが散らばる可愛らしい庭で、静かに追いかけっこを楽しむ。素敵だ。
結局、プロ中のプロであるトリズには勝てず、ゴーホームさせられたのだった。
◇◇◇
エタンスと軽く打ち合わせをした後、クロルが苔色のアジトに帰宅すると、汗だくボロボロ姿のレヴェイユが、柱に縛り付けられていた。ぐるぐる巻きだった。
「……ただいま……?」
「あ、クロル~。ふふっ、おかえりなさい。お疲れさま」
縛り付けられているとは思えない、和やかな返事。クロルは引いた。
「……トリズは?」
「騎士団に呼ばれたとかで、出掛けていったよ~」
「ふーん? で、これはなに?」
彼女に巻きついている縄を、美しい指先でスイーッとなぞる。
「これは……母の形見よ」
「形見」
縄が形見。どんな母親だ。
「あと、私ね、孤児院に行こうと思ってるの」
「は? なんで?」
「子供を高値で売る手伝いをするためにね!」
クロルはずっこけた。
「怖ぇよ、バカ。形見に孤児院、どっかで聞いたような気がするんだけど」
「ソウカシラ?」
「で、俺が留守の間に何をしでかした?」
「え!? ナニカシラ?」
「イントネーションがごちゃついてっぞ。包み隠さずに教えろ」
レヴェイユは困ってしまった。どういうわけか、クロルにだけは嘘を言えない。でも、本当のことは言いたくない。なんか怒られそうな気がしたからだ。
ならば、隠すしかあるまい。
「え~っと、それは、その、ナイショです」
「……俺、隠し事されるの嫌いなんだけど」
「ぇえ!? 隠し事も悪いことなの?」
「善い悪いっつーか、俺は嫌い」
「がーーん!」
隠し事だらけの男が何を言っているのだろうか。
クロルは冷たい視線を向けながら、彼女の赤い髪に絡まっていた葉っぱをとってあげた。
「内緒ってゆーのはさー、俺の後を付けて、子爵家の屋根裏部屋から忍び込んで、廊下の壁掛けランプを盗み、天井裏から俺をのぞいてたらトリズに見つかって、庭で追いかけっこして捕まった話?」
「え!」
クロルが子爵家から帰宅する際、壁掛けランプの数は一つ減っていたし、屋根裏部屋の窓は全開になっていた。そして、レヴェイユの髪には、見覚えのある葉っぱ。
「おい、ストーカー女。子爵家の庭にあったハート型の葉っぱ、苺髪に付いてるけど?」
「あ……」
「で? これはお土産?」
「ハイ、つまらないものですがドウゾ」
「ご丁寧にドウモ」
潜入騎士は役に立つかわからない情報でも、頭に刻み込む癖がある。時には、こんな風に役立つこともあるわけだ。
さて、トリズが騎士団に呼ばれて苔色アジトを不在にしていたのは、他でもない。『騎士団のユージ』と名乗る人物に、服を盗まれたという通報があったからだ。
今回は被害額も少なく、『子爵家の監視のため』という、こじつけとも言える正義を遂行していたということで、レヴェイユはギリッギリでお咎めなし。火消しのカドランの消火能力がすごい。
でも、トリズはカドラン伯爵から結構なじられたし、騎士団所属のユージたちは容疑者扱いされて、とても迷惑をこうむった。ちなみにユージは八人もいた。
もちろん、レヴェイユはクロルに、こっぴどく怒られたとさ。
「ぇえ!? 騎士なら自由に借りていいと思ってたわ。違うの?」
「ちげぇよ、この馬鹿。それは時と場合による! 大体、イイ子の真似なんかして何になるっていうんだよ!」
「……だって、イイコになったら、クロルに好きになってもらえるかなぁって思ったの。そのために頑張ったのに~」
「方向性が間違ってる」
切れ味の良い、一刀両断。
「うぅ……どうして私って、こうなのかしら……本当にごめんなさい」
「ったく、この悪女が。いいか? 今から言うことをよーく聞け!」
「ひぃ!」
「俺に好かれるかどうかなんて、無駄なことは考えるな。やらかす前に、俺がどう思うか考えろ!」
「はひ! ご、ごめんなひゃい!」
ものすごい上から目線だが、神級に美しいからセーフ!
「今度、俺を怒らせるようなことをしでかしたら、まじで牢屋にぶちこむからな? 一生、会えないと思え」
「一生、ゼロクロル生活!?」
「そう。ゼロクロル、ノークロルだ」
「それだけはやめて! ごめんなさい~!」
第五騎士団の悪事キャンセラーは、万能ではなかった。セーフなわけもなくオールアウトだ。




