71話 騎士のふりして、我が振り直せ
盗賊クロルとエタンスは、子爵家の応接室に通された。
潜入騎士は、騎士であることを明かして被害者と会うことはない。クロルは、ちょっとソワソワしてみたり。
「クロル、どうした。落ち着かない様子だが?」
「あー……緊張してる的な?」
「奇天烈なやつだな。普通の人間は、侯爵家に忍び込む方が緊張すると思うが」
「『普通の人間』じゃないエタンスに言われたくねぇよ」
「……自分で言うのもなんだが、お前よりは普通寄りだと思うが」
「心外」
そこで、悪党子爵が入室。二人はおしゃべりをやめて、姿勢を正す。
悪党子爵は応接室に入るなりクロルを見て、どえらく顎を外していた。『な、なんだこの美形は!』と立ちくらみを起こしているようだった。
慌ててガツンと顎をはめ直し、威圧的な態度で「くれぐれも娘に感づかれるな」とか「娘に手を出すな」とか、ありがたいお言葉を並べる。そのあと、やっと子爵令嬢が登場。
「騎士様、お初お目にかか……ります」
子爵令嬢は淑女の礼を一度止め、二度見してから、礼を続けた。やっぱり、『どえらい美形騎士がきた』と顔に書いてあった。
しかし、彼女はとてもイイ子だった。一瞬だけ頬を染めてはいたものの、すぐに顔色を戻し、少しだけ上目遣いになるだけにとどめる。この美形を前にして、しっかりとした振る舞いができるなんて、常識のあるお嬢さんだ。
TPOを考えて控えめな色のドレスに身を包み、所作は普通に整っていて、美人ではないが普通に可愛らしい。
「お父様から聞いていらっしゃるかと存じます。私の大切な……母の形見のブローチを、どうか取り返して頂きたいのです。騎士様、お願い申し上げます」
彼女にとって、パールのブローチは命よりも大事なものなのだろう。悲しそうに懇願する姿は、普通の騎士ならば胸を痛めるはずだ。
でも、クロルはサクサクと仕事をしはじめる。騎士の威圧を少し柔らかくしたような声に微調整して、話を切り出した。
「被害当時の状況を教えて頂けますか?」
「はい。盗難に遭ったのは、馬車から降りて北の大通りを歩いているときでしたわ。孤児院に向かっている途中、路地から出てきた人とぶつかってしまいましたの」
「北通りの孤児院ですか?」
「はい。週に一度、孤児院で読み書きを教えております」
「なるほど。その人物に盗られたと?」
「ええ。パールのブローチを入れていたポーチごと、盗られてしまいました」
クロルは話を聞きながら、エタンスにも注意を向けていた。なかなか騎士らしい仕草をしているじゃないか。現役バリバリの騎士から見ても及第点だ。こりゃ普段から騎士のフリして悪さしてんな~という感じがダダ漏れだった。
話を続ける。
「失礼ながら、なぜブローチをポーチに入れて持ち歩いていたんですか? 胸に付けなかったのは、なにか理由が?」
「ええ。家を出たとき、ブローチは胸につけておりました。そのまま馬車から降りてしまい、孤児院に向かう途中で気付いたのです。そこでブローチを外してポーチに入れました。孤児院に貴重品を身に付けていくことは禁止されておりますので……」
クロルは「なるほど」と言いながら、必要以上にメモを取る。エタンスはその様子を観察しているようだった。
本物の騎士は被害者の前では、あまりメモを取らない。キーワードをメモする程度だ。
それは別に騎士団のルールというわけでも、誰かに教えられたわけでもなく、被害者と向き合うと自然とそうなってしまうのだ。どうにも痛ましくて、目の前で言葉をつづることがはばかれるから。
被害者と向き合うことのない潜入騎士とは言え、クロルはそれを知っている。いつも観察眼を光らせて、できる限りの情報を頭に刻み込むクセがついているから。
例えば、この応接室の前の廊下にある壁掛けランプの数は十二個だし、屋根裏の窓は拳一個分ほど開いていた。そして、門から玄関までは、ちょうど百歩の距離。庭にはハート型の葉っぱが散らばっている。
これが役立つ情報ではなかったとしても、潜入騎士は覚えてしまうのだ。
「そのポーチを盗った人物は、どんな風貌でしたか?」
「ベージュの帽子をかぶっていて、顔は見ておりません。白いシャツに茶色のスカート。焦げ茶色のブーツを履いておりました」
「スカート?」
「ええ、犯人は女性でしたわ。背丈や姿勢、逃走する後ろ姿から想像するに、私と年齢は変わらない……若い女性かと存じます」
盗賊団サブリエは、すでに犯人を特定しているわけで、クロルがエタンスに視線を向けると、彼は目だけで肯定をした。得意分野の到来、悪女ということだ。
「私からお話できることは、以上でございます」
「わかりました。ご協力感謝いたします」
「いえ……どうか、どうか騎士様……よろしくお願い、申し上げます」
演技でも何でもなく、彼女は本当に善良な娘だった。貴族令嬢らしく、気丈に振る舞っていただけなのだろう。最後に頭を下げた瞬間に、それをゆるめてボロボロと泣き出した。
母親がいない寂しさを、小さなブローチ一つだけで必死に埋めてきた普通の女の子の涙だった。
そんな娘の肩を優しく抱きしめる父親の手も、やはり少しだけ震えていた。娘しかいないというのに、彼が後妻を取っていないのも愛ある理由なのかもしれない。どんなに汚れた手であっても、悲しみや愛を含んだ事情があったりするのかも。
クロルは痛ましそうに前髪をくしゃりとかきあげた。まるで彼女の悲しみに寄り添うように、胸ポケットの白いハンカチを渡す。
「その涙、胸に深く突き刺さりました。貴女のような美しい女性を泣かせるなど、到底許すことはできません。必ずブローチを取り返します」
でも、心の内側では、ひどく白けていた。『なんで泣いてるんだろ。なにも知らないっていいなぁ』と思っちゃったのだ。彼は裏を知っているのだから、仕方がない。
そんなこんなで偽騎士初日はサクッと終了。白けちゃったクロルは、帰りの馬車の中でホッと一息。緊張をほぐすために、指先をすりあわせる。
「はー、疲れた。超肩こったんだけど。なぁなぁ、上手くいったと思う?」
「ふん。怪しまれこそしなかったが……クロル、お前はメモを取りすぎだ」
「事件のこと聞いてるんだから、メモくらい取るんじゃねぇの?」
「騎士は、ほとんどメモを取らない」
「へー」
よくご存知で。
「悪い悪い、次は気をつけるからさ!」
「そうしてくれ。とは言え、及第点だろう。次のステップにいく」
エタンスは、スリ女の情報が書かれた紙をペラリと取り出した。
「次は、パールのブローチを盗み返す。盗賊団アンテの出番だ」
「……なぁ、ちょっと疑問なんだけどさ」
「なんだ?」
「盗むのにアンテの技術って必要? 顔の都合上、偽騎士は俺がやる必要あるかもしんねぇけど、相手はスリ女だろ? サブリエが盗めばよくね?」
『顔の都合上』という、なかなかなワードが飛び出したが、エタンスは小慣れた様子でギロリとにらむだけだった。さすがグランドの右腕だ。順応性がある。
「いや、お前の技術が必要だ。もしかしたら、顔面力も。その資料を読めば、理解できるはずだ」
クロルは、少し面倒そうに「なになに?」と紙を眺める。
「犯人は二十代の女。へぇ、スリは本職じゃないのか……えーっと、こいつの本職は……はぁ!? これまじ?」
「あぁ、犯人はシスターだ」
「っつーことは、盗みに入る場所は……教会!?」
「そういうことだ。頼んだぞ」
クロルは、素で「ははは」と笑ってしまった。
もう正義も悪も、ぐっちゃぐちゃ。かく言うクロルだって、正義の騎士のくせに今は泥棒業に励んでいるし、今頃イイ子にお留守番している(わけもない)ソワールは、今や正義の泥棒だ。
「心優しきスリシスターか……何がなんだか」
足をドサッと投げ出せば、靴底の胸章が小さく揺れた。




