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7話 金髪のレイ


 入浴後、相当疲弊していたクロルは、レヴェイユに作ってもらった温かいスープを飲んでそのまま寝てしまった。

 潜入中だというのに、もうぐっすり。これが長期任務のありがたみだ。無くした胸章のことは良いのだろうか。気にしないでおこう。




 翌朝。潜入二日目。


 窓の外からパタパタパタ……と、鳥の飛ぶ音が聞こえて目が覚めたクロル。しばらくゴロゴロしていると、階下から漂うパンの香り。

 しかし、着替えようにも服がないから、宿屋のパジャマのまま階下に降りようとしたところで、部屋の外に気配を感じた。


 すると、三拍後。『ドンドンドンドン!』と聞いたこともない激しいノック音がした。


 ―― うわー、こいつ苦手だ


 ノックの仕方で人柄がわかってしまい、クロルはたっぷり五拍ほど時間を置いてから「はい、どうぞ」と声をかける。勿論、間髪入れずにガチャっとドアが開かれた。 


 ものすごい美人だった。透き通るような美しい金髪に青い瞳。どこぞの王女様が現れたのかな、というレベルの超美人だ。


「……記憶喪失の男ってアンタ?」


 ノー挨拶で繰り出された不躾な質問と視線。その視線は、上から下まで品定めするかのように五往復はしていた。


「おはよう。そういう君は『金髪のレイ』かな?」


 男なら誰もが恋に落ちてしまいそうな美人は、「そうだけど」と無愛想に返事をして、また一往復クロルを眺めていた。


「で? アンタ、いつ出ていくの? 無一文なんでしょ」

「……えーっと、マスターからはゆっくりしていいって言われてるけど?」

「っち! マスターったら勝手なこと言って!」


 超美人の可愛らしい口から飛び出てきた舌打ちに、クロルは「ははは」と乾いた笑いで答えておいた。仕事しがいのある相手が登場してしまい、転職したくなった。



 宿屋メンバー、その三。金髪のレイ。


 二重まぶたにクリクリとした青い瞳。鼻筋はスーッと通っていて、まさに目鼻立ちの良い美人だ。

 そんなに化粧をしていないだろうに陶器のような白い肌。輪郭は当然ながら、顎先まで美しさを極めている。

 肩口までの短めの金髪はソワールと同じくらいの長さだろう。身長は一七六センチメートル程度、ソワールとほぼ同じ。


 事前情報では、()()は偽名だ。よって、戸籍情報は取得できず。もちろん経歴も不明。


 ―― でも、ここまでソワール感を出されると、逆に違うんじゃなかろうかと思ってしまう不思議


 フェイクなのではと思わずにはいられない、人間の心理だ。


「まあいいわ。朝食の時間だけど」

「あぁ、呼びに来てくれたんだ? ありがと」


 クロルがニコッと微笑めば、レイはスンとした真顔に。あ、ここまでずっと真顔だったか。


「勘違いしないで。レヴェイユに頼まれて仕方なく来ただけだから」

「そうなんだ、レーヴェって料理担当なの?」


 クロルが何の気なしに言うと、レイはピタリと動きを止める。


「レイ? どうかしたか?」

「レレレレレーヴェ!? なんで愛称で呼んでるの!?」


 レイの驚きっぷりから察するに、レヴェイユは愛称で呼ばれることがないのだろう。仕事の都合上、レヴェイユとレイの二人に対し、二股をかけなければならないクロル。ここはフラットな理由を挙げておいた方が良さそうだと判断した。


「なんでって……『レヴェイユ』って呼ぶのちょっと長くない?」

「そんな軽い理由で!?」

「へ? 愛称で呼ぶ理由に軽いとか重いとかあんの? 別にいいじゃん、レーヴェも嫌がってなかったし。レイは短いから愛称呼びは無理だなぁ」

「別に愛称で呼ばれたくもないけど。それよりも、嫌がってなかったの? レヴェイユが?」

「全く」


 事実、レヴェイユは『じゃんじゃん呼んで』と言っていた。


「そう……そうなのね。レヴェイユが。ふーーん?」

「レイ? 何か問題あった?」


 クロルが近付いて顔を覗き込むと、先程までのつっけんどん的な態度はどこへやら。突然、レイはにっこり笑顔。そりゃもう美しい微笑みだ。


「レヴェイユと仲良しなら認めてあげる。私とも仲良くしてね?」


 そう言って、上目遣いを決めてきた。超美人の上目遣いだ、コロッといっちゃう男が大半だろう。しかし、クロル・ロージュは大半の男には入らない。むしろ、ぞわっと鳥肌が立った。


 ―― あ、こいつダメだ。超苦手なタイプだ。うわ、サイアク……


 美形慣れしているクロルにとって顔面の強さは攻撃力ゼロ。何せ鏡を見れば究極の美形を拝めるのだから、美人に弱いわけもない。

 そして、当然ながらハニトラの天才であるクロルにだって、得意なタイプと苦手なタイプがあるのだ。ここではそういう勘が働いたのだろう。まぁ、それでも落とせなかったことは一度としてないが。


 クロルは頭を抱えたいところ、いつも下ろしっぱなしの前髪を邪魔そうにかきあげるだけで我慢した。仕事だと割り切って全力でやるしかない。プロなのだから。


「笑うと可愛いね、仲良くしてくれたら嬉しい」


 そう言って、鳥肌を立てながら一歩近付いて微笑む。すると、レイも「うふふ」と微笑んでくれた。

 

 潜入初日には『可愛いなんて思うのはレーヴェだけだよ』的なことを言っていた癖に、他の女にもチャラチャラ可愛いとか言いやがって……いやいや、これも仕事だ。朝から仕事熱心で、どちらかと言えばクロルは真面目な部類に入る。彼に限っては、チャラいは真面目。

 

「じゃあ、一階のカフェスペースに行こうか。レーヴェが待ってるし」

「そうね、レヴェイユが待ってるしね」

「ははは」

「うふふ」


 マスターじいちゃんと少年トリズも待っていることを忘れないで頂きたい。美味しそうなクロワッサンを目の前に、マスターがしょんぼりし始めている頃だ。


 潜入二日目にして、容疑者全員と接触完了。

 さて、誰から行くべきか。ターゲットに狙いを定め、クロル・ロージュは深く潜り込む。





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