69話 お耳をすまして、積み重ねる
手紙に書かれていた待ち合わせ時間。クロルが裏庭に顔を出すと、エタンスは苔色の屋根を見上げて立っていた。
「お茶でもどーよ?」と軽く誘ってみると、驚くことに、苔色アジトに足を踏み入れてくれた。
同業者同士だ。あの神業的泥棒技術を見せ付けられたエタンスは、なかなか信頼を置いてくれているらしい。信頼というか、ある種のリスペクトだろう。
「テキトーに座って。トリ、紅茶淹れてくれる?」
「クソ眼鏡に出す茶はねぇよ、ぁあん?」
「トリ。客だ、慎め」
「うい~っす」
相変わらずトリズがあらぶっている。この人物設定、どうにかならなかったのだろうか。役作りが過ぎる。
「ふん。茶はいらん。そこまで信頼していない」
エタンスは銀縁眼鏡をかけ直しながら、一階のリビングスペースを観察していた。
「ほう、苔色の屋根から想像するに汚いかと思っていたが、なかなか綺麗にしているようだな」
「まぁな。この子は貴族令嬢だから、小汚い家は似合わないだろ」
「ふふっ、クロル様とご一緒できるなら、どんな場所でも構いませんわ」
隣にレヴェイユを侍らせ、色気たっぷりにソファに腰掛けるクロル。悪い男感がすごい。
クロルがレヴェイユの肩を抱き寄せると、彼女はぽっと頬を赤くして、その体重を預けてくる。恋人同士の演技はお手の物だ。しかし、彼女の方は本音なわけで、事情を知っていると、なんとも可哀想に思えてくる。
「コホン。早速、依頼の話をしたいのだが?」
エタンスがレヴェイユをギロリとにらむ。『席を外せ』という意味だろう。
「彼女のことは気にすんな。俺の恋人だ、情報を外にもらしたりしねぇよ」
「しかし……」
エタンスは渋っていた。そりゃそうだ、秒で恋人同士になった二人の絆など、秒で壊れるだろう。
仕方がない。あとで情報共有すればいいかと思って、クロルが視線だけでレヴェイユに退場をうながすと、彼女はニコリと微笑んで「わかりましたわ、エタンスさん」と言う。公私ともに従順だ。
「私、二階で本を読んでおります。クロル様、そちらの本棚から何冊かお借りしてもよろしいかしら?」
「もちろん。ありがとな、レヴェイユ」
レヴェイユは階段下にある本棚に移動する。そこには伯爵令嬢が読むような本や、ポストに投函されたカタログとか、あとは時計屋っぽい本が置かれていた。
エタンスが少し眼光をゆるめたのを見て、クロルは切り出す。
「で、依頼ってどんな話?」
「正直に言おう。少し面倒な依頼だ」
資料を受け取り、クロルは美しい瞳を左から右に移動させて、ツラツラと読んでいく。
「獲物はパールのブローチか。ん? 貴族相手じゃないのか」
「そうだ。相手はスリの悪党だ」
「悪党? なら簡単に盗めそうじゃん。盗むっつーか強盗でいいだろ。なにが問題?」
盗賊に強盗をおすすめしちゃう騎士。問題だらけだ。
「いや、今回は盗むだけじゃない。クロル、お前の顔面力を借りたい」
「俺の顔面力?」
相当悩ましいのだろう、エタンスは「はぁ」とまた一つため息をついてからこう言った。
「盗賊団アンテ。どうか『騎士』になりきってくれ」
「騎士」
クロルとトリズは目を合わせた。
エタンスの話はこうだった。なんでも頻繁に窃盗依頼をしてくるお得意様の子爵家当主がいて、コイツが大層な悪党らしい。もちろん、クロルとトリズは心の捕縛リストに入れたが、それはそれとして。
悪党子爵には一人娘がいる。妻の忘れ形見だそうで、彼にとって娘はまさに宝物。妻が大切にしていたパールのブローチを娘に渡し、母親だと思って肌身離さず持つんだよ、と愛を伝えた。
しかし、娘がスリに遭い、大切なパールのブローチを盗られてしまったそうだ。娘は真っ直ぐな善き娘に育ってしまったものだから、騎士団に通報して取り返してもらおうとしている。
でも、悪党子爵は真っ直ぐな悪党だ。騎士とお近付きになるのが怖いし、感づかれそうで嫌だった。でも、娘の手前、騎士団に通報しないわけにはいかないし、パールのブローチは取り返してあげたい。
そこで、悪党子爵は盗賊団サブリエに依頼をした。偽騎士として娘と会ってもらい、盗賊として犯人からブローチを盗み返し、さらに騎士として娘にブローチを返してほしい。なんとも悪党が考えそうなことだ。
「我らサブリエの中にも、騎士の真似事ができるメンバーもいるが、客の子爵が『絶対にミスをするな』とプレッシャーをかけてきた。……それにしても、ずいぶんと積み重ねているな……」
「ん? 積み重ね?」
「いや、なんでもない」
「ふーん? 悪党子爵は、イイ子ちゃんのご令嬢のために、パパの体裁を保ちたいわけか」
「首領クロルならば、仮にミスをしたところで顔面力でうやむやにできるだろう? 相手は女だからな」
「なるほど。ミスをしない人選じゃなくて、ミスしてもリカバリーが効く人選っつーことか」
「そういうことだ。……それにしても本が……積み重なって……」
「うーん、どうすっかなぁ」
クロルはちょっと迷った。たぶんトリズも迷っているはずだ。本職は騎士なのだから、騎士の真似事をするならば、正体がバレてしまうかも。
「なぁ。この依頼って、エタンスが俺を推してくれたのか?」
「いや、人選は首領が行った」
「へぇ? 俺らのこと買ってくれてるわけだ?」
「自惚れるな。まぁ、即断即決ではあったがな」
今の会話で、クロルは二つのことを察した。
一つ目。口振りから、グランドが即断即決をする場面にエタンスは居合わせていた。即ち、グランドと盗賊団サブリエとの間を繋ぐパイプ役が、目の前に座るナンバーツーのエタンスであるということ。
クロルたちはプロの騎士だ。三か月、グランドを尾行したり情報収集をしてはいたが、結局、ヤツはサブリエとの繋がりを欠片ほども見せてくれなかった。唯一の繋がりが、エタンスなのだろう。
そして、二つ目。この依頼もある種のテストなのだろうということ。
騎士が騎士だとバレずに騎士の真似事を完遂する。そんな任務が『騎士』にできるわけはない。グランドはクロルたちを見極める試験を叩きつけてきたのだ。
チラリとトリズを見ると、彼の紫色の瞳は楽しそうに揺れていた。どうやら同じ考えらしい。
「わかった。この依頼、盗賊団アンテが受けてやるよ」
「よろしく頼む。……ところで、あれは放っておいて大丈夫なのか? ずいぶんと積み重ねているようだが」
「ん?」
エタンスが指差した方向は本棚。クロルが振り向くと、そこには本を積み重ねて持っているレヴェイユの姿が。というか、まだリビングにいたのか、相変わらずゆっくりぼんやりな娘だ。そんなことより本だ。本がやばい。
「ちょ、レヴェイユ! 積み重ねすぎ!」
積み重なった本は、天井近くまで到達していた。やっぱり重ね方が雑すぎて、グラグラしているじゃないか! あと貴族令嬢が持てる量じゃない、これじゃ深窓をぶち破るゴリゴリ系令嬢だ。あぁ、役柄のブレも本のグラも止まらない! ブレブレグラグラ!
「あら、長居してしまいましたわ。私、二階に居りますわね。どうぞごゆっくり、おほほ」
レヴェイユは積み重ねた本を持って、足早に二階に上がろうとする。なんで足早なのだろうか。今こそのんびりであれ。本がグラグラと揺れ、あぁ、今にも崩れそうだ!
「レーヴェ!」
クロルが彼女を庇おうとした瞬間、それよりも先に動いた人物がいた。レヴェイユの頭をぐいっと抱き込み、分厚い本から彼女を守る。ドスドスと音を立てて、本は彼の背中や床に落ちていった。
本の落ちる音の合間に、カシャン……と、銀縁眼鏡が床に落ちる。その眼鏡の上に、ドスンドスンと二冊のカタログが落ちて、眼鏡はお亡くなりになった。二冊ともグランド商会のカタログではないか。なんたる皮肉。
「眼鏡……」
しばしの沈黙の後に落とされた追悼で、二人は距離を取る。
「……え、エエエタンスさん!」
「どう考えても重ねすぎだ。貴族令嬢の持てる量とは思えんな。お前……さては……」
レヴェイユは、チラリとクロルを見た。『冷酷』という言葉は、こういう時に使うんだなって感じの目をしていた。
瞬間、彼女は舌に力をいれ、本気を出す。
「コホン、失礼いたしました。わたくし、護身術を習っておりましたの。本を積み重ねるトレーニングがありまして、毎日続けておりますのよ、オホホ。危ないところを助けて頂き、感謝申し上げます」
やたらサラリと答えるレヴェイユ。お気づきだろうか。彼女は、どーでもいい相手には、上手に嘘をつけるのだ。壊滅的にド下手になってしまう相手なんて、クロルだけだ。
一方、エタンスは、やたら目を細めていた。視力が足りないからだと信じたい。
「そんなトレーニング、聞いたこともない。……さては、お前……」
「なんですの?」
「天然系令嬢か?」
「……テンネンケー? いえ、わたくしは伯爵令嬢ですわ」
「なるほど、ド天然だ」
よし、セーフ! エタンスの察しが悪くて助かった。人を救うほどの察しの悪さ。いっそ国宝級。
急激に風向きが変わったことを察したクロルは、うやむやにするしかないと、全力で二人の間に割って入った。
「エタンス、ありがとな。彼女、ちょっと抜けてるところがあって。レーヴェも大丈夫だった?」
そう言いながら、抜けが多すぎる間抜けな彼女に、冷ややかな視線を向けた。そして、目が点になった。
彼女の顔は真っ赤だった。乱れた髪の隙間から見える、小さな耳も。
「……赤い」
クロルがぽつりと呟くと、レヴェイユは顔を手で覆い、慌てた様子で二階に行ってしまった。
それは、『危ないところを助けてもらって恋に落ちてしまった、ウレシハズカシ乙女』の背中に見えなくもなかった。
その場に取り残された三人のメンズたちは、心の中で声をそろえる。ちょ、ちょろーい!




