67話 林檎とギャンブラー
翌週、グランドは行動を起こした。半ば無理やり同行し、ブロンとデュールにディナーをご馳走することにしたのだ。幼なじみとやらの正体を見極めるために。
「えっと……グランド商会の会長ですよね?」
「いかにも。お見知りおきを」
片や金のない貴族、片や金持ちの平民。氏か才能か、どちらが優劣をつけるのか。『答えは私だ』と言わんばかりに、グランドは脚を組んで胸をそり上げる。
「デュールと申します。ブロンが側近だなんて、驚きました。商才なんてないでしょうに」
「ショーサイ? それよりさ、マジでグランドさんの奢り? ラッキー! 全部、頼んでいい?」
「……好きに頼め」
デュールに言われて、ふと思う。ブロンのことは、動くアンテ王女の人形として、置物のように扱おうと思っていた。
しかし、意外にも役に立つ。浅慮な男ではあるが、その浅さから漂うオープンマインドな雰囲気は、取引先にも好印象。
「……確かに。商才はないが、役に立つ男ではあります。幼なじみだと聞いておりますが、貴殿は貴族籍をお持ちでは?」
「一応、男爵家の人間ですが……まぁ、見ての通りです。気軽に接してください」
「では、遠慮なく。まずは二人の出会いを聞いても?」
グランドがワインを一口飲んで、くだけた口調で尋ねると、デュールとブロンは目を合わせた。
「十年前だったかな」
「十年前だったっけ」
タイミングピッタリ。次に「林檎な?」「リンゴな!」と笑い出す。
「うちの庭に林檎の木があって、そこにブロンがいたんです」
「そうそう! あのリンゴ、美味しかったなぁ」
「僕も庭にいたんですけどね。ふと視線を上げたら、ブロンがちょうどリンゴを盗った瞬間で……」
そこで、ブロンが白ワインをリンゴに見立てて「食べる?」とデュールに差し出した。すると、デュールが「ははっ!」と笑って、白ワインを一口。
「こんな感じで、盗りたての林檎を渡されたんです。僕の林檎なのに、と思いましたけどね」
「若気の至りー」
「そしたら、不思議と懐かれちゃって。毎日のように遊びに来るようになりました」
「そうそう! もっとリンゴくれるかなーって思ってさ」
「……ちょっと待て、ブロン。お前は林檎が目当てだったのか? 懐かれたと思っていたんだが?」
「あはは! なつかしー」
「十年越しの真実なんだが」
二人の会話を聞いていたグランドは、「良き出会いだ」と拍手を送った。このとき、二人の間にある確かな歴史を感じ取ったのだ。正真正銘の幼なじみなのだろうと。まぁ、実際のところ幼なじみなわけだが。
もう一歩踏み込むべきだと判断したグランドは、ペンだこのある指先をピンと伸ばして、デュールの胸あたりを指した。
「ところで、その胸章。王城で働いているのかね?」
「はい、宝物管理室の所属です。まだ日は浅いんですけどね。意外にも業務の幅が広くて、大忙しですよ」
「ほう、なるほど。我が商会が仕入れた宝石も、管理申請をしていたな。デュールさんがご担当か?」
「いえ、僕は別の仕事をしているので」
「どのような?」
グランドが続きをうながすと、デュールは魚のポアレを切り分け、一口食べてから続けた。
「ほら、今年は秋の園遊会で国宝の展示がある年でしょう? 僕の担当は、警備体制の構築なんです」
「では、そう言った知識が?」
「少しだけ。実質、騎士団とのパイプ役みたいなものですよ」
「騎士団……」
―― いささか気になる点もあるが……。二人が幼いころからの親友であることは確かであろう
グランドは、ブロンのことを全く疑っていないかった。偶然の巡り合わせで、グランド自身が引き抜いた人材。疑う余地などない。ならば、親友のデュールだって信頼できるはず。
そんなことをツラツラと考えていると、デュールが「そうだ」と言いながらパンをごくりと飲み込む。
「ブロンに話があったんだ。借金のことで……」
きっと気まずいのだろう、デュールはチラリとグランドを見てきた。
「ブロンから聞いておる。側近の親友ともあれば、このグランドが相談に乗ってやらないこともない」
切り分けた分厚いステーキを口に運びながら、グランドはそう言った。したたる肉汁と欲望。
「グランドさんがそうおっしゃるなら、僕は構いませんが……正直、引いちゃうくらいの話ですけど大丈夫ですか?」
引いちゃうくらいの金の話とは何だろうか。
「大丈夫だ。どのような話だ?」
「実は……僕、三度の飯よりギャンブルが好きなんです。女よりも賭け、酒よりも賭け」
「賭け狂いか。そんなことでは引かぬ」
引くわけない。グランドなんて、引かせまくりのアンテ狂いだぞ? 金の話ごときで引くなんて、あるわけもない。
「そうですか! さすが懐が深い。こんなギャンブルでしかエクスタシーを感じられない男の話なんて、誰も受け入れてくれなくて」
「エ、エクスタシイ……?」
椅子がちょっとがたついた。
「ははは。デートは賭博場だし、恋人とはしながらギャン……おっと、喋りすぎかな! すぐにフられてしまうんです。本当、真実の愛って何だろう」
「しながらギャン……?」
なんとも気になる言葉の切れ端。グランドは、ギィっと椅子を鳴らしながら遠ざかった。なんてこった、引き潮だ。沖に流されそうだが、ぐっと堪えよう。
一方、ブロンは「ぶはっ!」と吹き出して、身を乗り出す。逆に、満ち潮。
「ちょいちょいちょい! なんの話だよ!?」
「愛の話だ」
「ロッシーニ、吹いたんだけど」
「愛よりも金の話をしようか」
「ずいずい進めるじゃん」
「実は、借金も総額五十万ルドを超えていて、ははは!」
「「五十万ルド」」
グランドとブロンの声が重なった。五十万ルドあれば、家がサクッと建っちゃう。はい、引いちゃう話の出来上がり。
「え、マジ? 五十万ルド!?」
「引いたか、親友」
「ガチで引いた」
「ショックだ」
ちなみに、早々に種明かしをしてしまうと、ここまでの話には、嘘と本当が混ざっている。林檎の話は、フィクションだ。デパル家に林檎の木はない。
しかし、なんと驚き、借金の部分はノンフィクション。この三か月で、デュールは借金をせっせとこしらえたというわけだ。変態だ。
「五十万……多いな」
グランドは、本音をこぼしてしまった。
心の距離を縮めるのに、性癖カミングアウトが有効だという俗説は、あながち間違っていないのかもしれない。おっと、ノンノン。フィクションだ。
「して、返済のあてはあるのか?」
「給与を返済にあてます。まずは第一歩、今日はこれを持ってきました。ブロン、受け取ってくれ」
「封筒? ペラペラじゃね?」
グランドも『はて?』と思ったが、黙って様子を見る。
「とりあえず開けてみてほしい」
「えー、まとまった金額で返してほしいんだけど……って、空っぽじゃねーか!」
開けてびっくり、封筒は空っぽだった。
ちなみにリアルを追求するために、先日、ブロンからも一万ルドをガチで借りている。よって、ブロンはガチで切れている。
「札一枚くらい入れとけや!」
「勘違いしないでもらいたい。封筒自体が、僕の誠意だ」
ドヤァと音を立てて眼鏡が光った。
「何の足しにもなんねー! オレの一万ルドは!?」
「あぁ、話せば長くなる。ここに来る途中、賭博場があったんだ。以上だ」
「話がみじけー!」
「本当、どうしてこんなことに。悲劇だ、困ったぞ」
なんだろうか。全く悲壮感がない。
「もっと困った雰囲気だそうぜ? 腹立つー!」
「本当に困っている。僕は病気なのかもしれない」
「あったりまえだろ、病気だよ! お前は立派な変態ギャンブラーだよ」
「そうだな、返済よりも病気の治療が先だよな。ありがとう、親友よ」
「返済が先だバカ!」
「心配をかけて申し訳ない。感謝する」
「会話の噛み合わせが悪すぎる!」
こんなふざけた会話に、裏は全く感じられなかった。グランドは、グイッと前へ乗り出す。ギィッという椅子のきしむ音が、個室レストランに響いた。
「コホン。差し出がましいようだが、一本化した方がよいのでは?」
「イッポンカ?」
グランドは、耳を素通りしそうな音声をペラペラと出し始める。
「複数から借金をすると、返済の手間が多くなる。かつ、高金利の金貸し屋から借りているならば、借り換えをして金利を抑えた方が良い。一本化すれば借入金が多くなり、低金利で済むはずだ。一本化しない理由は?」
よく回る口だ。
「へー。すみません、なに言ってるか分かりません」
「煙草、吸いたい気分になっちゃった! 一本、吸っていい?」
グランドはずっこけた。二人ともおふざけ全開じゃないか。
「馬鹿者! 一本ではなく一本化だ!」
「イッポンカ?」
首を傾げる二人。そんな間違いだらけの人生を目の前にしては、金に細かいグランドはうっかり宣言してしまう。
「その程度の知識で五十万。よし、わかった。デュールさん……いや、デュールよ! その借金、私が完済させてみせようではないか!」
待っていました、そのセリフ。デュールはニコリと笑っていた。
「お願いします。グランドさんの教えを忠実に守ります!」
「うむ。スパルタで参るぞ!」
こうして、教えてあげる側と教えてもらう側という関係が確立した。
グランドに近付くためには、彼に何かを与えてはならない。彼は、何も受け取ってはくれないだろう。
距離を縮めたければ、グランドから与えてもらうのが一番だ。恩は売るだけでなく、買うものでもあるのだ。
さて、全員の配役が判明したところで、一つ整理をしておこう。
今回の潜入作戦は、二つの潜入チームを作ってグランドを追い込むというものだ。クソダサネーム『サンドイッチ作戦』。
盗賊団サブリエ側からの潜入チームは、クロル、レヴェイユ、トリズ。グランド商会側からの潜入チームは、デュールとブロン。
では、このサンドイッチ作戦で、一体何をしたいのか。
グランドは慎重で狡猾だ。頭も切れるし口も上手い。中途半端な証拠で捕縛して、すぐ釈放なんてことになったら、全てが水の泡。
彼を完膚なきまでに牢屋にぶち込む方法は、言い訳無用の現行犯一択。クロルたち第五メンバーは、そう判断していた。
だから、懐中時計をエサにして、少しずつグランドを追い込んでいく。エサを美味しそうに盛り付け、手に入るのだと思い込ませるのだ。そうして、チャンスを与えて追い詰めて、最後は彼に盗ませる。
そう。懐中時計を盗むのは、盗賊団サブリエでも盗賊団アンテでもない。グランド自身に盗ませるのだ。それがクロルたちの最終目標。
サンドイッチ作戦の第一段階は無事終了。グランドの深い信頼を得るために、もっと深く潜り込む。第二段階、スタートだ。
次話、クロルのターンに戻ります。




