66話 ぶっつけ本番、幼なじみのサインを拾え
ブロンの手紙から一週間後。苔色アジトでは、窓の外を見ているレヴェイユがいた。そわそわと、全く落ち着きがない様子。
「……またブロンの鳥、待ってんのかよ。進捗がなければ来ないだろうし、次の鳥はデュールと接触した後くらいじゃね?」
「うぅ、上手にできてるかしら。補佐役なんて難しそうで心配~」
「……ソワールの補佐役やってたなら大丈夫だと思う」
超ハイレベルに手のかかる女泥棒の補佐役を、ブロンは六年間もやっていたのだ。これまでのエピソードを思い出して、クロルはちょっとブロンを尊敬した。
たしかに、姉が壊滅的であるため、弟の方はしっかり者に見えなくもない。しかし、実際のところ、レイン姉弟はどちらも等しく、ゆる~い自由人だ。だからこそ、ソワールは捕縛されて今に至るわけだが。
「でも、相手はグランドさんだもの。私より大変よね、きっと」
「いや、レヴェイユの方が大変だと思う」
「え? でも」
「レヴェイユの方が大変だと思う」
「え?」
「まぁ、家族を心配する気持ちはわかるから、ミルクティでも飲んで落ち着けば?」
ミルクたっぷりのミルクティを差し出せば、ぱぁっと顔を明るくして、彼女は窓から離れてくれた。やっぱり手がかかるな、なんて思ったり。
◇◇◇
さて。レヴェイユの心配とクロルの予想。どちらが当たっているのだろうか。
当然ながら、クロルが正解。グランドの側近として、ブロンは十分な働きをみせていた。
例えば、ドレス工房の商談のとき。グランド商会の傘下に入るのを渋る店主に、ライバル工房の顧客情報を教えることを約束して、商談成立の一役を担ったり。
情報屋という特殊人間であることがバレてしまうのではないかと心配になるが、そこはゆる~いブロン・レイン。特にバレることもなく、のらりくらりと役に立ちながら働いていた。
しかし、一週間くらい経つと、ブロンは色んなことが面倒になってきてしまう。
―― グランドさんのデスクから、証拠とか出てこないかなー?
人生グレーゾーンのブロンが、こうやってホワイトに働いているのは他でもない。レヴェイユという人質を取られているからだ。
というのも、デュールとトリズからは、『手柄を立てれば、自由に暮らせるようになるかもしれない』、そう聞かされているのだ。情報源がちょっと怪しいが、その情報は大丈夫だろうか。
とは言え、どのみち手柄を立てなければ、活路も見い出せない。よぉし、がんばっちゃうぞー、と思った矢先のことだった。
ブロンは、その日もグランドの付き添いとして馬車に乗せられていた。
少し治安の悪い北通り。そこで馬車を降りてすぐ、ブロンは目の端でよく知る人物をとらえた。服装や髪型はいつもと異なるが、あの黒髪と碧眼。
―― デュールだ
青い瞳と青い瞳が、にぎやかな街中でバチっとぶつかる。その瞳を見て、これが作戦開始の合図だと、ブロンはすぐに察した。
察したが……こんなの打ち合わせにはなかった。そもそも、ブロンがグランドの側近になる流れもなかったわけだし。
―― えーい! なるようになれだ!
出会って十年、息の合った幼なじみタッグ。グランドの目前で、ぶっつけ本番。潜入作戦スタートだ。
グランドの一歩後ろを歩いていると、デュールはこちらに向かってくる。すると、彼は帽子を取り出し、それを深くかぶり出す。ブロンは、ピンときた。
―― あ、懐かしー!
十年もの付き合いになると、仲間内の間だけで成立するルールがいくつかできるものだが、イタズラをするときは帽子をかぶるという、子供特有の謎のルールがあったのだ。気乗りしない日は帽子をかぶらない。乗っかるときは帽子をかぶる。
ちなみに、ブロンは今でも帽子をかぶることが多いが、そのルーツはこれ。イタズラな人生を歩み続けているということだ。
ブロンは『できるよ!』と意味を込めて、グイッと帽子をかぶり直した。
「よぉ、ブロンじゃないか。久しぶりだな」
「デュール! こんなところで何してんの?」
「あぁ、いや、ちょっと用事があって」
デュールはヘラヘラ笑いながら、何かをポケットにねじ込んだ。
―― くしゃくしゃの十ルド札!
デュールは、煙草とギャンブルが大好きだ。やいのやいの言うのが面白くて、二人はよく賭博場で遊んでいた。補足しておくと、合法の賭博場だ。
デュールは、まあまあ勝負強いのだが、それでも負けることもある。そのときは、残った札をぐしゃぐしゃにしてポケットにそのままねじ込むのだ。今、目の前でやったように。だから、ブロンはいつも通り突っ込んでみる。
「また賭けで負けたのかよ、だっせー」
「ははは、負けてスッカラカンなんだ。返済は少し待ってほしい」
返済。ブロンに金を借りているという設定らしい。
「待つのは構わないけど……」
「心配するな。実は、宝物管理の部署に空きが出たから、雇ってもらってるんだ。また来週あたりに連絡するから、何もせずに待っていろよ。じゃあな」
普段からピシッと背筋が伸びているデュールだが、ヘコっと音がしそうな会釈をして去っていった。
「なんだあいつ……」
素直な感想をつぶやくと、様子をうかがっていたグランドから「ブロン」と声をかけられた。
グランドはせっかちだから、先に行っちゃうかなと思っていたが、どうやら一部始終を見ていたらしい。
「今のは、何者だ?」
「あ……えーっと、貧乏男爵家の次男坊で、幼なじみ的な親友っすね」
「勤務先は、宝物管理の部署と言っていたな」
「あー、なんか言ってたような。宝物って何でしたっけ? なんかどっかで聞いたようなそんなような……」
この二か月、普通にショップ店員として働いていたブロン。面倒な潜入作戦の詳細は、あんまり覚えていなかった。心臓に手を当ててみんなで誓ったのは何だったのだろうか。誓いも軽い。
「呆れたやつだな。ブロン、お前は見なかったのか? 彼は、小さなピンバッチをつけておったではないか。あれは、王城文官がつける胸章だ。となれば、王城の宝物管理室のことであろう」
「王城! ナルホド、そーゆーことか!」
―― そうだ、文官として潜入するんだっけ。じゃあ、これってデュールの思惑通りってことじゃん、やっるぅ♪
ちょっと鼻高々。ブロンは、ついついニンマリとしてしまう。
「……ブロン、何を笑っている?」
「あ。えっと、あいつに金を貸しててさ、王城文官なら返済できそうだなって!」
「借金か」
グランドはそう呟いて右上をじっと見た。何を考えているのやら、三拍ほど置いて「参るぞ」と大股で歩き出す。
グランドの美しい革靴が、灰色の地面を叩いてコツコツと鳴る。何かを期待するように軽く、そして何かを疑うような慎重な音だった。
ドレス工房での、ブロンのゆる~い活躍?場面は、カット。SS置き場に置いておきました。
https://ncode.syosetu.com/n6301ij/3/




