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64話 引きの強い男



 隠れ家での報告会。グランドは、運の良さにめまいがしていた。


「招待状を持つ娘が!? エタンス、でかしたぞ!」


 懐中時計に大きく近付いて、ドキンドキンと心臓が高鳴る。ある種の恋だ。いや、病気だ。


「しかし、問題がありまして。伯爵令嬢は、クロルの言うことしか聞かないかと……」

「美形すぎる盗賊か」


 グランドは思案する。クロルを通してパートナーの座をゆずってもらうようにお願いするべきか。

 いや、そうじゃない。グランドの目的は園遊会に出席することではなく、亡き王女の愛した懐中時計を盗むことだ。


 ならば、使える駒はそのために使うべきだろう。


「……それで、採用試験はどうであった?」

「はい。クロルは天才です。正直、驚きました」

「ほう?」


 テスト結果を速読すれば、確かに天才と言えるような数字が並んでいた。


「素晴らしすぎるな」

「あの腕ならば、どんなものでも盗むことが出来るかと」

「いや、私は()()()()()()()と言ったのだ。こんな数字を叩き出すのは、ソワールくらいのものであろう」

「しかし、クロルはどう見ても男ですよ? それに、ソワールは処刑されているはずですが」


 グランドは、新聞の束を指差す。


「しかし、刑が執行されたという話を一向に聞かぬ。調べる必要がありそうだ。同時に、首領クロルには何件か依頼をして様子見する」


 言い終わる前に、グランドは鞄を抱えて歩き出す。今日は本来休日であるが、新しくオープンした店の経営状況を視察するために、王都へ足を運んだ。




 ソワール捕縛という大ニュースをきっかけに、売上が傾きかけたソワールショップ。

 人の興味は日々変わりゆくもの。早々に閉店させ、レディースの服屋を新規オープンさせてはみたものの、その売上が異常に良かったのだ。不思議に思って、足を運んだのが今日。


 来てみて驚いた。店は戦場と化していた。


「いらっしゃいませー」

「店員さん、どっちが似合うと思います!?」

「えーっと、赤だとおも」

「すみません、試着室に案内してもらえますか!?」

「あー、はい、こっち」

「こっちもお願いしますぅ!」

「ちょいちょいちょい! 順番で!」


 女性客が奪い合うように品物を買っている様子。そんな女性客に囲まれている店員が一人。


 ―― なんということだ!


 グランドは髪をぐしゃぐしゃにして、その店員をガン見する。


 やる気のなさそうな声。それとは相反して、客に囲まれすぎている状況。そんな客と客の隙間から見える、金色の髪と青い瞳。いやいや、何よりも()()()だ。


「店長!」

「あらま、グランド会長ではございませんか! いらっしゃるとは知らずに失礼いたしました」

「挨拶はいい! あの店員は何者だ?」

「ああ、二か月前から働いてくれているんです。……あぁ、視察にいらっしゃったのですね。ブロンさん、こちらへいらっしゃいな!」


 ブロンと呼ばれた店員は「はーい」とやる気なさげな声で返事をして、客をちぎって投げながら、グランドのところまでやってきた。


「なんすか、店長」

「ブロンさん。こちらグランド会長よ。ご挨拶を」

「……へ!? フラム・グランド!? うお、まじか本物じゃん」


 ブロンの失礼な物言いなど気にせず、グランドは驚愕の表情を浮かべていた。


 ―― 似ている! アンテ王女にっ!


 あまりにもアンテアンテうるさいので忘れてしまいそうになるが、アンテ王女が実在していたのは、かれこれ百年も前の話だ。

 その容姿は美人だとか金髪碧眼だとか語り継がれているものの、絵姿は定まっていない。市場には様々な絵姿が流れているのが現状だ。


 しかし、グランドはアンテ王女の大ファンだ。大ファンというか、もうガチだ。あらゆる伝手を使って、アンテ王女本人とされている超貴重な絵姿を獲得し、それを複製したものを自室に飾りまくっている。


 で、これまたどういう因果だろうか。その絵姿にブロンは激似だった。


 グランドは震える手で口元を覆い、突然登場したリアル・アンテ王女にもう釘付けだ。


 確かめるように上から順々に見ていく。金色の髪、丸く青い瞳、小ぶりな唇に、スタイルは……おや? 割とスレンダーなタイプなのか……いや、スレンダーというかぺたんこじゃないか。


「って、待て待て待て、貴様は男か?」


 ブロンの胸当たりに視線がたどり着いて、やっとその事実に気付く。あるべきものがなかった。


「はぁ。見ての通り男ですけど」

「オゥマイガッ! なんという神の悪戯!」

「え、なに突然……怖……」


 ブロンはかなり引いていた。当たり前だ。


「なぜだ、なぜその風貌で男なのだ!?」

「怖……」

「私はストレートだ」

「お、おう。オレもストレートだ」


 皆、ストレートだ。


 ―― し、しかし……他人の空似とは思えん。今年は懐中時計の公開年にして、アンテ王女の百回忌。何らかの思し召しなのでは……!?


 むむうと唸りながらブロンを見ていると、その隣に飾られていた花柄のスカートがふわりと揺れた。もちろん、王女の天啓を見逃さない。


「スカート……スカウト。なるほど、社内ヘッドハンティングか! 店長。この人材を引き抜きたい」

「は?」

「ブロンと言ったな。私の側近として働いてほしい。頼まれてくれるな?」

「え、マジすか……」


 ブロン・レインは、無自覚に引きが強い人間だ。二歳の頃に初代ソワールと出会ったのだって、ブロンが誘拐されたことがキッカケだし、潜入騎士というレア職のデュールを親友に置いている。あと、実姉は女泥棒ソワールだし、将来的な義兄は神級の美形だし?


 こうして引きの強いブロンは、側近として引き抜かれて潜入成功。女装しなくても、王女オーラは健在だった。

 


 



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マシュマロ

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