61話 二大窃盗団のコラボ
そうして迎えた伯爵家のプラチナリング窃盗テスト。テストの試験監督であるエタンスは、時間の少し前に伯爵家の裏手を訪れた。
「まだ来ていないのか」
約束の時間には少し早いが、こういうのは少し前に来てスタンバイしておくものでは……と、なぜかエタンスが焦ってしまう。
「時間ギリギリに来るつもりか? 大したやつらだな」
待っている間、エタンスの脳裏に『やつらが騎士だったら』という考えがよぎる。だが、ルビーのネックレスの売買の時点でエタンスを捕縛しなかったことを考えると、仮に騎士だったとして、今日この場で捕縛する意味はない。
そんなことをツラツラ考えること、十五分。
「お、来てたのか。お待たせ」
「ち~っす」
真っ黒な服を着た二人組の盗賊団アンテがのんびりとした雰囲気でやってきた。紫頭の核弾頭トリが放つ間延びした語尾が、何ともゆるりとした空気をかもし出す。大丈夫だろうか。
「来たか。お手並み拝見といこうか」
「任せなって。テストだから、エタンスは手出しするなよ?」
「当然だ。手助けされようだなんて甘い考えは捨てることだな」
「ははっ! じゃあ早速、盗賊団アンテとサブリエのコラボ窃盗と参りましょ。お邪魔しますっと」
「ち~っす」
そう言って、二人は伯爵家の高い塀に足をかけて簡単に乗り越えていった。身のこなしはかなりのものだ。エタンスは「一ポイント」と言いながら、後に続いた。
「どこから入る気だ?」
「うーん。やっぱ二階だな」
クロルはひょいひょいと木を登り、軽くジャンプで二階ベランダに到達。続いて、エタンスがベランダに上る頃には、驚くことにドアの鍵はすでに開けられていた。
「もう開けたのか?」
夜風にさらわれた前髪を軽く押さえるクロルの姿は、余裕綽々であった。
「こんなの十秒で開けられる。ほら、さっさと入ろうぜ」
エタンスは大きく驚いた。一流の泥棒だって鍵を開けるのに三十秒はかかるだろう。それを十秒で解錠。目の前にいる男は超一流の泥棒だと認識を改めた。それこそ伝説的泥棒であるソワールレベルなのではないかと。
「素晴らしい、十ポイント」エタンスは呟いて、屋敷の中に入った。
金庫室に着くと、クロルはまたもや短時間で鍵を解錠。悠々と金庫室に入る姿にエタンスは感動すらした。
しかし、プラチナリングが保管されているだろう金庫はそんな簡単じゃないはずだ、と試験監督は眼鏡を光らせる。
「えーっと、トリ。この金庫だっけ?」
「そうっすね。黒い小さな金庫に入ってるって情報っす」
そんな二人の会話に、勿論エタンスは突っ込む。
「紫頭の少年……トリと言ったか。なぜそんな情報を貴様が知っている?」
「ぁあ?」
「どうどう。トリ、教えてやれ」
「っち、クロルさんの指示なら仕方ねぇな。耳かっぽじって聞けよ?」
紫頭の言葉が悪すぎる。
「ダチが情報屋で、そいつから教えてもらったんだよ。そいつ、性格は悪いんだけど情報収集能力だけはピカイチでさ~」
「情報屋か」
エタンスは納得した。クロルの手腕からすると、単独犯でいた方がリスクが少ない。わんぱくで礼儀のなっていない若僧を部下に置く理由が分からなかったが、情報屋という伝手があるならば抱え込むのも頷ける。内心、『五ポイント』と点数が入った。
一方、クロルはカチャカチャと金庫と格闘している様子。さすがは伯爵家の金庫だ。なかなか時間がかかりそうだなと思い、見張りでもしてやるかとエタンスが廊下に出ようとした瞬間。
「開いた」
「は!? もう!?」
エタンスは、ぶったまげた。時間にして三分程度なんですけど!? そんなことあり得るか!? 思わず金庫に駆け寄る。
「ほ、本当に開いている。どうやったんだ!? こんな早く開ける人間、見たことないぞ」
「どうって言われてもなぁ」
「クロルさんまじすげ~。あんたも驚いたっしょ? あはは!」
驚いたなんてもんじゃない。思わず「百億ポイント」と呟いてしまうくらいには、盗賊団アンテの株は爆上がりだった。
「純プラチナの三連リングは、これだな。ゲットー。さっさと帰ろうぜ」
そう言って、クロルは三連リングを指先にはめ込みながら、楽しそうに金庫室の扉を開けた。真夜中のピクニック気分で油断していたのが良くなかったのだろう。
ひゅうっと廊下の空気が入り込むと共に、血の気が引いた。
開けた扉の先には、今にも叫び出しそうな青い顔をした貴族令嬢が立っていたのだ。




