60話 苔色ポストに手紙を入れて
翌日の午前中、銀縁眼鏡のエタンスは、グランドの隠れ家を訪れていた。あくびを我慢しながら首領に報告をする。首領、すなわちフラム・グランドだ。
グランドは、絶対に自分の手を汚さない。いや、エタンスが、グランドの手を汚させないとも言える。
グランド自身が盗賊団サブリエメンバーや裏取引の客と顔を合わせることはなく、全てはエタンスを通して指示をする。頭と口を上手に動かして悪事を働いているのが、グランドという男だ。
そして、二人が顔を合わせる、唯一の場所が隠れ家だ。
「なんと! 盗賊団アンテと接触したと言うのか!?」
「はい。ルビーの買い手がつかないとのことで、とりあえず買い取っておきましたが……」
「ほほう。ルビーが手に入ったのは良きことであるが……盗賊団アンテか。愛しのアンテ王女の名を使うなど低劣な真似をして、一体どういう意図があるのやら」
トップクラスの低劣さを持つグランドは、ソファに浅く座り、エタンスの話に耳を傾ける。その態度は真剣そのもの、目の前にあるワインボトルに口をつけることすらしない。
「グランド様。アンテの意図は、」
「エタンス。口を慎め」
「失礼いたしました。盗賊団アンテの意図はわかりませんが、やつらは我らに雇われたいと言っています」
「……まさかとは思うが、潜入騎士か詐欺師では?」
「潜入騎士? それは実在しないと聞きますが。実際に見たこともありませんし」
グランドは大きく首を振る。話すたびに、手をあちらへこちらへ振り回す。なんとも身振り手振りの大きい男だ。
「私も見たことはない。しかし、ミュラ男爵が前触れもなく捕縛されたのは、いささか不自然だ。潜入騎士のような存在にマークされていたからではないかと推測する」
「はぁ、なるほど……。騎士であるかはわかりませんが、仲間になるのではなく、我々が盗めないような案件があったら商談をしようという提案でした」
「ふむ……風貌は?」
「はい。首領クロルが二十代半ば。茶髪茶瞳、ものすごく美形でした」
「美形。どの程度?」
「今まで見た中で一番の美形ですね」
「一番とな」
そう、一番の美形だ。
「……そんなやつが金に困っていると? 顔でいくらでも稼げるだろうに。もう一人は?」
「相棒というよりは部下という雰囲気でした。ずいぶんと若く、まだ成人前の十五、六歳程度の少年。うちの若いヤツがボコボコにやられてましたよ」
「十六歳では騎士にはなれまい。いやしかし、入団したての若造ならば、その可能性もあるか」
「入団したての人間が、潜入騎士として我々と対峙するとは思えませんが……いかがなさいますか?」
グランドは「ふむ」と言いながら、そこでやっとボトルに口をつけてワインを飲む。テーブルの上に、グラスは置かれていない。
「侯爵家のダイヤモンドを盗んだのが本当であるならば、欲しい人材ではあるがな」
「それについては本当です。侯爵家の人間が騎士団に怒鳴りこんだとか、宝石店の保証額が莫大だとか、全て事実でしたから」
なんてこった。火消し役のカドラン伯爵が息をしているか心配になるが、そっとしておこう。
エタンスは、淡々と事実を並べた。それを受け取ってグランドは思慮している様子。いつもならば五秒で判断をする商才にあふれたグランドが、今回ばかりは悩んでいるようだった。
「彼らとは、どうやって連絡を取るのだ?」
「はい。時計店を営んでいるようで、そこに手紙を出せと」
「時計店?」
「普段は時計修理などを行っているようです」
「なんとなんと! 時計修理ができる泥棒がいるとは! ならば、話は別であろう」
グランドは目の前に並んだ紙束から一つ掴みとり、パラパラとめくること五秒。
「エタンス。盗賊団アンテを試してみたい。採用試験その一、このリストにある受注品のどれか一つを盗ませる」
エタンスはどれにするかと尋ねるが、グランドからはどれでも良いと任せられてしまう。グランドは続ける。
「採用試験その二。懐中時計の修理をさせてみる。どこまで技術があるのか試したい」
「かしこまりました、グランド様」
「試験が終わる頃、サブリエの住処『水の音色』に連絡を入れる。報告書をまとめておくように頼むぞ」
「仰せのままに」
指示を与えたグランドは、ドサッとソファに背を預ける。赤い瞳を天井に向けて「ああ、アンテ王女……」と脳内観劇が始まっちゃった様子。
エタンスはペコリと頭を下げて、そっと隠れ家を出た。小慣れた感じだった。
◇◇◇
夕方、エタンスは時計店に足を運んだ。場所は、クロルの言うとおり王都中央通りの路地裏。少しジメッとした場所に店は確かにあった。外観から察するに、年季が入った店なのだろうか。
「ここが時計店か」
扉を見ると、『時計屋クロ 完全紹介制』と書かれた看板がかけられている。簡素という言葉が誉め言葉になりそうな程に、雑な看板だ。『ル』がないのは元々なのか、それとも消えてしまったのか、判別するのも難しい。
緑色の屋根だって、なんていうか……これは苔色と呼ぶのがふさわしいかも。
全体的に、普通の時計店にはない陰陰滅滅とした雰囲気だ。完全紹介制とわざわざ書かなくても、何とも入りにくい。泥棒のアジトと言われても、納得納得。
「ポストがないな」
裏へ回ってみると、ぽつんとポストが置いてある。これまた苔が生えたポスト。雨の日には手紙が濡れてしまうのではないかという程に、防御力がない。
どこを見ても怪しさ満点。逆に『盗賊団アンテ』への信憑性が増すのはなぜだろうか。苔が生えているのもポイントが高い。
「苔……」
なぜかぽつりと呟いてしまう。エタンスは、待ち合わせ日時を書いた手紙を投函しておいた。
さらに翌日。待ち合わせ時刻に苔ポストの前に行ってみると、エプロン姿の盗賊がいた。汚い麻色のエプロンに三角頭巾、手にはほうきと雑巾を持っている。掃除をする前に洗濯をした方が良さそうだ。
エタンスが近寄ってみると、それに気付いた盗賊団アンテの二人が、「よお」「ち~っす」と出迎えてくれる。挨拶がゆっるゆる。
「手紙さんきゅー」
「あぁ……お前たちは何をしている?」
「ぁあ~? 見ての通り裏庭の掃除に決まってんだろこのボケ眼鏡」
ほうきで殴りかかってきそうな核弾頭トリ。それを「トリ」と言って、前髪をかきあげる仕草一つで制す首領クロル。このやりとりに、エタンスは目を見張った。
「悪いな、エタンス。まだ十六歳の子供なんだ。大目に見てやって」
「いや、構わないが……」
『やはり十六歳だったのか、それにしても言葉が悪いガキだな』と思ってしまう。言葉は悪いのに、裏庭はキレイにするチグハグ感。そんな盗賊団の姿に、エタンスの銀縁眼鏡がちょっとズレる。なんとも平和な窃盗団だ。
「立ち話も何だから、うちに入る?」
クロルが顎でクイッと苔時計店にご招待するが、エタンスは罠ではあるまいかと警戒して返事をしなかった。
「ははっ! そりゃ警戒もするか。まあ人通りも少ないしここで話そうぜ。手紙を寄越したっつーことは依頼があんの?」
「ああ、そうだ」
エタンスは眼鏡をかけ直して、例の受注リストからエタンス自身が選んだ案件を提示する。
「この男爵家保有のサファイアのブローチ。これを依頼する」
エタンスが男爵家の場所とかブローチの絵図が書かれた紙を見せると、クロルはそれを受け取らずに視線一つで突っ返してきた。彼の目元にある泣き黒子は、不機嫌そうに下がっている。
「なにそれ、男爵家? そんなのお前らでソワれるだろ。どういうつもり?」
「……テストだ。首領から、お前たちを信用すべきかテストを受けさせるよう指示が出ている。クリアしなければ今後も取引はしない」
種明かしをすべきかエタンスだって迷ったが、言わなければ受けてくれないだろう彼らの雰囲気。えり足をかきながら答える。
「ぁあ~? 生意気いってんじゃねぇぞ? クロルさん、殴っていいっすか~?」
「トリ、どうどう。うーん、それでテストになんの? もっと難しいやつにしてもらってもいいけど」
「あはは! 男爵家の防犯レベルじゃ、やりがいないっすよね~。瞬殺!」
楽しそうに笑い合うエプロン姿の盗賊団。なんとも不思議な雰囲気だ。エタンスは、リストから別の案件を取り出した。
「ならば、こちらの伯爵家保有の純プラチナの三連リング。これでどうだ?」
クロルはニヤリと挑戦的に笑って、資料を受け取ってくれた。
「うん、楽しそうじゃん。こっちの方がいい」
「交渉成立だな。いつやる予定だ?」
「うーん、明後日くらいかな」
「そんな短い準備期間でいいのか?」
「あんたらは準備にそんな必要なの? 家に入って盗むだけじゃん」
盗賊団サブリエの場合は、まず下調べをして犯行に最適な時間帯を決め、侵入経路や逃走ルートを予め決めておく。大所帯であるからこそ盗みに入るメンバーの選定にも時間がかかる。そこから日時を決めてやっとこさ実行だ。最短でも二週間はかかる。
簡単だなんてクロルがあっけらかんと言うものだから、エタンスは彼らの技術力に興味を惹かれた。
「……私も同行することは可能か? 貴様らの手腕をこの目で確認したい」
「おう。それ、いいじゃん。ビジネスパートナーとして互いの信頼を勝ち得ないとな! じゃあ明後日の深夜に現地集合で」
「わかった。それからもう一つ。時計店を営んでいると言っていたな。この懐中時計の修理は可能か?」
クロルは「懐中時計?」と言いながら、それを受け取った。
「んー。できるけど、料金はいただくよ?」
「構わない」
「おっけー。状態を見てからだけど、細かい部品を作る必要があるかも。納期は二週間後でいい?」
「二週間……? あぁ、了解した」
泥棒するより修理をする方が納期が長いのか……と思いながら、エタンスはその場を去った。




