59話 盗賊役は、この二人
「な!? だ、誰だ!?」
「何者だ!?」
クロルが天井裏から飛び降りると、盗賊団サブリエの二人組はどえらく驚いてくれた。『何者だ!?』なんて言われたことのないクロルは、少し快感。
彼は天才的泥棒の役だ。もちろん、すぐに返事はせずに余裕たっぷりに時間を使う。靴のつま先でトントンと床をたたき、胸章の小さな揺れを感じ取った。
潜入騎士はどんなところにでも潜り込む。敵も味方も関係ない。彼は『盗賊クロル』として任務についていることを、お忘れなく。
「よぉ、お前らが盗賊団サブリエか? お目当てのルビーはこれだろ?」
「……それは! 盗賊団アンテか?」
「あぁ。このまま天井裏でぼんやりのんびり過ごそうかと思ってたんだけど、今の話を聞いちゃってさぁ。納品がどーのって?」
クロルはニヤニヤ笑いながら、美しい指先にネックレスを引っかけてゆらゆら揺らす。彼らの視線も、右に左にゆーらゆら。
「ははっ! そんなに欲しいか? よだれ垂らして見てんなよ」
「なんだと?」
クロルは帽子を取って、茶色のやわらかい前髪を軽く整える。月明かりが照らし出す美形っぷりに、彼らは驚いた様子。
「まあ、話を聞けって。俺はルビーが欲しいわけじゃない。シンプルに言えば、金が欲しい。おたくらは金よりも、どちらかと言えばルビーが欲しい。納品先の客がいるから。違うか?」
クロルが泣き黒子をキュッと上げれば、彼らの眉はギュッと寄せられる。
「貴様がしているのは、ビジネスの話か?」
二人の男のうち、ナンバーツーであるエタンスと呼ばれていた男が平坦な声で問いかけてくる。
クロルと同じくらいの年齢だろう。泥棒にしてはやたら光る銀縁眼鏡をかけている。その胡散臭い眼鏡越しに睨みをきかせてくるが、クロルは気にせず続けた。
「そう、ビジネス。親愛の証に、こっちの事情から話してやるよ。俺は盗賊団アンテの首領だ。謙遜せずに言えば、俺たちは盗むのがとっても上手い」
「ふん。侯爵家のダイヤモンドの話か?」
「へぇ? よくご存知で。気になって仕方ないって? あはは!」
クロルがケタケタ笑ってみせると、エタンスは苛立ち交じりに「続けろ」と言う。
「はいはい、どこまで話したっけかなぁ。そうそう、俺たちは盗むのが上手い。なんだけどー、困ったことにスポンサーがいなくってさ。このルビーのネックレスを購入してくれる先がないんだよ。ひっじょーに、困ってる。盗んだところで盗み損だ。でも、お前らはどうやら販路があるみたいだな?」
「ある、と言ったら?」
「ビジネスチャンス」
茶化すようにウインクをすると、その美形アタックに一歩後ずさりながらも、エタンスは「具体的に」と短い返事を投げてくる。
エタンスが急かすのも無理はない。ここは貴族の屋敷の金庫室、こんなにおしゃべりに適さない場所はないだろう。
「ははっ、焦るなよ。何も仲間になろうってわけじゃない。俺たちアンテは馴れ合いが嫌いでね。どうだ? お前たちじゃ盗めないものがあったら、そのときだけ俺たちを雇ってみないか? とりあえず、このルビーのネックレスから取引開始だ」
すると、エタンスの少し後ろにいた若い盗賊が「あんたさぁ」と割って入る。
「二対一。この状況で、よくそんな強気なこと言えるよなぁ? 盗賊ならビジネスよりも前に奪うんだよ!」
若い盗賊はナイフを取り出した。クロルに突き刺そうとするが、それは敵わなかった。
「うざ~」
そんな間延びした声と同時に、若い盗賊の背後から手が伸びてきたのだ。
若い盗賊は、えり首をガッと掴まれ、そのまま壁に叩きつけられる。ダン!という固い音と共に、「ぐはっ」と声をもらしている。最後、彼は呼吸すらままならない様子で、床に転がってしまった。
その横には、紫髪の少年が立っていた。
「ねぇ、クロルさん。こんなヤツらと組むのヤだよ~」
レヴェイユとクロルのイチャイチャタイムで、しびれを切らしていたトリズ・モントルだ。
「クロルさんにナイフ向けるなんて、マジうっぜぇ」
床に転がる若い盗賊の背中に、もう一発強烈な蹴りをお見舞い。きゅるるんな少年スマイルで、「虫けらが!」と吐き捨てる。この子、本当に怖い。第五の悪事キャンセラーを思い出して耐えてほしい。
トリズの演技力の高さに鳥肌が立ちつつも、クロルは「ありがとな」と答えておいた。これは本当に演技なのだろうか……。
「こいつは盗賊団アンテのメンバー。盗みの技術は未熟だけど、腕っぷしは超一流。さて、二対二だな……おっと、一対二か。形勢逆転?」
クロルとトリズがエタンスを挟むと、彼は苦々しい顔をしながら頷いた。
「わかった。場所を変えるぞ。盗賊団アンテは、お前ら二人だけか?」
「俺がクロル、そっちの紫頭がトリ。どうぞ、お見知りおきを」
レヴェイユを天井に置きっぱなしにして、クロルは子分トリズと共に路地裏に連れていかれた。出来れば盗賊団サブリエのアジトにでも連れて行って欲しかったが、そう簡単にはいかないらしい。残念だ。
「なんだよ、紅茶の一杯もなしに商談? 色気ねぇなー」
「黙れ。お互い信用している仲ではないだろ」
「確かに。で、ルビーはどうすんの?」
ジャケットの内ポケットに入ったルビーを、トントンと指先で小突く。エタンスは、トントンに合わせてパチパチとまばたきをしている。相当、ルビーを欲している様子だ。
「買い取る。これでどうだ」
正直、ルビーの値段なんかどうでも良いクロルであるが、当然ながら金を受け取らずに首を傾げてみせた。
エタンスは「っち」と小さく舌打ちをして、追加で金を取り出す。その額を見て、クロルはニッコリ。トリズも「ひゅ~♪」と口笛でたたえていた。
「毎度あり」
「交渉成立だな。それで? お前たちとは、どうやって連絡を取ればいい?」
「お、窃盗依頼もしてくれんの? ははっ! それはありがてぇな」
クロルはルビーを渡す。もちろん盗りたてホヤホヤの本物だ。悪事キャンセラー、ただいま発動中。
「……信用はしていない。だが、侯爵家のダイヤモンドを盗んだ実績は買ってる。こちらの首領の判断を仰ぐ」
「ふーん? 俺たちへの依頼は、中央通りの路地裏にある『緑の屋根の時計店』、そのポストに手紙を入れておいて」
「……時計店?」
いぶかしがるエタンスの肩をポンと叩き、金以外には興味がないと言わんばかりに路地裏を出る。去り際に、さり気ないアピールは忘れずに。
「手先が器用なもんでね、普段は時計屋の店主をやってるんだ。もちろん、それも仮の姿だけどな。じゃあな」
だって、本当の姿は騎士だからね。
クロルとトリズは辻馬車に乗り込んだ。任務に入れば、騎士団本部には帰らない。馬車の行き先は、盗賊団アンテのアジト『緑の屋根の時計店』だ。
ちなみに、一見さんお断り、超美形の偏屈店主が営む時計店という設定。盗賊と時計修理士、まさかの一人二役。なるほど、熾烈な争いがあったわけだ。
「あはは! 接触成功だね~」
「トリズ。あの若い盗賊の背中、ガチで蹴ってただろ」
「何度も教えたでしょ~? 潜入は最初が肝心。先手必勝、本気でやんなきゃ」
「怖ぇー」
「僕の婚姻のために全力でね~?」
「はいはい、子分先輩」
「頼むよ、親分後輩~」
トリズがひょいと手をあげたので、クロルはすり合わせていた指先を解いて、ハイタッチの音を響かせた。第一段階クリアだ。




