58話 盗賊団アンテの首領
【ソワール捕縛から三か月後】
そうして、敵も味方も同じ時を過ごすこと三か月。
真夏の真夜中。その日も、クロルは鍵を開けていた。
青い騎士服を脱ぎ捨て履きかえたのは、インクよりも黒い革製のズボンに手袋だ。さすが美形は何を着ても似合う。帽子を深くかぶり、静かに作業を進める。
その後ろには、赤髪のレヴェイユが同じ黒服で見守っていた。
「よし、開いた」
「うん、一分十秒! クロル、すごい~!」
「嬉しくねぇよ。これ、お前ならどれくらいで開けられる?」
「私なら十秒かなぁ」
「さすがガチ犯罪者」
「ひ、ひどい……」
「さっさと行くぞ」
「はぁい」
そうして、クロルとレヴェイユは扉を開けたまま、貴族の屋敷に侵入した。
二人は、ろうそく一つ灯っていない廊下を移動する。絨毯が敷かれた廊下は、泥棒の格好のダンスフロアだ。クロルの重苦しい歩みとは対照的に、レヴェイユは楽しそうに軽やかなステップを踏んでいた。
「お前、本当に楽しそうに泥棒するよな」
「え? 泥棒が楽しいんじゃなくて、クロルとのデートが楽しいだけよ?」
「はぁ? 窃盗がデート? さぞかし恋愛と無縁な人生を歩んできたんだな」
「言われてみれば、初デートの相手は潜入騎士で、ファーストキスは牢屋だったような……」
「ははは、ざまぁ~♪」
「ひ、ひどい……」
悪女が相手とは言え、華麗すぎるざまぁを決める男。レヴェイユは半泣きだった。
そんなサド男のクロル・ロージュは、目当ての金庫室に入り込む。もう何度開けたか分からない金庫の鍵を今宵も開けるのだ。
なぜクロルが泥棒なんかやっているかと言えば、潜入作戦の盗賊役になってしまったからだ。クロルは絶対にやりたくなかったが、熾烈な争いの結果がこれだ。無念。
この三か月、クロルはレヴェイユの教えの元で泥棒技術を学んだ。学ぶだけではなく、二か月ほど前からは少しずつ実践を積んでいる。実践、すなわち本当に泥棒をしているということだ。第五騎士団の悪事キャンセラーによって、罪には問われないけれど。
潜入騎士になって約六年、数多の悪女をたらし込んできたクロル・ロージュであるが、まさか正義の名の元に泥棒をすることになるだなんて。ため息ものだ。
ため息。そう、ため息まみれの三か月だった。『なんでこんな女に惚れたんだ?』と後悔ボタンを連打されたからだ。
レヴェイユは一応騎士団所属のため訓練にも参加していたわけだが、同僚たちも驚くほどの戦闘能力を見せつけた。
と思いきや、何もないところで転んで怪我をするし、怪我をしても治療せずに血だらけのままニコニコ放置しているし。人間として足りないところがありすぎる。想定よりも、のんびり屋だった。
それなのに、どういうわけか度胸がすごい。泥棒業になると拍車がかかり『ぼんやりおっとりのんびり』は『大胆優雅で余裕綽々』に取って代わり、驚くほど華麗に盗む。開かない金庫はないし、忍び込めない家もない。まさに、家に鼠、国に盗人。
もちろん、うっかりミスも非常に多い彼女なわけだが、失敗しても超度胸持ち。『なんとかなる~』の鋼の精神で、実際なんとかなってしまう不思議。ド天然は剛の者。
なるほど、これが天才なのだとクロルは理解した。そして、ガッッッツリ引いた。どん引きとため息の三か月だったというわけだ。
そんな彼女は、屋敷の金庫室で楽しそうにおしゃべりをする。
「そろそろ盗賊団サブリエも私たちのこと気にしてくれてるかな~」
「この前は、侯爵家のダイヤモンドも盗んだしな」
「盗賊団アンテはソワール以上の泥棒だって噂よ。さすが首領クロルが率いる盗賊団ね。ソワールびっくり~」
「茶化すな、嬉しくねぇよ。それに侯爵家のダイヤモンドだって、盗んだのはお前。俺たちは後ろから見てただけ」
「がんばったところ見てくれた?」
「おう、まじで引いた。犯罪者ないなーって、再認識した」
「ひ、ひどい……すごくがんばったのに……」
さて、練習の成果を見せるべく、盗賊団アンテの首領であるクロルは金庫に向き合う。カチャカチャと二十分。
「開いた」
「すごい! この金庫で二十分なんて! 才能ある~」
「だ・か・ら、嬉しくねぇよ」
そうなのだ。なんで盗賊役になってしまったのかと言えば、クロルには才能があったからだ。
時計職人オルの元で鍛えた手先の器用さ、そしてカラクリの構造などを熟知している知識力。やってみたらトリズやデュールよりも、とっても上手だった。これにはクロルもびっくりだ。
開いた金庫をのぞき込む。
「目当てのルビーのネックレスは……、これか」
「ゲットね! おめでとう」
「アリガトウ」
「あとはサブリエを待ちましょ~」
「はいはい、師匠」
クロルは慣れた手付きで天井の一部を外す。ひょいっと中に入り込むと、続いてレヴェイユも入ってきた。
「来るかな、来るかな~。ルビーがソワられてるの見たら驚くかな~♪」
「はぁ……お前さ、これから先の作戦、ちゃんとやれよ?」
「ふふ、大丈夫よ~」
「はーーぁ。信頼できない。大体、お前ぼんやりしすぎなんだよ。この三か月でお前のことイヤってほどよく分かった。常にぼーっとしてるし、すぐにコロッと騙されるし、そのくせ度胸と思い切りの良さだけはあるからタチが悪い。あー、不安しかない」
「大丈夫大丈夫~。心配性なんだから」
「心配してねぇよ、辟易してるんだっつーの。いいか、失敗は許されないからな? 仕事なんだからきっちりやれよ?」
「クロルのためにがんばる。信じて~」
「お前に信じてと言われると、逆に不安になる」
「ひどい……あ、来たみたいね。しーー!」
クロルがため息交じりに金庫室の様子をうかがうと、盗賊団サブリエと思わしき男が二人、慌てた様子で金庫室に入ってきた。
聞き耳を立ててみよう、じめじめとした空気を震わせて男たちの声が聞こえてくる。
「やっぱり先にやられてますよ!」
「ソワールが処刑されてやっと自由に盗めるかと思ったが……」
「盗賊団アンテねぇ……ルビーも納品はできなそうっすね」
「そうだな。首領には俺から伝えておく」
「エタンスさん、いつもありがとーございまっす! 首領にクビを言い渡されないといいですね」
『エタンス』。ナンバーツーの名前だ。
クロルは、ここで仕掛けるべきだと思った。レヴェイユに視線を向ければ彼女もこくんと頷いている。しばしのお別れだ、彼女の耳元で別れを告げる。
「行ってくる」
「うん……気を付けてね。ケガとかしないでね、危なくなったら逃げてね」
「お前こそ、俺がいないからってサボるなよ? じゃあな」
「あ、待って」
「なんだよ?」
「……三か月、色々教えてあげたご褒美ほしーなー、なんて……だめ?」
レヴェイユが耳元で甘い声を出すものだから、クロルは「ちっ」と舌打ちで返した。
三か月前の宣言通り、彼女はご褒美を要求してくるようになったのだ。
そのたびに『犯罪者に触りたくない』とか『俺に嫌われていることを忘れるな』とか、それはもう容赦のない罵倒をしながらも、気まぐれに褒美を与えていた。
折に触れて褒美を与えると、彼女のタレ目が少しキリッとなりテキパキと働くようになるからだ。
そう、褒美。三か月かけて、二人の関係は飼い主とペットみたいな感じになってしまった。どうしてこうなった。甘辛恋愛、こんなに甘くならないことがあるだろうか。
クロルは『この局面でよくご褒美なんて要求できるな』と思ったが、もうそろそろあちらが痺れを切らす頃だろう。もじもじしているレヴェイユが面倒で、「ほら」と言いながら彼女の後頭部に指を滑り込ませ、苺色の髪にキスをしてやった。
『触れても近付いても、俺を暴けるわけもない』とでも言うように、挑戦的に、少し長く。
「調子に乗るなよ、泥棒女」
釘という名の辛辣な言葉を刺して、クロルは天井裏から飛び降りた。『きゃーー!』と静かな絶叫が聞こえた気がするが、無視だ。




