57話 フラム・グランド
時は遡る。ソワールが捕縛された翌々日の朝のことだ。
分かりやすく言えば、クロルがレヴェイユを捕縛し、彼女が死刑になる可能性を認識してしまい、メンタルボッコボコで眠れぬ夜を過ごした翌々日のことだ。余計な情報だったかな。
王城のすぐ近くに、とても綺麗な屋敷が立っている。外見は最先端のデザインを盛り込んだオシャレな屋敷であるが、その中身は驚くほど王城の作りに似ている。
もちろん、間取りは違うものの、柱の意匠や壁紙、カーテンの素材、どれを取っても王城そのもの。ミニチュア版と言ってもいいだろう。
ラスボスがこちらにいますよと誘導してくれているみたいに、廊下には赤い絨毯が敷かれている。その赤をゆっくりと辿り、恐る恐る扉の中を見てみよう。
開けてびっくり、異父嫌煙。壁一面に絵、絵、絵。壁が埋まっている。しかも、どの絵を見ても同じ人物だ。金髪碧眼、王冠を乗せ優雅に微笑む女性の絵。そう、亡き王女の肖像画だ。
そんな部屋のベッドの上、一人の男性がパチリと目を覚ます。朝の日差しを受け、赤い瞳をギラリと輝かせる。少し長めの金色の髪をかきあげ、起きあがった。
フラム・グランド。
年齢は三十代前半であるが、稀有な色彩のためか少し若く見える。
彼がグランド商会を立ち上げたのは、八年前。豊かな人脈と抜群の商才、貪欲さと強い執着心。そして、金の匂いを嗅ぎ分ける能力。小さかったグランド商会を、たった八年で『大商会』に成長させたのが彼だ。
グランドの朝は早い。なにせ商売上手の商売人、寝ている間は金稼ぎが滞る。睡眠は質を高めて量を削るのが一番だ。
そんな忙しい彼が目を覚まして一番に何をするか、お分かりだろうか。そう、空気を吸うよりも先に「おはよう、我が愛しのアンテ王女」と絵に向かって挨拶をするのだ。愛が重めの男性かな。
挨拶を終えたグランドは着替えを済ませ、亡き王女の絵の前で朝食をつまみながら新聞を広げる。
「なんだと!?」
紙面を見て声を荒げてしまった。「どうかなさいましたか?」と訝しがる使用人たちを下げて、ダイニングで一人になる。
「ソワール捕縛だと……?」
朝食の皿を遠ざけて、空いたスペースに新聞を広げた。紙面の皺をピンと伸ばして、赤い目を見開いて読む。
「亡き王女の懐中時計……美術館で公開するという新聞記事は騎士団の罠……なるほど、やはり罠であったか。あのような分かりやすい罠に引っかかる泥棒などいるわけも……は? ソワールが罠に引っかかったとな!?」
ここで補足をしよう。真実、ソワールはクロルたち第五騎士団が捕縛したのだが、表向きは第三騎士団が仕掛けた美術館の罠で捕縛されたということになっている。
ちなみに、こういうことは今回だけではない。潜入騎士の手柄は、いつも他の騎士団の功績として報道される。彼らはそういう仕事を請け負っているのだ。
一方、グランドは「くっくっく……ははは!」と大笑い。新聞記事をもう一度見て、「あの分かりやすい罠で、捕縛っ! はーーははは!」と笑い転げていた。
笑われているのはレヴェイユなわけだが、騙されたのは事実なのだから仕方がない。チョロイユ、しょんぼり。
「いやはや、朝から大笑いだ。なになに……盗品は多数押収され、ソワールも全ての罪状は認めている。その一方で、本名、年齢等の身元開示、動機や窃盗手口の詳細については全て黙秘。事情聴取後に裁判にかけられるが、極刑が言い渡される見込み……ふむふむ、ほう。このまま黙秘を貫けば、来週には刑が執行か。スピード処刑だ」
早すぎる、国家権力が荒ぶっている。
ちなみに、この前日の夜に騙されチョロイユが牢チューをかまされて司法取引を完了してしまったため、ニッコリ極刑はしなくて済んだ。本当に事なきを得た。
なお、司法取引の件は大きく報道はされない予定だ。もしかしたら噂が出回る可能性はあるが、ね。
「何度読んでも面白い。面白いが、困ったぞ。どうしようか……非常に困った」
グランドは大きく足を組んで、金色の頭を抱えて困り顔。
「ソワールがいなくなるとは……」
盗賊団サブリエとて、ソワールに横取りされまくっているという事態を許していたわけではない。それでも彼女と真っ向から勝負せずに、ある種の共存をしていたのには理由がある。
一つ、ソワールは非常に強く、盗むのも最高に上手い。正直、戦っても勝ち目がなさそうだった。頑張れば何とかなるかもしれないが、費用対効果も時間対効果も悪い。
二つ、本来の敵はソワールではなく騎士団なわけで、ソワールがいた方が騎士団のマンパワーが分散されて、グランドも動きやすいから。競合他社大歓迎、競争原理で市場が盛り上がる。
三つ、ソワールは意外にも、そのキャラクター性に人気があり、盗品のレプリカや化粧品などのソワールグッズを売ってみたところ、結構な利益が出てしまった。ある種のOEMだろうか。
それから、四つ目。
「困ったぞ。せめて秋の園遊会まで、ソワール捕縛は待って欲しかったのだが……」
秋の園遊会。五年間、グランドが待ち続けた国宝の展示会だ。
「あぁ、何もかも上手くいかん! 六年間かけて布石を打ったミュラ男爵は脱税など馬鹿な罪で捕縛されてしまうし、頼みの綱のソワールも捕縛。今の盗賊団サブリエの実力では、国宝を盗むなど出来もしない!」
盗賊団サブリエを鍛え上げて投資をしてはいるものの、ソワールに出し抜かれてばかりいるのだ。国を相手に盗みを働くことが出来ようか。
頼みのミュラ男爵が捕縛されてしまってから、グランドはこっそり思っていた。ソワールを味方につけて、国宝を盗んでもらえないかなって。
しかし、ソワールの正体を掴もうと調べてみたが、なかなかたどり着けなかった。それどころか、急な捕縛からの死刑。新聞記事を見て笑っている場合ではない。
「どうやって『亡き王女の愛した懐中時計』を手中に収めるべきか。愛しのアンテ王女。私はどうしたら良いのでしょうか……どうかお導きを!」
なんてこった、愛がこじれすぎている。
グランドは両手を組んでお祈りスタイル。すると、朝食のオムレツの上に乗っていたマッシュルームが黄色の坂をするんと滑り落ち、隣のアスパラガスに当たって揺れた。
グランドはそれを目の端でとらえ、天啓でもあったかのごとく赤い瞳を開く。
「なるほど。やはり、M&A! 手先が器用で度胸のある優秀な泥棒あるいは盗賊団を探し出し、それを買収する。必要な材料は、イチから育てるよりも他から調達するのが鉄則」
この手腕で商会を大きく育てたのだから、本当にすごい。グランドは御満悦な顔で朝食を食べ終え、王女の絵にキスをしてから出掛けた。……うん、やばい。




