55話 作戦会議、エサと配役を決めて
「えーっと。ブロンが集めた情報をまとめると、こういうことになるのか」
クロルは大きな紙にサラサラと書き出していく。
女の子たちからの情報を組み立てると見えてくる。フラム・グランドは亡き王女の熱烈なファンであるということが。
亡き王女とは、百年ほど前に突然死をしたと言われている伝説的王女、『アンテ王女』のことだ。
金髪碧眼の超美人。国民からの人気は比類がなく、絵本や小説、観劇などで度々彼女の物語が紡がれる。
そんな王女のシンボリックアイテムが、国宝『亡き王女が愛した懐中時計』だ。
国宝は宝物管理室にて厳重に管理されていて、普段は外に出されない。しかし、あまりにも熱狂的なファンが多いことから、五年に一度だけ『王城主催の秋の園遊会』で公開されることになっている。そして、今年は公開年。
しかし、この園遊会は高位貴族のごく一部しか招待されず、グランドは立派に平民。自身が招待されることは永遠にない。高位貴族と縁を作り、どうにか今年の園遊会に同伴しようと画策していたのかもしれない。だが、それも上手くはいかなかった。
そこで、グランドは考えたに違いない。盗賊団サブリエを使ってミュラ男爵に裏取引を持ちかけ、男爵の欲しい物を与え続ける。その見返りとして宝物管理室の室長になってもらおうと。
そうすることで達成できるグランドの目的とは、何なのか。得た情報から、第五メンバーは『答え』を推測する。
「ほう。なるほどな。あとは、……ミュラ男爵に室長を打診した目的が何なのか、だな。園遊会に紛れ込むためか、あるいは……」
デュールが紙の上に指を滑らせながら確認をする。その指は、【メンテナンス】の文言の上でピタリと止まった。
「ブロンの情報によると、様々な懐中時計のメンテナンスを時計店に依頼していたとあったな。グランドが愛しているのは亡き王女であって、懐中時計ではないはずだ。なぜメンテナンスを依頼する必要がある?」
すると、トリズは【ミュラ男爵】と書かれた部分を指で弾く。
「このミュラ男爵さ~、僕の肌感覚だとかなり悪い人って感じがした。スタッフとして紛れ込ませるなんて序の口、みたいな」
「というと?」
「グランドはミュラ男爵を糸口にして、懐中時計を盗みたかったんじゃない? で、盗んだ後はメンテナンスをする必要があるでしょ~? 悪事に加担してくれるような人材を時計店から見つけ出して、専属修理士として引き抜くつもりだった」
「なるほど。筋が通ったな」
「蛇の道は蛇。レヴェイユの勘が大当たりっつーことか」
クロルは苦笑いで、紙の真ん中に書いていく。
「グランドの目的は、国宝・亡き王女が愛した懐中時計を盗むこと」
この瞬間、フラム・グランドに差し出すべき餌が決定した。王女の懐中時計を餌にして上手く潜り込み、おびき出し、そして罪を暴く。潜入捜査の始まりだ。
「よーし! ここからは、グランドをボコボコにする作戦会議だな。略してグラボコ作戦」
クソダサネームをつけながら、クロルはもう一枚新しい大きな紙を取り出した。これから潜入作戦会議が行われるのだ。
潜入騎士は希少な人材だ。すべからく優秀ではあるものの、レイン姉弟みたいな特殊人間というわけではない。至って普通の人間だ。まぁ、概ね普通だ。
だって、一瞬で鍵を開けるようなピッキング能力もないし、鳥を調教する手腕も機会もなかった。そりゃあ騎士だから運動神経も勘も良いが、賢すぎるわけでもエスパーなわけでもない。
だから、いつもこうやって複数人であーだこーだ言いながら潜入作戦を立てるのだ。
「グランド商会から潜入するか、盗賊団サブリエから潜入するか。どっちがいい? 意見がある人は挙手な?」
「はいは~い! 両方ってのはどう~? 『サンドイッチ作戦』」
「お、いいじゃん。二手に分かれるか。サンドイッチ作戦っと」
クロルは大きな四角を二つ書いて、グランド商会と盗賊団サブリエに分ける。いちいち作戦名がクソダサいが、それが第五クオリティ。
次に、デュールが挙手。
「宝物管理室は現在人員が不足しているはずだ。そこに配役を設けて、グランド商会に近付くのはどうだ?」
「ミュラ男爵の代役ってことか。いいじゃん、採用な。でも、そろそろ次期室長が決まっちゃう頃だよな。あとで王城に行って、事情を話しておくか」
「へ~、クロルの友達でもいるの?」
「宝物管理室にはいないけど、王城文官に知り合いがたくさんいるから伝手を使って通してもらう。俺は顔が良いから、顔も広いんだよ」
「うざ~」
プロの作戦会議は割とフランクな感じだった。クロルは「ははっ!」と笑いながら紙に書き出す。
【(一)、宝物管理室の文官役】
「グランド商会自体にも潜り込むよね~?」
「どこまで役立つかわかんねぇけど、布石打っておこうぜ」
ペンを走らせる。
【(二)、グランド商会の店で働くスタッフ役】
「あとは、時計修理士役も有効だろう。グランドが探している人材ならば使うほかない」
【(三)、時計修理士役】
「これはクロルの役だね~。ハニトラ以外の潜入って久々じゃない? スキル見せつけてやりなよ!」
「やっりぃ♪ 練習も必要ないし、平和そうな役だしいいじゃん。グランド商会側からの潜入はこんなもんか? 問題は盗賊団サブリエにどうやって近付くかだよな」
美しい顎先にペンを当てて、クロルは「うーん」と考える。
「なあ、ソワールは獲物を先盗りしてたんだよな。サブリエが狙う品物をどうやって把握してたんだ?」
クロルが話を振ると、ブロンは『なんで教えなきゃならないんだ』とでも言いたげな表情で、レヴェイユの方をチラリと見てから一応教えてくれた。
「……まぁいっか。サブリエの獲物って、話題性がある品物が多くてさー。例えば大粒エメラルドだと、どこぞの貴族が隣国から手に入れたらしいって噂が流れるだろ? そうすると、サブリエは必ず動くんだよ」
「へー?」
「だから、事前に宝石店とかドレス工房で働いてる子と仲良くなっておいて、どの貴族が何を買ったか教えてもらえば予想できるってわけ」
ブロンはケタケタ笑う。余程、やつらをおちょくるのが楽しいのだろう。悪~い笑みをこぼしながら続ける。
「まー、事情を知っちゃうと当然だよな! だって、噂を聞いた悪い誰かが、その品物を欲しくなっちゃって、サブリエに裏取引で発注をかけてたわけだろ? 話題性がある品物ばかり狙っていたのも頷けるってね」
「なるほど」
そこでデュールは、クロルからペンを奪って「では、こういう役回りも必要だな」と書き出した。
【(四)、盗賊役】
「げ、過激な役……。その心は?」
「まさにソワールと同じことをする。レイン姉、盗賊団サブリエに会ったことはあるか?」
「もちろん、何回もあるわ。バッティングしちゃったときは戦ったりしたかなぁ。あと、一緒に盗ろうってスカウトされたり~」
「そ、そっか……」
クロルがかなり引いている一方で、快楽眼鏡は「ははは」と笑って続ける。
「騎士だってそうそう会えない相手に何回も会っているという事実。しかもスカウト実績あり。使わない手はない。優秀な盗賊になりすまして、サブリエとパイプを繋ぐ。悪い者同士の方が壁がなく関係を作れるだろう、手っ取り早い」
「ナイスアイディアだね! でも、単独だと危ないんじゃないかな~」
「最低二人でタッグを組んで潜入すべきだな」
デュールは書き加える。
【(五)相棒の盗賊役】
「いいじゃん~! 僕、盗賊役やろうかな~」
「トリズの盗賊役、やばそうだな……。あとさ、グランドは伯爵以上の家格の人間とパイプが欲しかったんだよな? その役回りも必要じゃね?」
【(六)、伯爵家の貴族役】
「貴族ってことは、デュールかトリズが適役かもな」
「僕は平民だけどね~」
「トリズさんは所作も綺麗ですし、伯爵家遠縁と言われて一つも疑いませんでした。ね、ブロン?」
「ホント。すっかり騙された」
「あはは~! 潜入騎士冥利に尽きるよ」
そう言いながら、今度はトリズがペンを持つ。
「今回、ハニトラはどうする~? グランドは金髪碧眼美女が好きなんだよね? ね?」
「なにこっち見てんだよ!?」
トリズの楽しそうな顔と、ブロンの怯えている顔のコントラストがすごい。トリズはブロンをじーっと見ながらノールックで紙に書き出す。ノールックなのに、とめはねはらいがステキで達筆。
【(七)、金髪美女のブロン】
「役じゃなくて、もはやオレじゃん。女装してグランドとどうこうなれって!? 絶対ヤダ!」
「女装なら上手いでしょ~?」
「イヤだね。大体さー、男なんだからハニトラにならないじゃん。ベッドにINで即行BANだろ。生憎、挿れるものしか持ち合わせてねーから!」
「女顔なのに超下品~。その品性じゃハニトラは無理だね、残念」
諦めた様子のトリズを見て、ブロンはホッとしたように息を吐いていた。
しかしホッとしている場合ではない。その横でレヴェイユが挙手をしているではないか。挙手の勢いがすごすぎて、その風圧でクロルの前髪が乱れるほどだった。
「はい~! 青い目は無理だけど金髪ならカツラでどうにかなるし、私じゃダメかしら?」
クロルは煩わしそうに前髪を整えながら、間髪入れずに後押しする。
「お、いいじゃん。レヴェイユにハニトラやらせてみよーぜ……って、いってぇな!」
しかし、テーブルの下で両脇の騎士から蹴りがきた。『な、なんでだ?』とクロルは困惑した。
勿論、カドラン伯爵の『恋心で手綱を握るゲス作戦』において、クロルからレヴェイユへの恋愛的塩対応は作戦の失敗に繋がるから蹴られたわけだが、クロルは知らずに過ごしていた。複雑だ。
一方、トリズたちの危惧を余所に、レヴェイユはメンタルも強かった。好きな男に他の男と寝ろと言われているにも関わらず、瞳はキラキラ! 『クロルに頼られた!』という喜びが勝っていた。恋が深すぎて、逆に貞操観念が低くなっちゃうやつだ。
「私、頑張ります~」
方向音痴な頑張り屋さんのレヴェイユ。このままハニトラのスペシャリストとして花開いたならば、将来的にはハニトラ達人カップルというぶっ飛びハッピーなエンドを迎えてしまう。
それはそれで幸せそうだが、彼女の手をスパーンと下ろした救世主は、当然ながら弟だった。
「姉ちゃんがハニトラとか無理でしょ」
「え? なんで?」
「いやー、弟として残念な事実を告げるときが来ちゃったかー」
「なぁに?」
「正直、姉ちゃんって色気がないんだよ」
「そ、そうなの!? で、でもソワールバージョンのときはセクシーだって評判だったもん」
「あれは母さんの功績。ってか、気付いてなかったの?」
「がーーん!」
「青い目じゃないし、そもそも処女じゃん。男と付き合ったことないでしょ?」
「え? 初めてだとハニトラできないの?」
「そうそう、男ってそういう生き物なの(テキトー)。姉ちゃんにハニトラは無理」
「じゃあ処女じゃなくなればいいのね。えっと、どなたかお気軽に、」
「ハーイ、とにかくハニトラ却下でー」
過保護なブロンはトリズからペンを取り上げて、(七)の部分をグリグリと黒く塗りつぶした。お気軽に事が進まなくて本当に良かった。弟ってすごい。
「え~、ハニトラなし~? 潜入の基本中の基本だよ? ね、クロル達人」
「達人じゃねぇよ。今、何役出た?」
「六つだな」
「五人しかいないのに、一つ多いじゃん……。まぁ、とりあえずこれで作戦を組み立ててみるか!」
五人は、六つの配役とそれらの動きを組み立て、誰がその役を担うか相談をした。
熾烈な奪い合いと貶め合い。推薦と立候補。やるかやられるか。気付けば深夜を過ぎていたとさ。
おまけSS【国一番の釣り師クロル】
https://ncode.syosetu.com/n6301ij/1/
(なろうはリンクを貼れない仕様でして、お手数おかけします)




