54話 ブロンの白い鳥
任務の話を進めよう。ミュラ男爵が裏取引をしていた盗賊団サブリエ。その黒幕についてだ。
グランド商会。
経営者であるフラム・グランドの天才的手腕によって、ここ八年ほどで急激に成長した大商会だ。
新しい商会ではあるものの貴族にも利用者が多く、逆に新しいからこそリーズナブルで豊かな商品展開に平民にも大人気。
ちなみに、捕縛前のレヴェイユもお世話になっていた。初デートで履き替えた赤いヒール、クロルと食べたサンドイッチ、宿屋『時の輪転』で飲んでいた珈琲、紅茶、パンなどなど、……詳しくはやめておこう。
商会キャッチコピーは、『あなたの人生、グランド丸ごと奪います』正体が分かってから聞けばなんとも過激なキャッチコピーだが、誰もその苛烈さには気付かなかった。
第五騎士団の連中を除いては。
ミュラ男爵家の捜索後、第五騎士団メンバーとレイン姉弟の五人は、面会室で作戦会議を行っていた。
「ということは~、グランド商会が盗賊団サブリエを乗っ取って、裏取引で客から発注が入った商品を盗んで売っていた、というわけだね~」
あの後、盗賊団サブリエによる過去の窃盗被害を洗い出したところ、やはり推測通り、グランド商会の被害額は他商会よりも非常に少ないことが判明。上記の結論に至ったというわけだ。
「ミュラ男爵家の実資産と裏帳簿の収支が合わないとは思っていたが、盗賊団サブリエとの裏取引の額が入っていないからだったのか。腹落ちだな」
「グランド商会もよくやるよね~。僕の恋人もソワールショップで買い漁ってるし、商売敵すらお金にするなんて商売上手すぎ」
「ソワールショップ? なんですか、それ?」
「あれ、ご本人様は知らないんだね~。ソワールの盗品レプリカとか化粧品とか売ってるんだよ」
「そうなんですか~」
「わぁ興味なさそ~」
間延びした語尾の二人がユニゾンしたところで、ブロンが口を開く。
「なあ、デュール。これが証拠になって捕縛できるってこと?」
「いや、これは証拠にはならない。今のところ推測の域を出ないからな。捕縛のためには、確固たる証拠が必要だ。もちろん、無罪の証拠があれば容疑も晴れる」
「なんだよー、面倒くさ。もうこいつが犯人ってことでいいじゃん。テキトーに捕縛しよーぜ?」
「黙れ馬鹿者」
見かねたクロルは、レイン姉弟にも分かりやすいように紙に書きながら整理してあげる。
ブロンは興味なさそうだったが、レヴェイユは食い入るように見ていた。見ていたのは紙というより、美しい指だったかもしれないが。
「盗賊団サブリエを壊滅させるためには、サブリエの首領を捕縛する必要があるだろ?」
「うん」
「俺らの推測では、サブリエ首領はグランド商会のトップ、フラム・グランド。裏取引なんて犯罪を会長が知らないわけもないし、盗賊団サブリエを乗っ取った手腕といい、裏取引の仕組みといい、首領の人物像にピッタリ当てはまる」
レヴェイユは「なるほど~」とゆるるんな相づちをしてくれた。
「だから、俺らはフラム・グランドを捕縛するための証拠をゲットしたい。でも、簡単に証拠は手に入らないわけで、だからこそ潜入騎士が存在する。フラム・グランドに近付いて、うまく潜り込んで証拠をゲットするってこと」
「じゃあ、すぐに潜入するの?」
クロルは首を振る。
「いや、今すぐは無理。潜入するためには、ターゲットの懐に潜り込むための『餌』が必要。グランドの餌が何か分からないと潜入作戦が立てられない」
「エサ?」
「餌っていうのは、例えば金とかスキルとか権力とか。ターゲットがついつい欲しくなっちゃうもののこと」
「へ~」
物欲のない高スキル持ちの女泥棒から平坦な音声が返ってきた。『あ、これ分かってねぇな』と思ったところで、クロルはトリズに肩をぽんぽんと叩かれる。
「補足すると、ソワール捕縛作戦のときの餌は、コレだったんだよ~。わかったかな?」
「え? クロルがエサ? ……ハッ! な、なるほど~。震えるほどに理解しました」
レヴェイユは大きく頷いていた。
このように、潜入する際には『餌』を用意するのが定石だ。ターゲットの懐に潜り込むために、例えば人間性、金銭面、スキル面など、ターゲットが欲しがるものを持っている状態で潜入しなければならない。
その点、クロル・ロージュがいかに強いかお分かりだろう。わざわざターゲットの餌を調査する必要なんてない。相手が女性であれば、彼自身が『餌』になるのだから。
「というわけで、ここからはフラム・グランドの餌を調べたいっつーわけ。なんか手掛かりあったっけ?」
そこでトリズが渋めのニッコリ顔をする。
「ミュラ男爵にも色々聞いてみたんだけど~、結構口が堅くてさ。気を失う直前に、サブリエのナンバーツーの名前が『エタンス』ってことだけ教えてくれたよ。あの様子だとグランドのことは知らないのかもね」
気を失うほどに何をしたのだろうか。気にしないでおこう。
「へー、トリズの尋問でそこまで頑張るなんてメンタル強いじゃん。ミュラ男爵ってどんなやつだっけ?」
「クロル、お前そんなことも知らずに男爵令嬢を落とし……おっと、これは大事故になりかねないから黙っておこう。男爵家の資料はこれだ」
「黙ってよこせや」
クロルはテーブルの下でデュールの足を蹴ってやった。
「ったく。えーっと、資料によるとー、ミュラ男爵は……あーそうそう。王城の宝物管理室の室長だっけ」
「勤務態度は至って真面目。役職者だった関係上、表立って嫌疑をかけることが難しく、秘密裏にクロルが潜入したという流れだ」
「真面目な室長が巨額の脱税だけでなく裏取引まで。はぁ、世も末だなー」
そこで、レヴェイユが「質問です~」と手枷を付けたまま挙手。デュールのおかげで、急にマジメデキンベンになった子だ。生産者であるデュール先生は「なんだ?」と促す。
「宝物管理室って何かしら?」
「王城にある部署の名前だ。最も重要な業務は、国宝を管理すること」
「国宝?」
「いくつかあるが、一番有名な国宝は『亡き王女の愛した懐中時計』」
そこでブロンが「あ」と気付く。
「それって、姉ちゃんが罠にかけられたやつだ。ほら、王立美術館の」
「あ~、新聞記事を見て、うっかり騙されちゃったのよね。まさか罠だったなんて。確か、可愛くない懐中時計のことだったかしら……なんでこんなのが人気なんだろ~って不思議だったの」
国宝に対して失礼な物言い。さすがソワール。
「あんな罠で捕まったなんて、姉ちゃんってホントちょろくてドジ」
「だって、盗賊団サブリエが狙ってるって書いてあったから~」
その新聞記事はクロルも勿論チェックしていたが、こんなあからさまな罠に引っかかるわけないだろうと高を括っていた。引っかかった泥棒が目の前に座っているわけだが、彼女の素を知った今では『まぁ引っかかるだろうな』という感想しか出てこない。
そこで、レヴェイユは「宝物管理室……?」と首を傾げながら発注書を見始める。
「トパーズのピアス、巨大絵画……ミュラ男爵はこういうのが好きだったのかしら。そういう感じはしなかったようなそんなような……?」
レヴェイユがぽつりと呟くと、クロルが「どういう意味?」とそれを拾い上げる。
「ミュラ男爵家に忍び込んだときに思ったの。『宝石細工よりも絵画よりも、お金が大好き!』って雰囲気だな~って」
クロルも思い返す。金庫は綺麗に並んでいたのに絵画は乱雑に重ねられていた風景を。
「……それ、俺も思った。言われてみれば人選が間違ってる。宝物管理室の室長なら、絵画を大切にするはずだよな。ミュラ男爵が室長になったのっていつだ? どういう経緯で室長に選任されたんだろ」
「資料によると、六年前だな。かなり強く立候補したと書かれている」
「ふーん。盗賊団サブリエとの裏取引が始まったのは?」
「発注書の一番古いものは……同じく六年前だ。偶然、ではなさそうだな」
「僕にもみ~せてっ!」
発注書をトリズが奪って眺める。じーっと見ること五秒、紫色の瞳が何やら暗く光っていた。
「潜入騎士歴十一年の僕的には、ここに餌がある感じがする。同時期って怪しすぎるよ。ミュラ男爵とサブリエの間で何か取引があったんじゃないかな~?」
「宝物管理室と盗賊、かぁ」
そこで、レヴェイユが何かを思いついたように、「あ!」と人差し指をピンと立てた。
「私、分かっちゃった。ねぇ、グランドさんは国宝を盗むつもりなんじゃないかしら?」
「ははっ、さすがにそれはねぇだろ」
「国宝はないよね~、あはは!」
「ははは、現実的ではないな」
実際に国宝を盗もうとしていた泥棒が目の前にいるというのに、まさかの全力スルー。
騎士の三人は『うーん』と腕組みで考える。盗賊団サブリエ、グランド商会、ミュラ男爵、宝物管理室。四つがグルグルと頭の中を回る。グルグル、クルクル。
「だーー、わっかんねぇ。無理。甘い物食べたい」
「同じく、僕も辛味がほしい~。辛味もだけど、圧倒的に情報が足りないよね」
情報。情報と言えば、この美青年だろう。
「……なぁ、ブロン。調べてほしいんだけど……っつーか、俺らの話聞いてた?」
ほとんど会話に参加していなかったブロンは、冒頭からずーっとレヴェイユの髪をいじいじして遊んでいた。三つ編みがお上手で不真面目がすぎる。
「姉ちゃんじゃないんだから、話くらい聞いてるって。グランドの餌を知りたいって話っしょ? んー、どーしよっかなー」
ブロンがもったいぶるように言うと、そこでレヴェイユが「ねぇ、ブロン」と甘い声を出す。
「クロルが困ってるみたいだし助けてあげて? ね、お願い」
「まぁ姉ちゃんの初任務だしな。そんじゃあ、一肌脱ぐか!」
ブロンは髪いじりをやめて、代わりに帽子を被り直した。クロルは期待を込めて「ありがと」と謝辞を送りつつ、要望をぶつけてみる。
「グランドの弱みとか欲しいものとか、そーゆーの調べてほしいんだけど」
「うわっ、素人丸出し。そういうことは調べられねーの!」
美形同士の視線がバチッと爆ぜる。飛び散る火の粉も美しい。
「……確かに、素人相手にイラついても仕方ねぇな。じゃあ、何が調べられるんだよ?」
「情報屋なんだから、情報を調べられる。色んな方面から情報を集めて、パズルみたいに組み立てて有力な情報にするのが情報屋の仕組み」
「なるほど、わからん」
「だーかーらー、情報屋が扱うのは『答え』じゃないってこと。かき集めた情報から『答え』を推測するだけ」
「へー、何言ってるか全くわからん」
クロルが美しく小首を傾げると、ブロンは「仕方ねーなー」と言ってニヤリと笑った。
「実演してやるか! フラム・グランドの風貌は知ってる?」
「金髪で赤い瞳らしいけど」
「赤い瞳!? いーじゃん、超珍しー!」
ブロンは満足そうに頷いて何かを紙に書き出した。カリカリと面会室にペンを走らせる音が響く。
「あ、でも。も・ち・ろ・ん! 無料とはいかないけどなー」
「ケチなやつ」
「協力はするけど、オレは騎士団所属じゃないもーん。それに案外、経費もかかるんだぜ?」
交渉慣れしているデュールがそこで口を挟む。
「で、支払いの要望は?」
「姉ちゃんの手枷、外してほしい」
「……ブロン。迷うことなく要望を出してきたということは、始めからそのつもりだったな?」
「当然っしょ。だって、可哀想じゃん。痛そうだし、手首が赤くなってる。こんなの見てらんない」
「ぶろん~! ありがとうね、優しい子~」
レヴェイユが拍手をすると、左右の手枷がぶつかってカチンカチンと音が響く。
「……まあ、いいんじゃね? トリズ。カドラン伯爵に許可を貰える?」
「うーん、情報屋くんの頑張り次第かな~?」
トリズが挑戦的な目でブロンを見ると、情報屋は自信満々という声で見返す。
「じゃあ、大盤振る舞い。こっちが先に見せてやるよ」
ブロンはそう言って窓を大きく開けた。
忘れてはならないことだが、レイン姉弟はどちらも等しく『ソワール』に育てられている。当然ながら、ブロン・レインも負けず劣らずのびっくり人間っぷりを披露してくれた。
ブロンは小さな笛を取り出し、それを咥えて『ピューー!』と鳴らす。すると、何やらパタパタ……と音が聞こえ始める。それは、宿屋『時の輪転』で何度も聞いた、白い鳥の飛ぶ音だ。
気が付けば、面会室の窓枠いっぱいに白い鳥が綺麗に整列。先程、書いていたメモを鳥の足に結んで、もう一度笛を吹く。『ピィーー!』と鳴れば、鳥たちは一斉に飛び立っていった。パタパタ……立つ鳥が濁していった跡の空気は、呆気。
「え、なに今の。唐突にファンタジーなんだけど」
騎士三人は驚愕。レヴェイユもファンタジーに片足を突っ込んでいたが、弟もそうだったとは。
「あっはは! リアクションいいじゃん! 連絡手段として、鳥を調教してあるんだ。オレも超有用な特殊人間って認識してくれた?」
「すげぇな……」
「ちょっと尊敬~」
「ドヤ顔が苛立たせるがな」
しばらくの後、白い鳥たちが戻ってきて、たくさんのお返事を届けてくれた。ブロンは一つ一つ面白そうに読み出す。
「一つ目、パン屋のエリーから。『金髪で赤い瞳の男性ならよく見かけるわ。隣にいるのは必ず金髪碧眼の女の人! いつも違う女性を連れてるけどね~、ブロンみたいに!』……げ。次!」
「二つ目、観劇場の受付嬢ジュリアから。『グランド商会のトップは、観劇の席を常にリザーブしている。特に亡き王女が題材になっているときには毎晩必ず観に来るの。しかも、一人で大号泣!』……こわっ。次!」
「三つ目、王都中央通りのショップ店員ローラから。『赤い瞳の男性なら、隣の時計店に入るのを見たことがあるような。……というわけで、たった今、時計店の子に聞いてみたら、懐中時計のメンテナンスを頻繁に依頼してくるんですって。いつも違う時計だって言ってたわよ。またデートしてね!』……はいはーい。次!」
「四つ目、伯爵令嬢ノーラから。『フラム・グランドは、伯爵家以上の高位貴族との繋がりを持ちたがる。私も声をかけられたけど、お断り!』……フラれてやんの。次」
「五つ目、高級レストラン店員ミリーから。『グランド商会のトップは貴族と食事をするときに、必ず【王城主催の秋の園遊会】の話を聞きたがるよ~♪』……だってさ? 他にも何個か情報が来てる。どうよ?」
騎士三人はまたもや驚愕。幼なじみのデュールも、目の前で情報収集しているのを見るのは初めてだった様子。
それもそのはず、ブロンも他人の前でこんなことをするのは初めて。まさに大盤振る舞いの手の内明かし。
レイン姉弟は慣れた様子で「あ、また知らない女の子の名前が増えてる~」「いいじゃん、仲良きことは美しきかな」とか笑い合っていた。仲良し姉弟だ。




