52話 暗闇で黒幕を暴く
そうして、クロルたち三人はミュラ男爵家に到着。
「わ~、もうすでに懐かしい。ふふっ、あのときクロルはどこにいたの?」
「金庫室」
「ホント!? 私、その真上から飛び降りたの」
同窓会みたいなノリの会話だが、これは犯罪者と騎士の事件現場ニアミス話だ。
「知ってる。ちょうど正午の鐘が鳴ったときだろ?」
「そうそう。クロルがいたなら逃げずに捕まえてもらえば良かったかも~」
「確かに。あのとき死に物狂いで捕まえとけば良かったかも、ははは」
「?」
後悔先に立たず。
「よし。真面目に仕事しよーぜー」
「そうだな。俺たちはプロフェッショナルだ。全てを割り切って全力で仕事をしよう」
「……はいはい、さっきは悪かったって」
「いや、非常に面白かった。また見たいところだ」
「俺は見せたくない」
「さて、書斎はここだ。見てみよう」
クロルとデュールは首が痛くなるほどに見上げてみたが、隠し部屋の出入り口なんて見当たらない。
「こんなに見分けがつかないことある?」
「全くわからないな」
「レヴェイユ。頼りたくないけど、頼ることにする。隠し部屋の場所、分かるか?」
「はいはぁい。お任せソワール~」
レヴェイユは床をじっと見始めた。そこには高級そうな絨毯が敷かれていた。次に、彼女は壁をじっと見る。天井を一切見ない様子に、クロルとデュールは首を傾げるが黙って待つ。
「あ、ここね」
レヴェイユは当たりをつけたらしく、置いてあった梯子をひょいと持ち上げて「暴いちゃうわよ~」とか楽しそうにしていた。
そのワクワクとした彼女の様子に、クロルは『こいつ、泥棒業が好きなんだな』と、また一つガッカリ。
「待って。梯子は俺が持つから」
「え? ありがとう、なんかキュンとしちゃう」
「ちげーよ。これも証拠品。お前のドジはよーく知ってる」
彼女のおっちょこちょいエピソードを思い出し、奪うように梯子を持ち上げる。「どこに置けばいい?」と聞くと、レヴェイユは「ここ」と少し俯きながら場所を指定。
「ここに梯子を置いた痕跡があるの。壁にもわずかに跡がついてる。立てかけてみて~」
「なるほど」
確かに、言われてみれば絨毯が僅かに毛羽立っていた。言われなければ分からないレベルだが。
「人はね、何かを隠すときに必ず癖が出るの。ミュラ男爵は隠したいところばっか気にしちゃって、逆に目立っちゃう。それで、抜けが出ちゃうタイプな感じ~」
「そんなの分かるんだ?」
「うん。前に忍び込んだときにね、少しだけ二階の金庫室を見たの。その中で、やたらキレイな金庫が一つだけあったわ。銀色の金庫。きっとあの中に一番大切なものを隠してたと思うんだけど、どうかしら~?」
「……正解」
彼女は「やったぁ♪」とか言いながら、梯子の一番上に登頂。
「ここも同じ。天井付近はとっても気をつけていたんだと思う~。手垢の一つもないし、全然見分けがつかない。でも、どんなに頑張っても隠しきれないの。床とか壁とかに出ちゃうのよね~」
そして、じっと近くで天井を見てトントンと叩く。周辺を叩いていると、一部だけコトンと音が変わった。
「ほら、みーっけ! 近付いて、触れてみればすぐに分かる。だって、それを暴いて盗むのが私たち泥棒だもの」
クロルが見上げた先には、彼女の挑戦的な瞳があった。まさにソワールそのもの。その少し得意気な表情には、例え悪事だとしてもプライドを持って仕事をしてきただろうことが見て取れた。どうかプライドよりも良心を持ってくれ。
「早速入ってみましょ~」
手枷付きの掌底一発、ガタンと音を立てて外れた天井にレヴェイユは侵入していった。
ため息一つ、クロルも後に続く。入ってすぐに暗幕があり、それをくぐると鍵のない簡単なドアがあった。
出入り口からの光は届かず、これ以上は真っ暗で進もうにも進めないだろうと判断したクロルは、戻って天井から顔を出す。
「めっちゃ暗い。デュール、灯りある?」
「馬車から持ってくる。待っていろ」
「よろしく」
埃っぽく真っ暗な中で、二人は灯りの到着を待つことに。
「やたら暗いな。これ、普通の天井裏の暗さじゃないよな?」
「うん、隙間という隙間を全て埋めてるんじゃないかなぁ。ちゅーちゅー、ネズミの一匹も入れないように」
「なんのために? まさか隠してるものがチーズとか?」
「ふふっ、チーズよりも美味しいかも。うーん、泥棒的勘によると仕掛けがあるような無いような~」
「仕掛け?」
「もしもネズミが入り込んで何かに触れたら作動しちゃうような仕掛け……例えば、燃えるとか。ほら、なんかそういう雰囲気があるでしょ?」
「わかんねぇよ、どんな雰囲気だよ。っつーか、そんなことしたら屋敷ごと燃えるじゃん」
「そうねぇ、全部燃やしてでも隠したい物があったりして?」
「……なるほど。動かない方が懸命だな」
暗闇、沈黙。
「ねぇ、クロル?」
「……」
お互いの姿が見えないため、声だけが頼りだ。でも、何となーく返事をしないクロル。
「あれ? クロル、いる?」
「……」
そういう風に聞かれてしまえば、男子たるもの答えるわけもない。
「え、いないの? どこ?」
「……」
口元を押さえて息を殺してじっとする二十四歳男子。彼女は手だけでクロルを探しているのだろう、明後日の方向で手をばたつかせているようだ。
「え、やだやだ。クロル? どこ?」
「……」
「いるよね……? え、ほんとに?」
レヴェイユの声が心細そうに震えてきたので、笑いを堪えつつ「ここにいるけど」と答えると、声の方向から場所を判断したらしくバシッと叩かれた。
「いるんじゃない……む~!」
「焦った?」
「焦るに決まってます!」
「イチャついてるところ悪いが、そろそろ灯りをつけてもいいか?」
えげつない気配の消し方で、デュールはいつの間にか隣にいた。こんなときの眼鏡は、暗闇でもきらりんと光る。
「デュール、いたのかよ。サッサと付けろよ」
「お楽しみ中だと悪いと思ってな。使い慣れない気を使ってみたんだが」
「お前、使いどころ間違ってるぞ?」
そこでほわんと灯りがつく。
「あ、金庫がある」
クロルが指差す方向には、何重にも鍵がされている金庫があった。進もうとすると、レヴェイユが手でストップをかける。
「あ、待って。下の方に紐があるわ」
「これが踏んだら着火の罠? なにこれ、どういう仕掛けだよ」
「ぇえ、知らないの? マッチの自動着火よ。開発されたばかりの最新技術。犯罪者の中では、今一番ホットな話題なのに~。ふふっ、騎士団って常識知らずなのね」
「お前の常識は非常識すぎる」
そんな技術、誰が開発したのだろうか。早く下火になってくれ。
「私が先に行って解除するね! えっと、切るものとか借りられるのかしら? やっぱりダメかな?」
「ほい、俺の隠してない隠しナイフ使っていーよ」
「……信じてくれてありがとう。大好き」
レヴェイユは嬉しそうに微笑んで、クロルの隠しナイフをぎゅっと抱えて進んでいった。
「おっと、気の使いどころだな。灯り、消すか?」
「ははは。まじでやめろ」
レヴェイユは何本か紐を切り、ゴソゴソとマッチらしきものを摘出した後に「もう大丈夫」と合図をしてくれた。
そして、デュールが用意していたピッキング道具一式を器用に使いこなし、鍵を一瞬で解錠。手腕が凄すぎて、クロルは結構引いた。
「解錠~♪」
「さて、箱の中身は何だろな?」
箱を開けると、そこには発注書や納品書がたくさん入っていた。
「なんだこれ。買い物の履歴かよ?」
「そのようだな。どれも取引相手が書いていないな。どこかの商会か?」
「商会って言ったら、グランド商会、ファイザック商会、トリドリー商会……とか? 私も貴族令嬢のフリをして、よくお店に忍び込んでたわ」
「ド犯罪じゃねぇか」
「ふふっ、本物のお貴族様は何を買うのかしらね?」
そこで、レヴェイユが気付く。
「これ……なぁに? 聞いたこともない商品ね」
「見せて」
クロルが灯りを近付けて彼女の手元を覗き込むと、そこには『大 エメ』と書かれた発注書が。
「大工メ? あ、私わかったかも~。大工さんの目玉のことよ!」
「なんの発注だよ、発想が怖ぇよ」
「二人ともよく見ろ。大とエメの間に僅かにスペースがある」
「こっちは『トパ ピ 納品なし』って書いてあるわ」
「大エメの方は……ほう、納品の有無が記載されていない」
「ん? 大エメ?」
クロルはどこかで聞いたような、と思った。なんだろうか。くっそくだらない会話で『大エメ』というフレーズを連呼していたような……。
記憶を探ろうと顔を上げてみると、思っていたよりも近くに彼女の苺色の髪があった。軽く頬を掠め、甘い香りが突き抜ける。まるで苺みたいな。
「あ! 大粒エメラルドでボコボコ作戦!」
瞬間、思い出した。苺パフェを食べながら第五メンバーで連呼していた『大エメ』のことを。
「クロルったら、急にぼこぼこに殴りたくなったの? 私でよければどーぞ」
「殴るかバカ。デュール、パフェ食いながら話してた作戦!」
「あぁ、我ら第五メンバーが繰り広げていた下らない会話で登場した『大エメ作戦』のことか? おっと、大エメ? ……まさかの完全一致」
「この発注日、男爵を捕縛する直前だよな? 大エメって大粒エメラルドのことじゃね?」
「そんな偶然があるだろうか」
「じゃあ『トパ ピ 納品なし』は何かしら?」
「俺、解読のコツ掴んだかも。トパがつく宝石だろ? トパーズのピアス、とか?」
三人は目を合わせた。誰も聞いていないだろうに、ついつい小声になる。
「トパーズのピアスって、レヴェイユが盗んだやつだよな?」
「うん、そうよ。盗賊団サブリエが狙ってたから先盗りしたの。大粒エメラルドもサブリエから横取りしたのよ。彼らをおちょくるの大好き~」
「悪趣味」
「ほう? ミュラ男爵が発注した品物は、盗賊団サブリエが狙っていた品物と一致。ミュラ男爵は、盗賊団サブリエに盗みを依頼していたということか?」
立派な裏取引だ。屋敷を燃やしてでも隠滅したかったのは、このことだったのだ。
「トパーズはレイン姉に横取りされたから『納品なし』。大エメは納品の有無を記載する前に捕縛されたというわけか。なるほど、確かに辻褄が合う」
「どこかにサブリエの名前とか書いてねぇのかよ」
「探すぞ」
暗く埃っぽい天井裏。一つの灯りだけを頼りに、食い入るように発注書を見て解読していく。レヴェイユが盗んだものもあれば、中には納品されている品物もあった。その全ては盗難届が出されているものだ。
「えーっと、次は『ピンクダイヤモンドのワインオープナー 発注不可』」
「発注不可? 納品なし、納品ありではなく、発注不可は初登場だな。確か……これは侯爵家がグランド商会のワイン店に発注をしていたワインオープナーのことだな」
「ブロンの部屋に落ちてたやつか! ミュラ男爵は発注したのに、サブリエから窃盗を拒否されたっつーことだよな? なんでだろ」
すると、レヴェイユがもう一枚発注書を出してくる。
「あら、こっちにも不可って書いてあるわ。五年前だけど」
「これは『アレキサンドライトの指輪』だな」
そこでレヴェイユは「アレキサンドライトの指輪……?」と何回か呟いた。
「どした?」
「昔、どこかで盗んだような……アレキサンドライトの指輪……」
泥棒事件は範疇外のクロル。デュールに視線を送るが、同じく首を横に振って返された。
「覚えがあるのはレヴェイユだけだ、思い出せ!」
「ぇえーっとぉ」
「ほら、空っぽの脳みそをしぼれ」
「ぅうーん、辛辣ぅ、えーと、五年前はきびしい~」
「ったく、鈍くさいやつ。手伝ってやる」
クロルがレヴェイユの頭をガッと掴んで思いっきり捻るものだから、レヴェイユは楽しそうに「ふふっ、ひねらないで~」と笑う。ナチュラルにじゃれ合う二人。
デュールは、そっと灯りと気配を消そうとしていた。気の使いどころかもしれないが、どうかやめてあげてほしい。
「普段ぼんやりしてるから、脳みそのシワが消えて、つるんつるんなのかもなー」
「ひどい。ちゃんとしわしわ……あ! そうよ、思い出した! これグランド商会の宝石店から盗んだの。当時、すごい話題になってて、盗賊団サブリエが狙うはずだってブロンが言ってたのよ。でも、サブリエは来なかったのよね~」
「ってことはー、サブリエが盗めないものは『発注不可』なのか。グランド商会は命拾いしたな……と思ったけど、ピンクダイヤモンドもアレキサンドライトも、どっちもお前に盗まれてるのか」
「そうね。どっちも」
「どっちもな」
「ほう? どっちもグランド商会の品物か」
「お、どっちも? ホントだ、どっちもグランド商会の品物じゃん」
瞬間、クロルとデュールの目が合った。
デュールは発注書の束から、『不可』と書かれているものをより分けている様子。クロルはレヴェイユの肩をガッと掴んで問いただした。
「レヴェイユ! 他にも盗賊団サブリエが来ると予測してたのに、来なかったことってあるか!?」
「え? それはもちろんあるわよ。ブロンの予測も万能ってわけじゃないもの」
「絞り出せ!」
クロルに頭を捻られて、またもやレヴェイユはクスクス笑いながら頭を捻る。
「ふふっ、えっと、覚えてるのだと……半年くらい前かしら。グランド商会のドレス工房にあったアメジストの飾りリボン。あとは~、あ! その少し前にも、グランド商会のギャラリーにあった巨大絵画。大きすぎて邪魔だなぁと思って店先に捨てたからよく覚えてるわ」
「捨てるなら盗むなよ。いや、それよりも、全部グランド商会じゃん」
デュールは「巨大絵画」「アメジストのリボン」と言いながら、発注書を見つけ出す。
「やはりな。『発注不可』と書かれている。これは……調べてみたら、グランド商会と他の商会とで、盗賊団サブリエによる窃盗被害の差が明確に現れるんじゃないか?」
「盗賊団サブリエはグランド商会の品物を盗めないのかしら? 確かに国で一、二を争う大商会だけど、そんなに大変な警備じゃなかったような~?」
クロルは小さく首を振った。
「……いや、そうじゃない。調べてみないとわかんねぇけど、盗まれたら大損になるから、発注をされた段階で断ってるってことじゃね?」
「どういう意味?」
クロルは発注書をピンと指で弾いた。ろうそくがゆらりと揺れる。答えに行きついた感覚に手先が軽く震えた。
「盗めないんじゃない。盗ませないんだ」
それは不思議な感覚だった。何かに導かれるように、これが正答なのだと思えた。
「盗賊団サブリエの黒幕は、グランド商会だ」




