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51話 収容所、交わらない三方向の視線



 始業開始と共に騎士団本部を出て、デュール・デパルは馬車に乗っていた。


 中庭の決起集会で決まった通り、盗賊団サブリエと繋がりがあったミュラ男爵家の人間に聞き取りを行うためだ。


「ミュラ男爵家の三人は、それぞれ別の収容所にいる。王都の収容所にいる男爵令嬢が最も近い。そっちから行くぞ」

「おー。それはいいんだけどさ」

「ああ、どうした?」

「なんで、こいつもいるわけ?」


 向かいには相棒であるクロルが座っているわけだが、デュールの隣にはレヴェイユが乗せられていた。


「同じく、私も疑問です~。もしかして、収容所に忍び込むスタイルで面会をするのかしら。鍵の解錠(ピッキング)なら任せて!」

「さすがレイン姉、頼もしいな。解錠は必要ない。その疑問に対して回答をするならば、俺たちは絆を繋いだ唯一無二のチームだからだ」

「どうした? ポエム始まった?」

「……まあ、いいじゃないか」

「あ、濁した」

「濁流があったのは確かだが、気にするな」

「へーえ?」

「皆まで言うな」


 デュールが濁したのも無理はない。カドラン伯爵からの指示が濁流として流れてきたわけだが、それが『当分、ソワールはクロル・ロージュと共に行動させろ。でなければ手綱を握れない』という指示だったのだ。

 クロルの心情を考えたデュールも(わず)かばかり抵抗を差し上げたが、面白そうだなと思って三秒後には指示を受け入れてしまった。快楽眼鏡だった。


「まぁいいけど。レヴェイユ、仕事の邪魔はするなよ?」

「はぁい、喋らないようにするね」

「それでよし」


 こうして三人を乗せた馬車は収容所に到着してしまったのだ。



 面会室で待っていると、お久しぶりのミュラ男爵令嬢が手枷付きで連れて来られた。


 ちなみにレヴェイユの手枷もまだ取れていないため、手枷付きの囚人服の女と手枷付きの騎士服の女が向かい合わせで座る絵面が完成した。

 若い女性の間では手枷が流行ってるのだろうか、どこもかしこも悪い女だらけだ。


 登場したミュラ男爵令嬢は、クロル見て驚倒している様子だった。彼女たちにとって、クロル・ロージュは幻の存在だ。夢でなく実在していたのね、という驚きで口をぽかんと開けていた。


「クロルですわよね……? 幻? 本物?」

「本物、本物。久しぶり。ちょっと教えてほしいことがあって来たんだけど」


 さすが慣れっこのクロル。騙して捕縛した相手に会っているというのに、旧友に会うかのような軽い声。馬車の鍵を指先でクルクル回しながら、ライトに質問をする姿。デュールは『クズい』と内心引いた。


「教えてほしいこと? なんですの?」

「盗賊団サブリエって知ってるか?」

「ええ、あの有名な盗賊団ですわよね? 知識として知ってはおりますが」

「ミュラ男爵家に来たことある?」

「え? 何を仰るかと思ったら。ございませんわ」


 デュールはクロルと視線を合わせる。選手交代だ。


「失礼。クロルの友人の()()()だ」

「あら! デパル子爵家の御令息でございますか。お見知りおきを」

「こちらこそ。単刀直入に言うが、ミュラ男爵家と盗賊団サブリエとの関与が疑われている」

「私が? あり得ません」

「貴女が関与しているとは言っていない。脱税以外に、お父上(男爵当主)が何かを隠している素振りはなかったか?」


 ミュラ男爵令嬢は口紅を塗っていない唇を少し噛む仕草をしながら、記憶を漁っているようだった。しかし、本当に心当たりがない様子。


「思い当たることは、なにもありませんわ」


 デュールがクロルとアイコンタクトを取ると、彼は肩をすくめて泣き黒子を下げていた。

 すると、すかさずレヴェイユが手を上げる。泣き黒子だけで女を動かす美形。さすがだ。


「あの、少しだけ発言してもいいかしら?」

「……まぁ、いいけど。変なこと言うなよ?」

「はい。えっと、私、ソワールと申します」

「ソワールさん、でございますの?」

「はい」


 ミュラ男爵令嬢は小首を傾げたがスルーしてくれた。さすがにあの女泥棒ソワールが目の前に座っているとは思わなかったのだろう。


「えっと、ミュラ男爵家に隠し金庫か隠し扉はありますか?」

「え? いえ、そのような物はございませんわ。厳重な金庫室ならありましたが」

「あの厳重な金庫室! 覚えてます~。私も少し時間がかかりました」

「は、はぁ……?」


 一体、何の時間がかかったというのか。クロルの「コホンゴホン」という美しい咳払いで、令嬢の疑問は蹴散らされた。

 ちなみに、厳重な金庫室の鍵をクロルに渡してしまい、男爵令嬢は捕縛されたわけだが。コホンゴホン。


「続けますね。壁紙や絨毯を張り替える頻度は~?」

「え? えぇっと……一階はお客様がいらっしゃるので頻繁でしたわ。二階は金庫室がありましたし、ほとんど業者は入れておりません」

「でも、二階にあるご当主様のお部屋はやたらキレイだったような……」

「えぇ、お父様はキレイ好きですの。よくご存知ですわね」

「はい、一度お邪魔したことがあって、少し見て回ったんです」

「あら、我がミュラ家に? お父様のお客様でしたのね」


 当然、不法侵入の泥棒様だ。


「ふふっ、続けますね。二階に、やたら長い梯子(はしご)は置いてありますか?」

「梯子? 勿論、ありましたわ。どこの家にも、高いところの掃除のために用意してありますでしょう?」

「そうですよね~。どこに置いてありましたか?」

「ぇえ? 確か……二階の廊下物置、談話室、お父様の書斎と寝室……後は覚えておりません」

「なるほど~。じゃあ、書斎か寝室の天井に隠し部屋があるかも~」


 デュールは内心驚きつつ、平坦な声で「その心は?」と問う。


「えっと~……ミュラ男爵家はお屋敷全体の高さの割に、各階の天井が低かったような。たぶん、二階と三階の間に変な空間があるような無いような~」

「ほう?」

「ご当主様の癖からすると、隠し部屋を隠すためにかなり頑張っていたんじゃないかな~って。書斎と寝室は特別にとってもキレイでした。あと、シャンデリアや高い窓はなく、手の届く範囲に壁掛けランプがあるだけだったもの。梯子はほとんど使わないはずなのに置いておくなんて、ちょっと変です。天井が怪しいです~」

「……なるほど、これがソワールか。男爵令嬢、お心当たりは?」


 デュールの質問に、ミュラ男爵令嬢はしばらく考えた後に「あ……!」と言った。お心当たりがあったようだ。


「お、ビンゴ? さっすがプロ! やるじゃん」


 クロルがレヴェイユを褒めると、彼女は声は出さずに嬉しそうにはにかむ。

 しかし、そんなことをしてしまっては向かいに座る手枷令嬢の嫉妬心を煽るだけだ。


「お、教えませんわ!」


 急に態度を変えるミュラ男爵令嬢。デュールがクロルに『アホ』と視線を送ると、クロルは面倒そうに『はいはい』と視線を返してくる。


「ごめんごめん。頼むから教えてくれない? 困ってるんだ」

「……くっ! 相変わらず顔が最高ですわねっ!」

「ね、お願い?」


 さすがの美顔。顔面凶器が大炸裂。クロルの顔が少し近付いただけで令嬢は顔を真っ赤にしていたし、もう頭がクラクラしている様子。

 デュールは『相変わらず怖い男だ』と思いつつ黙っていた。


「くぅ……わ、私だって学びましたのよ! もう騙されませんわ!」

「まあまあ、落ち着けって」

「落ち着いていられません! 本当にひどいわ! 全部嘘だったのでしょう!? 愛の詰まった瞳もデートも夜の甘い、」


 そこで、ガタンガチャンと音がした。デュールが音の先を確認すると、クロルの指先で回っていた鍵が床に落ちていた。


「あー……悪い、落とした。うん……ちょっと待って、黙って」

「な、なんですの!? 私の言葉が聞けないというのかしら!」


 男爵令嬢の怒りが部屋に響いて、重い沈黙が落とされた。

 渦中のクロルが何も返答しない様子を不思議に思ったデュールが視線を向けると、クロルは男爵令嬢なんか見ていなかった。


 驚くことに、彼はレヴェイユだけを見ていたのだ。レヴェイユはクロルの視線には気付かないのか、ぼんやりと令嬢を見ていたし、令嬢は不満そうにクロルを見ていた。 


 交わらない三方向の視線を見て、デュールは思った。『あちゃーー!』って。

 楽しくなっちゃった眼鏡野郎は、そっと気配を消して様子をうかがう。どういう感情なのかわからんが、クロルはレヴェイユを見て眉をひそめ始める。何か気に入らないことがあったのか、苛つく様子が見て取れた。


 数秒の後、クロルは落ちた鍵を拾いながらやっと口を開いた。


「……文句聞くから続けてみて」


 やたら冷たい声だった。その興味のなさそうな音声に、当然ながら令嬢の怒りに火が付く。


「な、なんて人なのかしら! 良いと言うのであれば、続けさせて頂きます。あんな風に私を愛しておきながら、騙していたなんてひどいわ! 愛してるって何度も言ってくれたではありませんか。全てを捧げたのに……身も心も人生も……最低ですわ!」


 令嬢が言葉を発するごとに、少しずつ俯いていくレヴェイユ。しおしおしゅんと(しお)れていき、最後は堪えきれない様子で、涙を一滴、流していた。


 一方、それを見ていたクロルは、溢れんばかりの愉悦の表情。瞳は熱っぽく揺れていた。レヴェイユが俯けば俯くほど上がっていく熱と泣き黒子。おいおい、とんでもねぇ男だ!

 目撃者デュールは『とんでもないドS男がいる』と思い、遅すぎるストップをかけた。本当に遅い。

 

「大事故発生。おい、ソワール」

「……私、外で待ってます……」

「分かった、俺が付き添おう。クロル、ソワールで遊ぶな。ちゃんとクロっておけ」

「はいはい、了解。『仕事は真面目に』な」


 デュールはクロルと令嬢を面会室に残して、レヴェイユを連れ出してあげた。




「レイン姉、大丈夫か?」


 気まずい大事故に笑いそうになったが、デュールは眼鏡をかけ直すことでどうにか堪えた。


「はい、いえ、はい……ぐすん」


 レヴェイユはいじけていた。廊下の隅っこにしゃがみこんで、泣きながら赤色の髪をくるくるいじいじ。どんより。


 ミュラ男爵に好き放題言わせておいてからの、クロルの表情。最高に楽しそうな、あの瞳。悪女に天誅、サドがすぎる。


「レイン姉。あんな男だと知ってショックを受けているのか?」

「あんな男? クロルはいつでも素敵です。ただ、自分の魅力の無さを見せ付けられてへこんでるだけです~……ぐすん」

「ほう?」


 メンタルでさえも剛の者。いや、概念の歪みというべきか。


「さすがはソワールだな」

「はい?」

「さて、レイン姉。簡単に魅力を向上させる方法を知っているか?」

「え! し、知りません……あるんですか?」

「ある」

「ごくり。教えてください、デュール先生!」


 デュールはニッコリと笑った。


「クロルの口癖は『仕事は真面目に』だ。好きなタイプは真面目で勤勉な女性」

「なるほど~、マジメデキンベン!」


 なんかの生物の名前だろうか。聞いたこともない言葉にイントネーションがゴチャつくレヴェイユ。

 ちなみに、これは嘘だ。クロルの好きな女性のタイプなど知るわけもないし、興味もない。眼鏡のくせにテキトーなことばかり言う。


「レイン姉よ、クロルのために任務に励め。真摯に任務に取り組む姿。これで魅力は大幅に向上する。クロルの心もゲットできるだろう」


 ゲットできるわけもない。カドラン伯爵の指示を遂行するためとは言え、デュールは相変わらず悪い男だった。

 しかし、ソワールのくせに騙され上手なレヴェイユは、まさに青天の霹靂という表情で「なるほど~」と感銘を受けている。なんというちょろさ。


「マジメデキンベン! 考えたこともありませんでした」

「できるか? レイン姉」


 デュールが握手を求めると、レヴェイユはそれをガシッと掴んで「イエスサ~」と答える。快楽眼鏡のテキトーアドバイスによって、マジメデキンベンな泥棒が誕生。

 そんな胡散臭い固い握手を交わしていると、ガチャっとドアが開く。


「……なにしてんの?」

「早いな。もうクロったのか」

「まぁな」


 当然とでも言うように冷めた声で答えるクロル。あの激怒令嬢の状態から、たった三分でどうやって巻き返したのだろうか。恐ろしい男だ。


「何が分かった?」

「夜中に男爵当主の書斎から物音がしたことがあって、覗いてみたら男爵が梯子(はしご)を移動させてたんだって。このままミュラ男爵家に行こう。急ぐぞ」

「きゃっ!」


 そう言うと、クロルはレヴェイユの手枷をグイッと引っ張ってそのまま収容所を出て行ってしまった。なんか犬の散歩みたいな感じだった。


「……女たらしの考えることは分からんな」


 二人の背中を見ながら、デュールは愉悦交じりに呟いた。





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