50話 朝食をソワる
ギリギリだが、やっとこさ朝食タイムだ。
騎士団食堂はとても広い。レヴェイユを食堂に案内して朝食のトレイを持たせた後、クロルは簡素な説明を添える。
「テラス席は自由。室内は所属ごとに座る位置が決まってる。第五は隅っこの焦げ茶色のテーブルだけオッケー。食い終わったら声かけて」
そう言って、サッサとテーブルに座った。レヴェイユは不思議そうに首を傾げる。トレイも傾いて皿が落ちそうだ。
「ねぇ、一緒に食べないの?」
クロルは眉をひそめ、前髪を軽く流して追い払うような仕草をした。
「はぁ? 勘違いすんな。昨日は仕事だったから一緒にいただけ。好き好んで犯罪者と一緒に食うわけねぇだろ。飯がまずくなるからあっちいけよ」
「がーーん! し、辛辣、ぐすん……わかった、ぐずっ」
強く突き放すと、彼女はしょぼんとしおれて泣きながらテラス席に移動していった。
こうなってしまうと、時の人であるソワールと会話を弾ませていた?クロルは、すぐ同僚騎士に捕まってしまう。
「クロル! おは!」
「はよーっす」
「なあなあ、あの子がソワールだよな!? なんか泣いてるけど大丈夫か?」
「大丈夫だろ」
「興味なさそー。なぁ、名前なんていうの?」
「本名は非公開。ソワールって呼べってお達し」
司法取引をして潜入騎士になり、トップシークレット扱いになったレヴェイユ。元々、身元を黙秘をしていたこともあり、騎士団本部内では『通称ソワール』で定着してしまった。
「あの子がソワールか。ふーん、普通の子じゃん」
クロルは彼女と出会ってからのことを思い返して「いや、普通ではない」と強く否定しておいた。
同僚騎士は、目玉焼きやパンを食べながらも視線はずっとレヴェイユに向けたまま。初代ソワールが十四年以上、レヴェイユが六年であるが、通算二十年以上もの長い間、騎士団を翻弄してきたソワールだ。観察対象になるのは当然だ。
「女の子の騎士服、そそられるんだけど。クロルもそう思わん?」
「って、そっちの視線かよ。朝っぱらから元気だな」
「なあ、彼女の部屋の鍵って持ち回りで管理するの?」
「あー、どうだろ。まだ決まってないんじゃね?」
クロルがあーんとフルーツ盛り合わせを食べながら答えると、同僚くんは「なんか危険な香り」と言う。
「何が?」
「だって、男所帯に女一人だぜ? 持ち回りになったら、そーゆー目的のやつ出てきそうじゃん」
「何言ってんの? 相手はソワールだぞ?」
「ソワールだからだろ」
「?」
クロルが首を傾げて続きを促すと、同僚くんは「あのソワールだぞ?」と言う。
「お相手してもらいたいって思うやつが大半だろ。有名税みたいなもんだな」
そう言えば、とクロルは思い出す。ソワールは妖艶で男を弄ぶみたいなイメージが根付いているのだ。ちょっと本人とかけ離れすぎていて、そのソワール設定を忘れていたぞ。ちなみに、それは初代ソワールの功績だ。
「あいつ、そういう才能なさそうだけど。それに、犯罪者相手にどうこうしようって気がおきるか?」
「現実、犯罪者の女ばかりをどうこうしてきた手練れが目の前でサラダを食べているわけだが、なるほど?」
「あれは仕事」
「でも実際さ、後腐れなくていいじゃんって思うやつの方が多そう。見るからにスタイル良さそうだし、おっとり系でギャップがいい」
「クズっ。引くんだけど」
「鍵のこと、考えておいた方がいいかもよー?」
「別に。考える必要ない」
「ふーん?」
ちなみに、この同僚くんは潜入騎士だ。クロルがソワールに恋い焦がれちゃった話は、デュールから流出されている。眼鏡は本当に快楽がすぎる。
クロルが我関せずという感じでぱくぱく食べていると、ずっとレヴェイユを注視していた同僚くんが「あ」と言う。何だろうと思ってレヴェイユの方を見ると、何やら話かけられている様子。
「あの胸章、第三のやつらだ」
「あー……なるほど」
第三騎士団のことに全く触れてこなかったが、第三が頑張った美術館でのソワール捕縛作戦は失敗に終わっているわけで、なぜか突然、第五がソワールを捕縛していたという事実に、第三と第五はちょっと揉めた。
そこは火消しのスペシャリスト・カドラン伯爵が上手いこと言いくるめて、『偶然居合わせた第五の騎士が捕縛した』ということにはなっているものの、第三騎士団からすれば面白くない状況なのだろう。
同僚くんは、レヴェイユを観察しながらペラペラと話し出す。
「えーっと、なになに? 『お前ソワールだよな? 美術館で俺のことを足蹴にしやがって』『何のことでしょうか?』『足蹴にしただろうが!』『そうでしたっけ? というか、どちら様ですか?』『てめぇ、【ピーー】すぞ? ぁあ?』だって。下品なやつだなぁ」
「お前……すげぇ読唇術使うじゃん」
さすが潜入騎士のお仲間だ。彼は、異常なほどに読唇術に長けていた。いつも騒がしくて面倒なやつだと思っていたが、クロルはちょっと尊敬した。
「えーっと? なになに? 『はぁ、申し訳ございません?』『なんで語尾に?がついてんだよ、舐めんじゃねぇよ! この【ピーー】が!』……あちゃー、言葉が悪すぎて読唇するのも嫌になるよ」
「どいつもこいつも朝から元気だな。で、ソワールは何て?」
「えーっと。あ、下向いて黙っちゃった」
視線を向けてみれば、本当に下を向いてじっとしていた。苺髪で隠れて表情は見えないが、あの泣き虫のことだ。どうせ泣いているのだろう。
こうなってしまうと、サド気質のクロル。悪女が泣かされているところをちょっと見てみたくなる。泣かされて当然のことをしているのだから、いい気味だと思った。悪意のかたまりみたいな男だ。
「洗礼ってやつだな、ちょっと見物してくる。ごちそーさま。片付けよろしく」
「あ! ちょ、クロル!」
クロルは片付けを同僚くんに押し付けて、テラス席に向かった。
「おい、まだ食べ終わってないのかよ」
「あ、クロル~」
パッと顔をあげたのでワクワクと見てみると、彼女は全く泣いてなかった。
「そこは泣いてろよ」
「?」
そんな一触即発とも暗雲低迷とも取れる雰囲気に水を差せば、当然ながら第三騎士団が睨んでくる。
「なんだてめぇ」
「胸章見ればわかるだろ。同じ第五の人間だけど?」
「ぁあ?」
喧嘩勃発かと思いきや、クロルは超ド級の美形だ。じっと見つめれば、その威力の前に性別など関係ない。顔面が強い。第三の口悪騎士は「ふん、失礼する!」とか言って去っていった。顔が便利で良かった。
「なんだあいつ。第三はヒマそうだな」
レヴェイユの方に向き直ると、彼女は全く我関せず。焦るようにパンを口に放り込んでいた。
「今、食べ終わるところ。お待たせして、ごめんね。もぐもぐ」
「なんで言い返さねーの? 何ならお前の方が強いんじゃね?」
時間を見ると始業開始の二十分前。出勤してくる騎士たちを眺めながら、クロルは向かいの席に座った。
レヴェイユは「あ、聞いてたの?」とちょっと恥ずかしそうする。
「だって、言い返してトラブルになったらダメでしょ?」
「ふーん、そういうことも考えるんだな」
「クロルに迷惑かけたくないもの。それに、言い返すほどのことじゃないわ。全然気にならない」
「なんで?」
レヴェイユは「なんでかしら」と言いながら、目玉焼きの最後一口をパクっ。
「うーん、あの人のこと、どうでもいいからかな~。もう顔も忘れちゃった、ふふっ」
秒で忘れられた哀れな口悪男。南無阿弥陀仏。
「あっそ。ったく、食べるのおせぇよ。これ貰うぞ」
「あ! デザートに取っておいたフルーツ~」
「ソワールがソワられちゃったって? いい気味」
「がーん……辛辣、ひどぉい」
しゅんとするレヴェイユを見て、また一つ『いい気味』と思ったクロルだった。




