49話 ギリギリ、ベルトで縛る
ジャラリジャラリと鍵束を揺らしながら、クロルはレヴェイユを連れて寮の案内をしていた。
「寮は所属ごとに分かれてる。第五は一番端の棟な」
「わぁ、とっても簡素なたたずまいね~」
「素敵な感想どうも。で、お前の部屋は五一〇号室……って、すげぇ鍵だな」
ドアには、超厳重な錠前が三個もぶら下がっていた。居住者はソワールなのだから仕方がない。
どうりで鍵束が揺れる度に『ジャラリ』と音がするはずだ。どう数えても鍵は六つあった。その内、三つの鍵を使ってドアを開けると、クロルの部屋と同じ間取り。
「洗濯掃除は自分でやること。風呂とトイレは各部屋にあるからそれを使って。ベッドは備え付けで……お、シーツと布団もあるじゃん」
「ホントだわ、よかったぁ」
「騎士の制服は、これか」
ベッドの上に置いてあった制服を広げてみるが、普通に男性用だ。
「でかくね?」
「私、身長もほどほどにあるし、ウエストはベルトで締めれば何とかなるわ。大丈夫大丈夫~」
「順応しすぎ」
窓を見ると、牢屋のような鉄製の枠が設置されていた。その向こう側には鍵付きの窓があり、錠前は二個。どれもクロルの持つ鍵束で管理するらしい。
「すげぇ厳重。換気もままならないな」
「息ができれば十分よ、ふふ」
「寛容」
タオルや歯ブラシなども一応置いてあったので、とりあえずの生活は大丈夫そう。
「手枷を外すから、手出して」
「え? いいの?」
「カドラン伯爵から部屋にいる間は許可が出たって。手枷つけてたら着替えも風呂も無理だろ」
「わぁ~、助かる!」
残り一つの鍵で、手枷をジャラリと外す。なんか嫌だな、と思ったり。
「明日の朝、また手枷つけるから預かっておく」
「はぁい~」
「じゃあ俺は帰る……と思ったけど、ブロンからの差し入れが来るんだっけ。何か質問とかあるか?」
「えっと、キッチンがないんだけど、ごはんはどうしたらいいのかしら?」
「三食とも食堂が基本。胸章を見せて名前を書けば給金から天引きで……って、お前、胸章ないじゃん」
「そもそも無償労働って聞いてるわ。このまま飢え死に処刑コースかしら? 斬新ね」
「茶化しがブラックすぎる。たぶん騎士団から補助が出るだろ。とりあえず、明日の朝飯は俺が立て替える。朝六時半にノックするから準備しておいて」
「ろ、六時半……?」
レヴェイユの顔が曇る。そうだった、彼女は早起きが苦手なのだ。
「ったく、じゃあ六時四十分?」
「四十五分でどうかしら~?」
「……わかった」
勤務開始は八時だから大丈夫だろう。
「もう風呂入れば? ブロンからの荷物を受け取ったら鍵を閉めておくから。何かあったら……隣の部屋にいるから壁でも叩け。気付くかわかんねぇけど」
「ふふっ、トラブルは自力で何とかするから大丈夫~」
「自力でどうにかするのはいいけど、自力で脱出はするなよ?」
「誓ってトラブルは起こしません。クロルのために頑張るって決めたから」
「はいはい、早く風呂入れ」
「素敵な紳士様。お言葉に甘えて」
囚人服をちょこんとつまみ、恭しく淑女の礼をかまして、彼女は浴室に入っていった。あの夜と全く同じ仕草。違う立場とシチュエーション。
「……中身が変わるわけじゃないんだよなぁ」
と、呟いてみたり。
翌朝。クロルは、六時四十五分ピッタリにドアをノックした。勿論、返事はない。宿屋の床に置いてあった目覚まし時計たちを思い出す。
「失敗した。やっぱり六時半にしておくべきだった」
これから起こして支度をさせるとなると、時間ギリギリだ。とは言え、服は選ぶ余地のない制服だし化粧品はないし、支度も早く済むだろうと思い直して、迷うこともなく三個の錠前を外した。
「レヴェイユ、時間過ぎてる。起き……」
ベッドに寝ている彼女に声をかけようと視線を向けて、思わずそらしてしまった。
考えてみれば当然ながら、パジャマなんてものは用意されていない。制服の中に着る白シャツ一枚で彼女は寝ていたわけだが、なんとも寝相が悪くて掛け布団が掛かっていない。お腹が冷えちゃうよ、どうか掛けておくれ。
不幸は重なるもので、幸運なことにブロンが買ってきたやつが結構きわどい感じのやつだった。なんか布少なめで、透け感があるやつ。なんてこった。姉になんて物を買ってきてんだ! もっと無難で色気のないやつでいいだろうが、あいつはとんだ馬鹿野郎だ。あと、どうせならパジャマも買ってこいや。
……と、思うことなかれ。本人も明言していたように、ブロンは結構女好きなわけだが、ランジェリーショップを営んでいるオトモダチのマミちゃんに『姉貴用にイイ感じのやつ包んで!』とテキトーにお願いしただけ。
これはマミちゃんの悪ふざけが炸裂しただけであり、弟が姉のために選んだわけではないことは明言しておこう。ふう、事なきを得た。
「事があらぶってる。まじか。警戒心がどこにも見当たらない」
ここは男所帯の騎士団の寮だ。部屋中探しても警戒の『け』の字も見つからないとは驚きだ。
クロルはきわどさを封印すべく、とりあえず掛け布団という名の御札をバサッと掛けてから、「レヴェイユ!」と大きめの声を出してみた。
「うーん、うん?」
「朝飯行く時間過ぎてるんだけど」
「んー、先食べてて~」
「それが出来ねぇからこうして迎えに来てんだっつーの」
ていっと軽くデコピンをすると「ふふっ、うふふ」と笑い声。なぜそこで笑う。夢うつつのレヴェイユはふわふわ楽しそうにしていた。
「……なんだこれ。あーもー、起きろよ。今までどうやって起きてたんだよ」
実は、毎朝ブロンが叩き起こしていた。ブロンの起こし方は結構えげつない。
「ったく、手のかかる女」
クロルは無理やり起こすために、彼女の背中に手を添えてグッと上体を起こした。これで起きないやつはいないだろう。
「起きろ」
「んー? くろるぅ?」
「そうそう、クロルクロル。もう朝飯の時間過ぎてる」
さすがのレヴェイユも突然の美形ドアップに驚いた様子で「え!? 顔面が強いわ!」と目を見開いた。顔面凶器がこんなところで役立つとは。
「ごめんなさい、いま何時?」
「七時」
「あらまあ、大変。すぐに着替えるね」
「おー、なるはやで、……って、おい」
レヴェイユはバッと起き上がって、着ていたしわしわのシャツを脱ぎ脱ぎ。なるほど、上下セットだ。そして、新しいシャツを取り出して、よいしょと袖を通している。
「……」
絶句。もう絶句だ。なにやってくれてんだこの女。ここにいるよ、クロルがいるよ。
「あ……ズボン大きい。落ちちゃいそう。ねぇ、クロル。ベルトってこれ以上、小さくならないのかなぁ? やり方、わかる?」
ずり落ちたズボン。シャツの隙間から溢れ出るきわどさ全開ウェルカム感。見えてるよ。何なんだこの女まじで。善悪の概念だけでなく、貞操観念も欠落しているのだろうか。
クロルはニコッと微笑んだ。
「おー、貸してみろ。きつーくきつーく締めてやるよ」
「え? ぎゃ、痛い痛いー! きついー!」
「よし、もうひと締めいけるな」
「ひぃ! もうダイジョブですぅ~!」
「黙れ」
クロルは締めた……いや、縛った。ギリギリとベルトをきしませながらきつーくきつーく。朝食の時間もギリギリだった。




