48話 五人で乾杯、潜入作戦会議
牢屋での騙されチョロイユから一週間後。正式に司法取引が成立し、第五メンバーの監視下でレヴェイユは動き回れるようになっていた。まだ手枷はされたままではあるが。
「姉ちゃんー!」
「ブロンー!」
そうして牢屋脱出後、騎士団本部の面会室でレイン姉弟はガシッと抱擁。その色気のない抱擁を見て、クロルは『こいつら本当に姉弟なんだな』とか思った。
「っつーか、なんで俺も呼ばれたんだっけ? 今日まで休暇のつもりだったんだけど」
一方、クロルはふわーっと大あくび。牢屋で彼女を騙した後、美と悪の権化クロル・ロージュはすぐに帰宅。この一週間は久しぶりに休暇を満喫していた。
昨日も同僚に誘われ浴びるほど酒を飲んで飲まされ、気づけば昼すぎ。明日から仕事かー、なんて思いながら食事も取らずに部屋でダラダラしていたところ、突然トリズに連れて来られたのだ。
ちなみにこの一週間、毎日のように同僚が飲みに誘ってくれていたのは、『美形男の失恋記念パーティー』が開かれていたからだが、主賓クロルは何も知らぬまま酒を飲んでいた。飲み会ってそういう感じだ。
「では、集まってもらった目的を発表しま~す。カドラン伯爵ことクソ親父から新しい任務が下りてきました!」
コホンと咳払いをしながらトリズが発する。ソワールが処刑を免れたことでドジ彼女と無事に仲直り。婚姻リーチ状態なわけで、やる気がみなぎっていた。惚れすぎだ。
「待て待て。それって俺も入ってんの? 話が違うだろ。俺は第五を抜けるつもりなんだけど。交換条件忘れた?」
「え!?」とレヴェイユの小さな叫び声が聞こえてきたが、無視した。
「話が違うのはそっちでしょ~? ソワール任務をクロルに回してあげたときに、僕と約束したの忘れちゃった?」
「まさか……新しい任務って、盗賊団サブリエ!?」
「ざっつらいと! クソ親父とは、任務遂行後に異動を許可するって話になってるから安心して」
またもや「え!?」とレヴェイユの小さな悲鳴が聞こえたが、無視だ。
「それなら話は別。全力でやってやるよ」
「あ~、おじいさんのお店を潰されたんだっけ?」
そこでデュールが訝しげにする。
「窃盗事件の犯人がソワールではなかったとなると、遺言『ソワールを捕まえろ』とは何だったんだ? はた迷惑なことだな」
「まじそれ。じいちゃん、そーゆーとこあるんだよ」
そんな会話を横で聞いていたレヴェイユ。当然ながら、顔は真っ青に。
「え、オルさん、そんなこと言ってたの? 私を捕縛しろって?」
「そう。じいちゃんからの手紙に書いてあった」
「がーーん! な、なんでぇ?」
「さぁ? 犯罪者が許せなかったんじゃね?」
レヴェイユはガンッと音が鳴りそうなほどにショックを受けていたが、クロルは無視して続ける。
「早速、作戦会議やろうぜ。選出されたメンバーはこれで全員? ……ブロンはここにいていいのか?」
「あぁ、カドラン伯爵から許可が出ている」
「デュール経由で仲間?になったような感じのブロンでーす。ヨロシクー」
軽すぎる挨拶。スーパーライトな男だ。
「慎め、馬鹿者。これまでのソワールの活躍は、この馬鹿の情報収集能力があってこそだ。カドラン伯爵に報告した結果、晴れて『協力者』という扱いになった」
「姉ちゃんを守るために、オレもやる。レイン姉弟はいつも一緒だからさ!」
「ぶろん~!」
ブロンが協力者になったのは事実であるが、この内容、デュールはかなり濁して省いて伝えている。
デパル家でブロンを監禁中、酒を飲もうと誘って話をしながら、デュールはソワールの情報をブロンから抜き取っていたのだ。
ブロンだって普通なら情報を流したりはしない。しかし、レヴェイユが捕縛されて処刑予定であると知ってしまい、メンタルはボロボロだった。酒を飲んで泣きながら姉の話をしてしまうほどに。
で、人の形をした鬼のデュールは、それを報告書にまとめてカドラン伯爵にサクッと提出。『ソワールの弟であるブロン・レインが国のためにと、姉の情報を提供してくれました』とかテキトーな美談を添えて。
クロルが牢屋で聞き出したレヴェイユの半生と照らし合わせてみたら、完全一致。裏が取れて司法取引もサクッと進み、上層部も『こりゃ有り難い。お咎めなしで結構結構!』とご満悦。
レヴェイユを生け贄にしてブロンは捕縛されず、正義の情報屋になったというわけだ。当然、ブロンにもレヴェイユにも内緒の話。
「それぞれ目的は違うけど、利害は一致してるっつーわけか。さすがカドラン伯爵の采配だな」
「あの~……なんだかわからないけど、みんなで一緒に『任務』とやらをやるの? それが善き行い?」
ぽやんぽやんのレヴェイユの声が部屋に響き、そういえば彼女は激流に飲み込まれて、ここにいるのだと気付かされる。
「んー、ここで説明すんのも何だし、腹も減ったし、作戦会議がてら飲みに行くか」
クロルの泣き黒子がキュッと上がれば、士気高揚。長いことすれ違っていた五人は、やっとこさ集結したのだった。
決起集会の舞台は、騎士団の美しい中庭の奥の方。誰も来ない密談スポットだ。
クロルはおつまみ片手にレイン姉弟に状況を説明する。起点となっているトリズの身の上話など、かくかくしかじか。
「というわけで、この五人で盗賊団サブリエ征討をするってわけ」
「なるほど~」
分かってるんだか分かっていないんだか、イマイチ掴みきれない彼女の返事。クロルは『どうせ真面目に働かないだろうし、どうでもいいや』と流した。
「それにしても、中庭で飲むのも結構いいな。俺、初めてだわ」
ビールをあおって揚げ塩ポテトをホクホクと頬張る。一週間飲み続けていたくせにまだ飲むのか。
「僕は、クロルの部屋で飲みたかったな~」
「無理」
「汚いもんね~、あはは!」
「うるせぇな、忙しくて片付けられないだけ」
「ダウト。一週間、休暇だったよね~?」
「はいはい、ギブギブ。中庭最高」
「中庭は良いアイディアだろう? ソワールは外に出せないし、ブロンは奥まで入れないからな」
『確かに外には出せないよなぁ』と思ってクロルが隣をチラっと見ると、騎士団の建物を眺めているレヴェイユの姿が。
この中庭に来るまでの間、そりゃもうレヴェイユは目立っていた。ソワールが牢屋にいることは誰もが知っていたが、ほとんどの騎士は彼女を目にすることはなかったのだ。
晴れて有罪釈放。囚人服に手枷つき。第五騎士団の胸章を付けた騎士三人に囲まれている女。モロバレだ。すれ違う騎士に「あれがソワールか!?」「普通じゃん。むしろ癒し系?」と囁かれるのも無理はない。
「……そんなに面白いか?」
あまりにも彼女がキョロキョロしているものだから、クロルが尋ねてみると、「とっても面白いわ」と答えて果実酒をゴクリ。
「騎士団本部の中庭でお酒を飲むなんて、人生わからないものね~」
「あっそ」
素っ気なくすると、彼女は果実酒の瓶に口をつけて少し俯く。食堂から騎士たちの快活な声が微かに届いて、なんだか耳障りだった。
「……あの、私、盗賊団を倒すの頑張るから! 書類にサインしちゃったのはうっかりだったけど、それはもう過ぎたことだもの。前へ突き進むのみ~」
「ポジティブだな」
「うん、クロルのために頑張ろうって決めたの」
「……は? なんで俺?」
「え? クロルのこと大好きだからよ」
「お前なー、まだそんなこと言ってんのかよ。頭のネジ、抜けてんじゃね?」
「そうなのかも~」
内心、クロルは首を傾げる。彼女の恋心が本物であるとは思えなかったからだ。クロルは最高に顔が良いし、彼女の告白も超ライトな感じだし、どうせうわべだけだろうと思った。そのうち飽きるだろうって。モテすぎて憎らしい。
「勝手にすれば?」
「うん、そうする~」
「……待てよ、なんか不安になってきた。言っとくけど、」
「ところで~!」
二人の会話は途切れた。意図しているのか、トリズが割って入ったからだ。
「状況説明も終わったし、早いところ作戦会議やろ~」
というわけで、ここから作戦会議が始まる。五人が酒を囲んで真面目モードスイッチオンだ。
「盗賊団サブリエの征討か。どこから攻めるかだな」
お貴族様のデュールは、グランド商会のワイン店で購入した高級ワインを片手に指先でチーズをつまんでいた。
一方、伯爵家の血筋であるはずのトリズは、安いビールで激辛ナッツを流し込んでから「悩ましいよね~」と続ける。
「過去の資料も調べたんだけど、攻めどころがなくて~」
「ブロン、何か情報はないのか?」
デュールが顎でブロンを差すと、ブロンはちょいちょいと指先を揺らして情報を吐き出す。
「いいぜ、見返りなしで大放出! 八年前、女首領であったサブリエが死去。その後は、細々と泥棒をしているだけの平和な盗賊団だった」
平和な盗賊とは何だろうか。
「それがどういうわけか七年前からかなー? 突然、『窃盗依頼』をしてくる人物が現れたらしい。それで事業拡大。いつの間にか、その人物が首領になっちゃって、ソワールと双璧をなす泥棒集団になったとさ」
「盗賊団サブリエを乗っ取ったってわけか。すげぇ手腕だな。その人物の情報はあんの?」
「ううん、首領はかなりガードが固くて情報が出回ってない。っていうか、盗賊団サブリエの情報っていいところまで行くと、プツリと切れるというか。この前も……」
そこでブロンがピタリと止まる。何かを思い出すように帽子のつばを上げた。
「なぁ、姉ちゃん。四月中旬くらいかな。サブリエの情報が入ったから、男爵家に忍び込んでもらったじゃん?」
「そんなこともあったような~」
「その情報っていうのが有力で! 男爵家当主とサブリエメンバーが話してるのを見た子がいてさ。なんか関わりがあるんじゃないかなって思ったんだ」
「そうだったような~」
「そしたらビックリ! その男爵家、巨額の脱税で捕縛されちゃったんだよ。結局、このときも手かがりはなくなったってわけ」
「あらまあ、大変ね~」
連投されるのんきな相槌に、クロルはずっこけそうになった。伝説的な泥棒でありながら、えも言われぬのんびりおっとり感。
「そうそう、軽い気持ちで忍び込んで家捜ししてたら、騎士が屋敷を囲んでたのよね~」
「軽い気持ちで男爵家に不法侵入すんなよ……ん? 男爵家?」
そこで、クロルはハタと気づく。
「脱税、騎士が屋敷を囲む……?」
どこかで聞いたようなシチュエーション。彼にとってはよくある場面だ。なかなか思い出せない。
「ソワール……」
でも、そこに『ソワール』という出来事を追加すれば、たくさんある事件の中から一つの記憶が抽出される。クロルとデュールは目を合わせて「あ」と声を揃えた。
「デュール! ミュラ男爵家!」
「それだ。四月中旬の男爵家脱税事件。ブロン、それはミュラ男爵家のことだろう?」
「あー、それそれ! そういや、前にミュラ男爵の情報もらうって約束してたじゃん。なんか知ってんの?」
クロルが声を低くして答える。
「その脱税してた男爵家、潜入して捕縛したのは俺だよ。あの日、逃走するソワールを見た」
「私? あのときクロルもいたのね~。ニアミス、ちょっと嬉しいね」
「嬉しがるな」
今や仲良く酒を飲み交わしているかと思うと、本当に人生ってやつは。
「ってことは~! ミュラ男爵家を叩いてみれば、盗賊団サブリエの攻めどころがわかるかも。さっすが情報屋、今だけは仲良くかんぱ~い!」
「ちょ、乾杯つよすぎ! こぼれたんだけど!」
「あはは~、エメラルドのこと忘れてないから」
ちくちくと仕返しをされるブロン。見かねたクロルが、ケンカ仲裁の合図として布巾をポイと投げる。
「ブロン、服拭いとけ」
「サンキュー」
「……って、おい。レヴェイユもスコーンこぼしてる。姉弟そろって汚すなよ」
「もぐもぐ、ごくん。だってアクセサリーが邪魔なんだもの」
「ったく、汚ねぇな」
隣にいた世話焼きクロルが服についたスコーンの欠片を払ってあげると、レヴェイユは嬉しそうに「ありがとう」と言う。なんか嫌だったから、途中でやめた。こぼれろスコーン。
「で、ミュラ男爵家を調査するために、私がどこかに忍び込んで盗みを働けばいいのよね?」
「えげつない質問だな」
「そう? だって、私ができる善き行いって、泥棒をすることでしょ?」
「まあ……そうなんだけど」
そうなんだけど、そうじゃない。クロルは『なんでこんな女に惚れたんだろ……』と百万回目の後悔が頭を通過した。
「とりあえず、それはまだ先の話。ミュラ男爵家の押収品をもう一度洗おうぜ」
「しかし、盗賊団との関係を示唆するようなものはなかったはずだが」
「それならさ~、収容所にいる男爵家の人に話を聞きにいこうよ! 僕、ミュラ男爵当主をやりたいな~」
何をやるというのか、怖い。
「ならば、トリズが男爵当主。クロルと俺が男爵夫人と令嬢。二手に分かれて聴取をし、情報を得てから作戦を立てる。どうだ?」
「賛成」
「賛成~」
いつものノリで第五騎士団が挙手をして賛成の意を示すと、多数決なんて文化のないレイン姉弟は目を丸くしてから、やたら楽しそうに「賛成!」「さんせい~」と挙手をしてくれた。
「よし、今日はこれにて解散だ」
「……あの~、すみません」
挙手していた手を下げずに、そのままレヴェイユが発言をする。
「あの、私は今夜どこで寝ればいいんでしょうか? 牢屋は追い出され、衣類の支給もなくなりました。今着ている服も返却を急かされていて、でも服はないんです。盗んでよければ自活しますが、どうかしら?」
「どうもこうも、ダメに決まってんだろ。司法取引の前例がねぇからなー。デュールは知ってる?」
そこで、デュールは鍵をジャラリと取り出した。
「酒に溺れて忘れていた。寮に一室用意されている。服は制服しかないが我慢だな。検閲が終われば衣類の押収品が返却される見込みだが、いつになるか分からない」
「ありがとうございます、服は何でもいいです。あ、下着は返ってきますか? ちょっと困ってます」
「なるほど。検閲を急ぐよう指示をしておこう」
「ありがとうございます~、とても困ってます」
クロルは口に含んでいたビールをごくりと飲み込んだ。検閲。検閲ということは、検閲ということだ。
「それならさ、ブロンが買って差し入れすればいいんじゃね? 生活必需品の差し入れは許されるだろ。押収された衣類は廃棄に回せば?」
クロルの提案に、ブロンが「それいいじゃん、後で買ってくる」と言って一件落着。
「クロル、レイン姉を寮に案内してくれ。部屋の施錠も頼んだぞ」
「は? なんで俺が……あー、俺だけなのか」
お貴族様のデュールが寮に入っているわけもない。一応平民であるトリズは、現在ドジ彼女と同棲中。寮を出て一年が経っている。寮住まいはクロルだけだった。
「わかった。部屋は何号室?」
「五一〇号室」
「って、俺の隣じゃん……」
「当たり前だろう、見張り役だ」
そりゃそうだ。第五騎士団が捕まえた獲物だ、司法取引の契約もソワールの管理管轄も彼らだ。第五の寮に入るに決まっている。
「最悪……」
クロルがぽつりと呟くと、レヴェイユが「迷惑かけてごめんなさい」と小さな声で謝ってくる。『捕まえたのは俺だから仕方ない』と言おうとして、視線を向けると彼女はしゅんとしおれていた。
クロルは優しい言葉を飲み込んだ。このまましおれて枯れてしまえばいいのに、と思った。水なんてやりたくもない。育ったら困るから。
「さっさと片付けて行くぞ」
「あ、待って~」
慌てて果実酒を一気飲みするレヴェイユが、あの日の彼女と重なる。たった五ルドのイチゴジュース。一回きりのデート。
食堂から騒がしい同僚たちの声が聞こえてくる。手を繋いでお喋りしながら歩いた賑やかな街並を思い出し、手枷を繋がれた彼女との距離を三歩あけて黙って歩いた。
おまけ
【サシ飲みという名の事情聴取風景】
牢ちゅー事件の夜。デュールがデパル家に帰宅すると、前日から引き続き、ブロンは泣きっぱなしだった。
「でゅーる……ぐずっ。姉ちゃん、元気してた? ……ぐずん」
「牢屋にいるが元気だ。今日はとても楽しそうだった」
「なんで、美術館なんか……うぅっ、国宝なんて罠に決まってるのにぃ……黙秘なんかして、バカあねきぃ」
「……お前、軟禁状態だというのに、やたら詳しいな? なぜ黙秘していることを知っている?」
「ぐずっ、姉ちゃんーうぅっ。なぁ、どうにか死刑をやめられないかな、ぐずん」
「無理だ。死の運命には抗えない」
勿論、嘘である。司法取引が成立する予定なのに、デュールはだんまり。
「うわーん! うっ、姉ちゃん……」
「ブロン、飲むしかない。姉との思い出話を語ってくれ。俺で良ければ聞こう」
「デュール……!」
二時間後。
「でさぁ、母さんがソワールで、姉ちゃんが二代目でー、橋から、ぐずっ」
「ほうほう。なるほど」
「ぐず、、、デュール、さっきからなにメモってんの?」
「レイン姉弟のメモリアルブックを作ろうと思ってな。供花は赤いバラを希望していたぞ。メモリアルブックを添えて、レイン姉を埋めよう」
「うわーん! ばかあねきぃ!」
「よし、その調子だ。で、その橋の名前と日付は?」
「ぐずっ、えっと……」
当然、裏切りのメモリアルブックはカドラン伯爵に提出された。




