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47話 不安だらけのお助け悪女

 


 騙されチョロイユから一夜明け、レヴェイユは青い制服を着たニッコリ騎士と朝の挨拶をしていた。


「ソワールちゃん、お・は・よ~」

「あら、トリズ様。おはようございます」

「あはは! トリズ様なんて柄じゃないから、トリズさん、でいいよ」

「そうでした。伯爵家のやんごとなき御身の方ではないんですね」

「うーん、まあ、そこらへんは難しいところだけどね。それにしても、僕に騙されてたって怒らないんだね」

「トリズさんに怒る? 騙されたなんて思ってませんし、どうでもいいです~」

「わぁ、寛容~」


 クロルに騙されたときは泣いたり怒ったりしていたのに、トリズに騙されたことについては全くの無反応。これは何とも複雑な娘だ。


「それで、何か御用ですか? 処刑ですか?」

「メンタルが剛の者~。違うよ、牢屋から出て、おでかけしよう」


 レヴェイユは牢屋から出され、騎士団上層部棟、通称『ボス部屋』まで移動させられた。


 道中、トリズから説明を受ける。昨日、レヴェイユがサインをした同意書や事情聴取結果によって、司法取引が正式に進められることになった。


 しかし、前代未聞の司法取引だ。王城文官との調整が必要となる。それは一介の騎士が行うような仕事ではなく、第五騎士団のボスであるカドラン伯爵が権力を振りかざす場面だ。

 カドラン伯爵から『ソワールと面会したい』という当然の要望があり、トリズが迎えにきたということらしい。



 厳かな青い絨毯の上を、赤色の髪を揺らして歩く。朝の爽やかな空気と突き刺さるような日差し。レヴェイユは牢屋の中に戻りたくて仕方がなかった。


「カドラン伯爵、連れてきましたよ」

「トリズ、ご苦労だったな。ほう、君がソワールか」


 カドラン伯爵の部屋に入ると、頭から靴まで物珍しそうな視線が往復される。『どこにでもいるような娘だ』その不躾な視線にレヴェイユは淑女の礼をお見舞いする。


「招かれざる泥棒が参上致しました」

「これは驚いたな、素晴らしいカーテシーだ。ここには来たくなかったというメッセージが伝わるようだが?」

「とんでもございません。捕縛されてからずっと、死神にお会いしたいと思っておりました。願ったり叶ったりでございます」

「死神」

「あら、お気に召しませんか? では、無礼な泥棒にどうぞ罰をお与えください」


 嫌味たっぷり、挑戦的。囚人服を着て、こんな物言いをする泥棒に、カドラン伯爵は少し面食らった様子。「ほう」と声をこぼしていた。


「不満そうだ。もしや、司法取引に不備でもあったのかね?」


 意地悪な質問だとレヴェイユは思った。カドラン伯爵にクロルへの恋心が伝わっていることを察してチラリとトリズを見る。『昨日の牢チューを報告したんですね?』紫色の瞳がスっと移動して目をそらされた。


「……全く不備はございません。私のような犯罪者に対し、多大なる温情をかけて頂いたこと感謝いたします」


 だって、騙し打ちで同意書にサインさせられたなんて言ったら、クロルがお(とが)めを受けるかもしれない。そんなこと言えるわけもない。


「ははは、さすがだ。彼の仕事は本当に()()で、いつも感服するよ。ならば話は早い。今後は、その能力を活用して国に尽くすよう、よろしく頼む」

「仰せのままに。ですが……具体的には何をすれば良いのでしょうか?」

「騎士団の心構え。世のため人のためになることをすれば良い」

「ヨノタメヒトノタメ?」


 謎の呪文が赤色の頭を通り過ぎる。世とは、あの世ではなく現世のことだろう。人とは誰のことだろうか。


「人とは、具体的に誰を指していらっしゃいますか?」

「国民だ。子供でも知っているだろう。困っている人がいたら助けるということだ」

「え? 見知らぬ誰かのために私が善き行いをするということですか?」

「そういうことになる」


 レヴェイユが「なるほど?」と言いながら首を傾げていると、つられるようにカドラン伯爵も傾げ始める。


「何か不思議なことでもあったか?」

「はい、不思議でなりません」

「ふむ? 詳しく申してみよ」

「正直に申し上げます。見知らぬ誰かに対する善き行い……それがどんなものであるか、私には分からないのです。分からないから、今、手枷をしてここに立っているのではないでしょうか」


 手枷がジャラリと音を立てた。


 これにはトリズとカドラン伯爵が同時に苦笑い。善意が何たるかを知り尽くしている二人は、紫色の瞳同士をぶつけ合い、ハイコンテクストなやり取りをしている様子。


「なるほど、確かに~。ここで説教したところで時間の無駄だね。じゃあ、僕から質問しようかな。ソワールちゃんは、どうすればカドラン伯爵が喜ぶかわかる?」

「え?」


 レヴェイユは少し考える。いかにもな貴族紳士だ。想像するに……ここはやはり金だろう。


「簡単です~、今すぐお金を盗ってきてお渡しすれば喜んで頂けますよね?」

「参った、これは前途多難だな……」


 カドラン伯爵はガックリと肩を落としていた。ダメだったらしい。


「じゃあ次の質問ね。僕がされて喜ぶことは分かる?」

「トリズさんが喜ぶこと?」


 レヴェイユはまた考える。短い期間だったけれど、一つ屋根の下で過ごした仲だ。記憶を揺らせば何となく見えてくる。


「フレンチトーストがお好きでしたよね。作ったら喜んで頂けますか?」

「うん、いいね~。ちなみに、フレンチトーストが好物っていうのは嘘だよ。僕、甘いものは嫌いなんだよね。辛党です」

「ぇえ……? 難しいです~」

「あはは!」


 悪意の塊。トリズに遊ばれてちょっと可哀想なレヴェイユ。


「じゃあ次ね。クロルがされて喜ぶことはわかる?」

「クロル? ……それは、はい、わかります」


 自然と言葉が出てきた。


「例えば?」

「朝食にクロワッサンを出せば喜んでくれます。あと、クロルはおじいさんの時計を盗まれて悲しそうでした。私が使っていた時計が押収品の中にあるので、それを渡せば喜んでくれるかも」


 彼を思い浮かべると、不思議なくらいスラスラと言葉が出てくる。だって、オル・ロージュがたくさん教えてくれた。クロルの好きなもの、嫌いなもの、悲しむこと、喜んでくれること。それをなぞるように、確かめるように、クロルを見てきたのだ。


「それから、ずっと記憶喪失だと嘘をついていたので、なんだか気疲れしてる感じがしました。本来の彼として、しばらく自由に過ごす時間があると心が安まるかしら……あ、そしたらショートケーキを作って、」

「あはは! ストップストップ、もう大丈夫だよ。さっすがクロルだね~」


 トリズはやたら楽しそうに手を叩いて笑っていた。カドランも小さく笑って頷く。


「ソワールちゃん、とりあえずは『クロルのため』で騎士団のお手伝いをお願いできるかな?」

「クロルのため? ……あの、私はクロルにとって役に立つ人間なのでしょうか? 正直なところ、嫌われ者のおじゃま虫でしかないと思ってます」

「役立つに決まってるよ! 司法取引の案を出したのはクロルだよ」

「え! そうなんですか……?」

「だから、クロルのために動けばいい。とりあえずはね!」

「クロルのため」


 『好きな人のため』、そんな簡単な言葉が落とされただけなのに、ちょろいレヴェイユは目の前が明るく広がる感覚がした。爽やかな空気が肺に満たされる、朝の日差しはちっとも眩しくない。まさに開眼したのだ。


 瞬間、身体の中心からガラリと音がした。


 今朝までは亡き初代ソワールの道を辿るべく、『どうやったら死刑になるかしら。私も身投げしようかなぁ』なんて考えてばかりだったのに、自分という人間がクロルにとって使()()()()()があると思った瞬間、レヴェイユの考えがガラリと音を立てて変わったのだ。


 クロルの役に立ちたい。彼に笑っていてほしい。そのために、この命を使いたい。


 恋心だけで、こんな風に変わることがあるだろうか。秒で生涯を捧げる女、軽くて重い。いやいや、この場合はクロル・ロージュがすごいのかも。


「ほう……ソワール、どうかな?」


 さすがは数多の人間を見てきた審美眼。カドラン伯爵は、ガラリと音を立てたことを察したのだろう。貴族らしい微笑みで問い質してきた。


「はい、クロルのためなら……出来ると思います」

「うん、良い答えだ」


 調子に乗ったカドラン伯爵は、美談の締めだとでも言うように立ち上がり、コホンと咳払い一つ。


「君のしてきたことは許されるものではない。これから先、人の善意悪意に触れ、それらをたくさん吸収しなさい。心を育てなさい。それが君の贖罪(しょくざい)だ」


 カドラン伯爵はドヤァと音を立てて、もっともらしいことを言う。なんか良い話になりそうな勢いだが、当然ながらそんな簡単にいくわけもない。彼女は根っからの悪女なのだから。

 全く理解できないカドラン伯爵の呪文に、先ほどまで開いていたレヴェイユの目は急に閉じ始める。パタン。


「えっと、善意悪意? ショクザイ……ですか? あらら、突然の難しさ。えっと? あら? なんで泥棒ってやっちゃいけないんだったかしら……? 私、悪意的なものを持たずに泥棒をエンジョイしていたのですが、何の罪で捕まったんでしたっけ? 悪意がないのに捕縛されることもあるんですね~、ふふっ」


 沈黙。ぴーちくぱーちく、窓の外で鳥が鳴く。


 トリズは音もなく爆笑していたし、カドラン伯爵は音もなく座り直した。美談は消えた。


「なるほど。言葉を間違えたようだ。要するに、クロル・ロージュのために励んでほしいということだ」

「あ、そういう話ですね。急に目が覚めました。はぁい、大好きなクロルのために頑張ります~」

「う、うむ……緩いな。不安だ」


 大きな不安を残したまま、レヴェイユは最低最悪の女泥棒からぬるりと転職。ふんわりとした、お助け悪女になったのだった。



 



 


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マシュマロ

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