46話 潜入騎士の『愛してる』
―― 盗賊団の管轄は、第三騎士団。サブリエを捕らえるためには第三への異動が必要か
クロルは先を見据え、今やるべきことに向き合う。
「盗賊団サブリエか。ブロンに詳しい話を聞いておきたいとこだな」
「うん、そうした方がいいかも。あ、でも私が死んじゃったらブロンはだんまりしちゃうかなぁ。遺言みたいに一筆書いておいた方がいいかしら?」
「あのなぁ、極刑になるかどうかは、お前が決めることじゃねぇから」
「そうなの? 私の命って共有物だったのね。死ぬ権利も盗めるなんて知らなかった。困惑ね」
「はは……俺も困惑してる」
「じゃあ、どうやったら死刑になれるかアドバイスしてくれる? 黙秘だけじゃダメかしら?」
まるでイイコトを思い付いたみたいに「あ、逆に一度脱獄しておくのもいいかも? それ、ナイスアイディア~」とか言い出す始末。おっとりゆっくり話す姿がいっそ怖い。
「……あのさ、レヴェイユ。これはお願いなんだけどさ」
「うん、なぁに?」
「司法取引に応じてほしい」
「司法取引?」
「ソワールとしての能力を活かして、犯罪者を捕まえる。騎士団の手伝いをしてほしいってこと」
「え? そんなの嫌よ」
けんもほろろ、箸にも棒にも掛からぬこの感じ。
「まぁ聞けって。そうすれば極刑は免れる。そりゃ自由に生きることは出来ないかもしれないけど、それでも生きられるんだからいいだろ?」
「うーん、あんまり興味ないかなぁ」
「もっと生に興味を持てよ」
「ふふ、クロルって優しいのね。気を使ってくれてありがとう。でも、いいのいいの! サクッとやっちゃって~」
ダメだこいつ。死を受け入れすぎている。『サクッと』というのが擬音語だと思うと本当に怖い。
なんなら「方法のリクエストは通るの? 打ち首より水攻めとか火攻めの方がナイスパフォーマンスなイメージなんだけど、どうかしら?」とか言っているではないか。歪んだ善悪の概念は伊達じゃない! いつでも準備万端、このままじゃにっこり笑顔で極刑だ。想像すると怖すぎる。
ため息一つ、クロルは話を切り出した。
「俺が、嫌なんだよ」
「クロル……?」
「死んでほしくない。生きていて欲しい。極刑とか……こんなことになるなんて……あのとき捕まえなきゃよかったのかもって思うと……正直、苦しくなる」
「どうしたの? 私みたいな犯罪者なんて気にしたらダメよ?」
「気にするに決まってるだろ!」
掛けた重みで、ベッドが軋んだ。
「お願いだ。司法取引に応じて欲しい」
「クロル、それは……」
「レヴェイユのこと、本当に好きだった」
「え?」
彼女の手をギュッと握って、軽く引き寄せた。クロルの力が強かったのか、それとも彼女が軽いのか。二人の距離が一気に近付く。
「こんなときに言うのはズルいって分かってる。でも、犯罪者だとしても気持ちが変わらないんだ。諦めきれない」
「ぇえ!? でも、だって、仕事で好きって言ってただけでしょ?」
「違う、本心だった。演技にしたくても出来なかった。だから……お願いだから生きていてほしい」
「クロル……」
暗く寒い牢屋の中。騎士と盗人が熱く見つめ合う。
「お願い、レヴェイユ」
「で、でも!」
「俺のこと、好きだよね?」
「う、うん。好き……大好き」
「俺も大好きだよ。お願い聞いてくれるよね?」
「ぇえー……えーっとお」
「レヴェイユ?」
「えーーっとぉお~?」
レヴェイユはぐらぐら揺れていた。だって、彼のことがすっごく好きなんだもの。もう大好き、髪の先からつま先まで全部を愛してる。
あと、身も蓋もないが、顔が良すぎるのも悪い。本当に顔が良い。こんな完璧な美しさを持った男が牢屋の中で『好きだ』『お願い』とか言っているのだ。非現実的すぎて、もう何でもいいかも~と思うほどにグラグラしていた。なんてこった、チョロいぞチョロイユ。百点満点だ。
クロルの顔が近付くに連れて、レヴェイユはどんどん分からなくなる。別に生きてたっていいんじゃない? 騎士団のお手伝いとかよくわからないけど、それもありじゃない? なんて思い始めていた。
「私……」
頷こうとした瞬間、ぴちょんと水の音が響く。ハッと意識を戻して、レヴェイユは極刑を受け入れるべきだと思い直す。憧れの母親が橋から身を投げたように。
「はっ! だ、だめよ! やっぱりごめんなさい、私……んむっ」
断ろうと思ったが、喋れなくなった。まるで言葉を取り上げるように、キスをされたからだ。
「クロル、ちょっと……ん」
「お願い」
「ゃ……ん、」
思わず目を瞑ってしまうと、暗闇の中で彼の吐息と熱が浮き彫りになる。ダメダメと思う気持ちの真裏に、飛び跳ねて喜ぶ自分がいた。あんなに欲しがってもキスしてくれなかったのに、犯罪者だって知った上で触れてもらえた。嬉しい、大好きって。
彼にそんな隙を見せたなら、その隙間に潜り込まれてしまう。潜り込まれたならば、すぐに溶かされる。
最後の抵抗とばかりにぎゅっと閉じていた唇だって、クロルが少し角度を変えただけでこじ開けられる。縛ってきた物がスルリと解かれていく。
「……はぁ、ん」
レヴェイユはキスの甘さに頭も心もクラクラだ。牢屋には濃艶な音だけが響いて、ぴちょんという水の音はもう聞こえない。
彼の舌に優しく撫でられる度に解かれていく。かけていた鍵が開けられていく。願ってはいけない願いに、手を伸ばしたくなる。もっと、もっと。
「レヴェイユ、愛してる」
苺頭の脳天を突き破って、愛の言葉が刺さった。彼がニコリと微笑めば、目尻にある泣き黒子が動く。もう、ため息ものだ。
「俺のために、司法取引してくれる?」
「……うん……する」
レヴェイユが頷くと、クロルはキスを続けながら何やらごそごそと紙を取り出していた。ごそごそ。
「書類にサインできる?」
「はぁ……うん……できるぅ」
とろんとろんに溶けたちょろいレヴェイユは、ペンを持たされ、さらりとサインを書き始める。ん? 何かおかしいぞ? 普通、キスシーンでサインとかするだろうか。それでもサインをする手は止まらない。うん、大丈夫、そういうキスシーンもある。ロマンチックだ。
差し出された紙に、『レヴェイユ・レイン』きっちりと書いた。
サインを書き終わった瞬間。当然ながら、クロルは「よっしゃー」と言って立ち上がる。あれ? 何かおかしいぞ? 甘い雰囲気はどこへいった? 急に、ぴちょんという音がよく聞こえるじゃないか。
「おーい。サインもらったぞー」
「へ!?」
レヴェイユが意識を取り戻すと、牢屋の外には青い制服の騎士が二人、満足そうに立っていた。代わりに床に倒れていた騎士が二人ともいないぞ? あれ、どこにいった?
「まさにクロル・ロージュの手腕が光ったな」
「クロルお疲れ~」
「あれ? 幼なじみのデュールさんに、え!? トリズ様……?」
「こんばんは、実は僕も騎士でした~」
「え!?」
驚くレヴェイユを余所に、三人は会話を続ける。
「ほい、作戦通り。一つ目、逃亡の意思確認。鍵を開けても逃げなかったからオッケー。二つ目、黙秘していた動機の聴取。あの内容で十分だろ? で、三つ目、司法取引の同意書もゲット。これで上層部も王城も了承するだろ」
「さっすがクロル~。ゲスいけど本当にサクサク仕事こなすよね」
もう、レヴェイユの口はあんぐり。
「待って! これもしかして……やだやだ、クロル! ちょっとその書類待って!」
「ばーか、待つわけねぇじゃん。サインさんきゅー、ソワールちゃん?」
サイン済みの書類を閉じたピースサインで挟み込み、ひらひらと見せつけてくるクロル・ロージュ。書類を取り返そうと手を伸ばすが、彼には届かない。すがろうとしても、悪女の手はどうしたって空を切る。
「同僚として、いいこと教えてやるよ。第五騎士団の格言だ」
「え?」
「潜入騎士の『愛してる』には裏がある。頭に叩き込んどけ」
クロルの意地悪な笑みを見て、全てが演技であったことをようやく理解したレヴェイユ。愛してるとか好きだとか言ってたやつ、全部演技だったのか! ファーストキスが牢屋でちゅー、牢ちゅーになってしまったじゃないか!
「がーーん! だまされた~ぁあ! ひどぉおい!」
暗く寒い牢屋の中。レヴェイユの泣き叫ぶ声がこだました。こうして、第五騎士団はソワールをゲットしたのだった。
悪い男だって? でも、悪いのは彼じゃない。悪いのは、いつだって彼女たちなのだから。




