表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/122

38話 その鈍痛で愛を知る



 クロルがトリズに飛び蹴りされている、まさにその同時刻。渦中にいるレヴェイユは、可愛らしいベッドシーツの上にゴロンと寝ころんで、のん気に新聞記事を読んでいた。


 ぺらりとめくっていると、青字で『号外!』と印字されている紙ペラが。


「ふむふむ、亡き王女の愛した懐中時計……?」


=======

【号外!】


 急遽、明日公開決定!

 国宝『亡き王女の愛した懐中時計』


 国宝の公開について、王城の宝物管理室から発表があった。


 前回公開されたのは、五年前の王城主催の秋の園遊会。今年は公開年であるため、その日取りが注目されていたが、秋の園遊会とは別日に設定され、異例の発表となった。


 これは女泥棒ソワールや盗賊団サブリエの窃盗被害を回避するためとされており、二大泥棒も苦虫を嚙み潰していることだろう。


 騎士団本部によると警備は厳重とのことで、『絶対に盗めないです。ソワールだろうと、盗めるわけもない。まぁ怖気づいて現れないでしょうね!』と、第三騎士団はコメントを発表している。


 懐中時計の公開場所は、王立美術館。明日の公開に備え、懐中時計は本日夜から美術館に移動され、二階最奥の部屋に保管されているとのこと。


=======


「へぇ、知らなかったわ。盗賊団サブリエも狙っているのかしら」


 泥棒の癖にコロッと騙されてしまいがちなレヴェイユ。青いインクから滲み出る正義の気配に気付くこともなく、ふむふむと号外を読み進めていた。

 いつもなら、弟が『罠じゃねー?』とか言って調べてくれる場面であるが、あいにくブロンは不在。


「ブロンったら、どこで何をしてるのかしら~」


 外を見ても白い鳥はいない。呼び出しても珍しく音沙汰なし。不思議に思いつつも、彼も十九歳の健全な男性だ。きっと仕事ついでに遊び回っているのだろうと一人納得する。


 それよりも何よりも、懐中時計の方だ。


「やつらが来るとなれば、絶対に行かなきゃ~」


 ソワール……いや、レヴェイユは盗賊団サブリエのターゲットを横取りするのが好きなのだ。

 号外の挿絵の懐中時計を見ても、特別可愛いとは思わなかったが、盗賊団サブリエの狙った獲物であれば見過ごせない。


 クロル・ロージュと出会ってしまった今。そして、彼との別れが迫っているからこそ、余計に盗賊団サブリエに一泡吹かせてやりたかった。最後に、どでかい一泡を。


「よーし、今夜は美術館に行っちゃいましょ。ふふっ」


 気合十分、レヴェイユは今夜盗みを働くことを決めた。これが第三騎士団が用意した罠だとも知らずに。


 そう、クロルたちがソワール捕縛作戦を決行する夜。奇しくも、第三騎士団の捕縛作戦と同日にバッティングしてしまったというわけだ。同じ騎士団といえども、情報共有などしているわけもない。


 まさに、ソワール争奪戦。どちらが彼女を手に入れるのか、それともソワールが逃げ切るのか。

 




 夜の二十三時前。宿屋のメンバーが自室に()もったことを確認してから、レヴェイユは食料庫にやってきた。

 

 黒い外套、黒いブーツ、そして金色の(かつら)を被り、器用に厚化粧を施せば。美人で妖艶な女泥棒ソワールの出来上がりだ。

 まさに詐欺メイク。結構な厚化粧なものだから、手早さを極めたソワールであっても支度に時間がかかってしまう。肌荒れしないようにしないと。


 そうして二十三時半過ぎには宿屋を出て、最短距離で向かうは王立美術館。


 美術館は、王都の中央にそびえ立つ。周辺には、王城や騎士団本部、劇場、流行りの店などが立ち並び、そのど真ん中にあるのが大きな噴水広場。

 

 王城や騎士団本部には人の気配があるものの、いつも賑わう噴水広場には誰もいない。……かと思いきや、一店舗だけ開いていた。美術館の隣の店だ。


 ―― こんな時間にドーナツ屋?


 遠目から様子をうかがうと、王城文官らしき男が注文していた。なるほど、残業している彼らをターゲットに夜食として売り出しているのか。

 ソワールは一人納得して、『せっかくだから盗って帰ろうかしら。クロルはストロベリーのドーナツが好きだものね』なんて思ったりした。


 噴水広場の真ん中にある大時計を見てみると、夜の十二時半前。


「サブリエが来る前に終わらせちゃいましょ~」


 ソワールは美術館の裏手、草木が茂るこっそりスポットからソロリソロリと侵入した。



 

 美術館は二階建てだが、とても広い。一階がガランとした広いフロアになっていて、二階が小部屋だらけのフロア。懐中時計は、二階の最奥だ。


 ソワールは警備員の目をかいくぐり、スルリスルリと奥へと進む。


 ―― あら? なんか警備が手薄な気が……


 不思議に思った。以前、美術館に忍び込んだことがあったが、そのときはもっと警備員が多かったはず。なぜ今日は少ないのか。

 美術館の中は、やたら整理整頓されているし床にチリ一つない。あらら、よく見ると展示品も減っているじゃない。そのくせ、灯りの数は多いような。


 ―― なんか嫌な感じがする


 この肌感覚。勘というよりも、優秀な犯罪者なら常に働かせているセンサーみたいなものだ。これを感じ取ってしまったのでは、進もうにも進めない。


 ―― これ、罠かしら? 今日は帰りたいなぁ。なんか怖い雰囲気~


 ゆるりんとしたセンサーに従って、ソワールは来た道を引き返す。

 すると、何やらカチャと音が響いた。警備員かなとも思ったが、どうやら違うみたい。これは剣を構える音だろう。


「騎士だわ」


 瞬間、ソワールは走り出した。


 こういうときは、早めに手の内を明かしてもらった方が動きやすい。拍手で彼らの登場を挑発してみよう。その常軌を逸した行動、まさに大胆不敵なソワールそのものだ。


「騎士さん、こっちら~♪ 手の鳴る方へ~♪」


 単純なものだね。ソワールに拍手で呼ばれた騎士たちは「捕まえろ!」という素敵な台詞と共に、ステージに上がってきてくれた。四方八方から飛び出して追いかけてくる。


「あら、今日は人数が多い~」


 ちょっと驚く。こんな多人数を投入してくるなんて珍しいことだ。さらにさらに! 美術館二階の廊下を走っていると、前方の道を塞ぐように騎士が十人ほど現れた。


「うっそ! 多い~」


 慌てて通路を曲がる。しかし、また五人の騎士がお出迎え!

 

 『ぇえ?』と思って、外套の下から武器を取り出す。一つ目、長い鎖をジャラリと振り回し、彼らの足下めがけて投げつける。絡みつく鎖に足を取られて転んだ騎士を「ごめんあそばせ~」と黒いブーツで蹴り上げ、そのまま踏み台にして高く飛ぶ。


「飛んだぞ!」


 彼らの頭上を飛び越えながら、空中でまた一つ武器を取り出す。二つ目、煙幕弾。それをポイっと頭上から落とせば、見事な目くらましに。

 まるでバレエのジュテ・アントルラセのように華麗に着地をして、そのまま高いヒールをカカカっと鳴らして走り続ける。


 軽く後ろを振り返ると、煙幕を突っ切って前へ進む騎士の姿が見える。どうやら、いつもの諦め上手な彼らではない様子。


 ―― やっと本気になったのかしら


 第三騎士団の諦めムードは、ソワール本人にも伝わっていた。もちろん、一人一人は全力で追いかけてくるものの、その人数も少ないし、罠を張るとか策を練るとかそういうことはなかったからだ。


 ―― そろそろソワールも引退ね


 元々、物欲のないレヴェイユ。ブロンからの依頼で盗むか、盗賊団サブリエの横取りか、あるいは生活のためか。それくらいでしかソワール業はやっていなかった。


 『でも、少し名残惜しいなぁ』なんて、走りながらも考える。だって、泥棒って驚くほど楽しい。こんな楽しい職業は他にはないだろう。やってみたら誰だってハマるはず!

 スリル満点。開けられない鍵を開けるのも、忍び込めないところに忍び込むのも、追いかけてくる騎士を撒くのも、憧れだった初代ソワールの真似っこが出来ている自分を誇らしく思っていたし、楽しくてワクワクした。


 さすが悪女。恋心を知って改心するとかそういう雰囲気は一切なく、結局低劣なことを考えながらも、ソワールは悪女道を走り続ける。



 美術館の二階の展示室は、どれも小さい部屋ばかりで、部屋の数も多ければドアの数も多い。バックヤードへのドアを秒で解錠し、裏側へ逃げ込む。


 バックヤードは、スタッフが各小部屋を移動するために使われる。そのため、建物を一周できるように『口』の字になっているのだ。

 彼女は適当なドアを解錠して、バックヤードから展示室に戻った。そして、また適当なドアからバックヤードへ。裏、表、裏……と、繰り返す内に、騎士たちは少しずつ減っていく。体力勝負で負けるなど、騎士にあるまじきことだ。 


 ―― それにしても、なぜ二階を選んだのかしら?


 走りながら考える。二階は小部屋が多く入り組んでいるのに対し、一階は広い大部屋があるだけだ。捕まえるなら一階だろう。


 いやいや、それは違う。これは泥棒ネズミを袋小路に追い込む罠なのだ。

 その罠は、しっかりと発動された。ソワールがドアを開けて展示室に入った瞬間、今まさに通り抜けた後ろのドアが、ガチャンと閉められたのだ!


 ―― 鍵をかけられた


 展示室にはドアが四つ。背後には鍵をかけられたばかりのドアと、表の廊下に繋がるドアが一つ、そして両隣の展示室へ続くドアが左右に一つずつ。


 ―― 早く逃げなきゃ!


 廊下に繋がるドアを開けようとして、ソワールは手を止めた。音がしたのだ。カチャっという剣を引き抜く音が。


 ―― ドアの向こうには騎士がいるのね


 大方、四つ全てのドアで待ち伏せをしているのだろう。まさに袋のネズミ。騎士団もかなり綿密な計画を立てていたようだ。


「あらまあ、大変」


 しかし、おっとりのんびり(大胆で余裕綽々)なソワールは、こんなことでは慌てない。

 

 暗い部屋を見回すために、外套の下からマッチを取り出した。すると、換気口が目に入る。泥棒ネズミならばギリギリ通れそうだ。


 近付いてみると、何やら良い香り。


 ―― これ、ドーナツの香り~!


 ここに入り込めば外にいけるに違いない。


「作業したいけど……なんか暗いわね~」


 常識知らずのド天然女(常軌を逸した狂気女)は、マッチの火なんて消さない。「明るくなぁれ」と魔法の呪文を唱えながら、そこらへんにあった絵画にそっと火をつけた。

 なんてこった。王立美術館に飾られるようなステキ絵画がボウボウと燃えているじゃないか。なんたる所業、いっそ捕縛された方が世のためだ。 


 明るくなった部屋で換気口をこじ開ける。サッとそこに入り込んだ、その瞬間。「突入ー!」という野太い声が響き、展示室に三十人ほどの騎士が雪崩れ込む。


 ―― ひゃっ、こわーい!



 「ちょ、絵画が燃えてるー!」「消火しろ!」「ソワールはどこだ!?」「それより火が!」という男共の声をつま先に浴びながら、ソワールはほふく前進で換気口の中を進んでいった。ダイエットしておいて良かった、なんて思いながら。



「げほっ、げほ! あ、外だ~」


 換気口の終わりが見えたのでソロリと外を覗くと、真下にはやっぱりドーナツ屋。

 美術館の高さで二階。かなり高いが、健脚ソワールならギリギリ大丈夫。すぐさま下に飛び降りようとしたところで、チカチカっと光が目に飛び込んできた。


 ―― なに? 眩しっ


 何事かと思って目を凝らして見てみる。


「あらまあ、大変。ここにも騎士さんがいたのね」


 危ない危ない。ソワールは、ふーっと一呼吸。準備をしてから飛び降りる。


 華麗に着地をすれば、ざっと見ただけで二十人程度。青き正義の制服を着た男が、彼女に向かって宣言をしてくる。


「ソワールだな!? 第三騎士団だ、捕縛する!」

「今夜の騎士さんは、いつになく素敵ね。上手上手、拍手~」


 ド天然女の素直な誉め言葉は、ソワール翻訳された結果、立派な煽り文句に聞こえる不思議。まさに勝ち気で高姿勢という目撃証言と完全一致。当然、騎士たちは「ぁあ!?」とヒートアップ。


 ソワールは準備していた煙幕弾を取り出した。ポイっと投げて「爆発するわよ」と、嘘をついて微笑む。


 ドーナツ屋に大量の油があったのが良くなかったのだろう。「油に引火するぞ~!」と誰かが叫んでくれて、「うわー!」と言いながら、騎士たちは散り散りになっていく。


「あら、素直に信じてくれるなんて良い人たちね」


 なーんて呟きながら、ソワールは煙幕の中を走り抜ける。美術館の裏手に周り、草木が茂るこっそりスポットに逃げ込んだ。


 ここは王都の森林公園に繋がる道だ。タタタタ……と茂みを走っていると、背後に足音が。


 ―― あらら、追いかけてきてる。すっごい執念ね


 さすがのソワールも疲労困憊。少しずつ蓄積されていく足の疲労にスピードが落ち始めるが、相手の騎士たちはドーナツでも食べて優雅に待っていたのだろう、体力が有り余っている様子だった。


「もうむりぃ、捕まっちゃうかも~」


 のん気にそう呟いて、茂みに入った瞬間。腕をグイっと引っ張られた。おっとっと、と(つまづ)きそうになったが、ポスンと誰かの腕の中。


 その腕は青い制服を着ていたものだから『捕まった!』と、目をぎゅっと瞑った。でも、その腕はすぐに解かれた。


「隠れてろ」


 喉の奥で、ひゅっと音が鳴った。ドクンドクンと心臓が跳ね上がり、相反して体温は墜落する。


 目を瞑ったままでも分かった。だって、夢に見るほど大好きな声だったから。

 

 目を開いて、ゆっくりと顔を上げる。逃げなきゃという焦る気持ちよりも、知られたくない、嫌だ、嫌われたくない、どうか夢であってほしい、私を見ないで……そんな気持ちが大半を占めていた。


 今まで盗みを働くことに罪悪感なんて持ったことはなかった。最高に楽しい遊びだと思っていた。だって、そういう風に生きてきたから。

 

 でも、この瞬間、レヴェイユは、確かにそれを感じた。暗くじめじめした茂みよりも湿っぽく、真夜中の夜空よりも真っ黒な、罪悪感という鈍痛を。


 純粋なまでに悪人として生きてきた彼女は、人を(あざむ)く……いや、クロル・ロージュを欺くという罪を、ここで初めて理解したのだ。


 レヴェイユは足下に広がる闇に落ちながら、愛を知った。切なくて苦しくて、思っていたよりも心の奥深くまで、彼が潜り込んでいたことを知る。


 ―― あぁ、私……彼のこと、こんなに深く愛してたのね


 暗い中でも分かる。眩しいくらいに輝く茶色の瞳に、サラサラの茶色の髪。まるで夜空に浮かぶ一番星のような泣き黒子に、目が釘付けになった。


 ―― クロル……


 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マシュマロ

↑メッセージやご質問等ありましたら活用下さいませ。匿名で送れます。お返事はTwitterで!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ