37話 今夜、君を捕まえる
「今日は紅茶が飲みたいので、珈琲は結構です」
クロルはため息を飲み込んだ。朝一番にトリズが『紅茶が飲みたい』だなんて物騒なことを言い出したからだ。
しかし、紅茶が飲みたくなるのも当然だ。昨日の朝を最後に、金髪美人のレイと大粒エメラルドの両方が消えたのだから。
ちなみに、大粒エメラルドは元に戻すつもりだったが、そのタイミングでトリズが帰宅してしまったのだ。よって、証拠隠滅ならず。
一応、ブロンにはメモ書きを残してもらってデパル家に監禁されてもらったわけだけど、それでも不自然さは拭えない。
「レヴェイユさんは、レイさんから何も聞いていないんですか~?」
和やかな朝食タイム。トリズの事情聴取がすでに始まっている様子に、クロルは冷や汗たらり。クロルには尋ねてこないところから、暗に『僕の部屋から大エメがなくなってたんだけど、クロルは知ってるよね~?』と尋問を受けていると同義。
レヴェイユは、思い出すように頬に手を当てて答えた。
「書き置きはありました。よく外泊する子だから、今回もそうみたいです~」
大方、情報屋の仕事が忙しいとでも思っているのだろう。その実、正体がバレてデパル家に匿われているとは知らず、のんびり屋のレヴェイユは窓の外を見ながらパンをもぐもぐと食べていた。白い鳥が羽ばたき、とっても平和。
「そうだ、クロルさん。朝食後、買い物にいきませんか? ほら、グランド商会のお店が特売日でしたよね。今日はレイさんがいませんから、僕もお手伝いしないと!」
「……トリズ君は働き者だね」
「この紅茶、美味しいですね~。そう思いません?」
「ははは……俺はコーヒー飲んでるから」
「飲みます?」
白い鳥はいつの間にかいなくなっていた。平和は終わった。
◇◇◇◇◇
「クーロールー?」
「なーにー?」
あえて可愛らしく答えてみると、トリズの笑みが深まった。
「良い返事だね。さて、洗いざらい吐いてよね~? レヴェイユだったんだよね〜? なんでレイが消えたの? レイは今どこにいる? エメラルドで僕をはめようとしたやつは? レヴェイユをどうする気?」
「息つく暇もない質問だな」
「息する機能をなくしてあげようか~?」
「怖ぇよ」
買い物開始早々に路地裏に連れ込まれ、クロルは詰め寄られていた。
本を正せば、全部デュールのせいだ。トリズに内緒で進めるからこういうことになる。これじゃあブロンの代わりに、クロルがボッコボコルート確定じゃないか。
ボッコボコになりたくないクロルは、流出力を高めた。
「(ソワールは)レヴェイユだった。(エメラルドを)仕掛けたのはレイだったし、思った通り男だった。レイはデュールの幼なじみで、本名はブロン・レイン。ブロンとレヴェイユは実の姉弟。ブロンは現在監禁別居中。以上」
急流に流されて情報大放出。さすがのトリズもあんぐりと口を開けて、「情報過多~」と呟いていた。
情報を咀嚼するように、しばらく紫色の瞳をしまい込んで、「ふーん?」と言いながら目を開ける。そして、さり気ない仕草で指を三本ピンと立てた。
「クロル。コレが強行手段に出るらしいよ~?」
ここは路地裏だ。壁に耳あり、の可能性を考えると直接的なワードは使えない。クロルはすぐに察する。
―― 三……第三騎士団がソワールの捕縛に強く出るってことか
「なんで今更?」
「うちがチャチャ入れてるってバレたらしいよ~(クロルのせいで)」
「へー」
クロルの流出力は無自覚に高いわけだが、『へー』の一言でスルーされた。
「争奪戦になるよ。先に捕まえた方が勝ち」
「まだ(証拠がないから)無理」
「悠長~」
挑戦的な紫色の瞳がまとわりつく。クロルは内心で『色ボケむらさき』と悪態をつきつつ考える。
茶色のレンガが敷き詰められた汚い路地裏。靴でなじれば、ガリッと嫌な音を立てる。
その音で、クロルはソワールを見たときに感じた嗜虐心を思い出した。第三騎士団に先に捕縛されたならば、数年は夜も眠れないくらいに腹が立ちそうだ。
物的証拠もなく、目撃証言だけで捕縛するのはかなり乱暴ではあるが、こちらにはブロンという切り札があるのだから捕縛後に自供させる手もある。ソワールの財産である盗品の隠し場所は押さえてあるし、ここは攻める場面だ。
彼女は絶対に自分の手で捕縛したかった。だから、クロルは決めた。
「わかった。今夜、あいつを捕まえる」
「デュールには?」
「連絡しておく」
「了解~。どういう手筈でやる?」
「逃げられる可能性もあるからな。あいつ、眠りが深いから、寝てからにするか。フォローよろしくな」
「了解。……最後に、レヴェイユと話しておかなくていいの?」
「話すってなにを?」
「だって、好きなんでしょ? あ、好きだったって過去形にすべき?」
クロルはずっこけそうになった。
「ったく、どいつもこいつも勘の良さだけは一流だな」
「勘の良さ以外も一流だけどね。一応、話しておけば? それか最後に一発ヤって恋心を昇華するとか? あ! 最中に突入すれば逃げられないし一石二鳥じゃない? 名案~」
なんというゲスい作戦を思いつくのだろうか。十六歳のピュアな顔でそういうことを言わないで欲しい。
「名案なわけあるか。話すことなんてないからいい」
「へ~?」
「なにその意味深な笑み」
「僕だったら逃がしちゃうかもって思っただけ」
「あり得ないだろ」
「まあね。逃がしちゃったら首が飛ぶもんね~。それが僕たちの宿命」
「そゆこと。ほら、買い物いくぞ」
クロルは話を打ち切って、路地裏を出ようとした。が、そこで待ったをかけられる。
「待って。あのさ~?」
「……」
「ブロンはどこにいるのかな? エメラルド代を貰いたいなぁ」
ニッコリボーイは、やたら良い笑顔を向けてきた。今後、トリズとブロンの二人が鉢合わせすることもあるかもしれない。きっと、そこには白い鳥など一羽も飛んでいないのだろう。
クロルは背を向けて逃亡態勢になってから、呟くように回答する。
「黙秘」
背中に飛び蹴りが入った。痛かった。泣き黒子も下がった。
こうして、第五騎士団のソワール捕縛作戦が強行されることになった。
トリズの提案した鬼畜作戦はサクッと却下され、ソワールが寝静まった頃に宿屋を取り囲み、クロルが捕縛の合図を出すという通常の作戦が選択された。
クロルが望めば、牢屋の中にいる彼女と話をする機会が設けられるだろう。でも、クロルは彼女と話す気はなかった。素の自分で、素の彼女と向き合うなんて、とてもじゃないがしたくなかった。
デュールあたりに聴取してもらって、又聞きすればいい。もう彼女と関わり合いたくない。サッサと捕縛して、全て忘れる。それが一番良いと思った。
だがしかし、そう簡単にはいかない。今夜、ソワールは盗みを働く予定が入ってしまったのだ。計画通りにいかないのが世の常だ。




