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35話 情報屋が情報過多

 

「どうか、姉ちゃんを見逃して! お願い!」


 もう一度頭を下げて懇願すれば、地面に映る騎士二人の影が揺れた。そして、その一つの影が切り出す。


「レイ……じゃなくて、ブロンか。それは無理だ。レヴェイユは俺が捕縛する。それにお前も捕縛。盗品の在処を知っていた件と、グランド商会から盗んだワインオープナーを持ってた件があるからな」

「オープナー? あぁ、趣味の悪いハート型のやつ? いらねーって言ったのに姉ちゃんに押し付けられたんだっけ。無くしたと思ってたけど……」

「押収済み」

「げ。いつの間に!」


 思わず顔を上げて見てみれば、茶髪の美形男は何を考えているのか、その美しく無機質な顔がロウソクの火に照らされているだけ。

 その美貌を武器にして、きっと幾人もの心の内にズカズカと潜り込んできたのだろう。よくもそんな腐ったやり方でレヴェイユに近付いてくれたなと、腹が立った。


 他人の物を盗むような悪人風情が何を言ってるんだと思われるかもしれない。でも、正と悪は表裏一体、視点がどこにあるかで変わるもの。悪いことをしていたって、ブロンにとっての正は年中無休でレヴェイユ一択。


 苛立ちをそのままに、情報屋ブロンは情報を流し出す。


「クロル・ロージュ。おまえさ、オル・ロージュの孫だろ?」


 クロルは余裕そうに小首を傾げて『続きをどうぞ』と睨んできた。


「クロル・ロージュだけで調べたときは南の田舎町出身の人間としかわかんなかったけど、姉ちゃんに『オル・ロージュ』との関係を調べろって言われてから、十日間。やっとこさ分かった」


 ブロンの青い瞳がキラリと光る。


「クロル・ロージュとオル・ロージュは血縁関係、直系の孫だ。オルの死後、クロル・ロージュは王都に移動。で、そこから職を点々とする。ショップ店員、レストランのウェイター、馬車の整備士、パン屋のキッチン、郵便屋、使用人。ぜーんぶ、一か月以内に辞めてる」

「へぇ、潜入騎士相手によくそこまで調べたな。素直に感嘆」

「姉ちゃんのために死ぬ気で調べた」


 ちなみに辞めた原因の大半は、職場の女性たちがクロルを巡って無駄な争いをし始めたことによる依願退職だ。裏方の仕事とか単独でやる仕事もやってみたけど、客に女が絡んだ瞬間にトラブルになって依願退職。

 縁があってデパル家の使用人になり、それもデュールの妹と姉の間でクロルの取り合いが始まってしまい早々に退職かと思ったところで、デュールから騎士にスカウトされて定職についたのが十八歳の秋頃。美形男の数奇な人生の一部である。


 ブロンは続ける。


「使用人になって一週間。そこを境に消息不明。そっから先はどんなに調べても全く分かんなかったけど、潜入騎士なんて特殊な職に就いたから『トップシークレット』扱いになったってわけか」


 消息不明であったことから、記憶喪失も嘘じゃないのかなーなんてブロンは思っていたが、大間違いだったわけだ。


「記憶喪失も真っ赤な嘘。素性を隠して姉貴をもてあそんで楽しかったかよ!?」

「ブロン、やめておけ。短絡的、悪い癖だぞ」


 慣れた様子でデュールが止める。


「だって、こいつ姉ちゃんの乙女心を!」

「懇願スタイルは止めたのか?」

「ソウデシター、スミマセンデシタ」


 短絡的なブロンは、慌ててパタンと二つ折りになって頭を戻した。すると、上から声が降ってくる。


「……その情報、レヴェイユに伝えた?」

「まだ言ってない」

「その心は?」


 ブロンはおずおずと、クロル・ロージュと視線を合わせる。


「……この宿屋のことが騎士団にバレてるって聞いて、それを姉ちゃんに言ったんだ。今すぐ逃げようって。でも、姉ちゃんが『クロルの記憶が戻るまでは逃げない』って言うから……」

「レヴェイユが? なんで?」

「わ、わかんない」


 お前のことが好きだからだよ!なんて言いたくない弟心。


「とにかく! おまえの素性が割れたら宿屋を出るって姉ちゃんと約束したんだよ。けど、調べたらガチでオルの孫でさぁ。姉ちゃんに本当のことを言うか嘘をつくか迷っちゃって、とりあえずトリズを使って時間稼ぎしようとしたら……こんなことに……あぁ、もう……」

「究極の馬鹿者だな」


 デュールの小さな笑いがやたらと頭に響くものだから、ブロンはギロリと睨んでやった。

 一方、茶髪の騎士の方は一点を見つめて何かを考えているようだった。


「俺の祖父とレヴェイユの関係って何なんだ?」

「……全部洗いざらい話してもいいけど、その代わりに!」

「お前らを見逃せって? それなら教えてもらわなくていい」


 低く鋭い声でクロルに遮られ、ブロンは喉の奥がひゅっと鳴った。なよなよしてる顔だけ男かと思っていた相手は、間違いなく本物の騎士なのだと。鳴った喉の音でそれを感じ取った。

 でも、ここで怖気づいてはダメだ。心と声を震わせた。


「そこをなんとか! 姉ちゃんだけは見逃してほしい。お願い、します」


 もう一度、頭を下げる。


「デュール。捕縛しよう」


 ブロンの懇願はサクッと無視された。内心焦りまくった。クロル・ロージュはどうやってもレヴェイユを捕縛する気なのだろう。


 そこで唯一の望み。デュールの方を見ると、「そうだな」と何かを思案している様子。そして、ブロンの方をチラッと見てにやりと笑う。眼鏡の奥の碧眼が光っていた。

 何かのアイコンタクトなのだろう。ブロンとデュールの間には、幼なじみという確固たる絆がある。何かしらのサインだと察して、ブロンは必死に考えた。


「あ……。待って! もし、ここで姉貴を捕縛するっていうなら、こっちも騎士団にリークしてやるぜ?」


 デュールに応じるように、ブロンも碧眼を光らせる。


「は? なにをリークするって?」

「お前が今まで白星ばっかあげてきたのは、オレの情報のおかげだろ? その見返りにデュールはよーくオレに教えてくれたよ、騎士団の内部情報をね! そのことを騎士団に告げ口したらデュールはどうなると思うー?」

「脅しかよ」


 吐き捨てるようなクロルの物言いに、ブロンはイラっとする。


 しかし、その苛立ちを遮るように「まいったな」と眼鏡野郎がカットイン。


「このままでは、騎士をクビになってしまうな。困ったぞ」


 全く困ってなさそうな声のトーンに、美形二人は目を合わせた。きょとん。


「大変な失態だ。情報流出なんて上層部に知れたら……デパル子爵家はおしまいだ。はてさて困ったぞ」


 話の内容に反して、全く悲壮感がないぞ。なんだろうか。


「おい、デュール? 悪い癖(快楽主義)が出始めてるぞ?」

「クロル。レヴェイユの捕獲自体は避けられないだろう。だが、ブロンにリークをされたのでは俺の身も危うい。処刑案件だ」

「お前、それ絶対思ってないだろ? 危ういって感じの雰囲気ねぇけど」

「あぁ、そうだな。もう二度と情報流出はしないと誓う。許してくれるとは思わなかった、有り難い」


 クロルは「おーい、俺の話聞いてる?」と呼びかけるが、話はズイズイと進んでいく不思議。


「俺の顔と首に免じてブロンの処遇は任せてほしい。こいつのことはよく知っているが、調べたところで大した犯罪歴は出てこないだろう。ギリギリを攻めるやつだからな。そして俺はとても困っている、ギリギリだ」

「全然困ってなさそうだな」

「感謝する」

「了承してねぇよ。話が勝手に進んでいくんだけど」

「恩情深い相棒で幸運の極み。というわけで、ブロンは捕縛せずに俺が預かる」


「へ?」


 これにはブロンも驚いた。だって、さっきのアイコンタクトはデュールを脅して姉弟仲良く逃げ切れって話じゃなかったの? あれ? これじゃあ、レヴェイユだけが捕縛されちゃうじゃないか!


「ちょいちょいちょい! デュール、違う違う! オレじゃなくて、姉ちゃんを助けたいんだって!」

「レヴェイユのことは、まあ何とかなるだろう。まずは自分の身を案ずることだな」

「いやいや、姉貴の方が大事だから!」

「ブロン、落ち着け」

「落ち着いてられっかよ!」

「相変わらず落ち着きのないやつだな。仕方がない。ブロン、よく聞け」


 ここで情報屋ブロンは、デュール・デパルからのびっくり情報をゲットする。


「クロルは、レヴェイユに本気で恋い焦がれていた。任務と本心との狭間で揺れる男心。だが彼女の正体を知り、その恋心は淡く散る。おっと、皆まで言うな。あとは分かるな? そういうわけだ」


 デュールは何でもない風にサラッと言った。この快楽眼鏡、さっきから本当に悪い男だな! やたら詩的な表現が鼻につく。


「「……はぁ!?」」


 当然ながら美形二人は同じ反応で驚き、違う反応を見せた。


「待て待て待て。何いってんだ、このバカデュール!」

「え、え、え? 姉ちゃんにガチ惚れしてたってこと? 仕事上、もてあそんだんじゃないの?」


 クロルは乱れた前髪を整え整え、余裕たっぷり「ガチじゃない、仕事だ」と言い切った。そうなると、「いや、ガチ惚れだった。初恋だ」と上書きするのがデュールだ。


「デュールてめぇ。黙ってろや」

「わかった、すぐに黙ろう」

「いやいや、否定してから黙れよ」

「……(黙)」


 そこはだんまりのデュール。クロルはイラッとした様子でデュールの頭を思いっきり叩いていた。このやりとりで、より一層高まる信憑性。


「おい、デュール!」

「(黙々)」

「まじで姉ちゃんに恋? しかも初恋? となると……」


 クロルの否定など放っておいて、ブロンは思案する。レヴェイユに本気で惚れていたならば、おいそれと捕縛はできまい。潜入騎士であるにも関わらず容疑者にガチ惚れしたのだ。冷徹になれるとは思えなかった。


 そもそも、ソワールの正体がレヴェイユだと知っていながら、未だに彼女を自由にさせているということはそういうことなんじゃなかろうか。短絡的なブロンはそこに一縷(いちる)の望みを見出してしまった。


 ―― 口では捕縛するとか言っておいて、実はかなり迷ってるってことな!?


 実際のところ、望みはあまりない。ただ明確な証拠がなかっただけでクロルは彼女を本気で捕縛する気でいる。

 しかしブロンの解釈は異なった。上手くいけばこのまま逃げ切ることだって出来るかもって。


「見る目あるっすねぇ! ()()()?」


 ブロンは調子ノリノリだった。先程まで下げていた頭は、いい感じに回転していた。


「いやー、弟のオレが言うのも何なんですけどねぇ? 姉ちゃんって、めっちゃ優しくて」

「演技だろ」

「いや、あの優しさは演技じゃないんすよねぇ」

「あっそ」


 クロルは心底どうでも良さそうだ。恋心は完全に冷め切っているのだろう。


 でも、ブロンはめげない。こうなったら持てるレヴェイユエピソードを叩きつけてうやむやにして逃亡するしかない! さあ、冷め切った恋心に火を()べろ!


「姉ちゃんって昔からおっとりしててー、何でも受け入れてくれるんすよね。時々、菩薩かなーって」

「興味ない」

「おっとり顔に似合わず、めっちゃスタイル良いしー」

「だから?」

「気心が知れてないとあんま見せてくれないけどぉ、自然体のときなんか超可愛いしー」

「ふーん」

「見たことないっすよね? 本気のふにゃふにゃ笑顔。あれを見ないなんて、人生もったいないなー」

「へーー」

「あと、年中無休でのんびりぼんやりで正直危なっかしいっていうかー。そこがまた庇護欲をかきたてる的な? ドジ可愛いエピソードもたくさんあるんすけどー」

「ふーん」


 ブロンは『全然食いつかないじゃん』と心の中で舌打ちをした。しかし、残された道はレヴェイユへの恋心を突っつくことだけなのだ。


「普段からは想像できないんすけど、姉ちゃんって実は泣き虫で。その泣き顔が、」


 だが、そこで鬼畜眼鏡がストップをかける。こういうとき大抵の眼鏡はうざったいくらいに光り輝くものだ。きらりん。


「雑談はそこまでだ。生憎、時間がないからな」

「へ? 時間がないってなに?」


 時間なら無限にあるだろうよ、ブロンが口先を尖らせると、デュールはこれまたサラッと告げる。


「トリズがいつ騎士団本部から戻ってくるか分からないからな。早めに退散しておいた方が身のためだぞ?」

「トリズ……? 騎士団? へ!?」


 瞬間、ブロンの脳内に紫色をまとった高貴で物腰柔らかニッコリボーイが通過していった。


「待って! トリズも騎士ぃ!? 嘘だろー!?」

「本当だ」


 あっさり情報を流しまくる悪いデュールに、クロルは「すげぇ流出力だな」と驚いていた。この場で一番悪いのはデュール・デパルに違いない。桁違いの流出力だ。さっき『二度と情報流出はしない』とか誓ってなかったっけ? 気のせいだろう。


「ぇえ? だって、トリズって十六歳だろ? 騎士になれないじゃん。入団できんのって十八歳以上っしょ?」

「実年齢は二十九歳だ」

「ににににじゅうくぅ!?」

「そして、エメラルドを仕掛けた犯人をボッコボコにすると息まいていた。さすがに顔が判別できない程に殴られている幼なじみの姿を見たならば、俺とて腹がよじれるほど笑ってしまうからな。トリズには秘密裏にしたというわけだ。貸しだ、感謝しろ」


 どこもかしこもドS男ばかりだな。


「ぼっこぼこ……?」


 ブロンは背筋が凍った。そして、情報屋になって初めて思った。


「情報過多ぁ……」


 こうして、三人は即解散。ブロンはデュール()引きずるようにして、デパル家に監禁(保護)されたのだった。

  

 




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マシュマロ

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