34話 雨と手綱、レイン
ブロンの青い目は、驚きでカラカラに乾いていた。
―― クロル・ロージュが騎士!? あのナヨナヨへなちょこ感は演技かよ。くっそ騙された! ん? ということは、
「これ、ソワールを落とすためのハニトラ?」
「御明察。で、デュール。今はどういう状況なわけ?」
「ブロンはソワールの正体は自分だと証言をしている。クロル証人、前へ」
デュールがおふざけ裁判風に説明すると、クロル証人が「レヴェイユだろ」と一刀両断。
「違う。オレがソワールだ」
「分かりやすい嘘つくなよ……」
「証拠はあるのかよ!? あぁん!?」
「子供のケンカかよ。昨日ソワールが盗みを働いたときに直接見て確信した。あれはレヴェイユだった」
「他人の空似かもじゃん」
クロル・ロージュは、わざとらしく肩をすくめてため息一つ。イラっとするほどサマになる。
「あのなぁ、こちとらプロだぞ? ……頬の形、耳の形、ふくらはぎと太もものサイズ感、全部レヴェイユと一致してた。走り方も仕草も全部同じ。見間違えたりしない」
プロの目は誤魔化せない。当然とでも言うように羅列されていく気持ち悪い情報に、ブロンは「気色悪!」と引きつつも、「ん?」と気付いてしまった。
「ちょいちょいちょい。顔のパーツはいいけどさ、なんでふくらはぎとか太もものサイズ感を知ってるわけ? ……おまえ、何した?」
「あー……」
「うわ、嫌な予感がしてきた。外泊のとき? 本当に後生だから教えて」
「機密事項だから」
「ヤった?」
「機密事項」
「へーー? なるほどねー」
女装していても、ブロンだって男だ。このニュアンス、致してなくてもそれなりの状況にはなっているはずだと察した。「あーサイアクの展開じゃん」とこぼす。
クロルは嫌みったらしく前髪を軽くかきあげ、ブロンを見下してきた。
「悪いけど、そういう仕事だから仕方ねぇの。俺自身はあいつに全く興味ないし、獄中結婚でも何でもどうぞ?」
「は? 獄中結婚? なんの話?」
「ブロンはレヴェイユが好きなんだろ? だから手を出すなって牽制してたんじゃねぇの? 共犯カップル、珍しくないし」
クロルからの突然の物言いに、騎士に囲まれているという状況も忘れてブロンはぶふっと吹き出してしまった。
「あはは! なんだよ、それ! 笑えるー!」
「なにがおかしいんだよ?」
「全然わかってないじゃーん!」
あまりに勘違いがひどすぎて、ブロンはひとしきり笑い転げた。業を煮やしたデュールに「おい」と頭を叩かれて、痛がりながらもやっぱりどうにも面白くてニンマリ顔で言ってやった。
「弟だから」
「は?」
「レヴェイユは姉ちゃん。同腹同種、混じりっ気ナシの実の姉弟」
レヴェイユ・レイン。
ブロン・レイン。
なるほど、二人は姉弟であったのだ。
この衝撃発言に騎士二人は沈黙からの、「弟!?」「ブロン、お前ソワールの血縁だったのか!?」「生きてたのかよ!」と、大きな驚き。
デュールなんて眼鏡が少しずれていたし、クロルは驚きつつも「言われてみれば、比率が似てる気が……」とか何とか言いながら、ブロンの顔をじーっと見てきた。パーツのサイズ確認でもしているのだろうか。
「はー、なるほど。レヴェイユが言ってたのはブロンのことだったのか」
「姉ちゃんが何言ってたん?」
「弟がいたけど、弟と呼べるかどうか……みたいなこと言ってた」
「なにそれウケる。オレ、姉貴に何だと思われてるんだろ」
「聞いたときは、幼少期に亡くなったから記憶もないし……みたいな意味だと思ったけど、今思えば『弟が妹になっちゃった』的なニュアンスだったかも。なんか……大変だな」
「そんなわけあるか! 妹じゃねーし!」
まるっきり的外れな労わり方をされてしまい、ブロンは反射的に般若顔で答える。そんな顔も美しい。
「オレは身も心も男! 何なら女の子大好きだし。この女装はブラフだよ。姉ちゃんに目がいかないように、近くにいるオレが仕方なくハッタリ役やって……あ……」
そこでクロルが間髪入れずに「そっか」と割って入る。
「レヴェイユがソワールで間違いないっつーことな?」
「ぐぅ」
「良い音色のぐぅ」
ブロンはがっくり項垂れた。いや、項垂れたのではなく真摯に頭を下げた。こうなってしまっては、後は力技でどうにかするしかない。
「お願い、オレをソワールとして捕縛して。身代わりになるから、姉ちゃんは見逃してやってください」
「ブロン」
「デュール、無理なお願いだってのはわかってるよ! でもお願い! 何でもする。命だっていらないよ……どうか!」
ブロンは手の平で膝をグッと掴み、下げられるところまで頭を下げる。もう履く必要のないだろう女物のパンプスの爪先と、ワンピースの解れを見て、もう一度「お願い」と絞り出した。
ブロンにとってのレヴェイユは、たまには頼れる姉だけど、基本的には手の掛かる妹みたいな存在だった。
そして、ぽっかり空いた心に愛を詰め込んでくれる母親みたいな、そういうあったかい存在。
ブロンの金色の頭の中にも青色の瞳の奥にも、両親の記憶は一つもない。ブロンが小さい頃に両親は死んでいるからだ。
小さなレイン姉弟を育てたのは初代ソワールなのだが、それはなんとも特殊な関係だった。それはそれで大切な繋がりではあったものの、純粋な母親とは言い難い。
小さなブロンの手をぎゅっと握って連れ立ってくれたのは、いつもレヴェイユだった。
怪我をして心配してくれるのも、熱を出したら夜通し看病してくれるのも、お菓子を半分こしたときに大きい方をくれるのも、寒くて凍えそうな日に優しくマフラーを巻いてくれるのも。全部、全部、レヴェイユだった。
クロルは彼女の赤髪を『苺色』と呼ぶが、ブロンは『ロウソクの色みたいだなぁ』といつも思っている。だって、ぽかぽかであったかいから。
暗闇の中でも目印になるくらい、大切で欠かせない存在。ブロンにとっての唯一の光。
だから、ブロンは頭を下げる。こんな土壇場で手遅れな状況で、ホント馬鹿みたいだけど。
「お願いだから、姉ちゃんを見逃して!」




