33話 ブロンと可愛いクルミボタン
情報屋ブロンは苛立っていた。せっかく大粒エメラルドをトリズの部屋に仕込んだにも関わらず、全く音沙汰がないからだ。
いつ騎士団に捕縛されるかと戦々恐々としているブロンに対し、ソワールはケセラセラ。逃げ切れる自信があるからなのか、それとも捕まっても構わないと思っているのか。
長年一緒にいるブロンであるが、ド天然ゆるゆるぼんやりな彼女の考えを理解するのも大変なのだ。
―― クロル・ロージュなんて、さっさと見限っちまえばいいのにー!
レヴェイユを見限れないブロンは、そうして苛立ち交じりに次の作戦を実行しようと、トリズの部屋に忍び込んだ。ちなみに、鍵がかかっていたことは一度もない。
「ふふーん♪ 今日は紫頭のニッコリボーイも含めて全員が外出中。ゆっくり出来るってもんよ」
まずは九日前にプレゼントしたばかりの大粒エメラルドの所在を確かめようと、クローゼットを開けた。貴族らしい仕立ての良いジャケットをゴソゴソ。が、しかし。
「ない」
エメラルドがなくなっていた。
「え、まさかトリズに盗られた!? まじー!?」
エメラルドをプレゼントしたのはブロンでしょうに。しかし、相手は伯爵家の血筋。棚からぼた餅のエメラルドをパクるとは思わなかったのだ。想定外だ。
そうして碧眼をぐるりんと開いて三十分程探したが、どうにも見つからない。そうなると、彼はブロンなわけで、当然ながら段々と面倒になってきてしまう。ないならないで、まぁいっか……みたいな。スーパーライトだ。
「他の盗品にしよっと」
ブロンは、雑に部屋を元通りにして裏庭に向かった。きっとトリズにはダダ漏れだろうが気にしない気にしない。
一応、玄関扉から出る際にも周りを確認し、裏庭でもきょろきょろと確認。そうして食料庫に滑り込むように入り、すぐに扉を閉めた。
真っ暗。窓もないこの食料庫で物を探すにはロウソクに火をつけるべきだ。暗闇の中だというのに、慣れた手つきでマッチを探り当て、シュッと勢いよく火をつけた。
「えーっと、ここ最近の盗品はー。あ、ちょっと前にソワったトパーズのピアスがいいかもな。特徴的なやつだし新聞にも大々的に載ってたから、きっと上手くいく!」
保存食の棚をグイっと引いて、二重になっている奥の棚から小さめの缶を取り出した。
たぶんこれじゃないかなーと思って蓋を開けてみるが、入っていない。じゃあこっちの缶かなと思って開けてみるも、なかなか見つからない。ブロンが隠したわけではないのだから探すのも一苦労だ。
六つ目の缶を開けたところで、ようやくトパーズのピアスと出会えた。ロウソクの火に照らされて、黄色のピアスがオレンジ色に光る。
「よし、これをー、……どうしよっかなぁ」
盗品片手に考える。またトリズの部屋に置いただけでは、エメラルドの二の舞だ。部屋じゃなくて、どこか人の目があるところに置いてトリズに濡れ衣を着せなければ。
「あ! カフェスペースにあるトリズのエプロン! ポケットに入れておいて、あとは演技でもすればどうにでもなるか」
そんな粗めの作戦を立て、ブロンはにやにやしながらピアスをポケットにしまった。トリズ捕縛の瞬間を想像して少し可哀想に思いながらも、まぁ彼は貴族だし、そのうち釈放されるだろうからいっか、とか低劣なことを考える。恐ろしい……。
扉を開くと、ひゅうっと春の風が吹いてきて、なんか良い日になりそうだなんて思ったり。心置きなく扉を閉めようとしたところで、揺らめく火が視界に入る。
「いっけね。ろうそく消すの忘れた」
一歩、中に踏み込んだその瞬間。ひゅうっと、音がした。風が吹く音じゃない、風を切る音だ。
「動くな、手を挙げろ」
全ての犯罪者が嫌う重厚な声。掲げた正義から香る、独特な気配。背中に剣先が突きつけられていることを、ブロンは悟った。
―― 騎士
「な、なんで、ここに……」
「それはこっちの台詞だ」
その声で、剣を握る主が誰なのかすぐに分かった。聞き覚えがあるなんてもんじゃない、何度も何度も仲良く笑い合ってきた声だった。
「デュール……!?」
「ここが盗品の隠し場所というわけか。まさかこんなところに雑に保管してあるとは思わなかった。それでお前はソワールの手先か? このまま騎士団本部まで同行願おう」
「ちょ、ちょっと待って! 話せばわかる!」
「ほう? 中に入れ」
背中を強く押されて、おっとっと。食料庫に逆戻り。
―― やばいやばい……!
冷や汗なんてものじゃなかった。相手がデュールで良かったと思うべきか、運が悪かったと思うべきか。
どちらにしても、このまま捕縛されたならばレヴェイユを危険に晒すことになる。何とか彼女に逃走するように連絡を流したいが、デュール相手に上手く立ち回れる気はしなかった。
「デュール」
それでも全力で誤魔化して逃げなければならない。それはブロンたちのような人種にとって、特別に得難い関係を捨て去るということだ。それを決心するには時間が足りなかった。
ゲリラ豪雨のように突然頭上に落ちてきた罰に、ブロンは立ち止まるしかできない。どうしよう、どうすればいい。唇をきゅっと噛んで、小さく首を振る。
「ブロン」
決断を迫られているのだと思った。敵とも言い切れない親友に、ブロンは青い瞳を鋭く向ける。
しかし、驚くことにデュールの剣先はすでに床を向いていた。拍子抜け、ブロンの鋭利な瞳は丸い瞳に戻る。
「え、剣いいの?」
「元々、ドッキリ用の飾りだ。話をすれば分かるのだろう? 対話に剣は不要」
カチャンと音を立てて、剣は鞘にしまわれた。そんな風に言われたならば、しまおうと思っていた柔らかい心が出てきてしまう。
「……デュール、本当にごめん」
「ブロンが謝るならば、俺からは一つ、礼を言おう」
「へ? 礼?」
「ブロンとソワールに繋がりがあるとは知らず、騎士団がソワールの住処を把握していると、お前に情報流出をしてしまった。しかし、ソワールは逃走せずに今も宿屋にいる。理由は知らないが、逃げられていたならば相当な失態だった。助かった」
「……別に逃走してたって、デュールのせいとはバレないだろーよ」
「そうだな。この謝辞は報酬だ。さぁ、情報を教えてもらおうか?」
剣を納めて謝辞を向けられて、こんな酷い拷問があるだろうか。ブロンを落とすために『デュール』を人質に取るようなやり方に、彼が相当ご立腹であることが分かる。
でも、じゃあ、デュールとレヴェイユのどちらを取るのか選択を迫られたなら、彼女を取るしかない。
「とっておきの情報をやるよ……見ての通り、オレがソワールだ。このまま捕縛していいぜ」
「そうか。ならば証人のご登場だな。……おい、入っていいぞ!」
デュールは食料庫の扉に向かって、声を大きくした。これ以上、騎士が増えたなら逃走が難しくなる。「あ、待って!」止めようとするが、扉は開く。ギィーっと嫌な音を立てて現れたのは、嫌になるくらい美しい男。
「はぁぁ!? ロージュ!? おまえ、やっぱ騎士だったのかよ!」
「そう、潜入騎士。っつーか、俺の方がびっくりだよ。まさかトリズをはめたのがレヴェイユじゃなくて、お前の方だったとはな」
ブロンが着ていた服のボタンを引きちぎり、クロルは力任せに衣服を剥がした。ワンピースに付いていた可愛らしいクルミボタンが勢いよく飛び、ロウソクの火を掠めて床に転がる。
「レイ。やっぱり男だったか」
あまりの衝撃に、ブロンの金色の髪がサラリと揺れる。
「おまえ……男だって気付いてたのかよ!?」
「まぁな。プロだし」
「くっそ……! やっぱ信用なんないじゃん! だから嫌だったんだよ、お前がここに居座るの。デュールもロージュのこと黙ってたってわけかよ!」
「お前もソワールのことを黙っていただろう。お互い様だな」
「うぐっ……そ、そうだけど!」
二人の軽いやり取りに、クロルは首を傾げて割って入る。
「……なぁ、聞いていい? さっきから気になってたんだけど、レイとデュールって知り合い? どういう繋がり?」
いつから気付いていたのだろうか、訳知り顔のデュール・デパルは、双方を紹介するように美形二人の間に立った。
「クロル・ロージュ。騎士団所属、俺の相棒だ」
「相棒……よく話に出てきた、あの相棒がこいつ!?」
「そうだ。そして、こっちは俺たちがいつもお世話になっている情報屋」
「情報屋って……」
「そう、俺の幼なじみのブロンだ」
「レイがブロンくん? え、まじで?」
「あぁ、世間は狭いものだな」
デュールの楽しそうな頷きを見て、二人は目を合わせた。こんなに狭いことがあるだろうか。
「「驚き……」」
美形二人の驚きの顔は、とっても美しかった。




