32話 青き正義の道しるべ
運命の恋がすれ違ってしまった、その日の夜。ソワールの正体を伝えるために、クロルはデュールと待ち合わせをしていた。いつもの食料庫の裏手奥、真夜中三時だ。
「よ、デュール」
「何か分かったか?」
暗闇の中では、デュールの碧眼がやたらと光って見える。その青に、鋭く刺された気がした。
デュールに伝えるということは、本格的に彼女の捕縛に乗り出すということだ。もう引き返せない、引き返す必要もない。
「レヴェイユだった」
平坦な声で告げた。月夜の暗がりの中で、まるで道しるべのように相棒の碧眼が灯っていた。
「そうか。で、好きな女が犯罪者だったものだからメランコリックということか」
「……いつから気付いてたんだよ」
デュールがコレクションしているクロル黒歴史フォルダに格納されてしまったという事実に、思わず舌打ちだ。
「クロルが『レーヴェは違う』とか『処女だから可哀想』だとか言い出したときから、丸っきりそういう感じだっただろう。苺だか何だか知らんが、素のお前から『可愛い』という言葉を聞いたのも初めてだしな。だから、心を奪われるなと忠告したんだ。大変面白い状況で、今すぐ酒が飲みたい」
「……はいはい、ママの言う通り」
訳知り顔の眼鏡野郎を肘で小突いてやると、「乾杯」と額を叩き返された。
「それにしても女に関するお前の勘は本当に侮れないな。まさか初恋がソワールとは、おもしろベストオブザイヤー確定」
「傷口えぐんのやめてくんね?」
「塩を振りかけつつ痛々しい恋バナをしたくてたまらないが、今度にしよう。時間がない。レヴェイユであるという証拠はあるのか?」
「物的証拠はない。俺の目撃証言だけ」
「ほう。ならば、ヤって自白させる方法は取らないのか? 一度は惚れた相手だ、気も進むだろう」
鬼畜眼鏡がサラっとそういうことを言うから、クロルは「ははっ」と小さく笑う。そよ風が彼の前髪を軽く揺らすから、それをくすぐったそうに払った。
「それもありかもな。天下の大泥棒が相手ならやりがいありそう。ただ、自白するかどうかはアヤシイ。一度や二度じゃ無理かも、長期戦になりそう」
「となると、盗品の在り処を探る方が早いか……」
そこでデュールは黙り込んでしまった。クロルはすぐそばに生えていた草を摘み取っていじりながら、その沈黙を埋めた。それでもどうしても重くなっちゃって、思っていたことが口から出てしまう。
「あいつ……なんで泥棒なんてやってんだろ」
クロルの呟きは、まるで雨の雫のように、沈黙に吸い込まれた。
「気になるか?」
「……いや、やっぱ今のキャンセル。関係ない、捕縛する」
クロルは即答する。デュールは「そうか」と答えるだけで、特別肯定も否定もしない。
「ならば、ここで例の件を使うのはどうだろうか」
「あー、放置中の大エメか」
「トリズの部屋に大エメがあるかどうか、犯人だって確認するはず。そこを捕らえる」
「おっけー。上手く釣れるといいけど。じゃあトリズに言って明日にでも実行するわ」
すると、デュールは「トリズか……」とぽつりと言って、何かを考えるように眼鏡を外した。
「どした?」
「トリズに秘密裏で行いたい」
「まじ? トリズ、めっちゃ怒るぞー?」
「なるほど。それはそれで見てみたいものだな」
出た。快楽主義の鬼畜眼鏡。その楽しそうな青い瞳に、紫色のニッコリボーイの深めの笑顔を重ね合わせ、少し身震いするクロルであった。
「まあいいや、そこはデュールに任せる。俺はレヴェイユを捕縛できればいいし」
さて、そろそろ解散か。クロルが挨拶もせずに帰ろうとしたところで、「待て」とデュールが引き留めてきた。
「んー?」
「この財布に見覚えは?」
「なんだよ? 騎士みたいな聞き込みの仕方しちゃって」
「正真正銘、俺は騎士だ」
「って、この財布! トリズのじゃん。どしたの?」
デュールは「コホン」と咳払いを一つ。
「あれは、昨日昼の十一時頃だった」
「あ、話が突然始まるやつだ」
「クロルにゴリ押しした手前、フォローをせねばと責任感を背負った俺は、ソワール出没に備えてこっそりと宿屋付近に張り込んでいた」
「馬鹿か。普段は欠片もない責任感を急に背負い込むんじゃねぇよ。バレたらどうすんだよ」
「すると、不思議と楽しくなってきてしまい、」
「出たよ、快楽主義」
「これまた不思議なもので、誰にも気付かれない自信が沸いてきた。よし、ここは賭けに出ようと俺は宿屋に近付いた」
「無駄に賭けるのまじでやめろ」
「宿屋の物陰から見ていると、しかしそこでトラブル発生。真後ろから『ウゥヴ』といううなり声が。振り向けば、そこに大きな黒い犬がいた」
「出た、獰猛な黒い犬!」
クロルはちょっとテンションが上がった。
「その獰猛な黒犬に追いかけられ、宿屋の周りを何周かしていたら、騒ぎになってしまってな」
「待て待て。なんで宿屋の周り? 離れろよ」
「これは大変だと慌てたところで、気付けば黒い犬は他の人間を追いかけていったわけだが」
「あ! トリズが言ってた『宿屋の表が騒がしかった』ってやつ、お前かよ!」
「さすがにバレることを恐れた俺は、即刻立ち去ろうとした。そこで、この財布を拾ったというわけだ」
「はー、なるほど。確か、財布を落としたって言ってた。繋がった」
「というわけで、これを返却しておいてくれ」
「おっけー。……これもレヴェイユの仕業なのかな……」
「は?」
「なんでもない。笑えない話っつーことで」
そうして、二人は解散をした。




