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31話 泥棒だって恋をする



 クロル・ロージュがソワールの正体を掴んだ今、彼女の素性を秘密にする必要はない。ここで、これまで一度として暴かれていないがダダ漏れだったレヴェイユの心の内を、改めて少し覗いてみよう。



 レイと一緒に夕食の骨なしチキンの下拵えを終えたレヴェイユは、のんびりとキッチン周りを片付け、トコトコと階段を上って自室に戻った。


 ドアを閉めてエプロンを脱ぎ捨てて、やっぱりベッドにダイブ。枕に顔を押し付けて『うわーーん!』と声にならない声で叫ぶ。


「き、嫌われた気がするわ……」


 先ほどのずぶ濡れクロル。尋常ではなく美しく、目玉が飛び出るほどに格好良かったわけだけど、どういうわけか甘さが足りなかった……ような気がした。さすが盗人の才覚だ。


「絶対に嫌われたわ。だって、『レヴェイユ』……」


 ぽつりと呟いたら、心が割れそうになった。先ほど、彼は愛称で呼んでくれなかったのだ。理由は分からない。ニコッと笑う姿も素敵だけど、いつもみたいに『ははっ!』と声を出して笑ってはくれない。


 ―― あぁ、でもニコッと笑うのもカッコイイ! なんであんなにカッコイイの? 大好き。ずぶ濡れクロル、美しいぃ~



 本名、レヴェイユ・レイン。


 彼女は国中で最も有名な最低最悪の悪女。女泥棒ソワールだ。

 なんとなくダダ漏れだろうが、その正体はベッタベタにクロルにずっきゅん。恋に恋をしている、ちょろい女であった。


 本当の彼女は、ソワールをやっているというだけの普通の……まぁ少しばかり善悪の概念が人と異なっていて、超手癖の悪い普通の娘だ。概ね、普通だ。

 好きなものは特にないけれど、嫌いなものは(から)いものと早起き。どうしてだか朝が弱くて、ほぼ毎日寝坊している。……きっと快楽に弱いのかな!


 そして、普通の女の子がそうであるように、レヴェイユもクロル・ロージュに恋をしていた。


 だって、仕方がない。クロルと初めて出会った『路地裏で屋根の上から飛び降りた私を華麗にキャッチ事件』。

 勿論、レヴェイユはあんな高さから落ちたって普通に着地が出来るわけで、むしろクロルの存在に気付かずに飛び降りるところを見られてしまうという、うっかりミスが招いた事件であった。


 それがまさかの乙女的展開。身を(てい)して受け止めてくれて、人生で一度もされたことのない『女の子扱い』をされて、それが超ド級の美形。第一印象、ストップ高。

 

 しかも! そんな素敵な彼が、オル・ロージュの話にたびたび登場していた『どうしようもない孫のクロル』の可能性が浮上したのだ。

 それを感じ取ったときのレヴェイユの衝撃といったら! まさに青天の霹靂、窓から槍、a great surprise! 目玉が飛び出て、活火山が大爆発。正直、秒で生涯を捧げる覚悟を決めた。軽くて重い。


 いやいや、だって相手はクロル・ロージュだ。信じられない規格外の美形が『可愛い』とか言って愛称で呼んでくるわけで、好きにならずにいられようか。


 とはいえ、ソワールという複雑な事情があるため、本来であれば彼女の恋は眺めるだけの片思いであるべきだった。情報屋ブロンにも口酸っぱく言われているし、だからこそクロルの(偽?)告白だって断腸の思いでお断り申し上げたのだ。

 結果的に押しに押されて、チョロイユは頷いてしまい、恋人未満という謎の関係におさまったが。


 そんなレヴェイユは、彼の『愛してる』という言葉を思い出して……ちなみに、思い出すのはすでに七兆回目くらいだが、によによとふやける口元を枕に押し付け、超高速で足をバタつかせた。さすがソワールの健脚だ。ベッドがものすごくたわんでいる。


「もう、好き好き好き~。大好き……」


 ちょろすぎて引く。この女、本当に悪女なのだろうか。


「どうにかこうにかクロルの弱みを見つけて、脅して言うことを聞かせられないかなぁ。そしたら、私のものになってくれるかも~」


 ものすごい悪女だ。やっぱりこいつはソワールだ。彼女は何かえげつないことでも想像したのだろう、「ふふっ」と笑ってから、一つため息。


「はぁ。なんてね。……いい夢見られたなぁ」


 好きな人に触れてもらえた。愛してると言ってもらえた。寸止め放置は気になるところだけど、きっと彼の性癖か何かなのだろう。それさえも素敵な思い出だ。短い時間だったけど、見ることができた夢。それだけでレヴェイユの心は満たされた。


 クロルがオル・ロージュの孫であると断定情報を貰ったら、彼女はそれをクロルに告げて、縄でぐるぐる巻きに縛ってでも、彼の生まれ育った町に連れて行くつもりだ。

 そして、そのまま宿屋『時の輪転』を出る。いや、王都を出る。


 もしかしたら、彼には奥様とか子供がいるかもしれない。家族に会ったところで記憶が戻らない可能性もあるけれど、オルの孫なら絶対に幸せを掴めるはず。それをこっそりと見届けたい。女泥棒からストーカーに華麗に転職だ。


 いやいや、別に一生見届けるわけじゃない。陰ながら彼を助け、もう大丈夫そうだなと思ったら、西の街でも王都でもないところで……ひっそりと生きていく。レヴェイユはそう決めていた。


 ちなみに『ひっそり』というのは泥棒をやめるということではない。盗賊団サブリエをおちょくるようなことはやめて、ただ生活をするためだけに泥棒をするということだ。どんな生活だろうか。彼女にとっては仕事だから仕方ない。改心の兆しすら見えないが気にしないでおこう。


「一緒にいられるのも、あと数日ね」


 情報屋ブロンのことだ。きっともうすぐ調べが着くはず。愛称呼びがなくなったことから察するに、彼に嫌われてしまったのかもしれないが、どのみちクロルとの恋人未満関係ももうすぐ終わり。ちゃんと終わりにしなければならない。


 善いも悪いも関係なく、何でも盗ってきた人生だ。でも、彼に出会って、盗めないものがあるのだと知った。この世でたった一つだけ、クロル・ロージュだけは盗めない。


「さーて、大好きなクロルの大好きな骨なしチキンを作らなきゃ。ショートケーキ、大きな口で食べてくれるかしら。一番大きいのをあげないと、ふふっ」


 夢から覚めたレヴェイユは、ふーっと大きく息を吐いてから立ち上がった。盗品の可愛いエプロンを付けて、癖の強い苺色の髪を整え、心優しきレヴェイユの完成。


 こうしてまた、仮面を被って生きるのだ。





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マシュマロ

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